第二十八話 尋問
スミンの黒い空間――伏魔殿に引き込まれ、無傷で済んだが体に全く力が入らず、今はアズサの魔術で支えられている。
スミンは首長室の事務机の上に角灯のような影を置くと、自身も机の上に腰を載せ、尋問を始めた。
スミンがクズへ最初に問い質したのは、今回の主犯であろう四人が結託した経緯だった。クズは黙秘するわけでも、噓を言う様子もなく、淀みない口調で話し始めた。ただ、口の動きに対して目は異様に見開かれ、脂汗をダラダラと垂らしている。異常な様子だ。
そんな状態でも経緯はスラスラと明かされていった。
レニットが魔術都市にやってきた三年前、アイツは都市に危険が及ばない程度に飛竜を討伐して間引いていて、順当に一等から特等になったようだ。ただ、商人組合長だったクズが首長になり、火薬の発見によって状況は変わった。
山脈内で採掘されながらも、クズ石として捨てられていた硝石がたちまち有用なものとなり、採掘場の拡大が推し出された。当時よりも拡大するとなると、飛竜の生息地となる北部の開拓が必須になる。そのためにはレニットを働かせる必要があり、学のないアイツ一人だと諸々の不安が付き纏うから、魔衛士を付ける必要が出てきた。
実力から順当に選ばれたのが、あの三バカ。けれど、討伐するだけで他の仕事を魔衛士たちに放り投げて振り回すレニットに、あの三人はしっかり不満を溜めていったらしい。
そんなアイツらの様子を見たクズが話を持ち掛けた。自分の性的欲求に加えて最強の手駒を得られる好機として、クズはレニットが魔術都市にやってきた時から狙っていたらしい。他の三人も各々の望みと合致し、レニットを従える計画が進んでいったようだ。
以上が、大まかな経緯になる。
ガキの下に付くってのが不満だったんだろうか。もう少し弁えるってことが出来ないかね。それか、俺みたいに痛い目を見ても矯正させたりとか。
まあ、そういう努力をしないような奴らだったからこその、この末路だったんだろうけど。
「なぜだ……なぜ……全て……」
経緯を話し終えたクズだが、さっきまでの流暢な話し方とは対照的に声を震わせている。
やっぱおかしいな。自分の意志で話しているわけではない? だとしたら――
「私がまず最初に不審に思ったのが、当初の採掘計画より僅かに採掘量が少ない地点が多かったところ。自然頼みの事業ではあるから、予定通りに進むとは限らないけど、さすがに経理部門も首を傾げていた。都市の収益に直結するからね。そうなると考えられるのは、誰かが本来採掘した分を自分の物にしているということ。いくつかの業者に採掘を委託していたわけだけど、中にはピグトルが指名した業者も含まれていた」
「じゃあ、ソイツらがコイツに横流しを……」
俺の結論に、スミンが頷く。
けど、硝石を横流しにしたからって……
「この都市の硝石は、冒険者組合での実戦用以外では全て帝都に輸出されるわけだけど、どうやら帝都の帳簿には魔術都市側の帳簿以上の取引が行なわれたことになってたみたい。この点から、ピグトルが硝石を横流しして私的に取引していたのは確定。何がタチ悪いって、相手側は正当な取引だと思ってるところなの。商人組合長という経歴と、首長という立場。印章が堂々と使われたら相手方も信じてしまうのでしょうね。言っておくけど、採掘権は都市に帰属するのであって、その延長にある産出物の所有権も含めて、首長が自由に扱っていい代物ではない。誰が主導していようと損益は必ず経理に計上しなければならないの。この時点で、違法行為を行ったとしてピグトルを逮捕すべきなの」
「なぜ……そこま、で……」
「帝都の帳簿に関してはこっちも不正させてもらったわ。私たちの情報網に勝る組織はこの世にないもの」
慄くクズにスミンは肩をすくめる。
魔人らが世界中に根を張っていると言っているようなもんだ。
「それで、私が調べた中だと不正の取引先である商社は、スライダーとイーガスの2社。他に関わった商社はある?」
「バイケースもだ」
「あぁ……そう。そこ、帝国東部の商社だよね。帝都以外の地域にも売りつけてたわけか。自力で調べようとした私がバカだった」
手広く硝石を流していたクズの回答に、スミンは悔しそうに額へ拳を当てる。
ただ――
「話が見えないな。結局、金の話だろ? それが騒動とどう関わって――」
「そう、そこなの。正直、悪代官の不正として私は見過ごすことも出来た。往々にしてこういう輩はいるし、下手に告発して私が悪目立ちするにしては割に合わなかったもの。けれど、採掘に関わる不正の証拠を押さえた時期に、レニットが首飾り……この鍵を身に付けるようになった」
スミンは衣嚢からカギ型の首飾り――催眠効果の魔導器を取り出す。
「そ、それは……!」
それを見たクズは一層目を泳がせる。
「さて、この魔導器だけど話を聞く限り、魔術を発動するものではなく、実行処理を空打ちさせて魔術士に負荷を与えるだけの代物らしいね。確かに成長期にこれを使っていれば、魔導路を確実に成長させられるけど……この魔導器の出所は魔術都市ではなかった」
手元で首飾りの紐を揺らしているスミンは俺に、試すような視線を向けてくる。
「ここじゃなくて……他所から? 量産できない……高度な技術を要する魔導器を? それで、金が要るってか?」
「そういうこと。ピグトルはこの鍵を、足がつかないように国境どころか海を越えた先、オストラ群島国家の技師に依頼して調達してきた。合ってるね?」
「あぁ……」
クズは項垂れながら答える。
この魔導器を用意するために不正な取引に手を出したのか。
「実際は不正なんかしなくても自分の蓄えで用意できただろうけど、生活水準に関わる額だから不正をしたのかな? まぁ、これはどうでもいいや。それで……ハァ……」
スミンは大きく溜息をつく。苦い顔だ。
「一応、聞いておくけど……この鍵で開けられるそこの扉。一体、何の目的の部屋なの?」
スミンは部屋の横にある金属の扉を指しながら鍵を回している。
目的? そんなん……
「危険物の保管庫じゃ――」
「私たちがレニットを愛でる部屋だ」
は?
うっ……え?
あ、あ、おっ?
うぇ……
あ”あ”あ”~~~……
う”う”う”~~~……
お”お”お”~~~……
アタマおかしなりゅう”う”う”う”う”~~~!!!
はぁ!? なんなのマジで!? え、ヤリ部屋!?
命張って確保した鍵で扉を開けると……ヤリ部屋!?
効果をパチこかれただけでなく、用途先すら違うとか……ハァ!?
コイツらのお楽しみのために飛竜に食われそうになったとかおかしいだろ!
「あの……ドンマイ! 明日はいいことあるって!」
「うるせぇ!!」
俺を支えながら引きつった笑顔のアズサに煽られる。
マジでコイツよぉ!!
「まぁ、普通に考えて保管庫をここに作るわけないよね。私だったら地下に用意した上で警備員を配置するよ。鍵もレニットに持たせようとはしないかな。元々この部屋はあまり使われてなかった会議室だったんだけど、突然機密性の高い工事を始めて不思議でしかなかったんだよね。防音工事もしてるし……リオに話してみたらすぐに言い当てたしね」
「そういう系の話であの子の横に並ぶ奴もいないでしょ」
スミンとアズサが見合いながらしみじみと頷いてる。
「この魔導器の仕様――使用者を徐々に昏睡状態へ導くということが分かった時点で、既にピグトルは監視対象に入れてた。レニットの安全は私たちに不可欠だったからね。今回の騒動の全貌が掴めたのは少し先。私の事務能力が高いという理由だけで魔術士組合長になって、上役の会議に出席するようになった頃。北東の、認識干渉魔術の研究を取りまとめている塔の管理主の様子が少しおかしかったの。浮かない顔と言えばいいのか……その時は違和感程度で、仕事に支障を来さないように相談にでも乗るつもりだったんだけど、どうにもただならぬ様子だった。話を聞こうにも言葉に詰まる様子で、会話が途切れる。職務上、私はよく見た光景だった。《楔打》によって口外を禁止された状態のね」
「バカな! それだけで全てを把握しただと!?」
声を上げるクズに、スミンは首を振る。
「さすがに《楔打》が掛けられていると分かっただけで、そこまでは分からないよ。だから、本人から直接聞いた。グレネー達が彼女の家族を人質に強請って、認識干渉魔術の中でも特に秘匿される塔内の禁書――《隷奉》の術式構成を閲覧したとね」
「聞いた……? 聞いただと!? 楔方のあの女には、自分自身に契約させて私たちの口外を禁止していたのだというのに――」
「学習能力がないのかな……さっきまでベラベラと、自分の口が勝手に動いていたというのに」
そう言いながら、スミンは影の角灯を指先で押して傾ける。
やっぱりそうか。クズが動揺しながらもスラスラと口が回る様子に、《楔打》の契約すら無意味にしたというなら……
『自白の強制』。それが、あの影の能力。
それに、さっき言っていた《隷奉》という魔術……それが地下でレニットに体得させようとした魔術か。操り人形にする魔術なんて、禁書指定も当然か。
「付け加えておくと、『御篝』を見せた彼女には私が改めて契約させた。日常会話にも支障が出る程の契約をさせたみたいだから、解除して私の行動とコレの秘匿を契約したよ。お前らが程度というものを履き違えたおかげで、私はここまで辿り着けた。あとは、ステアも知っての通り。まさか示し合わせたように君らが魔術都市に来るとは思わなかったけど、リオが言った通りに動いてくれてこっちも助かった。おかげで成果は上々。ピグトルの処分さえすれば私たちの仕事は完了だよ」
スミンの口元は緩み、達成感を味わっているように見える。
対するクズは、鎖を鳴らしながら椅子の上で身動ぎし、惨めに啼き喚く。
「いやだ……いやだ!! 死にたくない!! 私は……ワタクシはァァ……!!」
「元々、お前は都市運営に向いてなかったんだ。おかげで現場がどれだけ振り回されたか……流行に乗って程々に稼いでいれば良かったものを。分を弁えなかったから、こうなったんだよ」
同意を求めるようにスミンは俺を見る。
それは……そうだな。
そして、クズと目が合う。俺に、縋りつくような目で――
「チッ……その目、やめてよ。星が陰る」
スミンは表情を険しくすると、拳を握る。
「“醒めろ”、『黒月』」
呟きと共に、スミンが拳を握った腕を振る。
手の先から伸びた『黒』がクズの体を通り抜ける。
瞬間、鎖が弾けて、クズの胸あたりから血が噴き出て、胸から上が傾いて、落ちて、俺から見えなくなった。
事務机を隔てた先の景色は……
俺が殺したようなもんか。
「さてと、ようやく終わったね。少し名残惜しいけど、帰ろうか」
「そうね。ステアはどうする? 連れてく?」
スミンとアズサは一仕事終えた様子で話している。
俺を拉致る気か? チッ……体はまだ動かねぇ……!
「そうだね。あの子も会いたがって――」
スミンは何かを言いかけて、止まる。
けれど、すぐにその顔には動揺が走る。
「アズサッ!! 今すぐ私の後ろにッ!!」
「えっ!?」
スミンはアズサの腕を掴み、自分の元へ引き寄せる。
アズサが支えていた俺の体が倒れそうになって――
「「「!!?」」」
後ろから凄まじい破壊音と共に粉塵が流れ込むと、俺の体は別の何かに支えられる。
脇目に、見飽きた純白の姿がある。
「ちょっと……情報量が多すぎるわね」
「遅ぇ……」
【戦姫】フィーネ・セロマキアが庁舎四階の壁を破壊し、俺の襟を掴んでいた。
前方にいるアズサは目を丸くし、スミンは微笑み、口を開く。
「確かに遅すぎるんじゃないかな。何か問題でも?」
「……飛竜が多かったのよ。斬っても斬っても湧いて出てね。そういえば、青い体表に、普通のより二回りぐらい大きい飛竜に手間取ったわね。火も吐いてたし」
それって……
「それがヌシだし、竜災を片付けたのなら早すぎだよ……!」
スミンの顔が強張った。
どうやらフィーネは一人で竜災を片付けたらしい。
「許してやらんでもない!」
「何様よ!」
「イッデッ!?」
フィーネに脇腹を斬りつけられる。
冷汗が出るが、瞬時に傷は塞がり、全身の負傷も痛みも消えていた。
フィーネが俺の襟から手を離す。
あれ……立てる。
「うわぁ……マジで斬ってるよ……」
フィーネの魔力補充に、アズサがドン引きしてる。
ヒカネにいた頃は知らなかったのか。リオから聞いたんだろう。
「どういう状況……は長くなりそうね。何が残ってるの?」
「コイツらをシバけば完全勝利だ」
「そう、分かりやすいわね」
フィーネもクズの死体を視界に入れてるだろうが、迷いはなさそうだ。
鏡剣を構え、魔人二人に相対する。
ただ――
「フィーネ、スミ――どわっ!」
「っ、ステア!」
スミンの名を口にしようとして、体から力が抜け、倒れそうになったところをフィーネに支えられる。
とにかく伝えないと。
「伏魔殿に入れられた」
「っ! 今のは……」
「たぶん……そういう能力」
フィーネの表情が固まる。
当然か。本人には嫌な記憶しかないもんな。
話している内に自力で立てるようになった。
これ……なんとなく分かったかも。
「スミン……私も――」
「あまり言いたくないけど、アズサじゃ何も出来ないよ。ポイントに急いで」
「……分かった」
スミンは黒月を構えてアズサに何かを指示し、アズサは歯痒い様子で頷く。
フィーネは奴らを正視しながらも、俺に声を掛ける。
「ステア……今回も頼んだわ」
……
ハハッ。
「ああ! 待ってろ!!」
そう言われたら、やるしかない。相手が伏魔殿が出来ようと、俺に出来ることをやるだけだ。
首長室を飛び出し、廊下を駆ける。
フィーネの隙間を埋めて、今度こそケリ着けてやる!!




