第十六話 捜索
世界に二人だけしかいない特等魔術士の一人――レニットが行方不明になった。
昨日のことを考えると――
「え……俺のせい?」
「まあ……普通はそう思うわよね」
クソすぎ!
今はとりあえず部屋に戻って今後の方針を考えている最中だ。
事態を知らせてくれた支配人が走り去った後、他の従業員が戻ってきたので詳しい経緯を聞いた。
庁舎の画室で寝泊まりしてるレニットは、普段から首長ピグトル・ブラフマンに起こされているらしい。今日も彼がいつも通りに起こしに行こうとしたら、画室にレニットの姿がなかった。周囲を探しても見つからないため、失踪と見なしてレニットを探すよう都市中に指示したようだ。今は誰もが捜索のために走り回り、都市外にまでその手が伸びているらしい。
改めて考えても、昨日の俺の詰問にレニットがへそを曲げて家出?したようにしか見えない。
「いや、俺のせいなら一周回って……まぁそれでいい。後で都市中から吊るし上げられて石を投げつけられても……しょうがないと思うことに……しよう、そうしよう。その後はメンデール出禁になるかもしれないけど、正直実害はない」
「私も巻き添えになったら困るんだけど……」
「だったら俺のことを擁護しろって!!」
フィーネが他人事のようにボヤく。
もっと俺を丁重に扱えと言いたくなるが、フィーネも家出説は薄いと分かってるからこその発言だ。ただの行方不明ではない、決して簡単な話ではないと。
「それで……これは魔人の仕業と思えばいいのね?」
「ああ、だろうな」
フィーネの顔が険しくなる。当然の結論だろう。
「昨日は色々あったからな。正直、魔人らの言う“問題”に引っかかってもおかしくない」
爆速で飛竜を殺しまくるわ、鍵を失くすわ。気付かない内に監視されていたとしたら、すぐ行動に出たのも納得できる。ただ――
「あのレニットを拉致るとなると、相当ヤバくねぇか?」
「そうね……アズサがレニットを圧倒できる感じはしないから、よっぽど念入りに準備して不意打ちしたのか、他にもいるという魔人と囲んだのか……最悪、全快したリオがやったのかも」
最高に最悪だ……迷宮で必死こいて胸に風穴を開けてやったのに、また元気にはしゃいでんのか? 何したいのか本当に分かんないな。
「けど……いいや。誰がやったかは今の一番じゃない。レニットの安否確認が最優先だ」
フィーネは頷く。
レニットがいなくなった時間でどこにいるかが変わる。深夜のうちから連れ去られたのだとしたらお手上げだ。都市にいないだろうし、プサール山脈にすらもういないかもしれない。捜索範囲が無限大になる以上、どうしようもない。開き直って都市内、もしくは山脈内のどこかに監禁されたと考えるべきか。
「私は……どこに行けばいいかしら?」
フィーネは、俺に聞いてくる。
決心は済んだ表情だ。もはや言うまでもない。だが、再確認する。俺も、歯食いしばって腹括るために。
「俺たちはこの都市内で、外から来た浮き駒だ。ここにいる奴らじゃ詰め切れない隙間を埋めに行くぞ。フィーネは飛竜の生息地――北部を全速力で探し回れ。もし魔人たちと戦闘になった時、同時に竜災が起ころうものなら大混乱だ。アイツらが能動的に竜災を引き起こす手段を持っている可能性すらある。道中の飛竜は積極的に殺しに行け」
「分かったわ。それで、ステアは……」
「ああ、俺は――」
狙いはただ一つ。
「庁舎に向かう!!」
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相変わらず風呂場でフィーネの魔力補充を済ます。毎度のように鏡剣を手の平に刺されて痛烈な衝撃が迸るが、奥歯を食い縛れば意外と耐えられた。そろそろ痛みに慣れてきたのかもしれない。刺し傷の治療を終えると、宿舎から二手に分かれた。
一応、レニットの魔衛士三人の所在を確認したが、宿舎にはいなかった。庁舎から直接連絡が来て、すぐに動き出したんだろう。
俺が庁舎に向かっている理由は単純に、レニットの消息が絶たれた場所だからだ。少なからず、今になって庁舎を隈なく捜索する段階はとうに過ぎて、誰も庁舎を調べている奴はいないだろう。
けど、もし俺が拉致監禁をするとしたら(もちろんやる予定はない)、拉致した現場を監禁場所の候補に上げると思う。例えば、殺人事件で発生した遺体を現場に埋める発想に近い。埋めるところまでも犯行計画に組み込むとすると、自分にしか分からない地下空間でも作って遺体を隠そうとするはずだ。まあ、人がやる以上、どこかでボロが出てお縄につくことがほとんどなわけだが、これに魔人が関わるとなると話が大きく変わるかもしれない。奴らは人間よりも高度な魔術を扱えるようだから、証拠の隠蔽や特殊な監禁の手段を持ち合わせているかもしれない。
そんでもって、拉致監禁方法を予想した次に大事なのが、犯人だ。主導はアズサと他にもいるという魔人どもだろうが、魔人だけとは限らない。少し印象とズレるが、奴らに人間の手下がいても何らおかしくはない。イカレたお花畑を世界中に手広く育てているあたり、これまでの歴史上に現れた魔人の少なさだと首が回っていないように思える。
事実、受肉という形でアズサは人間を利用して、五百年以上もかけてあの花畑の育成を続けていた。アズサはフレアやロゼっちのように関わってきた奴らと良好な関係を築いていたようだが、他の魔人もそうとは断定できない。脅しをするも良し、欲望を刺激して手懐けるも良し。今回の事件は、魔人だけでなく人間も相手にする必要があるかもしれない。
この発想だと、次に犯人の候補に挙がるのは首長ピグトル・ブラフマンだ。レニットの失踪を最初に主張したのは彼だと言う。彼が犯人だとすると、何らかの方法でレニットを行動不能にし、監禁場所に移動させてから行方不明を都市中に知らせる。そうすることで住民たちの目を庁舎以外に向けることが出来る。バレるのは時間の問題だが、時間稼ぎが目的であれば現在進行形で達成している最中だろう。
次に動機が気になるが……強引な北部の開拓に関わるのか? レニットを憐れんでいる素振りを見せていたけど、ガッツリ働かせているようだからな。未だ容疑の段階だが、そのあたりは諸々を解決した後に詰めることにしよう。
ひとまず考えはまとめられた。これからは事に当たるだけ。
フィーネには狼煙の有無を目印に行動するよう言ってある。
宿舎から離れて一時間程度のうちに狼煙が都市から上がれば、庁舎内の問題は無し。逆に上がらないようであれば、問題アリとして俺が何らかの事態に対処している最中だという合図にした。
今は庁舎に向かっている最中だが、大通りではなく入り組んだ路地裏を走り抜けている。庁舎からは大通りが丸見えで、面が割れている以上、わざわざ真正面から突っ込んで出オチするような危険を冒す理由はない。正面玄関しか入り口は知らないから、気休めに過ぎないけど。そもそも今の俺の行動も監視されているかもしれないから、出来ることだけやって後は開き直るしかない。
雨の気配を感じられる分厚い雲に覆い尽くされた空の下、庁舎に辿り着けた。この前、街をブラついたおかげで迷うことなく路地裏を抜けられた。
周囲を警戒しながら玄関の扉を開き、抜剣しながら滑り込むように中に入る。
「……ん? 貴方は……最近、魔術長が気にかけてる……」
閑散とした屋内を見渡すと、受付から男性職員に声をかけられる。
この前首長や竜災で愚痴ってた内の一人だ。抜剣している俺を見て、表情を硬くしている。
ひとまず庁舎の様子を確認してみるか。
「ここにいるのは、あなただけですか?」
「え、ええ……他の職員はレニットちゃんの捜索のために出払ってます」
例に漏れずか。
「ちなみに、首長と魔術長の所在は?」
「魔術長も捜索に……首長は連絡系統を乱さないために首長室にいるようです」
居座り? さすがに犯人らしさはないな。それも見越した開き直りもあり得るか? どうするか……
「あ、あの……どうされました?」
職員が心配そうにこちらを伺う。この人が受肉した魔人というわけではなさそうか?
「俺は念のため、庁舎を探してみようと思います」
「ここを? で、ですが――」
「あくまで、念のためです。出来れば、魔術長を呼んできてもらえませんか? 場所は……確か職員寮がありましたよね? あそこでお願いします。直接伝えておきたいことがあるので」
シゴデキなあの魔術長に、この都市に潜伏している魔人らの詳細を明かせば、何かしらの手掛かりを示してくれるかもしれない。
「しかし……」
職員は躊躇うように口籠っている。
彼も仕事でここにいるのだろうから、理解はできる。けど――
「お願いします」
頭を下げる。
しばらく、沈黙が続く。
「……分かりました。連れてきます!」
俺なりの誠意が伝わったのか、職員は受付から離れて外に走り出ていった。
さて、どうするか……一旦、首長に会うか? 首長室には劇物を封じ込めた厳重な扉があって、その鍵はレニットが持ってる。拉致犯の目的に鍵を回収して危険物を持ち出すことが含まれているとしたら、既に事を終えてるかもしれない。もしくは、拉致監禁の場所としてあの保管庫が使われているのか……危険物マシマシな場所に危険娘を突っ込むか?
もう、いいや。地下から探して最後に首長室に行こう。まだ庁舎内に人がいるようなら退避するように誘導する。戦闘が始まるようなら面倒見れない。
庁舎で何も起こらないことを一番に祈りながら、原創陣がある地下へ向かう。
この非常時に身術を更新するような奴はいないと願いたいけど、魔術士の聖地らしく研究を最優先に行動してる奴もいるかもしれないから、いたらソイツはさっさと庁舎から追い出そう。
そういえば、原創陣起動中に陣の中に入っていいのかな? 俺の魔力を考えると、おかしなことになったらどうしよ……
それに、地下に隠し扉があってヒカネの砦地下みたいな空間に繋がることもあり得るのか? そこからレニットが連れ去られた可能性も含めると、未知の空間に足を踏み込む必要があるのか。考慮すべきことが多すぎる……
思考を放棄したくなる気分を味わいながらも、地下への階段を降り切る。
すると――
「ッ!!?」
鎖の音と共に鎌が俺に向かってきた!
反射的に剣で弾きながら横に転がり込む。
鎌が飛んで来た方を向くと、知ってる奴と目が合った。
「なんだ。ステアか」
レニットの魔衛士――スレイだ。
スレイが、俺に攻撃してきた。空を切った鎌はスレイの手元に戻っていく。
少し離れて横には、下に向けた棍棒の柄に両手を乗せたバンタがいる。
奥に目を向けると、グレネーがしゃがみ込んで原創陣に手を翳している。
陣は淡く輝いていて、その光の中央には――
「クソガキ……いるじゃねぇか」
行方不明のはずの少女レニット・サーマルが横たわっていた。
騒動など意に介さないとばかりに、少女は安らかに寝ている。
「よく来たわね、ステア君。見ての通りレニットは見つけたよ。この子のことは私たちが守ってるからさ、君はこのことを外に――」
「おい」
ベラベラと話すグレネーに口を挟むと、彼女は目を丸くする。
大体、分かった。
「俺が背を向けようものなら、スレイに始末させるつもりなんだろ? 下手な演技なんざやってないで、さっさと本性を出してくれて構わないぞ、それでも続けたいなら止めはしないけど。ただし、ここまでの状況証拠を踏まえて俺が不愉快にならない程度にな」
素直になるように言ってやった瞬間、グレネーだけでなく、スレイも、バンタも、口元を大きく歪め、下卑た笑いを浮かべる。
最高に、最悪だ……




