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夢見の魔導士  作者: べっちゃ
第四章 思い描く世界
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第三十話 寵児の産声

<フィーネ視点>


 自然干渉の塔の前、魔人(スミン)と相対する。


 雷鳴と共に双方地を蹴り、一合交えると、互いに塔の外壁をグルグルと駆け上り、出くわす度に刃を交える。


 機動力は私が上回っているけど、しっかり反応されている。それに、やっぱり受け流す技術はあっちの方が上手い。


 何合も打ち合ってから、魔人(スミン)と出くわさなくなった。

 黒月の悍ましい魔力も感じなくなってる。

 どこに――


「《穿流(せんりゅう)》」


「グッ……!?」


 背後から右胸を貫かれた……!


 下方に振り返ると、魔人(スミン)の上半身が塔から生えるように飛び出ている。


「“醒めろ”、『黒月』」


 魔人(スミン)の手から“影”が伸び、塔から全身を出して私に迫る。


 呼吸もままならないのに受ける……?


 いや、もう単純に避ける!


「っ! ここは避けるのね!」


 魔人(スミン)の驚きを背に空を蹴り続け、塔の頂上に足を付ける。


 まずは胸の傷の治療を……

 修復しないわけじゃないけど、やっぱり治りが遅い。蹴りを受けた腕も、ようやく痛みが薄れた程度。


 辛うじて傷が塞がり、呼吸も落ち着いた頃には、魔人(スミン)も頂上に至った。


「やっぱり私、戦闘系は向いてないね」


「どの口が……」


 魔人(スミン)が首を振りながら、自虐的な言葉を口にする。


 私とここまで戦っておきながら、『向いてない』は嫌味でしかない。


 それより、魔人(スミン)は塔をすり抜けていた? これまでの受肉体の常識じゃあり得ない。つまり霊体? でも魔人(スミン)自体から(おぞ)ましい魔力は感じない……


 どういうこと? リオと同じ、魔人とは異なる特性の生命体?


 考えがまとまらないでいると、魔人(スミン)は上空の分厚い雲に手を翳す。


 何を――


「《貫雷(かんらい)》」


「~~~~~~!!?」


 ひか……しび……あつ……


 からだ……うごか……ちり……


 しゅうふ……かいふく……


 ちりょう……かいゆ……


 かい癒、快癒かいゆかい……ゆかい、ゆかいゆかいゆかい《癒快(ゆかい)》!!


 なんとか、頭は回るようになった!


 上空……雷を落とされた。

 導線もないのに反応できない速度……全身が痺れて指先も動かない。


 魔人(スミン)はこちらに向かってくる。

 マズい。

 反撃できない!


 迷宮でのステアの傷と、これまでの戦闘を考えると、黒月に斬られるのはヤバい。治癒魔術《癒快》は機能せずに行動不能になり、殺される……!


 マズい……

 頭だけ回っても意味がない!

 せめて体を反らして……


 クソッ!! 身動き一つ取れない!!


 魔人(スミン)が間合いに入って――


 ?


 魔人(スミン)は鏡剣を持つ右手に向けて黒月を振り下ろそうとしている。


 私の無力化が目的? でも、だったら――


『斬られる前に落とせばいいんじゃね?』


 ステアの言葉が頭を(よぎ)ると同時に、右腕の肘から先が鏡剣ごと衣服から滑り落ちる。


 黒月は、もはや誰のモノでもない腕を両断する。


「はっ!? 自切――」


 回せ治癒! 動け体!


「う”あ”あ”あ”あ”あ”!!!」


 左手を握りしめ、魔人(スミン)の横顔を殴りつける!


「ッ……!!?」


 魔人(スミン)の右頬から顔面が波打ち、苦鳴が漏れる。


 拳に、肉の柔らかさと硬さが同時に伝わってきた!!


 手応え、アリ!!


 魔人(スミン)の体が塔の外まで吹っ飛ぶ。

 足元に落ちた右腕は跡形もなく崩壊し、鏡剣のみが残る。

 殴りつけた勢いそのままに、左手で柄を握りしめる。


 現在地は、魔術都市(メンデール)の長大な塔の頂上。

 さらに上空には、魔人。

 遮蔽物、無し。


 ぶちかます!!


「《界斬》!!!」


 極光を魔人(スミン)に向けて放つ!!


 空いっぱいに光が広がり、白く塗り潰される。


 ほんの数秒のうちに“白”が薄れ、分厚い雲が切り取られた空から青が覗く。


 けれど――


「まだ……」


 青空にあって不自然な“黒”を主張する魔人(スミン)の体は原型を保ったまま、庁舎に飛んでいく。

 辛うじて黒月で受け止めたのか……


 治癒系統魔術《癒快》で、右腕を再生する。


 まだ、終わってない!



 ~~~



 庁舎屋上に降り立つと、私を押し込んで倒壊した穴の横に、魔人(スミン)は佇んでいた。どこか呼吸が乱れている気がする。


 戦闘の余波のせいか、庁舎南側にある飛竜討伐用の(おおゆみ)の大半は壊れている。


「《解身(ときしん)》なんてふざけた名前の魔術で出し抜かれるとは……自分から腕を分解するなんて、高貴な【戦姫】らしくないんじゃない?」


「興味ないわね。私は、フィーネ・セロマキア。夢のためなら、これぐらいはするわよ」


 私の返答に、魔人(スミン)は苦い顔で笑う。


 次に【堕天(リオ)】に遭遇した時に、ステアと出来る限りの対策を考えていた。黒月はどういうわけか、斬った部位の修復を極端に遅らせる。その対策として唯一機能しそうだったのが、《解身》という私の肉体分解の魔術で、斬られそうな部位を予め切り離す方法。あくまで緊急処置で、手足が斬られそうな時にしか出来ない芸当だった。実戦で上手くいくとは思わなかったけど――


「あんたが手心を加えてくれたおかげで、見事にハマったわ」


「……嬉しそうで何よりだよ」


 魔人(スミン)は眉を曲げながら溜息をつく。


 さて……とはいえ、状況は厳しい。落雷が速すぎる。さっきは腕を狙われたけど、次はいよいよ急所を狙われるでしょうね。《界斬》で消した一部を除き、上空は雷鳴轟く生憎の曇天。恐らく、あの雲を種として指定地点に雷を落とす魔術。対策のために再度《界斬》を放って雲を晴らそうにも、その隙に付け入られては元も子もない。


 さらにいえば、アズサの動向が不明であることも気掛かりね。あの魔人の魔力は感じないけど、ステアのように何らかの方法で加勢する時機を狙ってるかもしれない。


 結局、速度ね。奴らが何かをする暇もなく攻め立てる。


 でも、その後は――


「スミンさんは……敵なの?」


「「!!?」」


 突然現れた声に、魔人(スミン)は私を視界から外して振り返る。


 私も、動けなかった。


 おかしい。私の視界に入っていたはずなのに、気付けなかった。


 屋上の風穴を挟んで、向こう側――


 そこに、小柄な少女――レニットが立っているのに。



 ~~~



【戦姫】と魔人――正しくは天人(てんじん)の戦場に、場違いな容姿の少女が佇んでいた。


 小柄な少女の名は、レニット・サーマル。

 母親譲りの空色の短髪は、こめかみのあたりを三つ編みにしている。父親譲りの紅の瞳は、白と黒の対称的な二人の女性を視界に入れている。装いは、山間部の寒さをものともしない半袖半ズボンの薄着。色白の足は誰かの血に濡れ、どす黒く変色している。手には、自身の全長に迫るであろう、柄が欠けた赤い刀身の大剣が握られている。


 何もかもがチグハグな印象を見る者に与える少女の立場は、誉れ高き特等魔術士。現在は、自らの責務を正しく全うするために、普段と見た目が異なる見知った女性に、少女にとっての存在を尋ねたばかりである。


「そうだね。きっと、敵だよ」


「そっかぁ……」


 女性の返答に、少女は虚空を眺める。


 そうでないことを願ったが、そうであるなら仕方ない。自らの責務を果たすのみである。


 いや、責務がどうかなどは、今の少女にとって些末なことだった。

 人生で初めて父に見送られ、威勢よく戦場に降り立ったが、時間を追う程に少女の心境は荒波立っていた。


 少女の胸中をそうさせる原因は、相反する二つの感情である。


 一つ目は、身悶えるほどの感動から湧き出る喜びである。

 物心がついた頃から自身の心にあった虚無――“空白”が、つい先ほど埋められたのである。


 母は愛してくれた。父は愛してくれている。


 これまで自身のことを“化け物”と認め、見放されて当然だと思っていた。

 しかし、この世に生を受けて13年、常に自分は愛され続けていたという事実を初めて知ることが出来た。


 この事実は少女にとって救いであり、祝福であり、幸いである。

 口から零れそうなほど持て余している感動の表現方法を、少女は知らない。


 そう、表現できないのである。

 このような喜びに満たされていながらも、少女の心は苛まれている。


 感動の一方で、少女に宿る感情の二つ目は、この感動を表現できないという無力感である。

 少女は、自他ともに認める画家である。これまで感じてきたモノを余すことなく白紙に描いてきた。唯一描けなかったのは、自身の心中にある“空白”のみ。

 今になって“空白”は消え去り、自らが求める『最高の一枚』に相応しい感動をその身に宿した。画家として、芸術家として、表現者として、これを形にしなければならないという使命感すら覚える。


 しかし、ここで少女に一つの疑問が生まれる。


 この感動を“一枚”……ましてや紙という“平面”が受け止められるものだろうか、と。

 どのような画法でも、色彩でも、紙がその資格足り得るとは本能的に到底思えない。


 この疑問に答えを出さなければ、少女は表現に取り掛かることが出来ない。


 加えて少女のコンディションは、13年の人生の中で最高である。

 研ぎ澄まされた感性に加え、これまで自身に睡魔を襲わせてきた魔導器がない状態で目を覚ました。父との記憶を呼び覚まし、9年越しの邂逅によって爆発した感情、現在進行形で沸き上がる感動に満たされている。


 少女は、有頂天に至った。


 しかしながら、そうであっても自身が望む表現が出来ないという事実に、一層フラストレーションを溜め込む。


 そもそもとして、状況がそうはさせない。

 目の前には、禍々しい魔力を放つ“影”を手に持つ敵。加えて、体得が不完全となり、命令元が確定しなかった《隷奉(れいほう)》を自身に発動した。自らを律し、戒めるための命令に勝手に体が動くようになったが、今現在、《隷奉》は少女を動かそうとしない。


 《隷奉》は、命令に則し、状況に合わせた最適行動を命令対象に強要する。ここでの最適行動とは、周囲の環境だけでなく、命令対象の状態も加味した、命令に最も適した行動である。

 この特性から、少女が今現在手当たり次第に行動しようと、それは最適ではなく、実行に移せない。逆に言えば、少女の現状から行動という行為自体が最適ではない。


 《隷奉》は、待っている。


 そういった少女を前に、【戦姫】と天人は、動けなかった。


 双方、地球上の生物において類を見ない『力』を有し、本来であれば現在も常外の戦闘を繰り広げているはずだった。しかし、現に2人は身動き一つ取っていない。

 その理由は単純で、少女から感じ取れる気配が異様であったから。空間全てが少女の制圧下であると錯覚するほどの空気に、極度の緊張感から一歩も踏み出せないでいた。実際は少女がトリップしていただけだが、麗人2人は少女に場の主導権(イニシアチブ)を明け渡していたのである。


 当然、両者はその状況を無為に受け入れていただけではない。

【戦姫】は、少女の次なる行動に備え、対応しようとする天人を妨害し、確実に仕留めるために自らの剣に極光を纏う。

 天人は、少女の絶大であろう一手と【戦姫】から見舞われるであろう妨害を掻い潜り、圧倒的優位を確立するために精神を集中し、魂を研ぎ澄ませる。状況によっては、『参道』を啓くことも辞さない。


 いずれにせよ、【戦姫】と天人の意識は少女に集中している。


 対する少女は、そうした女性らの思惑に構えるはずなどなかった。


 高まり続ける感動と同時に、沸き上がるフラストレーション。

 極限状態の戦場と同様に、少女の心理状態も限界だった。


 長く続く沈黙。時すらも制止したと思えるほどに変化がない状況。


 実時間にして、138秒――


 臨界点を突破した少女の答えは、至極単純なものだった。


「っ、冗談……!!」


「ハハッ!!」


煉凛(れんりん)】から発せられる尋常でない圧に、天人は慄き、【戦姫】は(わら)う。


【戦姫】と天人、()()()()()()に基づくと、今いる場所から全速力で離れることが安全行動である。

 しかしながら、天人が【煉凛】から離れようとする直線上には、極光の剣を振るう狂気的な笑みの【戦姫】がいた。

 魔人は反射的に“影”を振るって受け止め、足を止めてしまう。


【戦姫】を十年前から知る天人は、【戦姫】の凶相に顔をしかめる。


「“魔術狂”めッ!!」


「【戦姫】なんかより好みよ!!」


 高々64年しか生きていない年少者の狼藉に、天人は舌打ちする。


 【戦姫】に極光を振るわれ、元いた位置まで後退させられた天人は、それとなく振り返る。


 興味だったかもしれない。永い生の中、間違いなくトップ10に数えられる身の危険が迫っているが、同時に稀有な出来事を前にしているという事実に変わりはない。


 天人は、期待と願望を身勝手に託しながら、視界に入った少女の姿を見据える。

 直後、諦めたように頬を綻ばせ、『世界』の変容を受け入れた。


 なぜなら、不自然な雲の切れ間から差し込む陽光に照らされた少女が、あまりに晴れやかで清々しく、可憐な笑顔を咲かせていたから。


 そんな少女の笑みから、優しく、絶対的な宣言が(もたら)される。


「伏魔殿」


 時代の寵児は『世界』を塗り替えることで、自身の感動を表現することに決めた。

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