第二十七話 伏魔殿
試される『正義』。
照らし示される真実。
下される“勝者”と“敗者”の審判。
黒く伸びる未来。
たとえ何者になろうとも、進まなければ――
~~~
<ステア視点>
特等魔術士に質問来てた!
問.『最強の魔術って何?』
結論――
「はぁ??」
時刻は二週間前。ミディウス大橋の宿屋で、寝台に寝転びながら新しい魔術を紙にまとめていたフィーネに聞いたわけだが、「あんたバカァ?」とでも言わん顔で返された。
確かに安直すぎたかもしれない。もし俺も子供に、「最強の武器って何?」と聞かれたら、「それが分かってたら俺は今頃英雄だよ、クソガキ」と返す自信がある。
何の気なしに聞いただけだが、フィーネは真面目に考え始めた。
「最強って……威力は《界斬》だろうけど、適正と魔力が……そうなると《大壇焔》? でも、魔術士の処理能力に依存しすぎだし……」
フィーネは悩みながらブツブツと呟いている。
どうやら総合的に優れている魔術が最強に近しいという考えらしい。
冒険者に置き換えて考えてみると、重量がある業物の大剣が最も魔獣討伐に有効な武装の一つになるだろうが、俺がそれを持っても上手く扱えはしないだろう。体格的に振り回されるのは確実だから、それよりは片手で持てる剣に、飛び道具として暗器を使う今の戦い方が一番合ってると思う。
当代最強と近い考えに顔が緩んだところで、フィーネは思い出したように声を上げた。
「そういえば……魔術なのかすら分かってないけど、歴史上の特等魔術士、その一部が共通して持っていた絶対的な能力ならあるわよ」
「なんか、カッコいいじゃん。何それ?」
すると、フィーネは起き上がって寝台に胡坐をかき、神妙な面持ちで力の名を唱える。
「『伏魔殿』」
「ふくまでん……?」
重々しい言葉の響きだな。
「フィーネは……持ってる?出来るの?」
「いや、出来ない。歴史上でも本当に一握りなのよ」
首を振るフィーネはどこか浮かない表情だ。
「それで、結局どういう代物? 魔術ですらないって……」
「それがね……伏魔殿を体得した魔術士の言葉はもちろん遺されてるんだけど、どれも言ってることが違うのよ。それに、身術を何かしら変えたとかじゃなくて、いつの間にか体得してるものなのよ。さらに言えば、等級に関係ないみたい。三等程度の身術しか身に付いてなかった魔術士が、伏魔殿を会得して特等になるなんて場合もあったって」
「三等から特等!?」
成り上がりにも程があるだろ。
『登場人物が危機に瀕したときに新たな力が覚醒するっていう胸アツ展開は魔術士には通用せず――』
ヒカネの授業でライザが言っていたことだ。もしこの通りの状況で伏魔殿が扱えるようになったら激アツすぎる。
「でも……魔術の常識が土台からひっくり返ってね?」
「それだけ特殊な事象なんでしょ。実際、私も会得してないんだから、考えるだけ無駄よ。ただね――」
フィーネは暗い表情で口に手を当てる。
「私、出くわしたのよ。魔大陸で。たぶん魔人なんだけど、伏魔殿をやってみせた奴に」
「おま……それで、どうなって……」
「結論から言うと、私は何ともなかったの。予備動作なんだろうけど、凄まじい魔力の圧を感じてその場から離れたのよ。そしたら、目の前に巨大な黒い箱……結界かな。突然現れたそれに、ギリギリ私は閉じ込められることなく済んだの。ただ、他の探索隊の人たちは残されちゃってね。《界斬》で壊そうとしたんだけど、何の変哲もないまま時間だけが過ぎて……結界が消えたと思ったら、その場には全滅した探索隊しかいなかったの。そういえば、あの時近くにいたケニドアだけは首根っこ掴んで退避させたわね」
フィーネは悔恨に顔を滲ませている。
よっぽど堪えた出来事だったようだな。何とか【組長】だけでも助けられたのが不幸中の幸いか。
さすがは魔境、魔大陸。そこにいるであろう魔人たちは伏魔殿標準装備なんだろうか。
「一応聞いとくけど、その魔人って……」
「黒い格好の金髪で……白いメガネを掛けてた男かしらね。不快な魔力を感じなかったから、受肉体かな。いやでも……今にして思えば、あの魔力の圧……リオが持ってた黒月に近かったかも」
わ~お……なにソイツ、【堕天】の仲間の可能性があるの? いやでも……ガッツリ無差別殺人してね? 仲間じゃないのか、よっぽど近づいて欲しくない場所に探索隊がいたのか……
「まあ、ヤバいってのは分かった。身術の更新以外だと、フィーネが伏魔殿を会得するのもメンデールでやることだったりするか?」
「そうね。けど、直近でも伏魔殿に関する文献は五百年も前のもので、とっくに読んだ後なのよ。あんまり期待できないわね」
「そりゃ残念」
参考事例すら少ないなら仕方がない。本人の力量に関わらないようだし、運任せな要素もあるんだろう。
「そもそも再現性が無いモノに頼りたくないのよね。どの文献を見ても魔術らしい能力を発動してるみたいなんだけど、人によってその効果が全然違うのよ。ただ、そんな訳の分からない力でも、文献全てに共通した言葉があったの」
学者らしい文句を垂れているフィーネだが、その表情はやけに迫真めいたものに変わっていった。
「伏魔殿は、『世界』。絶対的で、何もかもが自分の思い通りになる――」
フィーネは、俺の目を見据える。
「『夢の世界』」
~~~
「伏魔殿『御魂繫参道』」
黒く染まった世界。
一本道を示すように、“白”が石畳を象って伸びている。
道を照らすように、脇には角灯が縁どられ、向こうへ並んでいる。
そして向こう、大体二十七間先に門が立っている。
その下に女性――魔人が片膝を立てて座っている。
俺は、いつの間にか、ただ足を前に進めていた。
「君は、何のためにこの事件に関わった?」
スミンに問われる。
自然と、口が動く。
「……レニットを見つけるために」
「なぜレニットを見つけたいの?」
「アイツが……特等魔術士で、まだ子供で、絵がメチャクチャ上手い奴で、夢を持ってて、俺たちの夢に必要で……あのままで終わらせたくなかったからだ」
「あのままとは?」
「まともな足し算引き算も出来ないアイツを詰めて、逆ギレされて下痢にされかけた。このままにしたくない。やり返してやりたい」
「やけに機嫌を悪くして帰ってきたと思ったら、そういうことね。やり返すなんて、結構大人げないね」
俺の子供じみた動機にスミンは笑う。
だが、瞬時に俺を見据えた表情へ変わる。
足が、明らかに重くなった。
「それで、レニットが目覚めた今、なぜ私たちに向かってくるの?」
「それは……お前たちを放置できないからだ」
「魔人二人を前にして、君如きに何が出来るというの?」
「関係ない……!」
全身に、物理的な重圧を感じる……! 足が……上がらない!?
「君たちも、私たちも目的は達した。だったら、これ以上危険を冒すような真似は意味がないと思うけど?」
「だから……関係ないっつってんだろ! お前らの“計画”が俺を滅ぼすっつーなら、止めるしかねぇだろ!」
体が、重い……!
一本道の半分で、膝をつく。
四つん這いにまで……!
少しでも……前に!
「別に君だけを狙い撃ちしてるわけじゃないんだけどね。それに分かってると思うけど、私たちは時間を費やして事に当たってる。人間の一生なんて比べ物にならない程に。きっと君が生きている間も“計画”は達成されないよ。極論、関わって来ないなら君に実害なんて無いの。それなら、フィーネの夢を果たすために注力する方が賢いと思うんだけど?」
「……不愉快なんだよ」
「何……?」
クッソ……体が支えられねぇ! 這いつくばってでも……アイツに……!
「不愉快だって言ってるんだ! 魔人のくせにゴミクズ共よりも真っ当な人間性なんざ持ち合わせやがって! 大それたことをしでかすつもりのくせに、縮こまって手段を選んでるんじゃねぇよ! 気に食わねぇんだ! お前らは一体何なんだ!? 俺たちを滅ぼしたいわけじゃねぇんだろ! 本当は何がしたくてそうなっちまうんだ! 言え! 答えろよ! アホみたいな時間を掛けてまでお前たちは何を夢見てるんだ!? その先にあるのは『最高の景色』なのか!? 見せてみろよ!! お前らの目的さえ分かれば、俺でも、フィーネでも! お前らがやりたくねぇことをやらないで済む方法を見つけ出してやる!! だから……!!」
ぐっ……あ”あ”あ”あ”あ”!! 動けぇ! 俺の体ァ!!
「『最高の景色』……ね。大層なことを言うじゃない。そういう君の……夢は何なの?」
そんなの……決まってんだろ!!
「アズサをヒカネに帰す! ロゼと、フレアと、あの生徒たちに必ず会わせる! あの『最高の景色』の……足りなかった一欠けらを揃えて完成させる!! そんで、リオを滅多打ちに仕返ししてやって! ジョンと、ラビッサと、ガディアの迷宮探索を案内させて、今度こそ六人で踏破して地上に帰る!! お前が何なのか未だに分かんねぇけど! ここでフィーネ専門の受付係になってろ!! それで……この旅の先! 銀煌龍をどうにかして【仙斧】を仲間に! レニットも加えて魔大陸を踏破する! その先に、フィーネだけじゃない……俺が関わった奴らの夢が叶った、『最高の景色』に満ちた世界を生きてやる!! これが俺の夢だぁ!!!」
全部……全部やり遂げたい。きっとこれからも夢は増える。
全てを叶えた先にある、『夢の世界』に生きていたい。
俺の叫びにスミンは目を丸くする。
けれど、すぐさまそのお堅い顔に、笑みを浮かべる。
「そっか……リオが言ってたのは、こういうことね。なおさら今の君に、私たちの夢を教えることは……まだ出来ない」
!?
スミンが言い終えると同時に、世界が色を取り戻す。
首長室だ。さっきと様子は何一つ変わらない。
あれだけ遠くに座っていたスミンも、手を伸ばせば届く距離でうつ伏せの俺を見下ろしている。
「伏魔殿って……やりすぎじゃない?」
「そうかな? 確かに過剰な気がしないでもなかったけど、やるだけの価値はあったよ。やっぱり、物事は自分の目で確かめるに限るね」
アズサの怪訝な顔に、スミンは微笑で返す。
俺は今、這いつくばってるだけで体に異常はない。フィーネが言ってた、中に入った奴ら全員皆殺しなんて感じじゃない。スミンの伏魔殿は、ただただ黒い空間で、自分の体が支えられない程に重くなっただけ。
これが『夢の世界』? わけわかんねぇ……
けど、今はある意味で好機!
体は重くないし、起き上がれる。スミンは悠長に背を向けて、クズが拘束された椅子へ足を向けている。
これまでの様子から、スミンは受肉体のはず。この歪んだ剣だろうと、不意打ちをすれば霊体を引き剥がせて――
「ぁれ……?」
「おっと! 危ないっ」
体から力が抜けて、前のめりに倒れる俺にアズサが駆け寄ってくる。
アズサに体を支えられて……いや、浮遊感を感じる。そういう魔術か?
「つーか、なんでお前が俺を助けてるんだよ……」
「いや、なんというか……もうどうしようもないし、倒れた勢いで変に剣を突き刺しても良くないでしょ?」
そう言いながら俺を支えるような体勢を取っているが、アズサの右手は不自然に、俺に翳すように向けられている。これは、魔術を……
アズサに視線で訴えると、バツの悪い顔をされる。
本当に……何がしたいんだコイツは!
「それじゃあアズサ。この結界を解除して」
「うん……分かった」
スミンの指示に、アズサが応じる。
スミンを視界に入れると途端に体から力が抜ける……! なんだこれ? これがさっきの伏魔殿の能力か?
「キ、キサマ!! 受付嬢の分際で、私に何をするつもりだ!?」
遮音の結界が解かれたのか、クズの情けない叫び声が部屋に響く。
「随分な言い方ね。これでも受付部門の部長だし、ここの魔術士組合長でもあるんだけど。まあ、それも今日で終わりなんだけどね。辞表は職員寮に置いてきたし、人事についても一筆添えてきた。その通りにしてもらえると思ってはいないけど。あぁ……もうお前には関係ないか。今日でお役御免なんだから」
スミンの言葉に、クズは顔を引きつらせ、過呼吸になる。
「アズサにお前を拘束してもらったのは、単にこの騒ぎの全容を私が把握したいがためよ。そっちも念入りに準備してたおかげで、私も調べ上げるのに苦労した。その答え合わせといきましょう」
スミンは、何かを摘まむように手を前に出す。
「“示せ”。『黒月/御篝』」
コイツも黒月を……!
指先から“影”が伸び、伏魔殿にあった脇の角灯のような形を成す。
「さて、これから聴取を始めるよ。先に言っておくけど、黙秘も、虚偽答弁も出来ないから」
俺の体が全く動かないまま、スミンによる尋問が始まった。




