第十七話 咆哮
庁舎の地下、原創陣の中央に今朝から失踪していたというレニットはいた。
寝ているのか、気絶させられたのか、大人しく横たわっている。陣の外側には、レニットの魔衛士であるはずのグレネー、スレイ、バンタがいやらしく笑っている。
ひとまず、コイツらがレニット行方不明の犯人だ。あとは――
「で? 誰に唆されてこんなナメたマネをしてるんだ?」
「誰かって? 誰でもないよ。強いて言うなら……首長かな?」
俺の疑問にバンタがあっさりと答える。
「お前はまた……ペラペラと……」
「ハッ! 別にいいじゃない。どっちみちコイツだけじゃ何も出来ないんだから」
簡単に共犯者を答えてくれたバンタをスレイが睨むが、グレネーが鼻を鳴らして開き直る。
二人もつられて笑い出す。気持ち悪い。
「はぁ……魔人どもの品性を疑うな。もう少しマシな下っ端の選び方があるだろ」
「魔人……? お前は何を言っているんだ?」
おかしな話だが、魔人たちに幻滅しそうになったところでスレイが怪訝な顔で首を傾げる。
すると、三人とも顔を見合わせ、大きく笑い出した。
「アッハハハ!! アンタ、魔人と会い過ぎて何でもかんでも魔人のせいにしちゃってる感じ? もう少し現実見た方がいいよ?」
グレネーに嘲笑される。
バカ騒ぎをしているあたり、魔人が関係していないというのは事実か? 魔人と共謀してレニットをここまで連れてきたわけじゃないのか?
いや、コイツらが知らないだけで首長が奴らと接触している可能性はある。もしくは、本当に誰とも接触せずにこうなるよう魔人が状況を整えて誘導したのか……
どの道、目の前の敵は三人。どいつも飛竜相手にメチャクチャする奴らだ。今回もフィーネが来るまで時間稼ぎが必要になる。
「まぁ、いいや。それで、義務教育も受けてないバカガキを囲んで、いい歳こいた奴らが何してんだ?」
俺の挑発混じりの問いにスレイの顔が険しくなるが、安易に仕掛けてくる様子はない。
返答はグレネーが口にする。
「ここまで来れたのに、察しが悪いのね。見て分からない? 原創陣に、中心には“化け物”。今はコイツに相応しい魔術を仕込んでいる最中ってわけ」
他人が陣の外から魔力を送り込んでも身術を体得できるのか。体得するのが初めての子供なんかは、大人とかの補助で習得することもあり得そうだな。
にしても、“化け物”、ね……
「で、どういう魔術なわけ?」
「フッ……聞きたがりね。まあ、いっか。教えてあげる。コイツには自己対象の認識干渉魔術を施して、アタシらの言うことを何でも聞く操り人形にするの」
『操り人形』……これまたベタな。
というか、自己対象? 一体何がどうなればレニットを言いなりに出来るのか分からないな。けど――
「わざわざこんな騒ぎにしてまでレニットを言いなりにさせる意味が分からないな」
呆れていると、バンタが大きく溜息をついた。
「ハァ~……ステアさんなら分かってくれると思ったんだけどなぁ。ステアさんは直接痛い目に遭ったんだから、レニットちゃんの扱いにくさは分かるよね? 普段から飛竜を討伐した後は長時間も絵のために使って、僕たちは寒空の下に放置されるんだよ? これを週に何回もされるだけで堪ったもんじゃないし、機嫌が悪くなるようなら手を着けられない。討伐以外のお世話は大抵僕たちに押し付けられてさ……いくら特等だからってこんな子のご機嫌伺いに神経擦り減らすなんて馬鹿馬鹿しいよ。それでも僕らは今まで頑張ってきたんだし、少しは報われてもよくない?」
まぁ……理解できなくは……ないな。実際、昨日は癇癪を起こされた挙句、尊厳破壊されるところだったし。フィーネの代わりにレニットと旅をしろと言われたら……心痛で具合が悪くなりそうだ。
だが――
「それだけか?」
俺が再度問うと、バンタはレニットに視線を向けながら口元を拭う。
「見た目はカワイイからさ……好きにしたいよね……?」
ハイ、キショイ。
一般的に思い浮かぶ可能性として聞いてみたけど、結局そういうのか……
「そっちの三十路も、そこのデカブツと同じか?」
スレイに話を向けると、薄ら笑いを浮かべながら答える。
「俺はバンタのように子供が趣味なわけじゃないが、あと何年かすれば……」
あーあ。コイツら、脳ミソと大腿骨が入れ替わってんのか? この感じだと、首長も同じに思えてくる。
アホどもに辟易としていると、グレネーがまた俺を笑ってくる。
「野郎どもにウンザリしてるみたいだけど、ここまで漕ぎ着けたのはアンタのおかげだからね?」
「あ”ぁ?」
心当たりが無さすぎる発言に唸ると、三人そろって大声を上げて笑い出す。
「アンタがずぶ濡れになりながら必死こいて取り戻したカギの魔導器。あれはただ使用者に負荷を掛ける魔導器じゃない。本当は、使用者に少しずつ認識干渉魔術を掛けて昏睡状態にする魔導器なの」
ハァ?
「いや~、焦ったよね! ここまでコツコツやってたのに、あとちょっとのところで台無しになってたもん!」
「お前たちが濡れて席を外せたのは本当に都合が良かった。あまりに出来過ぎて笑いが堪えきれなかったからな」
「ちょっと、アンタ達だけズルいんだけど! こっちはただでさえステアの細っそい裸に笑いそうになったのを必死に我慢してた感じなんだから!」
地下にバカ共の笑い声が響く。
そういえば、レニットは最近になって十分に寝ても眠いと言っていた。確かグレネーが『成長期』と言って流してたけど、カギ型魔導器の効果だと分かってたのか?
加えて昨日の帰り、レニットは絵も描かずに寝てたな。あの時点で魔導器の効果が出てたわけか。
じゃあ……なに? 結局俺がこの騒動の原因なわけ?
いや、しっかりしろ、ステア・ドーマ! 実行犯はコイツらだ! 俺も被害者に違いない!
グレネーは噴き出た涙を拭いながら、憎たらしく俺に感謝を垂れてくる。
「魔導器がなくなった時は肝が冷えたけど、アンタのおかげでこっちは助かったし、メチャクチャ笑えたし、ホントありがとって感じ。これであのクソババアが幅を利かせる時代を終わらせられる」
「は? 『クソババア』?」
「分かんない? 半世紀も炎系統の最上位にふんぞり返ってる【才焔】……ロゼ・クリスタよ」
ロゼっち? そういえばグレネーはあの人に次ぐ炎系統魔術士と言われていたか。
え? だったら――
「お前……ロゼっちに勝ちたい?がためにレニットを使うのか? それでもお前の実力が二番手なことに変わりないだろ」
当たり前なことを言ってやると、グレネ―の表情はみるみるうちに険しくなっていった。
他の二人は「また始まった」というように肩をすくめている。
「そんな分かり腐った文句垂れて満足? アタシが魔術士になってからずっと、あんな若作りしてるババアと比べられてウンザリしてんの! たかだか《大壇焔》が出来るか出来ないかで、隠居してガキ共と戯れているような奴に劣っているなんて言われて良い気なわけないでしょ! ただ生まれた時代さえ……アタシが魔大陸遠征の一員になってたら、あんな火力しか能がない女よりもよっぽど貢献できたの! その事実さえあればどいつもコイツも手のひら返してアタシを認めるはずなのに……目に見えなきゃ分からないバカばっかりよ!」
グレネーはロゼに、自身を評価する者らに吐き捨てる。
ただ結局、魔大陸に遠征しようともグレネーがロゼっち以上に貢献するというのは有り得ない。断言できる。
ロゼ・クリスタの長所は魔術の能力だけじゃない。周囲をよく観察した上で行動できるし、間違いがあれば自省できる。こんな短慮でバカなマネをしでかすような女よりもよっぽど優秀だ。むしろ、グレネーは遠征隊を危険に晒した可能性すらある。
「レニットを使ってあの人を殺すつもりか?」
当然の疑問にグレネーが嘲るように声を上げる。
「ハッ! レニットを手駒にすればもうアタシに逆らえる奴なんてこの世にいない。あのババアの余生はアタシに媚びへつらうのがお似合いでしょ!」
コイツ……本気で言ってるのか?
「お前ら……フィーネがいること、忘れてないか?」
「自分の状況を少しは省みたらどう? あの女もレニットを探してるからか知らないけど、ロゼに《大壇焔》なんて頭の悪い魔術を与えた特等魔術士はここにいない! アンタをみすみす逃がすようなヘマはしないなんて分かってるでしょ? 大人しくここでレニットが操り人形になるのを待つか、殺されるかしかアンタに残された選択肢はないの。どっちに転ぼうと、フィーネが歯向かってくるようならレニットを上手く使いながら殺すだけ。あのブタがこっち側な以上、レニットが失踪したことも含めて魔人の仕業とでも言っとけばこっちのもんって感じ!」
三人は有利を確信するように顔を歪めている。
チッ……時間稼ぎが最善手じゃなくなった。
フィーネが北部から戻ってくるのが先か、レニットがコイツらの言いなりになるのが先か……
フィーネと宿舎で別れてから体感時間で三十分前後。手筈通りでもアイツが戻ってくるのは、あと約三十分。レニットの身術体得までの残り時間は分からないけど、とにかくどうにかして妨害しないと――
「でも、数十年も特等でいるような本物の化け物相手に、簡単にいくなんて思ってない。だからステア。アンタ、こっち側に来なさいよ」
……は?
「数ヶ月もあの化け物と一緒にいれば、弱点の一つや二つぐらい知ってるでしょ? アンタが油断させて誘い込むだけでこっちは勝ち確。アタシに服従するなら、これまでの態度も発言も全て水に流してあげる。そういえばアンタ、レニットに説教垂れてたね。お望みなら、“教育係”にしてやってもいいわよ? 今の術式だとレニットに命令できるのは四人だけど、あと一人分くらいは余裕がある。順番待ちにはなるだろうけど、レニットを好きに出来るの。それに、働き次第でアタシを抱かせてあげてもいいしね。アンタみたいに気が利く僕が欲しいと思ってたの。金でも何でも、好きなモノをあげる」
…………
?
あっ……
ん?
は?
…………
コイツ、何言ってんだ?
…………
ああ……そういう?
そういう感じか……
そっか……
最高に、最悪だ。
本当に、心底、何もかも、全てが――
不愉快だ。
「お前、何か……そう、勘違いしてないか? 俺が……地位とか、名誉とか、金とか……ましてや女とか。誰の目にも見えて分かりやすいだけの……誰にとっても同じ価値しかないモノが欲しいがためにアイツと……フィーネと一緒にいると思ってるのか? あぁ……配慮が足りなかったな。そんなモノのために俺を不愉快にさせるような奴が……理解できるわけないか。特に――」
根底から、全てが違っていた。
「“湿っぽさ”と“潤い”の違いすら履き違えてるような、枯れちまってるアバズレにはよぉ!!!」
腹の底から湧き上がる全てを、一つ残らず吐き出す。
グレネーが、マヌケな顔で目を丸くする。
次第に表情が強張り、青筋が浮き出る。
頂点に達したであろう怒りが、憎しみが、恨みが発露される。
「スレイ!! バンタ!! そのクソガキさっさとぶっ殺せ!!!」
「腰巾着の分際でデカい口を叩きすぎたな!!」
「素直に頷いとけばイイ思いが出来たのにね!!」
スレイが鎖鎌を、バンタが棍棒を構える。
俺は剣を構え、戦闘態勢を取る。
「願い下げだゴミクズども!! 殺れるもんなら殺ってみろ!!!」
魔人も、ガキの救出も、知ったことか。
何が何でもコイツらぶっ殺す!!!!!!




