第二十四話 親子
<レニット視点>
なんで……わすれてたんだろ。
うんうん……分かってる。
さみしくて、こわくて、かなしくて、くるしくて、つらくて……
ただ、そう思い込まないと、こわれちゃいそうだったから。
あのころより、間違いなく多くのモノを感じてきたのに、ずっと満たされてなかった。
どれだけ絵を描いても、“空白”はうめられなかった。
レニィの絵を誰に見られても、ほめられても、“空白”が強くなっただけ。
でも、そんなのあたりまえ。
レニィが見たかったのは、この世界で代わりがない、たった一つの――
~~~
気付いたら、知らないところで寝てた。
いや、知らない場所じゃないかも。何回か来たかな。でも、こんなとこで寝ない。
それで、なんかうるさかった。誰かが叫んでて、ドカドカしてて……
目を開くと、目があった。レニィみたいな、真っ赤な目。レニィがずっと見たかったものだった気がして、全部見たかったけど、なにかがジャマしてた。
だから、ギュッとして、ドカンした。
そしたら、にごった“赤”が散らばった。ツンとして、ねっとりしたニオイに鼻をおさえたくなる。
見たかったのは、落ちてた。
今も、目が合ってる。泣いてる。
赤くて短い髪。それと、きれいな顔……なんだけど、あちこち肌が切れてるし、右ほっぺが真っ赤にはれてる。アゴなんかも赤くて、口からも血が出てる。
すごく痛そうだけど、それでもレニィは覚えてる顔。
“空白”が、なくなっていく感じ……
そうだよ……目の前にいるのは、この世界で一人しかいない――
「おとー……ちゃん……?」
口にして、もっと……もっと“空白”がなくなる。それに、あったかい。
「おとーちゃん……」
体を、起こす。手を、前に……おとーちゃんに……
ケガしてる。右手が右手じゃないみたい。泣いてる。痛そう。治さないと。
「おとーちゃ――」
「そんな奴……いない」
……え?
おとーちゃんが、下を向いてる。
「おとーちゃん」
「違う」
「……おとーちゃんだよね?」
「あり得ない」
「……おとーちゃんじゃ、ないの?」
「……そうだ」
「じゃあ、おとーちゃんは誰なの?」
「……ッ!」
おとーちゃんなのに、おとーちゃんじゃない人が、歯を食いしばってる。
さっきより、いっぱい泣いてる。
なんで、おとーちゃんじゃないなんて言うんだろ。レニィにとって、ずっと……ずっとおとーちゃんなのに。
「おとーちゃん……レニィのこと、キラい?」
聞いても、おとーちゃんは黙ってる。答えてくれない。
聞こえなかったのかな。だったら、もう一回――
「君の親は、君のことを捨てたんだ……!」
……
「君の親は、無力で、無知で、君に何もしてやれないようなろくでなしだったから、君のことを捨てたんだ! いないんだよ! 君が『おとーちゃん』なんて、呼ぶ価値がある人間なんて、この世に一人もいない! 俺は誰でもない! 君にとって、何の関係もない、赤の他人なんだよ!」
おとーちゃんが下を向きながら、大声出してる。
おっきな鳥の頭を飛ばしたときみたいに。
でも、ウソはダメ。だって、レニィは覚えてる。思い出した。
レニィのそばにずっといてくれた。あったかかった。満たされてた。“空白”なんて、何一つなかった。
でも、それはレニィにとってで、おとーちゃんは違ったかもしれない。
「レニィが、キラいなの?」
「……君のことを嫌う奴なんて、この世にいるはずがない」
それもウソ。レニィは怒られてばっかだから、きっとキライな人はたくさんいる。黒いおにーさんも、きっとそう。
「レニィは、おとーちゃんと一緒にいたかった。レニィが描いた絵を見て、褒めてくれたら、それでよかったの」
「~~~!」
おとーちゃんが低くうなってる。
ずっと、あの時間が続けばよかった。それだけで、レニィは満たされてた。おねーちゃんもいて、おばーちゃんもいて、あとはおとーちゃんがいれば、レニィにとってそれで全部だった。
でも、おとーちゃんは違ったのかもしれない。
「キラいだから、捨てたの?」
「違う……」
おとーちゃんの声が、震えてる。
ずっと、『違う』ばっかり。
そんなに違うんだったら、あとはもう――
「レニィが……おかーちゃんを殺し――」
「違う!!」
おとーちゃんの、顔が上がる。目が合う。泣いてる。悲しそうで、怒ってそうで――
「それだけは違う! 言っちゃならない! おかーちゃんは……グレイスはレニットに殺されてなんかいない!! 殺されるもんか!! 誰よりも立派で! 優しくて! この世界で一番最初にレニットを愛した、一番凄い人なんだ!! そんな人が娘に殺されるはずがない!! そんなこと、許されるはずがない!!」
おとーちゃんが、必死に叫ぶ。
「ただ……ただ、そんな人でも、男には恵まれなかった……娘を託したのに、生かしてやるだけで精一杯で、父親になんてこれっぽっちも相応しくなかった。挙句の果てに、未来を恐れて逃げ出して、こんな危険な目にも遭わせて……こんなの、おとーちゃんじゃない……」
おとーちゃんは、さっきまで叫んでたのがウソみたいに、小さい声がさらにしぼむようにつぶやいてる。
そんなこと言われても、分かんない。レニィにとって、おとーちゃんはおとーちゃんにしかならないのに。
「もう、これで分かっただろ? 俺は、おとーちゃんなんかじゃない。なんでもないんだ」
「……ずっと、レニィの近くにいてくれたんじゃないの?」
おとーちゃんの目が大きく開かれる。
レニィは、知ってる。床に落ちてる布。血で汚くなってるけど、レニィが外に出てから何回も見てきたモノ。
レニィが孤児院にいたころ、ご飯とかを町から運んでくれる人がいた。その人はいつもあの布で目以外の顔をかくしてた。おねーちゃんは、商人さんって言ってた。メンデールに来てからも、顔をかくした商人さんはいて、それが普通だと思ってた。
でも、違う。商人さんは、おとーちゃんだった。ずっとレニィのそばにいてくれた。レニィを、見てくれてた。
「もう、ウソつかないで。おとーちゃんは、レニィのおとーちゃんなんでしょ?」
「……それでも、俺は――」
あぁ……もう、イヤ。
立って、おとーちゃんに走る。
途中、何かにすべって転ぶ。
「っ! レニィ!」
おとーちゃんに、受け止められる。
そう……レニィを、受け止めてくれる。
あったかい腕に、体が支えられる。
ずっとほしかったモノが、目の前にある。
離れない……
離したくない。
もう、離さない!!
「もう……もうイヤなの! さびしくて、悲しくて、冷たいの! なんでいなくなっちゃったの!? もう離れないでいてくれるんじゃなかったの!? どうしてレニィを置いていっちゃったの!? レニィがキラいじゃないなら一緒にいてよ! もう離れないで! 約束して! おとーちゃんじゃないなら今からレニィのおとーちゃんになってよ! レニィのそばにいて! ずっと見ててよぉ! キラいにならないでぇ! レニィが描いた絵をほめてよぉ”ぉ”ぉ”ぉ”!!」
おとーちゃんの肩を掴んで、めいっぱい振る。目の前が見づらくなる。もう、止まらない。
「レニィがんばるからっ……なんでもするからぁ……おねがいだからぁ”ぁ”ぁ”……」
おとーちゃんの胸に、頭をこする。
もう、離れたくない。レニィには、おとーちゃんがいないとダメ。
絶対に離さない!!
「俺が……俺なんかが……」
おとーちゃんの声が、聞こえる。震えてる。
「俺が……おとーちゃんでいいのか……?」
「ずっと言ってるぅ!! おとーちゃんはレニィのおとーちゃんにしかならないのぉ!! それ以外なんてダメぇ!! 約束してよぉ!! ギュッてしてぇぇぇ!!」
おとーちゃんの手が、腕が、背中に……
「あっ……ごめん……ごめん、レニィ!!」
おとーちゃんに、いっぱい抱きしめられる。
「おとーちゃん、勝手で……怖くて、逃げてた! レニィがどれだけ寂しい思いをしてたかなんて考えてなかった! もう離れない! 離さない! 約束する! ずっと……ずっと死ぬまで! レニィの前からいなくなったりしないから!」
「やくそく……約束なんだからぁぁ!! おとーちゃん……!! おとーちゃぁ”ぁ”ぁ”ぁ”ん!!」
ずっと……ずっと約束……!!
あぁ……そうだった。
レニィは、おとーちゃんにギュッてしてもらいたかった。
これが、一番好き。
あったかい。
~~~
ここに来てから、泣いたことなんかなかった。泣いちゃダメだと思ってた。レニィは、メンデールで一番強いから。そうならないといけなかったから。それが、“化け物”の仕事。
でももう、それだけじゃない。
レニィは、レニィを世界で最初に大好きになってくれたおかーちゃんの子供で、最後まで大好きでいてくれるおとーちゃんの子供――レニット・サーマル。レニィが泣いても、許してくれる。
でも、もう泣かない。
涙をふいて、立ち上がる。
周りを見ると、二つになったバンタさんに、顔が割れそうなスレイさん。それに――
「グレネーさん……」
バラバラに飛びちったグレネーさんの目と、初めて合う。
さっき転んだのは、グレネーさんから出てきたいっぱいの血にすべったからだった。足がベタベタで、どす黒くなってる。
ごめんね。こんなにするほどじゃなかったかもしれない。
でも、おとーちゃんを殺そうとしてたから、仕方ないよね?
それに、レニィの絵に何も言ってくれないから、好きじゃなかったんだ。
ねぇ……グレネーさんは、どうしたらレニィの絵をほめてくれたのかな? キラいだったら、悪口でもよかったのに……
グレネーさんから、言葉は返ってこない。
もう、もどれない。
近くに、真っ赤で大きな剣がある。持つとこが欠けてて、元より短くなったのかもしれない。拾うと少し重いけど、引きずって運ぶ。
「レニィ……」
名前を呼ばれて、振り返る。
おとーちゃんが、心配そうな目を向けてくる。
「大丈夫だよ。レニィには、おとーちゃんがいるから」
そう言っても、おとーちゃんの顔は変わらない。
「行くのか……?」
「うん……行くよ」
さっき、大きな音が響いて、床が揺れた。
それで今、少し遠くに感じたことがない、気持ち悪くて冷たい、どす黒い何かがある。こんな魔力は初めて。
それと一緒に、今度はキレイな、勇気が出るような魔力もある。
二つはぶつかってて、きっと戦ってる。
だったら、レニィも戦わなきゃいけない。
だって、レニィがメンデールで一番強いから。
それに、守らなきゃならない。今度はレニィも約束したから。
もう二度と、離れないために。
離さないために。
一緒にいるために。
『そんな妥協で『最高の一枚』が描けると思ってんのか?』
うるさいなぁ……分かってるよ。
レニィの中に、魔術が増えてる。何のためか分からないけど、今は使うだけ。
レニィは、『レニット・サーマル』に命令する。
『この街の人たち全員を守れ』!!
そうすると、足が勝手に動く。これでいい。
「レニット」
おとーちゃんに、名前を呼ばれる。
足は止まらないから、顔だけ振り返る。
「いってらっしゃい」
おとーちゃんは、笑顔で見送ってくれる。
だから、レニィも笑って――
「いってきます!!」
全部終わらせて、絶対に帰る。
それで、レニィの絵をおとーちゃんに見せるんだから!!




