第二十話 おとーちゃん
<デウス視点>
スレイ・サイザーとバンタ・ボトンを殺し、重傷を負ったステア・ドーマはこの場から立ち去った。
残すは、グレネー・セネディただ一人。
正直、なぜ咆えたステアの言葉通りにバンタを斬りに向かったのか、自分でもよく分からない。ただ、腹の底に響く叫びだった。それだけじゃない。あの男、笑っていた。晴れやかにでも、下卑たものでもない。狂っているとしか言いようがない笑み。あいつには、あの結果が見えていたのだろうか。
スレイが俺に鎌を飛ばし、俺がバンタに大剣を振りかぶり、バンタがステアに棍棒を振り下ろそうとしていた。ステアは何も持たずにバンタへ駆けていた。あの状況……ただの一手で、どこからか取り出した小さな刃物をスレイに飛ばしただけで、瞬く間に決着した。
いや、“ただの”というのは語弊がある。ステアはスレイの注意を俺から離さないために、バンタの一撃を喰らうギリギリまで引きつけ、的確に暗器を投げつけた。その後、自身に棍棒を叩き落とされようとも、俺がバンタを斬ると信じてやり遂げた。というより、思い込んでいたのだろう。
自分が大ケガを負うことまで織り込み済みで笑っていたのだとしたら、まともではない。
だが、そんな“化け物”がいなければ、この救いようのない奴らを追い詰めることはできなかった。
状況はまだ理解しきっていないが、レニィが原創陣の上に横たわっているあたり、不都合な魔術を体得させるつもりだったのだろう。
俺がこの場所にレニィがいると思い至ったのは、都市外の捜索を始めようとした時だ。開拓が進められている途中の北へ向かおうとした時、一瞬だけ、高速で動く白い物体を目にしたからだ。“白”から途端に連想されたのは、【戦姫】フィーネ・セロマキアだった。
数日前に俺の串焼きを買っていったあの方の横には、“黒”という目立つ印象の男が並んでいた。レニィのことすら知らない世間知らずだと思ったが、後に魔術長に聞いてみると、【戦姫】様の魔衛士だったそうだ。業務事項以外の私語が少ない彼女にしては、彼をやけに褒めていたから印象に残った。
そんな男が主人に付いていく姿は見えず、違和感があった。
後は、勘だ。
余所者だからこそ目に付く見落としがあって、それはこの都市に住む俺らが当たり前に信じているモノが挙げられるはずだ。
だとすれば、庁舎に向かうしかない。
元より、ブラフマンが前から気に食わなかった。レニィを馬車馬かのように働かせるあの男が。ついでに肥え太った見た目が生理的に受け付けない。
庁舎に侵入して一階から探そうとしたら、地下から音か振動か、何かが揺らいでいた。だったら即座に床を破壊し、突入するのが最善だと思った。今にして思えば、トンデモない短慮だった。レニィの真上を崩したら大惨事だったし、ステアを最初に斬りつけたのは少しだけ申し訳ない。
ここを切り抜けた後に謝ろう。そしてレニィに近づかないように忠告する。これで万事丸く収まる。
これまでと変わらない。俺はただ、娘の幸せに殉じる。
そのためにもこの女を――
「《火槍》」
!
グレネーが俺に向けた手から、鋭利な炎が飛来する。
速い……が、見切れる!
まずは炎を斬り裂き、レニィの元に駆け寄る!
「《火球》」
コイツッ! レニィごと……!!
炎が降り掛からないようにレニィの前に大剣を構え、右腕で抱きかかえる。
火の球が大剣に直撃した爆発の勢いそのままに、地下の入り口まで下がる。
レニィに傷は……付いてない。
レニィの体を床に横たえる。
この騒ぎなど意に介さないほど、眉一つ動かさずに安らかに寝ている。この子は大物になる。いや、もうなっていたか。
本当に、久しぶりにレニィを抱きかかえた。あの頃とは比べられないほど重い……
よく……ここまで、大きくなって――
「鬱陶しい……! 捨てたんなら今さら出しゃばってくんじゃねぇよ!!」
怒声に視線を移すと、グレネーが血走った目を向けている。
「お前たちが下らないことさえ考えなかったら、俺もこうはしなかった。レニィが目にする景色に……俺はいてはいけない」
「だったらアタシの目にも入ってくんな!!」
グレネーは再度《火槍》を飛ばして来る。
射線にはレニィが!
《火槍》を斬り裂き、グレネーへ駆ける!
「チッ! ほんとに商人長かよ!」
「元は冒険者だ!」
グレネーへ大剣を振り抜くが、あっさりと躱される。
身体強化……それも高度な……!
やはり、レニィを抱えながらコイツから逃げることは困難だ。片手間で捌ける相手ではないし、狂ったこの女を都市で好きにさせたら被害が大きくなるだけ。
ここに留め置くためにも攻撃を仕掛けるが、グレネーは《火槍》、《火球》を交互に放ってくる。
仲間の屍を平気な顔で飛び越えながら。
「お前にとって二人は仲間じゃないのか!?」
「ハッ! 笑わせないでよ! あんな奴ら、道具以外の何になるって!? 抱かせてやるだけで従順になるんだから、精々が飼い犬って感じよ!」
「ッ! クソ女!!」
またレニィに向けて《火槍》を……!
射出直後の内に大剣で斬り裂くことが出来た。
自棄になったのか、当たり前のようにレニィを狙ってくる。
抑え付けると言わず、すぐにでもコイツは始末しなければならない。
グレネーに背を向けたため、視界に捉えようと振り向くと目の前には拳が――
「バーカ」
「ブッッッ!!」
顔面に拳を喰らい、大きく吹っ飛ばされる……!
「《火槍》!」
追撃は捌けない……!
転がりながらも避けるが、掠めた右腕が飛竜の革装備ごと焼け爛れる。
全身に燃え広がり始めてたので、防寒着を脱ぐ。
鼻血が流れる……少しフラつく。ただ強く殴られただけじゃない。明らかに硬い……
グレネーの方を見ると、右拳には桃色がかった拳鍔が嵌められている。
「しつこい……さっさと殺されてくれない? アタシはこれから忌々しいステアも殺しに行かなきゃいけない感じなんだけど。そこに転がってるガキにも、もう一回術式を刻まなきゃいけないし」
「させるわけがねぇだろ……せめて、【戦姫】様が来るまでは……」
俺の情けない勝ち筋に、グレネーはまた目を怒らせる。
「どいつもこいつも……!! あのババア共がよっぽど好きみたいね!!」
ハァ……? そこにキレるか?
とにかく、【才焔】様に大金を持ち込んで頼み込み、製作して頂いた大剣だけが俺の武器だ。炎を纏わせる魔装具で、どこまでやれるか……
柄のつまみを押し上げ、高熱を発する炎を発生させる。【才焔】様曰く、剣には魔石が使われていて、魔石に込められた魔力で魔術が発動するようだ。この持続時間は精々五分ほど。さらに、魔石の魔力が尽きれば魔術を斬り裂いて弾くことも出来なくなるらしい。残り時間は少ないが……これで決める!
剣を構えてグレネーへ走り出すと、奴の右手から炎が伸び始めた。
「《朱喰》」
炎が鞭のようにくねり、俺の足元へ伸びてくる!
自在な形状……! 単純な射出じゃない、高度な魔術……あの拳鍔、魔導器だったのか!
「《火槍》」
炎の鞭を避けるために跳び上がった俺に向けて、火矢が飛んでくる。
斬り裂くが、目の前には女の姿はなく――
「ハァ!!」
「ぐぅ……!!」
左脇腹に拳鍔の一発を喰らう。
今度は転がることなく、踏み留まる!
殴られた勢いの横回転のまま、追撃してくるグレネーを斬りつけるが、後ろに下がって躱される。
また炎の鞭が右手から伸び、今度は頭めがけて迫ってくる!
正面から斬り裂いてグレネーに迫るが、斬った断面から炎が噴き出て、鞭の形になる。
「ハハッ! 意味ないから!」
振られる度に鞭を斬っているが、次から次に鞭は生え変わり、キリがない。
間合いまで迫っても、蛇行するように伸びてくる鞭を避けられて距離を空けられる。
変幻自在……だが、近付くモノは全て斬り伏せるまで!
地を蹴り、再度グレネーに迫る!
「《火球》」
捌くほどではない、回避すれば済むだけの位置に火球が放たれる。
問題なく避けられ、火球は何もない後方へ。
同時に、これまでしなるように蠢いていた鞭が、グレネーの手から一直線に俺の胸に伸びる。
「ッ!!」
当たる……が、飛竜の革装備に弾かれる。
僅かに熱を感じるが、貫かれるわけでもない。
ただ、上体が僅かに反らされた。
何が――
「ぐッ……!!?」
背中から爆発のような衝撃!!
さっきの《火球》!?
魔導器で追尾か軌道制御したものか!
「しつこいのよ!!」
前に飛び出た俺の体に、グレネーが踏み込んで拳鍔を振りかぶる。
避けられ――
「ぐぁぁ……!!」
拳鍔を伴った拳が顎に直撃し、打ち上げられる……!!
マズい……意識が――
体が落下を始める前に炎の鞭に縛り付けられ、宙に浮かされる。
「《火槍》」
「ぐああああ!!?」
辛うじて大剣を握っていた右手に槍を喰らい、痛みに意識が叩き起こされる。
大剣が落ちる音がする。
意識はあっても視界は歪み、顎から激痛が走り続けている。
右手は、もう……
「はぁ……ようやく大人しくなった。身体能力がどれだけ高かろうと、一等魔術士に男が勝てるわけないじゃない」
グレネーが息をつく。
クソッ……!!
炎の鞭に縛られているが、革装備のおかげで体表が炙られてるわけではない。これを振りほどけば……!!
「ムダだって。炎が鞭の形をしているように見えるけど、実際は自在に変形する結界の中を炎で満たしているの。アタシが【燥蟒】と呼ばれる由縁。ロゼなんかは定型の《火似刃》が精一杯。あんな老いぼれなんかと比べるまでもないの!」
急に声を荒げる。
【才焔】様……? なんだ、コイツ……
「お前……自分を肯定するために、他人と比べないといけないのか……?」
「は……?」
唐突に湧き出た疑問に、グレネーは青筋を立てる。
「商人長のくせに随分お気楽な考えで生きてるのね!? この世は絶対評価!! 自分が持つ力がそのまま自分の価値になるの!! そのせいであんな長生きしてるだけの老木が認められて、アタシは二の次にされる!!」
訳が分からない……そんなもののために、レニィは巻き込まれたのか?
「レニィを……どうするつもりだ……?」
「精々アタシのために働いてもらう。アタシの価値が理解できない奴を消すのに、あのガキを使えば楽だろうから」
「ふざけるな……!!」
「は? ふざけてるのはそっちでしょ? レニットの父親だっていうなら、なんで捨ててんの? おかげでバカなまま力だけはあるもんだから、アタシが世話させられたんだけど。よくよく考えたら、商人長の娘だってのに買い物の一つも出来ないなんて滑稽って感じ。そのせいで毎度毎度アタシがしょうもない買い物を代わりにやらされてたの。逆にこれまで面倒見てやった分、これから恩を返してもらわなきゃ釣り合わないでしょ?」
そんなバカな話があってたまるか!!
けど……
あそこに置いていったのは……俺が……
歯噛みしていると、グレネーが右手を向けてくる。炎を灯して。
「最期に言い残すことでもある? せっかくイイ顔してるくせに、あのババアと同じ髪と目の色。ウザい感じだから殺すわ」
「……大して珍しくもないのに……街を歩く度にイラついてるのか?」
「ハッ! いいのね? それが――」
「あの子の絵を見て、何とも思えなかったのか?」
「……は?」
グレネーが目を丸くする。
「レニットの、美しい、繊細で、鮮やかな、素晴らしい絵の数々を見て……何も感じなかったのかと、聞いてるんだ……」
グレネーの表情から、これまで見せていた激情が一切なくなる。
「たかが絵でしょ? それに素晴らしいとか、感動とか……頭湧いてんの?」
心底理解できないように首を傾げている。
もう、ダメだ。コイツは、何も感じないんだ。
哀れだ。ただ一つのモノしか見ることが出来ない。ほんの少し、ただ別のモノに目を向けられれば、世界は色付くのに……
ちくしょう!! こんな奴なんかに!!
ああ……レニット、ごめん……
俺は結局、おとーちゃんになれなかった。逃げたくせに、半端に縋りついて、離れることが出来なかった。見守るつもりでいたくせに、結局このザマ。
ごめん……グレイス。託してくれたのに、俺は何も出来なかった……
視線の先……レニットが横たわっている。
もう、十三才か……
もっと……もっと、レニィの未来を見ていたかった。
頼む……ステア・ドーマでも、フィーネ・セロマキアでも、誰でもいい。
あの子の未来を、幸せを……どうか……!
「今さら命乞い? みっともなく泣いちゃって!」
滲む視界に炎が広がる。
娘と、目が合った気がした。
腕が、動いている。
こっちに向けて――
「し――」
女が何かしら口走ろうとした瞬間、その体が砕け散るようにバラバラになった。
俺を縛っていた炎の鞭が失せ、体が落ちる。
血が、広がっていく。
何が――
「おとー……ちゃん……?」
もう二度と聞けないと思った声が、聞こえた。




