第八話 生活指導
時刻は二十一時頃。任務内容のほとんどがフィーネによって片されたが、この時間にもなれば腹が減る。
晩飯は討伐した魔狼の肉だ。人間が魔獣の肉を食べても体をおかしくすることはない。人間自体が魔力を生み出しているのだから、空気中の魔力や魔獣の肉を取り込んだところで変異は起きないという理屈らしい。
フィーネがどれくらい食べるのか分からなかったため、俺が討伐した魔狼三体の死骸から多めに、足四本をそれぞれ切り落とした。残りの胴体は当然、魔狼の死骸の山に加えて燃やしている。
暗器を使って毛皮の処理をしている最中に、俺の体に起こった異変についての考察を終わらせたフィーネが話しかけてきた。
「何してんの?」
「うん? 毛皮剥いでる」
「え? 服とか装備の素材になるの?」
「はい?」
嚙み合ってない。焼くのにも食べるのにも邪魔だから皮を剥いでるんだ。装備の話にはならないだろ。
いや、根本に立ち返ろう。フィーネは常識があるはずだが、その習慣は常人でないことは今日一日を通してよくわかった。
今は昼飯を食った俺が大して仕事をしてなくても腹が減っている時間だ。対して、フィーネは昼飯を抜いた上で俺の何倍もの運動量で腹が減ってない様子だ。
つまりだ。今日何度目かも分からない湧き出た疑問を彼女にぶつける。
「フィーネさんよぉ……あんた身体強化だかの魔術で飯いらない体になってんのか? それとも空腹ではあるけどそれを感じないのか?」
「あっ……」
きれいな顔で間抜けに口を開けている。
結論から言うと、答えは前者だったようだ。
「身体強化魔術は肉体の筋力を飛躍させる魔術だから、そのために必要な栄養だったり活力なんかを魔力で生み出すのが第一段階なのよ。それを一般的な運動水準に落として肉体が生命維持に必要とする成分を魔力で補っているの」
「これまでの仕事で色んな魔術士と仕事はしたけど、食事を抜くなんて人は一人も見たことないよ。魔力って体力と一緒で、食事とか睡眠やらで回復するんだよな? そうするどころか魔力使い続けるってヤバくない?」
「その通り……です。一日に一、二時間はかかることをするくらいなら魔獣数体斬ってあとは研究に時間を使った方が有意義だと思ってました……」
フィーネは俺の暗器を使って手伝ってくれている最中に答えてくれた。この作業に慣れていないのは明らかで、俺が手本を見せてはいるが、なかなか時間がかかっている。この様子だと、特等になってからは少なからず魔獣を捌いて食べたことはなさそうだ。
最終的には、俺が十本、フィーネが二本捌いて肉を焼いた。フィーネの方は歪な部分が多かったが、肉が無駄にならないように努力した形跡はみられる。
立場に似合わずこんな下処理を手伝ってくれるのは素直に称賛する。さっきからシゴデキお姉さん感は薄れているが、従者相手にも丁寧に扱ってくれるところに非常に好感が持てる。めちゃくちゃな一面は付け入る隙をあえて作って平衡感覚を保っているようにすら思えてしまう。
まあ、これがフィーネ・セロマキアの素なんだろうけどな。
俺たちはそこらの枝に刺した肉を食事用の焚火で焼きながら、対面して座る。
「少なからず、俺が近くにいる間は一緒に食事を取ってもらうから。フィーネの元から無い魔力が回復しないことは分かるけど、栄養補給はできるからね。減った魔力の分だけ俺が斬られる回数が増えるのはごめんだよ。俺はフィーネ・セロマキアの魔衛士でありたいのであって、美人に斬られたいわけじゃないんだよ? 実際、俺からのと魔狼から補充した魔力はどれくらい違ったの?」
「比べ物にならなかったわ。魔力量も、それを運用した出力も。ステアの魔力は運用効率が良すぎて他の生き物じゃ満足できない体になっちゃってるわ」
言い方はアレだけど、俺の有用性は再確認できたようだ。
焼き始めた最初の二本が出来上がったので、一本をフィーネに渡す。
「おあがりよ」
「……いただきます」
少しの間があったが、身体強化魔術を解いたのだろうか。
フィーネは特に喋ることなく肉を口に運んでいる。
ちょっと不安だ。この肉は固いわけではなく食べやすいのだが、臭いが少し気になる。
王城に出入りしているなら、高級な料理を口にしたことは一度や二度ではないはずだし、世界を巡っているなら古今東西の伝統料理なんかも食べただろう(年相応に)。俺の男飯なんかで満足させられるとは思えない。これからの旅の中で俺が飯を振舞う度に文句を言われるのは苦痛だ。
警戒している俺をよそにフィーネは一本食べ切り、口を開いた。
「これ、おいしいね」
うわぁ……文句の次に聞きたくなかった。
俺も素材の違いまで分かるわけではないが、明らかにこの肉は臭い。もしかしてコイツ、バカ舌か? またしてもフィーネの品格が下がった気がする。可哀そうになってきた。
「フィーネ。世の中にはこれ以上に美味しいものいっぱいあるだろうから、道中色んな店に寄ろうな?」
「そうかな? 意外と魔獣の肉もおいしかったのね。斬るだけで済ますのはもったいなかったわ」
「うん……そうだね……そうかな……まだまだお食べ」
出来上がった肉串をもう一本差し出した。何だか気に入ってしまったようだ。
結局、食べている内に食欲が湧いてきたのか、フィーネは六本、俺は四本で夕食を済ませた。もちろん残りの肉は死体の火の山に放り込む。
腹も膨れたところで、フィーネが俺の戦いを振り返った。
「意外と積極的に動くのね。導線が視えるようになったのはうれしい誤算で納得したけど、鏡剣を投げた後の二体の仕留め方は予想外だったわ」
「なるべく被害を受けないようにあれこれするけど、『できる』って思ったらすぐ行動に移すかな。魔狼の討伐自体は初めてではなかったし、魔狼の速度が活きる平野ではない森林という環境。あとは普段より持ち物が多かったり、失敗してもフィーネが後詰めしてくれるだろうと考えたり。
要は、踏ん切りがつく要素がどれだけあるかって話だと思う。時間も資源も絶対に限りがあるから、最終的な決断を迫られるまでにいかに選択肢を増やすか。十分であればすぐにでも実行に移すし、そうでないならギリギリまで足掻く。これが力を持たない奴が戦いに最大限関わることができる方法だよ」
俺の基本的な考え方にフィーネは満足したようにうなずいたが、その後、物憂げな表情になった。
「確かにステアの発想やその行動力は才能と呼ぶに相応しいものだと思うわ。けど、それって自分が傷つくことも前提にしたものになってない? 少なからず、三体目の魔狼を相手にしたときはそんな感じがした。私がいるから大丈夫っていう考え方は危険よ。これからステアを傷つける私が言うのもなんだけど、自分を露払いにして私につなぐような戦い方じゃ、この先命がいくつあっても足りなくなるわよ」
「ハハッ! そういう組み立て方もアリか! 俄然やる気になってきたよ。そこらにいる量産的な冒険者が最強の魔術士の勝利に貢献できるなんて最高でしょ」
フィーネの顔が曇る。
「俺は被虐趣味ってわけじゃないけど、終わり良ければ総て良し!って考えで生きてるから最強が最強らしくしてくれれば大丈夫だよ。どれだけ俺が怪我しようとフィーネが治してくれるんだろ? それだけで十分。互いの努力の果てに最高の景色を見れるなら安いもんさ。信頼してるよ。最強の魔術士」
フィーネは唸りながら頭をかき、その後は諦めたように笑った。
「これは、とんでもない相棒を見つけてしまったかしら」
「お互い様でしょ」
互いに必要な存在であることを再確認し、笑い合った。
魔狼の山はだいぶ小さくなり、灰があたりを舞っている。
空を見上げると、真上に月があった。さすがに寝る時間だ。
「フィーネ。先に寝て。俺が起きてるから」
「?」
「お前、睡眠もしてないな?」
「……ハイ」
身体強化魔術が万能すぎる。全人類がこの魔術を扱えるようになったら文明はどこまで進んでいくんだ?
フィーネは俺に合わせた習慣にはしてくれるようで、超初歩的な質問をしてきた。
「寝るって言っても……どうやってやるんだっけ?」
「ハァ~……何も考えずに目を閉じるの。しばらくしても寝れなかったら焚火でも眺めてぼーっとしてればいい。とにかく余計な魔力を使わないで」
そう言うと、フィーネは座った状態で目を閉じた。二十分ほどすると、目を薄く開き、焚火を眺めた。十分程度でまた目を閉じた。
フィーネはこの状態を何度も繰り返した。たまに寝息のような音が聞こえたが、それに気づいた時にはまた目を開いていた。眠りがめちゃくちゃ浅そうだ。
赤ん坊の不規則な睡眠のようだった。なかなか面白い光景だったが、その様子が不安で俺が眠れなかった。睡魔に襲われれば川で顔を洗ったり、剣の素振りでもして眠気を紛らわせた。
そうこうしている内に夜が明けた。
朝日に気づいたフィーネはぐっと伸びをし、正面に座っている俺を見た。
「あの……おはようございます……元気ですか?」
「くっそ眠いっス……」
フィーネは申し訳なさそうにしながら俺の頭に手を当ててきた。野宿明けとは思えない爽やかな香りが漂い、一気に意識が落ちそうになるが、急に意識が覚醒してきた。
「一応治癒魔術をかけておけば元気になると思うのだけど……」
これが治癒魔術の効果か。疲労の感覚が嘘だったかのようになくなっている。ここまでの効果なら食事も睡眠も抜くのも納得だ。
だが、この力の源が俺の血肉というなら、やはり無駄遣いさせるべきではない。
俺たちは改めて周囲の様子を確認し、王都へと足を向けた。
怒涛の一日だったな……




