第七話 実戦
川辺に到着し、任務内容を改めて確認する。
「今回は川辺に棲みついた魔狼の討伐。小隊のような群れがいくつも合わさって大きな群れを形成するわ。一つの小さい群れを相手取って、ステアの多対一への対応力を見させてもらうから。そのあとは私が全て片付けるわ。ちなみにだけど、魔狼は通常の狼を底上げしたような身体能力に加えて、魔力の塊を口から放出するわ。威力自体は体当たりされたようなものだけど、魔狼の素早さと爪や牙の鋭さを考えたら、ステアにとっては致命的かもね」
「ガッカリされないように頑張るよ」
任務資料を見ながらのフィーネの説明に、軽く体を伸ばしながら答える。
特等が持って来た任務だからといって、俺のこれまでの認識からズレた任務内容ではなかったようだ。
川は森林を越えたさらに西部の山々から流れており、このあたりが終着点となっている。川幅は大きめの平屋、深さは膝下程度で、体勢を崩すほどの水流の勢いではない。
俺もフィーネも鞘から剣を抜き放ち、本格的な魔狼の捜索を始める。
フィーネが持つ鏡剣――魔導器と呼ばれるようだが、その刃を見てみると、なるほど鏡剣の名の通り、周囲の景色が剣に映りこんでいる。
王都側から川に沿って歩き続ける。
しばらくすると、川向こうの森から魔狼が三体現れた。あちらも俺らを視認すると、毛を逆立たせて戦闘態勢に入る。
対岸から魔力を放出されるのは厄介だ。浅瀬まで移動して、あっちから向かって来るように誘導しよう。
狙い目は、魔狼がこちらに近づくために、川に入って動きが鈍ったところだ。暗器を投げつつ、川から俺に飛び掛かったところに剣を振るう。これなら割かし俺の方が有利だろ。
考えがまとまったところで、俺の横を風が吹き抜けた。
すぐ横を見ると、フィーネがいない。
頭を振って探していると、対岸にフィーネがいて、魔狼三体を一振りごとに倒していた。
足元が濡れていないところを見ると、一足飛びで川を越えたということだ。
フィーネは剣に付いた血を振り払うと、こちらに顔を向けて俺と目を合わせる。
「あっ……」
最強の魔術士は、口を開いて呆然としていた。
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「俺が倒すんじゃなかったの?」
「いや、そうだったんだけど……」
一番近くに架けられていた橋を渡り、フィーネと合流した俺は彼女に問い質していた。
対する彼女は、首に手を当てて苦い表情を浮かべている。
「これは癖よ! 今まで魔力量に余裕があった時なんて無かったから、魔獣と遭遇したらすぐさま斬って魔力を補充してたの! こんなのを三十年以上続けてたら条件反射でどうしても動いちゃうわよ!」
反省が窺える顔から一転、フィーネは開き直るように声を上げる。
確かに三十年も続けてたらどうしようもならないな。一般人でいう食事・睡眠に加えて、魔力補充が必須になっていたのか。
フィーネもその後は気を付けると言い、魔狼の捜索を再開した。
森の端から魔狼を殺していって、その血で奥地の魔狼を誘き寄せるというのが全体の作戦だ。たまに共食いをするという特性を持っているため、上手くいくと思う。
フィーネと並んで森林の中を歩いていると、注意深く探す必要もなく、魔狼からこちらへ駆けてくる。
腰に提げた入れ物の暗器に手を掛け、戦闘態勢に入る。
けれど――
「あの……」
瞬きの内に、フィーネが一気に複数の魔狼の首を斬り落としていた。
そして、彼女は同じ流れをあと四回繰り返した。
「よし分かった。その剣が悪いんだな。俺が持ってるよ。お前はもう両手に俺の暗器持って大人しくしてくれ」
「うん、あの……ハイ……」
フィーネから鏡剣を奪い取って腰に差し、代わりに暗器を二つ持たせて両手を塞いだ。
白金の美女が、食事を待ち侘びて匙を机に立てる子供のように暗器を持つ姿は見ていられない。俺の中で、特等魔術士という称号に対する畏敬の念はとうに消えてしまった。
ここまでフィーネが倒した魔狼の数は二十二体。群れ全体を考えても、あと数匹程度までに減った。
そんな中で森林をしばらく探索していると、少し開けた場所に最後の群れであろう三体の魔狼を見つけた。ヤツらは兎や狐の死体を食い漁っている。
一度、茂みに隠れる。
フィーネがまた飛び出しそうになったが、鏡剣を持っていないことに気付き、何とか踏み止まった。
今使えそうなモノを確認すると――
まずは自前の剣と暗器数本。
フィーネから奪った鏡剣。
ついでに、周囲は木に囲まれている。
腹を満たしたであろう魔狼の一体がこちらに顔を向けた。
俺は剣を納めた状態で、茂みから一歩前に出て姿を現す。
こちらを視認した魔狼が唸り、残りの二体も俺を捉える。
すると、二体がこちらへ向けて吠えながら走ってきた。
俺は、並走してくる奴らに向けて鏡剣を放り投げる。
「ちょっ! 何してんの!?」
フィーネが叫んだが、普段より重いものを持っても感覚がズレるだけだ。使えるモノは使うのが俺の戦い方。そもそも蛇竜の頭を吹き飛ばすような魔術にも耐える剣なのだから、この程度で破損するわけもない。
鏡剣を投げられた二体の行動はそれぞれ異なった。
一方は速度を落として小さく左へ回避する。
もう一方は大きく飛びながら右へ回避する。
俺は後者の着地点へ向けて暗器を投げる。
着地と同時に暗器が刺さり、魔狼は呻きながら完全に動きを止めた。
ソイツへ向かって俺は走っていき――
「そらっ!」
抜剣の勢いでその首を刎ねた。
すると、もう一方の魔狼が落とした速度を戻し、仲間の死に怒りを示すように大きく吠えながら俺の背中を追いかけてきた。
俺は勢いそのままに手近な木に向かう。
魔狼の方が速いのだから、丁度いいはずだ。
魔狼に追いつかれそうなところで、木に到着。
木を僅かに駆け上がり、走る勢いを殺さずに後方宙返り。
魔狼との位置関係が逆転したところで、脳天を貫いた。
噴き出す返り血に、剣と手元が赤黒く染まっていく。
キレイに決まったのも束の間――
「っ……!」
強風を感じ、その場から緊急回避した。
残りの一体が魔力の塊を放ってきたのだ。
俺は、ソイツと正面に相対する。
手札も全て見せて、あちらも警戒している。あとはいつも通りに浅手をいくつも付けて、動きが鈍ったところを仕留める。こちらもある程度負傷するだろうが、致命的でなければどうとでもなる。
先に動いたのは、魔狼。
口を大きく開いて魔力を放つ構え。
前兆さえ分かれば、躱すのに十分な距離だ。
魔狼が魔力を放つと同時に、俺に向かって走り出した。
俺は最小の動作で躱し、魔狼を引き付ける。
ヤツの間合いに入り、鋭い爪の攻撃のために前足を振りかぶったところで、違和感――
前足から俺へ一直線に向かって、視界がほんの少し歪んでいる……?
なんだこりゃ!?
思わずその歪みを避ける。
「ちょっ、まっ……!? ハ……??」
気付けば、目の前には着地寸前の魔狼の首があった。
見逃す理由もないため、剣を振り下ろす。
刃は毛を斬り、肉を裂き、骨を断ち、魔狼の首を落とす。
頭部を失った胴体は、疾走していた勢いのまま地面に滑り落ちる。
血の流れと臭い以外に、魔狼から感じられるモノは消え去った。
討伐は、完了した。
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普段であれば魔狼の速度から、動きを簡単に見切ることは出来ず、ギリギリの回避の度に少しずつ傷を入れていた。その中でこちらも躱しきれない場合もあり、剣一本ではあまり相手取りたくなかった。
暗器五本程度を駆使しながら、このやり取りを繰り返して何とか一体を無傷で討伐できる魔獣のはず。それが今回は――
戦闘の一部始終を見届け、俺が放り投げた鏡剣を拾い上げたフィーネが声を掛けてきた。
「もしかして……『導線』が視えてた?」
「なにそれ?」
知らない単語が出てきたので首を傾げると、フィーネは怪訝な表情をしながら説明してくれた。
「魔術をただ発動するのではなく、効果を底上げするために魔術の通り道に向かって魔力を放つの。そうすると、本来の効果よりも威力が上がったり、速度が上がったりね。その時に魔力の通り道が歪んで視えるのよ。魔術士はそれを『導線』と呼んでいるわ。線とは限らず、魔術の効果範囲によってその形状も変化するけど。魔獣も大体同じで、さっきの魔狼は前足を振る軌道に魔力を放って、通常よりも速く振り下ろそうとしていたのよ。本来なら魔力が流れている女性にしか視えないはずなんだけど……既にステアには魔力が流れている? もしくは、私が吸収し切れなかった魔力が漏れ出て、眼球――視覚に作用した?」
フィーネはひとしきり説明し終えると、ブツブツと考察を始めてしまった。
もし男性にも導線とやらを視ることが出来れば、冒険者にとっては革命だろう。小型から中型魔獣に対する生存率と討伐成功率が格段に上がる。それを大した機動力を持たない女性が身に付けているなど、なかなかの不条理だ。まあ、俺にその特性が発現したとて、今回のように活かせるかは疑問だが。
とはいえ、その特性を最大限利用できているのが特等魔術士フィーネ・セロマキアなのだろう。
あたりはすっかり暗くなった。念のため、魔狼の残党を確認したが、いなかったため、改めて討伐完了を確認できた。
俺たちは今、魔狼の死骸を川辺の開けた場所に集めている。フィーネも考察を続けながら魔狼を運んでいる。
その際、右耳を切り落とし、俺が持ち込んだ蒐集袋の中に入れる。これが組合に対する討伐の証拠となっている。
集めた後は、死骸の山に火を付けた。
魔獣の発生は主に二種類。
一つ目は、通常の動物がある一定の魔力を取り込むことで変異する場合。
二つ目は、通常の動物が魔獣の死骸を取り込んだ場合。
フィーネと出会うきっかけとなった狂魔熊の出現は、後者によるものだろう。角兎の発生は兎の繁殖力から仕方ないものとして、組合が生息地を管理していたが、そこに他所の山から迷い込んだ熊が角兎を食って魔獣化したと思われる。
冒険者が魔獣を討伐する際は、それ以上の発生を予防するためにその死骸を組合に持ち込む、または燃やすことが義務付けられている。討伐任務の際は、この作業に大体の時間を費やしている気がする。
現在の月の位置から、死骸が完全に灰になるのは日付が変わる頃だ。やっぱりフィーネの遅刻で帰宅が明日になってしまうが、当の本人は俺の体質の変化に考察を深めてしまっている。
「ハァ……仕方ないか」
もう諦めて、野営の準備を始めよう。




