第十八話 人対人
いないいない……
婆っ!!
クソったれなグレネー、スレイ、バンタを前に、現実的にも精神的にも退くことは出来ない。
まずは、トロいバンタから潰すために地を蹴って――
「安直だな!」
「チッ……!」
「フンッ!」
横から迫ってきた鎌を躱すと、回避先の上から棍棒が振り下ろされる。
間一髪で、さらに横に転がり込んで棍棒から逃れられた。
棍棒を叩きつけられた床には亀裂が走っている。
恐ろしい威力だが、図らずも側面に回れた。
コイツらは避けてグレネーを――
「させると思うか!」
スレイの鎖鎌が再度俺に放たれ、体を反らしながら剣で弾く。
そのうちにバンタは俺の前まで進み出て、虚空が唸る怪音を発しながら棍棒を横薙ぎにする。
「クソッ!」
薙いだ方向に避けながら後方に下がり、さっきと同じ位置関係に戻された。
まあ……イラついたまま突っ込んでもこの程度か。
「大口を叩く割に、結局この程度か」
勢いに任せた動きをスレイに嘲笑される。
けど――
「ハッ! それはこっちのセリフだ。本当に一等か? 意外と狙いが甘いんだな。対人戦に慣れてなさそうだ。飛竜みたいなデカい魔獣しか相手にしてないからか? 俺なら、犯罪者の掃討任務にお前みたいな肩書だけのデクが来ても迷惑としか思えねぇな!」
煽り返すと奴は睨み顔で押し黙る。
どうやら自覚はあるみたいだな。だが、腐っても一等冒険者。このまま戦闘が長引けば、距離感にも慣れて狙いがキツくなるだろう。
「僕はどうかな?」
「……ちゃんと邪魔くせぇよ」
バンタはニヤけ面で棍棒を素振りしている。それなりに離れているはずだが、風圧がしっかり感じられる。
スレイやグレネーよりも、なんだかんだでバンタが俺にとって一番厄介だ。
スレイは鎖鎌、グレネーは魔術主体の攻撃だろうが、どっちも飛竜の革装備で致命傷になりにくくなっている。ただ、バンタの得物は叩く・潰すの棍棒だ。あくまでも、この装備は斬撃に強いか、魔術を弾きやすいだけ。普通の装備よりは衝撃を吸収するが、たかが知れてる。バンタの一発をモロに喰らえば、体の中身がグチャグチャになって即行動不能だ。
鬱陶しい事実を確認したところで、改めてゴミ共の陣容を把握する。
陣取りとしては、バンタから少し離れた後ろにスレイが控えている。基本はバンタに攻撃させ、スレイが俺の動きを制限する感じだ。
さらにその後ろには原創陣の上に大人しく寝そべっているレニットに、奥にはグレネーが座り込んで原創陣に魔力を込めている。グレネーがこっちに参戦する様子はない。レニットに身術を刻むことを優先するようだな。
さっきの男二人の動き方から、レニットとグレネーに手を出させないことを最優先にしているようだ。ある意味では助かる。スレイの身体能力は俺より格段に上だ。前に出てこられたら一気にキツくなる。
攻めどころはやっぱり鈍いバンタだ。コイツを確実に潰してグレネーへの妨害を通す。
方針もしっかり固まったところで……もう一回!
「バカの一つ覚えか!」
「どうかな!」
バンタに再度走り出すと、変わらず鎌が飛んでくる。
さっきから狙いは首から上。
だったら軌道を予測して首を傾ければ避けられる。
「チッ!」
「なッ!?」
思い通りにスレイが舌打ちし、驚愕に顔を歪めたバンタに迫る。
バンタは上段に棍棒を振りかぶり、焦った様子で振り下ろす。
だが、構えを見た時点で次の動作は簡単に読めた。
振り下ろされる棍棒に対して半歩横に躱すと、バンタは目を丸くしながら叩きつけた反発のままに棍棒を体に引き寄せて防御態勢。
なら、太すぎる腕に剣を刺し込めばいいだけ!
「……は?」
確かに、剣は腕に当てた。
ただ、服が切れただけでそれ以上に刃が入っていかない。
さっきまでの焦燥から一転、バンタが薄ら笑いを浮かべる。
ムカつくのも束の間、背後から鎖がしなる音と共に風切り音が聞こえてくる。
スレイが飛ばしてきた鎌は明後日の空を切るが――
「ッ!!」
虚空に伸びていった鎌が引き戻され、俺は姿勢を低くしながら横へ回転回避する。
避けた鎌の行き着く先には――
「痛っ! ちょっと、スレイさん!!」
鎌はバンタの胴部に刃を立てていた。
しかし、鎌はバンタの体に弾かれてスレイの元に戻っていく。
バンタはスレイに抗議の声を上げるが、当人が謝る素振りはない。
「いちいち騒ぐな。ケガするわけないだろう」
『ケガするわけない』?
いや、そうか……
俺が斬り、スレイが裂いた防寒着から赤い、鱗のようなモノが覗く。
「飛竜の革装備……」
「当たり前だよね。僕たちがどれだけ飛竜を討伐してきたか……」
「ほぼガキに丸投げしてただろうが」
涙ぐましい努力かのように拳を握るバンタにツッコむと、すぐにヘラヘラと笑い出す。
厳しいな……考えれば当然だった。俺でも装着してるんだから、コイツらが着けてない理由がない。スレイも防寒着の下に着けているだろう。さっきからスレイが俺の頭を狙ってくるのは、鎌じゃ革装備を貫いて手傷を与えられないと考えていたからか。
ただ思い違いを挙げるなら、アイツらは全身に装着してるだろうが、俺はフィーネの魔力補充のために急所にしか装備していない。あっちの狙いが勝手に絞られるのは好ましいが、逆に俺は攻めどころが途端に少なくなった。
俺の戦い方は、体の至る所に浅手を付けて消耗したところを仕留めるのが基本だ。それが出来ないとなると、一気に攻め手がなくなる。俺も首から上を狙うしかないか。
「ッ!!」
諦念もそこそこに、スレイが鎖を鳴らしながら仕掛けてきた。
鎌じゃなくて、鎖のもう片方に付いた分銅を。
咄嗟に剣の腹で弾くと、大きな金属音を鳴らしてスレイの元へ戻っていった。
コイツ……鎌よりも重量がある分銅を投げて、弾こうものなら剣が破損するように切り替えてきたか。
「しぶといな! 大人しくしてたら楽に殺してやれるものを!」
「遠回しに自分は投擲下手ですっつってるのか!? 楽に殺れねぇのはテメェの力不足だろ!!」
俺の煽りにスレイは一層表情を険しくし、繰り返し分銅を投擲する。
こっちは安易に弾けなくなった。
回避するしかない俺に、バンタが回避先に的確に棍棒を振ってくる。
あっちも深く踏み込んでこないためか、ギリギリで避けることが出来てる。
徹底的に俺を踏み込ませないつもりか。
マジで決め手がない。ここに来て時間が問題だ。
「なにチンタラしてんの! さっさとソイツ殺せ!!」
バカ女が喚いているが、男二人は着実に俺を追い詰めてきてる。
考慮する必要がある“区切りの時間”は二つ。
まず、寝ているレニットが目を覚ますまでの時間。次に、グレネーがレニットに身術を刻み終えるまでの時間。
俺の中での最優先はこのクズどもを殺すこと。だが、そこから百歩くらい下がった次点にはレニットの救助がある。
一番楽なのは、レニットが今すぐ目を覚まして、コイツらを一掃すること。まあ、昏睡と言っていたあたり、現実的じゃない。
身術を刻み終えてもレニットが寝たままだったら次にマシ。バカ共の命令に従う前に奴らを殺す。ただ、その場合は手が空いたグレネーも参戦してくるだろう。ゴチャついている内に同士討ちの形に持ち込む必要がある。コイツらの連携がクソだったら二番目に楽だが、まともに機能するようなら一気にキツくなる。
一番ひどいのが、身術を刻み終えた途端にレニットが起きて、従順な操り人形として俺だけでなくフィーネにも向かう場合だ。そんな事態になったら俺がどうこう出来る状況じゃない。考えるのはやめにしよう。
嫌な想定が頭を過るが、この状況を打開できそうな一手はある。コイツらに見せていない手が、一つだけある。
ただ、問題はいつ、誰に、どう差し込むかだ。
もしこれが上手くいけば、奴らは一気に崩れる。だが崩れた後のコイツらの動きが未知数だ。こんなバカなマネをするあたり、レニットを手中に収められないと悟れば、自棄を起こしてレニットを殺すという選択を取らないとも限らない。それは本当に、最高に不愉快だ。
俺だって今も場違いに眠っているクソガキに受けた仕打ちをどうにかしてやり返してやりたい。当然、頭が足りてない奴らとは違う方法で。そのためにも、慎重に行動を選ばないと……
とりあえず、間一髪ながらも二人の攻撃を捌くことは出来てる。
こっちから仕掛けてやる!
変わらない拍子で投げられる分銅を剣で弾き、またバンタに向けて走り出す。
「キサマ!?」
強引に分銅を弾いた俺にスレイは驚愕しながら鎌も投擲するが、これも剣で容易く弾けた。
「だから言ってんだろ! 甘ぇんだよ!!」
こっちは魔人の《火槍》を捌いたんだ! 狙いが分かってる飛び道具なんて意味ねぇんだよ!
後はバンタだけ!
バンタは振り抜くように棍棒を下段に構えている。
俺の速度に慣れて、バンタは勘で振るようになってきた。
だったら、鎌を弾いた後の、意図的に落とした速度に対応できねぇよなぁ!!
「え、あれッ!?」
バンタが驚きに目を見開く。
俺が間合いに入るよりも明らかに早い振り出し。
見事に空振った後は、このデカブツのマヌケ面に剣をぶっ刺して――
「「ハ……?」」
バンタと同時に、素っ頓狂な声が漏れる。
バンタが振り抜こうとした棍棒が、微動だにしていない。
棍棒には、鎖が巻き付いている。
俺がバンタの間合いに入ると鎖は棍棒から滑るように落ち、留められた力が一気に解き放たれて――
「くっそ――」
「フンッ!!」
気付けば、俺の体は宙に打ち上げられていた。
受け身も取れずに落下し、地面に叩きつけられる。
クッソ痛――
「あ”あ”っ……!」
なんとか体を転がして、脳天に迫った鎖を避ける。
ちくしょう……イイのを入れられた。
咄嗟に剣の腹で棍棒を受け止めて直撃は免れた。が、魔石の剣を歪める程の衝撃は真正面から食らった。下手な落下も相まって、全身が痺れてる。これ……骨折してたりすんのか?
ハァ……にしても、スレイにまんまと出し抜かれた。分銅も鎌も手元から放して、少なからずあの武器でどうこうするとは思わなかった。
それを……振り早まったバンタの棍棒に鎖を飛ばして巻き付けることで制止。俺が間合いに入ってから鎖を解放。ドンピシャで当ててきやがった。
端点が手元にない中、余りまくってる鎖を有効活用したからこその芸当だ。それに、飛竜を縛り付けられるだけの怪力だからこそ、バンタに振り回されることなく今のを決められたんだろう。
「我ながら上手くやったものだ。おかげで、鬱陶しいキサマをようやく仕留められそうだ」
スレイが口角を上げながら嘆息し、勝利宣言をする。
自分でも驚いてるあたり、クズだろうと一等冒険者。場当たり的な対応力は折り紙つきか。
とりあえず、なんとか立ち上がる。
さあ……どうする? 結構キツい。一手は不意打ちに使って、どっちかを道連れにするか? 業腹だが、仕方ない。後はフィーネに――
腹を括ろうとしたところで、轟音が地下に鳴り響く。
「何の音!?」
グレネーが声を上げる。他二人も警戒態勢に入る。
音の原因はこの場の誰でも……レニットが起きたわけでもない。
次第に音が大きくなる。これは……上から――
見上げた途端、俺と男二人の間の上、天井が崩れ落ちてきた!!
フィーネか? 魔人か? 明らかに人の枠を超えた人為的現象。一体誰が……
瓦礫から後退しながら様子を伺うと、まず最初に赤い大剣が目に入った。当然、人の形をした生き物が手に持っている。顔であろう部分には、手ぬぐいがグルグルと巻かれている。目には巻かれておらず、そこから覗く真っ赤な瞳が俺の視線を捉える。
すると、ソイツはまだ宙を落下している大きめの瓦礫を蹴って、俺に大剣を振り下ろして――
「俺の娘に!! 近寄るなぁぁぁぁ!!!」
「ウォォォォォォォォ!!??」
剣で受け止めるが、トンデモねぇ力で押し潰されそうだ!!!
「「「商人長!!?」」」
三人の叫び声が聞こえる。
やっぱそうだよな!? デールとかいう、串焼き売ってた商人長だ!!
大体、娘って――
「どけぇぇ!! 俺は――」
崩落音を突き抜け、商人長の怒声が轟く。
「おとーちゃんだぞ!!!」
イィィィヤどちらのぉぉぉぉ!!?




