第十九話 乱入者
突如、天井をぶち抜いて落ちてきた、デールという覆面商人長に襲われている。
バンタに一撃喰らってクソ苦しい中、トンデモない力で振り下ろされた大剣をなんとか受け止めている。
商人長は、布が膨らんでは萎むほどの荒い呼吸で目を血走らせていて、何から何まで狂ってるとしか思えない。
とにかく――
「どこのお父ちゃんだよ!!」
剣を傾けて受け流し、どうにか商人長から離れる。
受け流した大剣は床に深々と突き刺さるが、商人長はすぐに引き抜く。刺すのも抜くのも、そう易々と出来るわけないはずだが……
赤茶色の防寒着を身に纏う商人長は周囲を見渡すと、割れんばかりに怒声を上げる。
「やっぱりテメェらか!! あの豚といい、怪しいとは思ってたんだ!! 今すぐレニィを解放しろ!! やらなきゃ殺す!! やっても殺す!!」
バカ共に大剣を向けて堂々と宣言する。
てか、それが分かってるんだったら――
「テメェ! 俺に攻撃してくる必要――」
「お前も仲間かぁぁ!!?」
「なわけねぇだろうが!! どう考えたらそうなるんだよ!?」
「レニィがカワイイからだ!!」
「誰があんなバカガキ――」
「レニィはバカじゃない!!」
「そこ論点じゃねぇから!!」
なんだコイツ!? 全然話聞かねぇぞ!
大体、レニットの父親? アイツ、孤児だろ? 今になって出てくるとか、バカ共とは違う方向に頭おかしい奴だったのか? 挙動もイカれてるし、クスリでもキメてイっちゃってるとしか――
いや、レニットが孤児院に預けられたのは……四才。先天魔性の子供を、だ。加えて、レニットと同じ鮮血のような瞳に、顔を隠すための覆面。レニットが議題に上がった会議後の荒れ方……
ある可能性に思い至ると、グレネーが恨めし気に声を漏らす。
「ここに来て訳分かんないのが……」
「レニットの父親だと? 本当だとしても、今更捨てた子供に父親面でもする気か?」
スレイは警戒しながらも、商人長を嘲る。
対する商人長は、血走った目が前を見据えたモノになる。
「レニットにとって俺がどう在るかは関係ない。俺はただ、この子の幸せの障害を払い除ける存在。『おとーちゃん』とは、そのために存在できる名誉ある称号だ!!」
ちょっと何言ってるか分かんない……
おかしな発言のせいで実父説が遠のいた感じがするが、ひとまずゴミ共を殺す方向は同じだよな?
「おい、商人長! ガキを助けたいならコイツらぶっ殺すのを手伝え!」
「お前がレニィを不幸にしない保証がどこにある!?」
商人長は俺にも大剣を向けてくる。そんなのキリねぇだろうがよぉ……
「俺はコイツらを殺したい。あんたはレニットに邪魔な奴を殺したい。ひとまず殺りたいことは一緒だろ。コイツらを片付けた後だったら相手してやる。みすみす殺られるつもりはないけどな」
「……いいだろう。お前は、コイツらを殺した後だ」
俺の提案に、商人長は不承不承ながらも頷く。ひとまず助っ人は増えた。
「それで、あんたの名前は?」
「デウス・サーマル!! レニット・サーマルの、おとーちゃんだ!!」
やっぱりデールではない本名の名乗りと同時に、共に走り出す!
「好きにはさせないよ!」
バンタは棍棒を振り、天井から落ちてきた瓦礫をいくつも俺たちに打ち飛ばしてきた。
互いに回避すると、俺はバンタ、商人長――デウスはスレイを相手取る形になった。
さっきまでは二人相手でもやれてたが、モロに一撃を喰らった今はサシでも結構キツい。
範囲が大きい横薙ぎ、振り上げからの振り下ろし、逆も然り。
頭部を狙おうにも、大振りの隙に刺し込めないくらいには俺の動きが鈍くなってる。
対するデウスは、なんで商人長なんてやってたと言いたくなるくらいには素早く、赤い大剣を振り回している。
「キサマは一体なんなんだ!?」
「おとーちゃんだ!」
デウスの大剣に鎌で打ち合うスレイも同じ感想だが、対するデウスの答えは代わり映えしない。
しかしながら、デウスはバンタのように大振りで、その隙を突いたスレイの攻撃を素の身体能力でなんとか躱している様子だ。
ギリギリの攻防だが、スレイが一枚上手。
スレイは分銅を投げ、大剣を振り抜いたばかりのデウスの腕に鎖を巻き付ける。
「ぐっ!!」
「カァァァァ!!」
体勢を崩して転倒したデウスの下顎を突き上げるように鎌を振るう。
ヤバい!! 投げるか!?
だが、俺の心配を他所に、デウスは大剣から片手を離して鎌の横腹を叩きつける。
鎌は頬を掠めるに留まり、逆にデウスが鎖を手に取り、力任せにスレイごと振り回して投げ飛ばす。
なんつう力技――
「よそ見してるねぇ!!」
「チッ……!!」
避け切れずに、バンタの横薙ぎを剣で受ける。
棍棒の先端を掠らせただけなのに、大きく吹っ飛ばされる。
剣がさらに歪んでしまった。
クソが……確かにデウスの方を注目していたが、バンタの動きを把握するだけなら片手間でも出来た。今のは単純に、俺の体が付いて来なかっただけ。ここまで削られでもしなかったら、こんなノロマに一撃喰らうはずがない。絶対だかんな!!
改めてデウスの方を見ると、頬を斬られて目から下を覆っていた布がひらひらと落ち、頬から血を流した精悍な美丈夫が露わになる。
面が良いのは結構なことだが、この乱入者……結構危うい。身体能力はこの場の中でダントツだが、それを活かすだけの実戦経験が明らかに乏しい様子だ。一等のスレイ相手にゴリ押しは出来ない。商人組合長やってるんだから、技術が足りてないのは不思議ではないけど。
デウスに力のままにぶん投げられたスレイはすぐさま立ち直り、声を上げる。
「おい、グレネー!! あとどれくらいだ!?」
「あと十分もないわよ! さっさと始末して!!」
『十分』? フィーネが身術を体得してた時は二十分で終わったはずだ。騒動が発覚してから今に至るまで、それの何倍以上も時間が経っているはずだが……手間取っている? 他者が習得させているから時間が掛かっているのか? 魔力の拒絶反応うんぬんか……
「おい!! 十分ってなんだ!?」
「テメェのガキが玩具になるまでの時間だよ!!」
「許さねぇぇぇぇ!!!」
状況を詳しく把握できてないデウスに答えてやると、これまでにない大音声で叫び出す。
もう、悠長なことは言ってられない。この一手で決めてやる。そのためには――
「デウス!! 勝ちたきゃデカブツを殺せぇぇ!!」
「っ!! しくじったら許さねぇからな!!」
剣を放り投げてバンタに向けて走ると、俺が何をするか分からないままであろうデウスも向かってくる。
「何も持たずにどうすんのかな!」
「バカが! 自分から背を向けるとはな!」
バンタは棍棒を上段に振りかぶり、スレイは鎌をデウスに向けて投げ飛ばす。
勝ち誇ったスレイの視線はデウスに注がれている。
今は、グレネーの視線もバンタの翳になって俺が見えてない。
だから、これが活きる!
左腕を頭の上に構え、右手で腰の入れ物から暗器を取り出し――
スレイの顔面に投げる!
「ッ!? スレ――」
「ん……? グアァ!!?」
グレネーが気付いて声を上げるが、気付けなかったスレイは横から飛び込んできた暗器を見事に左目に喰らう。
鎖を持つ手元が狂い、デウスの側頭部を鎌が掠める。
「あれッ!!?」
「ヴッ……!!」
俺はバンタの棍棒を真上から左腕にまともに喰らい、そのまま顔面に押し付けられ、床に押し潰されて――
カチっと、音が鳴った。
「死ねぇぇぇぇ!!!」
俺の体が地面に叩きつけられるが、それ以上に上からの圧力を感じることはない。
朦朧とする視界の中には、デウスの大剣が燃え上がり、バンタの胸から上をズンバらりと両断している姿が映っていた。
あとは、スレイを……
倒れた状態で首を傾けると、スレイが潰された目に悶絶している。
一瞬、目が合う。
憎悪か、憤怒か、俺を呪う目だ。
それも束の間。
回転しながら飛んでいく燃えた大剣がスレイの顔面に突き刺さり、床に突っ伏した。
地下の二点に、血溜まりが広がり、肉が焼けた臭いが立ち込める。
死んだ。
殺したんだ。
なんとか起き上がる。
視界が赤い。
頭……血ぃ出てんのか。
焦点が定まらずにグラグラする……
「さぁ、手下は殺した。次はお前だ!!」
デウスはスレイの死体を足蹴にしながら大剣を取り戻し、グレネーに向ける。目から上の布も掠めた鎌に切られたことで地面に落ち、赤い短髪が露わになる。側頭部は血に濡れ、どす黒い色に変色しつつある。
コイツ……俺の指示を一発で聞き分けた上、背後の攻撃を気にすることなく飛竜の革装備もろともバンタを両断しやがった。おかげで俺が叩き潰されて挽肉にならなかったわけだが。だからって両断してすぐスレイに剣を投げ飛ばすか? 判断力どうなってんだ。
それに、あの大剣。今は違うが、燃えていた。魔装具か? 異音の正体は、魔術を発動するために押したつまみか。
すぅ~……
息を整え、立ち上がる。
体のあちこちが尋常じゃないほどクソ痛ぇ……
全身に不快な熱が籠ってる。
あとは、バカ女一人だけ。
「ハァ~~……なに死んでんだか。使えない……」
グレネーは原創陣から手を離し、陣から光が失われる。女の顔には呆れしかない。仲間が死んでも、悲しみも、憐みも感じられない。
「身術の体得をやり直す時は何工程も遡らなきゃならないってのに、殺すどころか時間稼ぎすら出来ないとか……アタシ、どんだけ環境に恵まれてないのって感じ。そうは思わない?」
なに……言ってんだ……?
「ステア・ドーマ!!」
少なからず、俺から明かしたわけでもない名前をデウスに呼ばれる。
「この女は俺が始末する! お前はブラフマンを探し出せ!」
「は……? どう考えても二人で――」
「自分の状態を見てみろ」
今の俺は……
バンタから三発喰らった。最後の一発はスレイとバンタの意識を十分に引き付けるために、間合いまで踏み込んだせいで直撃した。受け止めた左腕はもはや痛みを感じず、頭からは血が……フラフラする。
「それに……魔人もいるんだろう?」
!!?
「あんた……気付いて――」
「《火槍》」
グレネーが俺に向けて《火槍》を放って――
「させるか!」
デウスがグレネーの動作よりも速く動いて俺の前に立ち、火の矢を斬り裂く。
「チッ……魔石の……」
グレネーの舌打ちの通り、大剣には魔石が含まれているのか。
「この都市にお前が来たとき、隣には【戦姫】様と、もう一人の女がいた。アイツが魔人なんだろ? 普通に話してたが、緊張感があったからな。それに、あの女に渡した袋……少し浮いてた」
浮いてた? そうは見えなかったぞ。よっぽど観察しなきゃ見えないぐらいの差だろ。大体、そこまで分かってて――
「なんで俺に斬りかかったんだよ……!」
「お前たちもレニィを利用すると思ったからだ!」
いっそ清々しいな。疑わしきは即殺か。
「だが、信じることにした! 【戦姫】様もレニィを助けるために動いて下さってるんだろう? なら、ブラフマンも魔人も始末して憂いを完全に断つ! なにもお前自身で始末しろとは言わない。奴らを捕捉して、【戦姫】様に繋げるんだ。頼んだぞ!」
デウスは横目ながらも力強い視線を向けてくる。
確かに、デウスの言うことは筋が通ってる。
「分かった……死ぬなよ」
「子供の前に立った『おとーちゃん』は、決して負けない!!」
大剣を構えたデウスは声を上げる。
精神論が過ぎる。
足元が覚束ない中、ないよりはマシの歪んだ剣を拾い、地下の出口へ走る。
「行かせるかよ、クソガキ!!」
「やらせるか、クソ女!!」
グレネーの叫びと共に背後が明るく、熱く感じた。
けど、デウスが上手く防いだのか、何ともない。
地下から上がる直前、気休めでも口にしておく。
「さっさと起きろよ、バカガキ!!」
「レニィはバカじゃないッ!!」
親バカから返事が返ってきた。あれだけ元気なら、上手く娘を守れるだろう。
地下から階段を駆け上がり、次に向かう先は首長室だ。どんな形であれ、首長――ピグトル・ブラフマンは処分する。
いい加減、このバカげた騒動にケリ着けてやる!!




