第二十九話 《御神体》
<フィーネ視点>
一体、どこからツッコめばいいんだか……
そもそも飛竜相手にあそこまで時間を費やすなんて思わなかった。ステアとは狼煙の有無で行動を決めていたわけだけど、正直、都市に目を向ける余裕はなかった。ただ、あれが竜災だったというし、私は適切に役割を果たせたといえる。
竜災の制圧を終え、狼煙が上がっていない都市を視界に入れた時に悪寒を覚えた。少なからず、ステアは都市内で何かしらの事案に巻き込まれていることは確定。全速力で都市に戻ったところで、魔力感知が強烈な不快感を警告していた。この魔力で思い浮かべるのは、少女の見た目をしたあの魔人。
ステアの心配もあったけど、私の役割は武力行使による問題の解決。真っ直ぐ黒月の魔力に向かって庁舎に突撃してみたら、この光景。
重傷そうなステアと、両断されたピグトルの死体。
そして、黒い装いのアズサに、細長く揺らめく影を持っていたのは――
「そう言われると、スミンと言ったかしらね。聞き慣れなくて覚えられなかったわ。今にして思うと、『アズサ』に、『リオ』……『スミン』なんて、あまり聞かない名前ね」
「確かにそうかもね。リオは……ありそうな気がするけど」
私に応じるのは、髪色や目が黒くなり、メガネを外した魔術士組合長――スミン。黒月という影の刀を構えて、私と相対している。まさか魔人とはね……
アズサは、首長室から走り去るステアに何か言いたげだったけど、口を堅く結んでこの場を後にしていった。不快な魔力を辿ると、素直に庁舎から離れてるみたい。
それでも、黒月の禍々しい魔力に比べたら、霊体のアズサから感じる魔力の不快感なんて生やさしいもの。
そんな代物を平然と手に持つ目の前の女は、私を正視している。
単純に、十年近い付き合いの相手が魔人だったという事実がキツい。ヒカネでのロゼといい、私の脇が甘すぎるのかしら。けど、驚きという意味では、この場にリオがいないことの方が驚いた。《界斬》を纏った鏡剣を受けても壊れず、ステアに負わせた傷の治療を極端に遅らせた武器?である黒月を、目の前の魔人は手にしている。
何らかの魔術で生成したもの? もしくは、魔人特有の技術で複製可能な魔導器や武具に分類されるのか……それともリオから借りているか、元より魔人の持ち物だったのか。
とにもかくにも――
「私は見事に出し抜かれていた……ということかしら?」
「この件に関しては、そうだね。ただ、何も無かったのなら私は変わらず貴女の受付係として勤務を続けていたかな」
「そう……」
魔人は砕けた口調になっても、いつもと変わらない事務のやり取りのように淡々と私の問いに答える。
「気休めにもならないだろうけど、これでも貴女には感謝してるの。どれだけ永い時を生きようと、新しい環境というのは緊張するし、少し怖かったりするんだ。新人の受付係は敬遠されるのが当然で、私も例に漏れなかった。そんな中、貴女が私の窓口に来てくれたおかげで、受付業務に自信を持てるようになったんだ。だから、感謝してるよ」
「だったら態度で示してもらえないかしら?」
「この言葉が精一杯かな」
魔人は十年前を懐かしむように、はにかむ。
相変わらず、どういうつもりか分からない奴らね。少なからず、目の前の魔人に私の魔術は筒抜け。
けど不思議なのは、迷宮でのリオの動き。魔人と仲間で、私の体質を聞いていたのなら、自然とステアの役割は分かるはず。それでもステアを私から引き剝がそうとはしなかった。ふざけた態度を取り続けたあの自称“永遠の十七歳”は、真正面から私と戦いたかった? いや、考えるだけムダそう。
「随分悠長なのね。私にあっさりステアの魔力を補充させるなんて。それにこうなる展開も考えられただろうに、私の魔術に手を加えてさらに強化させはしないでしょ」
「ふむ……その通りではあるけど、余裕があると言って欲しいかな。君たちが強く在るのはこちらとしても歓迎だからね。もちろん、私たちよりも弱い範囲で、だけど」
ますます分からない。
魔人も手を加えた身体干渉魔術――《御神体》。
この数ヶ月、従来の身体強化魔術はステアの超効率の魔力を十全に扱い切れていないと思ってた。だからこそ、魔術都市の身体干渉魔術の論文を読み漁って、身体強化の効果を底上げする方法を模索した。
結論として、肉体の全盛期を維持する魔術《無柩》に身体強化を統合し、二つの魔術の嚙み合わせが悪かった部分を一つの魔術として最適化することで目論見は果たされた。
他にも、魔術の起動に必要な機構や肉体の制御に関わる機能など、身体強化自体に関わらない機能を可能な限り削ぎ落とした。ステアの魔力であれば省いた部分は補え、これまでと変わらない効果を発揮できる計算だった。これらの簡略化によって余った術式構成を全て身体強化に上乗せしたことで、ステアがドン引きした目を向けてくるまでの動きが出来るようになった。
魔人が手を加えたのは、私が省いた肉体の制御に関わる部分。制御機構を一部残し、小回りが利くように構成を変更した。僅かに出力は落ちたけど、全体的に見れば最高速度に対して柔軟性のある機動力を得られた。
私自身、術式構成は隅から隅まで確認した。不自然な記述や目新しい構築というわけでもない。不具合が起きないことは竜災を制圧したことからも経験則的に証明された。
だとしたら、魔人の言う通り、私を素直に強化しようとしただけ?
「一応聞いておくけど、大人しく私たちの疑問に答えるつもりはあるかしら?」
分かり切った私の質問に、魔人は頬を緩める。
「日常会話ならともかく、君らが本当に知りたい問いには……ないかな。この事件の詳細ならステアが知ってるから、全部終わったら聞いてみなよ。楽しい話は何一つないけどね」
「あっそ」
まあ、ステアの言う通りよね。コイツらを力づくで抑え込むしかない。
『完全勝利』と言っていたあたり、レニットの無事は確認。ピグトルは死んでても大丈夫なんでしょう。ステアが平然としていたし、何かしらアイツを不愉快にさせて怒らせたとかでしょ。魔人たちは……どういう立場かしら?
ひとまず、魔人についての情報は――
・魔力がない私の体質を知り、身体強化魔術の改良に手を加えてきた。
・リオと同じ黒月を手にしている。
・伏魔殿を使えるようで、ステアを殺しはしなかったけど行動不能にする能力を持つ。
こっちが圧倒的に不利ね。まあ、今回もステアの援護に頼ることになりそう。実際、アイツが何をするか分からないけど。
「じゃ、始めましょうか」
「そうだね」
大それた口上もなく、ただ自然と、互いに地を蹴る。
鏡剣が極光を纏い、黒月と衝突する。
二度目の、白と黒の激突が始まった。
「やっぱり、自分で体感するのは違うね……!」
「抜け抜けと!」
魔人は私の力と速度に目を見開きながらも、相変わらず《界斬》を纏った鏡剣の一撃は黒月に受け止められる。
魔人を押し出しながら、壁を破って庁舎の外に飛び出る。
宙に浮いた魔人に、空を蹴って追撃を図る。
しかし、魔人は宙にあっても体勢を翻し、黒月を振るって鏡剣を弾く。
弾かれながら距離を取り、庁舎屋上に足を付ける。
「はぁ?」
敵の動向を注視していると、目の前の光景に思わず声を上げる。
なぜなら、魔人は地に足を付けているかのように、空中に浮いているから。
霊体ならあり得るけど……不愉快な魔力を黒月以外から感じないことからも、魔人は受肉体に、思える、けど……
「お手本のような反応だね。既存の常識から飛躍しないと、未知には抗えないよ? もう少し夢を見ようか」
「ステアみたいなことを……」
魔人が煽ってくるけど、どうしようもない。
風系統魔術で浮いていると思ったけど、そういうわけでもなさそう。魔人かどうかも分からない、【堕天】みたいな生命体かしら。
あ~……
「めんどくさい! 倒してから聞き出すしかなさそうね!」
「脳筋!?」
地を蹴り、私の思考放棄に目を丸くする魔人に斬りかかる。
受けられるけど、勢い全てを受け流されるわけじゃない。
押し退けることは出来てる。
だったら、空を蹴り、あらゆる角度から攻撃を仕掛け、崩す!
《御神体》の速度であれば、いつかは反応が遅れて――
「っ!」
攻撃を続け、死角から攻撃したにも関わらず、鏡剣は黒月に阻まれる。
さっきまで黒月の切っ先は、確実に魔人の正面へ伸びていた。
けれど、事実、今、影の刃は魔人の背後を守った。
「逆手!?」
「便利でしょ?」
魔人は体を翻す勢いのままに、鏡剣を弾いて蹴りを見舞ってくる。
「おっも……!」
片腕で受け止めるも、見た目以上の衝撃に腕が軋む。
事務職とは到底思えない威力……
「っ! また……!」
念のために腕に治癒魔術を施しても、痛みが引かない。
これは……【堕天】から喰らった打撃と同じ――
「気が散る痛みかな?」
今度は魔人が追撃を図り、黒月を振り下ろす。
真正面から受け止めるけど、勢いを耐えられずに庁舎南側の屋上から一階までを破壊しながら押し込まれる。
「ぐっ……!」
「おっと」
鏡剣を支える力を意図的に抜き、魔人の体が傾いたところに横から鏡剣を振るう。
しかし、黒月が不自然に伸びて、またしても魔人を守る。
打ち合った勢いを利用して、廊下を滑りながら魔人と距離を取る。
「本当に……影だからって限度があるんじゃないかしら?」
「世の中そんなものだよ」
魔人は倒壊した瓦礫に足を載せ、淡白に答える。
あの影……伸縮自在なだけじゃない。単純だけど、持ち方を変えずに順手と逆手と自由に生やせる。あくまでも刀という体だけど、他の武器にも変わるのかしら。
そういえば、リオは『無星』という、大包丁のような形に変形させていた。魔術の発動もそれから――
「さて、もっと広く動こうか。《穿流》」
!?
魔人が人差し指を私に向けると、高速で、恐らく超高圧の水の線が飛んでくる。
「魔術やれんのかい!」
反射的に躱し、壁を破壊しながら外に出る。
向こうも同じで、平行に外に出ると私に……正しくは私の足元に手の平を向けている。
「《地興》」
「づっ……!」
途端に私の足元が爆発するように噴き上がり、後ろに吹っ飛ばされる。
最高点までに打ち上げられる頃には魔人が追いつき、黒月を振るう。
空を蹴って剣筋から逸れながら黒月を弾き、体勢を立て直すと、逸れた方向である西へ互いに駆ける。
その間も剣戟を交わし、影と光が衝突し続ける。
市街地に入ってしまったけど、市民はレニットの捜索を未だに続けているつもりなのか、一般人の魔力は感知できない。人質を作られたり、巻き添えの可能性がないのは都合が良い。
「フンッ!」
「くっ……!」
剣戟の最中、鏡剣を真正面から受けた魔人は一本向こうの道に吹き飛ぶ。
単純な速度、膂力なら私の方に分がある。ここまでやり合っても、伏魔殿を使う様子はない。魔大陸遠征よりも速くなった私であれば、きっと伏魔殿に取り込む前に避けることは容易。
動けなかったり、行動範囲を狭められないように――
「《地興》」
「マジ!?」
辺り一帯の地面が、家屋を巻き込んで私を閉じ込め、押し潰すようにせり上がる。
魔導器無しでこれ? 信じられない出力。
けど――
「《界斬》!!」
上空に向けて極光を放ち、せり上がる壁に風穴を開ける。
土石流から脱出しながら魔人を魔力感知で追うと……建物を伝って西へ跳んでいる。
私を閉じ込めようとしておきながら、逃亡? どっち道――
「逃がすか!」
「速っ!」
高速で魔人に迫り、背後から鏡剣を振り下ろす。
今度は魔人に巻き付くように黒月が伸びて鏡剣を防ぎ、地面に撃ち落とすだけに留まる。
いつの間にか都市西部――自然干渉魔術の塔前にまで来ていた。
魔人はすぐに体勢を整え、互いに刀剣を構える。
ここに来て、睨み合いが始まる。雷雲が近づいているのか、雷鳴が聞こえ、まばらに雨粒が視界にちらつく。
互いの呼吸を探るように、沈黙が続く。
が、それも長くはなく……
《界斬》に迫る強さの稲光が、周囲を照らすと同時に――
「「……っ!!」」
互いに地を蹴り、一際大きな雷鳴が響くより速く、白と黒が激突して――




