第二十二話 『レニット・サーマル』中
デウスが村へ行く理由としては、事務仕事の資料の授受と生活物資の購入が主である。
当然、それだけではない。
村を経由する商人たちから、レニットの異能について心当たりを聞いていたのである。それによって分かったのは、生まれつき魔術を体得した特異体質であるということ。普段の娘の様子から分かり切ったことではあるが、歴史上そういった人物らが辿った人生について知り得た。
それによると、極めて優秀な魔術士として大成した者がいる一方、ほとんどの場合は制御できない赤子のうちから忌み子として殺されていたという。
不愉快な事実ではあるが、デウスは悲観などしなかった。なぜなら、レニットは今に至るまで、生きているからである。娘の輝かしい未来が確約され、むしろ喜ぶべきとすら思えた。優秀な魔術士であったグレイスの面影を感じられるようになり、微笑ましかった。
問題が判明すれば、次は対策である。
しかし、レニットに匹敵するだけの人物がいるかどうか商人たちに尋ねるわけだが、今日に至るまで色よい回答は返ってこない。
デウスは今日も深夜に営業している居酒屋に入り、商人がいるかどうか確認する。店内を見渡すとカウンターに、金の短髪が目立つ、見慣れない格好の男が座っていた。
店主に挨拶しながら男の横に座る。
「こんばんは。この村は初めてですか?」
男は突然話しかけられて驚いたのか、目を丸くしてデウスを見る。
整えられた顎髭に、白縁のメガネを掛けている。四十代くらいの、雰囲気のある男性だ。貴族には見えないが、身なりは整っている。
デウスが観察していると、男は口を開いた。
「ええ、まあ。帝都から王都へ出張になりまして。この村に一泊させていただくことにしました」
「帝都……もしかしてお代官様で――」
「いえいえ! そういうわけでは。ただ、友人の頼みでウィレイブで確認しなければならないことが……」
男の言葉はそこで途切れた。
事情があるのだろうから、それ以上は深入りしなかった。思った以上に物腰柔らかで、少し驚く。
それにしても、帝都というのは幸運だった。世界で最も栄えた都からの人物であれば、求める答えを持っているかもしれない。
デウスはすかさずレニットについて話した。唐突な話題だったが、男は律儀に相槌を打ちながら聞いてくれた。
「娘さんが熱の『先天魔性』……随分苦労なさったようで」
「いえ、そんな……」
症例として既にあるのか、男は聞いたことのない単語でレニットの状態を表現した。
男は苦し気な顔で、我が事のように頷いている。年齢的にも子供がいてもおかしくはないだろうから、感じるものがあるのだろうか。
「私が知っていることをお話しすると、ここから南東へ50里ほど向かったところに、引退された一等魔術士が運営する孤児院があります。恐らくですが、娘さんが暴走したとしても抑えることは可能だと思われます。それに、これはあくまでも噂ですが、どうやら魔術を無効化できる魔術士がいるとか。もしこれが事実であれば、手荒なマネをせずとも娘さんを落ち着かせることが出来るかもしれません」
「ほ、本当ですか!?」
求めていた答えがあっさりと出てきた。事実であればぜひともその魔術士に縋りたい。帝都から真逆の方向の情報だが、この男は商人以上に情報収集していると見える。
まずは光明を見せてくれたこの男に感謝を……
「何か、お返し出来ないでしょうか?」
「いえ、お礼など……私としては貴方のような父親に会えたことで、人間というものに希望を抱くことが出来ました。私にも娘がいるのですが、何分どのように接すればいいのか分からない時が多々あります。ですが……そうですね。貴方のように我武者羅に向き合うというのは良いかもしれません。貴方は父親としての理想の姿を見せてくれた。それをお返しということで……いかがでしょうか?」
男の洒落た言い回しにデウスは頬を緩め、その後は共に酒を酌み交わした。
互いの娘の話に花が咲き、これまでのストレスも相まって店で寝落ちするまで飲んでしまった。
〜〜〜
起きた頃には朝になっており、男はいなくなっていた。
「ヤベッ!!」
様子を見にやってきた店主と出くわし、金額を気にすることなく多めに払って森を疾走する。
レニットが起きているはずの時間だ。
望外の収穫に気が緩んでいた。森に住み始めてからこれまで、一度も村で一夜を過ごしたことなどなく、活動中のレニットから目を離すなど色々な意味で危険極まりない。
全速力で家まで辿り着き、玄関を勢いよく開ける。
「レニィ!!」
「おとーちゃぁん……」
寝室から娘の声がした。
駆けつけると、レニットはボロボロと涙を流しながらベッドの上に座っている。
「おとーちゃ……おとーちゃぁん!!」
こちらへ手を伸ばす娘を抱きしめる。
「ごめん……ごめんな、レニィ……! 寂しかったよな。怖かったよな。おとーちゃん、もう離れないから! 許してくれ……レニィ……」
娘に謝りながら頭を撫でている間、レニットはずっと「おとーちゃん」と涙声で呼び続けていた。
今にして思えば、異常な冷気も熱気も感じない。これまで泣く度に暴威を振り撒いていたというのに。
レニットは、成長している。
何かを教えたわけでもない。娘は自分の力で前に進んでいる。
自分は、理想の父親でもなんでもない。もしそうであったとしても、レニットがそうさせてくれるのだ。
なればこそ、娘の輝かしい幸せな未来を切り開くことが、デウスの使命である。
自らを律する。
レニットのおとーちゃんとして、恥じない自分でいるために。
~~~
デウスはレニットを連れて森を離れた。家に置手紙を残し、例の孤児院へ向かったのである。
手紙には、これまでの事務記録と村長の跡継ぎになれなかった謝罪を認めた。もう帰ってくるつもりはない。
問題は約200kmの旅路にレニットが耐えられるかどうかだが、娘は初めて見る景色の移り変わりに目を輝かせていた。
レニットが乗った荷車を馬に引かせて移動している。基本的にレニットは馬車の上で絵を描いて過ごし、目についたモノ全てを白紙に描き殴っていた。
極力町中には入らず、悪路を進むことが多かった。買い出しが必要な時はレニットに大人しくするよう言いつけ、急いで近隣の町や村に立ち寄る。思いの外レニットは聞き分けがよく、荷車の上から離れることはなかった。というより、絵に夢中になってそれどころではないという様子だった。
道中、魔獣には何度も襲われた。その度にデウスは冒険者時代に愛用した大剣を振るって討伐していった。娘に初めて見せる荒々しい姿を恐れられると思ったが、レニットは父が戦う姿をすぐさま絵に描き写していた。
描く度にその絵は上達し、躍動感すら感じられるようになっている。デウスは、クレヨンだけでは味気ないと思い、筆と絵の具をレニットに買い与えた。すると、たちまち絵には繊細さが宿り、レニット自身も新たな表現の広がりにその感性を鋭くさせていく。
距離としては残り1割程度まで進んだ、ある町に立ち寄った日。
デウスは相変わらず大急ぎで買い物を終え、レニットを待たせている馬車へ戻る最中、違和感に気付く。
道中に、行きにはなかった大きな足跡があったのである。
デウスは血が凍り付くような感覚を覚え、買ってきたものを全て投げ捨ててレニットの元へ疾駆する。あの形状には心当たりがあった。
鼓鶏哭誇――大型の鶏魔獣である。三半規管が一瞬で狂うほどの大絶叫が特徴的で、動けなくなった獲物を頭から齧りつくという狩りの習性を有する。
害獣に娘の命が奪われるなどあってはならない。冒険者を退いたにも関わらず、これまでの最高速度から倍以上の速さで走った。
馬車を停めた位置まで戻ると、大きなトサカが見えた。その先に求める景色を覆い隠すように羽を広げている。
まさしく娘に襲い掛かっている瞬間だ。
そんなことはさせない。
大剣の柄を目一杯に握りしめる。
首に向けて一閃――
「レニィに近寄るなぁぁぁぁ!!!」
大きな頭が空中に跳ね飛ぶ。
大剣から違和感が伝わってきたが、どうでもいい。
レニットは――
「くび……いっちゃった」
娘の呟きが聞こえる。
レニットはこの場を離れた時と変わらない様子で、荷車に座って絵を描いていた。紙には、大きく羽を広げた首のない鳥のようなモノが描かれている。
ひとまず、デウスはレニットに傷がないことに安堵した。
落ち着いてからレニットに話を聞いてみると、うるさい鳥が近づいたので凍らせたらしい。ついでに馬も暴れたので凍らせていた。
その後は固まった鼓鶏哭誇をモデルにして描いていたところ、デウスが叫びながらまだ描き途中の首から上を斬り飛ばした。自分でも会心の出来を確信したところで邪魔をされたので、レニットはご機嫌斜めになっている。
デウスは娘の機嫌取りに苦心しながらも、得心がいった。
鼓鶏哭誇を斬った時の違和感……肉を斬った感触ではなかった。斬り始めは岩や壁を打ち付けたような感触だったが、一度刃が入れば崩れるように手応えがなくなった。
レニットは鼓鶏哭誇を狙って芯まで凍らせたのである。荷車には霜すら降りていない。いつしか娘は一等魔術士でも困難な芸当を身に着けていた。
魔術士か、画家か……どちらでも輝かしく大成するであろう才能の成長に思いを馳せつつ、夕食に馬刺しと焼き鳥を用意した。この時点ではコールドスリープを解除する能力はレニットに身に付いておらず、初めて食べる料理にレニットの機嫌は直った。
そこからの移動は徒歩になる。デウスは一つ前に立ち寄った街で地図を買い、孤児院の所在を確認できた。村で会った男が言っていた、魔術を無効化する少女はその孤児院にいるようだ。残り10kmほどで、あと一日かければ孤児院に辿り着きそうである。
あと少し……
翌日、レニットにはお絵描きを不承不承ながらもやめてもらい、手を繋いで目的地へ向けて歩き出した。
~~~
夕暮れ。目的地に着いた。レニットに気を遣い、都合1ヶ月の時間を費やした。
小さな町の外れにある二階建てのレンガ積みの建物が孤児院となっていた。まずは管理人であろう一等魔術士に――
「あら? どうかされましたか?」
不意に、唐突に声を掛けられ、デウスはその方向へ反射的に警戒態勢を取った。
声の主を観察すると、混じりけのない白髪を背中まで伸ばした成人前の少女である。瞳は薄い灰色で、柔和な顔つきをしている。目を引く容姿ながら自然に溶け込むような穏やかな雰囲気を醸し出すためか、五感が優れたデウスでも気配を感じ取れなかった。対する少女も、親子を交互に見ながら小首を傾げている。
見知らぬ人物の出現に、レニットはデウスの手を強く掴んで彼の後ろに隠れてしまった。
デウスは娘の頭を撫でながら、孤児院の関係者であろう少女に答える。
「娘のことで、相談が……」
「なるほど……でしたら中にお入りください。院長先生を呼んで参りますので」
少女の先導に付いていき、来客室に案内された。その間、少女にはたくさんの子供たちが集まり、腕や服を引っ張って少女の興味を引こうとしている。
リリーと呼ばれる少女は子供たちに笑顔を向けながらも、誘いには応じずにどこかへと向かっていき、袖にされた子供たちも彼女に付いていく。
部屋に残された二人がソファに座って待っている間、レニットはデウスにしがみついて離れようとしない。初めて経験する多くの他者との出会いを怖がり、緊張しているようだ。
大体10分ほど待たされたところで、部屋の扉が開かれた。
中に入ってきたのは、背筋が真っ直ぐ伸びた老婆である。黄色の瞳と同じ色の短髪をした女性であり、朗らかな雰囲気を纏っている。
デウスが挨拶のために立ち上がろうとするが、レニットがしがみついて、そうはさせない。失礼と思いつつも、第一印象を良くするよう努める。
「あの! 俺、デウス・サーマルって言います! この子は娘のレニットです! 今日は名高い魔術士である貴女に娘のお世話について話がしたくて来ました!」
「ふふっ。随分元気な挨拶だこと。そう畏まらなくて結構ですよ。そちらの可愛いお嬢さんも。どうです? お菓子を用意したのだけど、ご一緒に」
老婆は微笑みながら皿に載せた餅を見せてきた。レニットが興味を示したようで、身を乗り出す。その様子に老婆はさらに笑い、対面の席に着いて餅をレニットに差し出した。レニットは恐る恐る受け取り、口に運ぶとその美味しさに足をブンブン振った。最終的には皿の上の餅はレニットが全て平らげ、その間デウスは事情を説明した。
会話の中で分かった老婆の名前は、テレーズ・グラウン。10年前からこの孤児院を運営し、身寄りのない子供たちを育てていた。リリーも孤児であるらしく、どうやら【戦姫】が預けた訳アリの子供のようだ。
デウスがレニットについて話していると、テレーズは次第に顔を歪ませ、涙を零し始めた。
「先天魔性の子を……よくぞここまで……奥様は?」
デウスが目を伏せると、テレーズはポケットから取り出したハンカチで顔を覆う。
しばらくすると、顔からハンカチを離し、覚悟のこもった眼差しでデウスとレニットを交互に見る。
「分かりました。レニットさんはこの孤児院で預かりましょう。私では力不足ですが、幸いにもリリーがいます。あの子も先天魔性なんです。魔術が何一つ扱えない代わりに、魔術を例外なく消し去ることが出来ます。あの子と一緒にいれば、デウスさんが恐れるようなことは起こらないはずです」
思わぬ事実に目を見開く。
あの少女が求めている力を持っていたとは。これでようやくレニットは普通の暮らしの一歩目を踏み出すことが出来る。
デウスの胸中は安堵と、達成感に近い喜びで満たされた。
「二人とも疲れたでしょう。部屋は余ってますから、今日はもう休んで下さい」
テレーズに勧められ、二階の突き当りの部屋に泊まることになった。食事はリリーに運んでもらい、1ヶ月ぶりに手の込んだ料理にありつくことが出来た。レニットから緊張は伺えるが、先程よりも幾分和らぎ、食事は十分に喉を通るようだ。デウスも口に運ぶ料理の温かさにひどく安心し、これまでの疲労が和らいでいく。
苦節4年、親子はようやく安息の地に辿り着いたのである。




