第十四話 落とし物
今は、この前よりも山脈の北へ進んだ場所で飛竜を討伐している。最高峰よりもさらに北へ進んだ位置だ。
以前は頂上の周りを飛んでいた飛竜も誘き寄せて討伐していたが、今度は別の飛竜が陣取っていた。群れの中でも序列が高い飛竜があそこに陣取るのだろうか。だとしたらレニットによって虐殺が行われたことで、序列が繰り上がった飛竜が意気揚々と飛び回ってるんだろうな。
まあ、そんな奴らも可哀そうなことに――
「《界斬》」「《凍律》、《戒灼》」
「あーあー……なんだこれ」
雪によって白く彩られた山々に溶け込むような純白の女性と、山岳地帯の寒さなど意に介さない薄着の少女が、自分たちよりも遥かに大きい飛翔体を撃ち落としている。
「おかしいなぁ……僕は夢を見てるのかな?」
「スレイ……アンタ、フィーネ様を追えてる感じ?」
「いや……閃光を放つ時にうっすらと目に入るぐらいだ」
魔衛士三人も俺と大体同じ感想を抱いているようだ。
レニットは変わらないバケモンっぷりだが、数ヶ月一緒に行動していたフィーネの変化が異常だった。ついこの前までは動きが目視できてたけど、今は全くフィーネを目で追えない。スレイが言うように、《界斬》を飛竜に飛ばす時に僅かに静止するから、それでようやく見えるくらいだ。すぐに極光に紛れて見失うけど。
こんなので《界斬》を鏡剣に纏おうものなら……視界の全てが塗り潰される感じで極光に埋め尽くされるんじゃないか?
トンデモビックリ人間劇場を見せられたわけだが、トンデモな分だけに討伐終了時間も早く訪れた。この前と討伐数は変わらないはずだが、十分程度で二人は俺たちの元に戻ってきた。
「おねーさん、すごい速いし、きれいに光ってたね」
「レニットも手際がいいわ。二年前よりも強くなってる」
お互いの実力を認識することが出来たようだ。
ただ――
「お前ら、随分遠くで殺してくれたな。特にフィーネ」
俺の言葉に、レニットとフィーネが背後を振り向く。すぐに二人は目を合わせた。
近場から、視界に見えなくなるほど遠い位置まで飛竜の死骸が転がっている。
レニットは大目に見れる。死骸といっても絶賛炎上中かカッチカチに凍っているからだ。問題は、フィーネが《界斬》で斬り飛ばして分散した飛竜の肉片だ。
なんだかんだで飛竜も魔獣。死骸を他の動物が食ったら魔獣化する。実際、飛竜が幅を利かせているから一般動物は少ないんだが、あえて魔獣を増やす危険性を高める理由はない。
「肉片を探すところから始めるか。レニットも来てくれ」
「ん」
スレイの言葉にさすがのレニットも頷いた。
「すみません。ウチのが……」
一応頭を下げとく。フィーネはバツが悪い様子で頬をかいている。新しいおもちゃを与えられてはしゃぎまくった子供みたいだ。
結局、討伐した分の肉片を探して燃やすという作業に二時間ほど費やした。
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飛竜の処理を終え、昼食を食い始めた。レニットは相変わらず離れた場所で絵を描いている。今日は交流を深めるためにフィーネがレニットに昼飯を届けに行ったが、すぐに帰ってきた。
なんでも、レニットに集中できないと言われたらしい。フィーネはレニットの不興を買ったと思ったらしいが、笑顔で離れるようにとも言われたようだ。きっとフィーネの絵を描いているんだろう。俺には有無を言わせない口調で描き途中の絵を見せなかったのに、フィーネと扱いが違くね?
レニットが描き終えるまで、フィーネを交えて魔衛士らと談笑を続けていた。グレネーとの魔術談義やフィーネのこれまでの武勇伝を話している。
「戦うところを初めて見ましたけど、凄まじいですね」
さっきの討伐劇を見たスレイが感嘆する。
確かに、たった一日二日の研究であんなになるとは思わなかった。
「これまでは直線的な動きに特化してたんだけど、そう単純なままではいられなくてね。最高速度をなるべく落とさずに小回りが利くようにしたのよ。魔術長が術式構成を確認した時に改善修正を加えてくれたから、私の想像以上の強化度合いになったんだけどね」
“魔術狂”に助言まで出来るとか……あの人、マジでシゴデキだな。
談笑をしているうちに鼻歌まじりに上機嫌なレニットが野営地まで戻ってきた。この前よりも筆が乗ったようだ。
「それで、今日は何描いたんだ?」
「フフッ、それはねぇ……じゃじゃ~ん! 『おねーさん』!」
「おお! カッコイイ!」
レニットが掲げる絵の出来にバンタが声を上げる。俺も同意見だ。
自慢気に見せてきた絵には、鏡剣を輝かせたフィーネが勇ましく飛竜に斬り掛かっている様子が描かれている。構図はこの前俺に描いてくれたものと大きく変わらないが、フィーネな分、よっぽど様になっている。描かれた本人も頬を緩めて感謝を述べている。
レニットにとっても会心の出来なのか、晴れやかな笑顔を見せている。ということは――
「『最高の一枚』なのか?」
俺が質問すると、レニットの眉が途端に歪んだ。
「んー……いいんだけど……ちょっと違うかも」
それは残念。なかなか難しいな。
「気にすんな」
フィーネの肩に手を置きながらレニットを励ます。
「ん……? いや、意味変わるでしょ!」
フィーネに力強く払われた。当然、他意はある。
帰る準備をしようとしたところで、グレネーがレニットの首元を見ながら顔をしかめた。
「レニット……首飾りは?」
「ん……? あっ……」
確かに、レニットの首元はスカスカだ。行きでも着けていたカギ型の首飾りがない。また外して描いて、どっかに落としてきたのか。探す必要があるのかと、フィーネと顔を合わせる。
すると次の瞬間、二人揃って驚いた。
俺はてっきり、レニットが騒ぎ出すと思ってた。大事そうにしてた首飾りを失くしたから。しかし、レニットは残念そうにしているだけ。
慌て始めたのは、魔衛士三人だった。
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「まず、説明してもらっていい?」
動揺している三人にフィーネが質問する。答えたのはグレネーだ。
「レニットが掛けてた首飾りは……魔導器なんです」
あれが鏡剣と同じ、器術を発動する道具?
「一応、器術の効果は?」
フィーネがさらに問う。
「……効果というより、器術を空打ちして魔導路に負荷を与えるのが目的です。首長の意向で、レニットは常時アレに魔力を込めて魔導路を伸ばすようにしていたんです」
成長期に魔術を発動するほど魔導路が成長するんだっけ? レニットを今以上のバケモンにしようとしてたのか。『負荷を与える』ってことは、魔導器を使っている間は万全じゃない感じか? なら絵を描く時は外すかもな。負荷を感じる状態で『最高の一枚』に集中できるはずがない。
いや、でも……飛竜討伐のときはちゃんと着けてたな。本調子じゃなくてもアレだけ暴れてたの? ヤバいって……
それにしても、三人の騒ぎ方がちょっと異様だ。魔導器が貴重なのは理解しているが、そこまで焦るか? メンデールは魔術の聖地だ。魔装具と違って魔術効果を強化・拡張できる魔導器の研究は進んでるだろうし、他の街より技師もいるだろうから代替品を作ればいいと思うけど……
いや、あの首飾りはカギ型だった。使える扉があるんだ。扉で気になったところといえば――
「首長室の脇の扉用ですか?」
首長室で厳重そうにしていた金属製の扉の鍵という俺の推理に、三人の目が見開かれる。
「なんで……それを……」
バンタが狼狽している。まずいこと言った?
しかし、スレイが彼の肩に手を置いて落ち着かせようとしている。
「その通りだ。メンデールがこれまで培ってきた、外部に漏らせない資料や危険すぎて処理することすら出来ない魔導器が保管されている」
なるほどね。そのための鍵を魔導器にした上で特等魔術士に持たせると。傍から見たら最上の警備体制だが、管理体制が終わってたな。三人の慌てようも納得だ。おかしな奴の手に渡った挙句、危険物を持ち出されて悪用されたら堪ったもんじゃない。
あの首飾りの重要性は分かった。
そして、失くした本人の言い分なんだが――
「だったらレニィがあの扉を壊せばいいんだよ。そしたら鍵いらないでしょ?」
「誰でも出入り出来るようになったら困るんだって!」
レニットの無理な提案にバンタが声を荒げる。
確かに極論は壊せばいいが、鍵を掛けるだけでも変な気を起こさせない働きはある。壊された場合も、手口から下手人を特定できるだろうから、自分から壊すなんてもってのほかだ。
まあ、やっちまったもんは仕方ない。ずっと負荷が掛かっているという点では理解できなくはない。魔導器と鍵を別にしてもらうとかでこれからは対応してもらおう。すぐに見つかればいいんだが……ここは寛大な心持ちで――
「レニィ、悪くないもん……」
「おいクソガキ、お前の見た目が首長みたいだったら出るとこ出てるからな?」
しまった!! 寛大な心がどこかに吹っ飛んでった!
けど、『悪くない』はさすがにおかしい。開き直って自分から探しに行くならともかく、自分に非がないと断言するのは義務教育を受けてない以前の問題だ。
自然と強い言葉が出てきたが、レニットは俯くだけで怒る様子はない。レニットも軽率だったという自覚はあるんだろうか。他の奴らも俺に特段物申すわけじゃない。フィーネに襟を引っ張られたくらいだ。
首飾りを探すために野営地の片づけをしていると、バンタから小さく舌打ちが聞こえてきた。普段からグレネーの仕打ちを受けても全く怒らない温厚な彼も、さすがにイラついたようだ。空気悪っ……
~~~
野営地を片して移動を始めた。みんな黙り込んでいる。苦し”い”……
この空気を打開するついでに疑問を口にしてみる。
「魔導器って首に掛けても起動するの?」
俺が見てきた魔導器は、フィーネの鏡剣、ロゼっちの灰奈、フレアの灼杖だ。リオの黒月もそれっぽいが、よく分かんないので除外する。これらに共通するのは、手元に装備するという点だ。
ここから生まれた疑問に答えてくれたのはフィーネだ。
「魔導器の起動に限らず、魔術の発動には術式だけじゃなくて、魔力を放出するための魔導腺が重要なのよ」
「『腺』って汗腺とかの?」
「そう。体から汗が出るのと同じように、魔術も体の……出口って言えばいいの? そういう組織から魔力が放出されて、魔術を顕現させられるわけ」
「じゃあ、全身から――」
「いや、魔導路が血管に例えられるのと同じで、魔導腺も全身に備わってるわけじゃないのよ。主に手の周りに集中してるわね。魔術士が身術を発動するために手を対象に向けるのはコレが理由。だから器術を発動させる魔導器は手持ち道具の形状で造られるの。持つことで手の平は塞がるけど、器術は魔術効果を拡張して発動座標を指定できるようになるから、むしろ初動を悟られにくくなるのよね」
意外と気にしてなかったが、確かにこれまで会ってきた魔術士は手を起点に魔術を発動していた。ただ――
「そうなると、レニットは手以外に……首元にも魔導腺があって、首飾りを起動してたってことか?」
「そうなるわね。いや……改めて今日見た感じだと、ほぼ全身に備わってるんじゃないかしら。レニットがこの気温で薄着なのも――」
「そうだよ。うすい方が魔術を使いやすいから」
本人から回答が返ってきた。
そういえば、この前の討伐だと、地中から背後に現れた飛竜を振り返らずにバラバラにしてたな。魔導腺が理由か。レニットはメチャクチャ魔術の才能に恵まれて生まれたらしい。その代わりに……皆まで言うまい。
会話のおかげでなんとなく空気が軽くなった気がする。
そうこうしているうちに、レニットが絵を描いていたという場所まで到着。
周りを観察すると、雪解け水から出来たであろう川が流れている。レニットは川の前で描いていたらしい。嫌な予感……
六人で周囲を散策してみたが、首飾りは見つからない。つまり――
「この先か……」
全員で川が流れる先を見る。たぶん、川に落として流されているんだ。
これは……長くなるぞぉ……




