第十三話 気分転換
都市の散策から宿に戻っても特にやることがなかったため、フィーネが持ってきた論文をテキトーに読み漁った。普段からフィーネの魔術談義に付き合っているから、並の冒険者よりも魔術に詳しいつもりだったが、やっぱり理論的な内容は理解できない。どれくらい勉強したら全部理解できるんだろうな。まあ、そこまで熱心に学ぶ気はないけど。
比較的読みやすそうな表題の、『基礎身体能力に則した身体強化魔術の最適構成』という論文の全体を何とか理解できたところで、フィーネが帰ってきた。
「おかえり」
「……うん」
フィーネは暗い表情で、明らかに気落ちした返事だ。
鏡剣を乱雑に床に置き、腰掛けに座ってもたれかかる。機嫌が悪いのがよく伝わる。この感じはヒカネでロゼっちと戦うのを躊躇っていた以来かもしれない。とにかく珍しい。司祭術の内容がそんなにひどかったのか? 確かに魔術長は私情を挟むほどにとてつもない嫌悪感を見せていたが。
フィーネはしばらくの間、座り込んだまま虚空をただ見つめてだんまりしている。ちょっと気ぃ悪いな。
「生理始まった?」
「……配慮がない気遣いやめてね?」
さすがに失礼が過ぎる言葉には反応された。フィーネは溜息をつきながら座り直す。
ちなみに、フィーネは《無柩》という魔術で年齢を超越した肉体の若さを維持しているが、そういう機能は分解の魔術で破壊したらしい。
話を聞ける状態になったので、一応聞いてみる。
「司祭術、そんなにひどかった?」
フィーネはメガネを外して空を仰ぎ、顔を手で覆う。
「アレは……信じられなかったわね。禁書の著者はリオらしいけど……もし人間が発案したのだとしたら、さすがに感性を疑うわ。アレのために迷宮が作られていたなんて、当時の戦時下の人間はある意味で知能指数が低いという感想しか出て来ない」
ボロクソ言ってるよ。フィーネから他人に対する暴言をあまり聞いたことがないが、ここまで言わせるとはな。
フィーネは一周回っておかしくなったのか、笑いながら俺を見る。
「ふふっ……もしステアがあの時代に生きて司祭術を知っていたら、不愉快すぎてリオみたいに何が何でも皆殺しにしてたかもね」
「どんだけ?」
そこまで言われるとメチャクチャ気になるんけど。
「それで、司祭術を知った後の魔人たちの印象はどうだったんだ?」
「……あの嫌悪感が演技と言われればそれまでだけど、好き好んで人類を害するという感じではなかったわね。取る手段も選んでる。結果的に人類を滅ぼすつもりであっても、その過程に不必要な犠牲が発生しないように心掛けているという印象よ」
悩まし気にフィーネがリオやアズサ一派の所見を述べる。
単純に厄介だな。これが快楽殺人者だったら前のめりに殺してやれるんだが……アズサのヒカネでの生活感といい、一般的に伝わっている魔人の脅威性が全く感じられない。だとすると、アイツらの“計画”の先にある目的が何より知らなければならない事項というわけだ。
いま分かった……というより、ハッキリしたことは、『人類の滅び』が目的ではないということ。あくまで、目的に付随してしまう副作用のような印象だ。
さっさと目的を明かしてくれたら一番簡単なんだけどな~。
なんで言わない? 理由なくない? 恥ずかしいことなの? 恥ずかしすぎて人類滅ぼしちゃうの?
やってることがヤバいくせに高潔そうな主義主張を掲げているあたり、一筋縄ではいかない相手であることがよく分かった。
頭を悩ませていると、フィーネに注意される。
「一応再確認しておくけど、アズサとかリオが特殊なだけで、普通の魔人はあたり構わず被害を出す存在だから。私がこれまで討伐した魔人なんて、人間を下等生物としか思っていなかったであろう奴らだったの。魔人に同情する何かはあるかもしれないけど、手加減してタダで済むような奴らじゃないのは変わないわ。まあ、リオも自分から戦いを仕掛けてきたし、こっちも全力で反撃した上で生け捕りに出来たら上々という話よ」
「ああ、分かってる」
フィーネはともかく、俺は吹けば飛ぶぐらいの貧弱さだ。実際、リオに殺されかけたしな。奴らの生け捕りはフィーネに丸投げしよう。
というか、魔人に少なからず二種類の姿勢がある感じ――
「魔人が国を創っては、魔人が国を亡ぼす……これが同一の魔人のお遊びじゃなくて、マジの魔人同士の縄張り争いだったらどうなる? 一般的に恐れられる残虐な魔人と、リオたちみたいな凶暴とは言えない程度の魔人……みたいな対立軸にならないか?」
俺の考えにフィーネが目を丸くする。
「そう、ね……筋は通ってる。建国以前のウィレイブに当てはめると、残虐な魔人かその手下である人間が司祭術を発案、行使していたところを、リオたちの反感を買って都市間の戦争に発展。結果的にリオ側が勝利して、司祭術を徹底的に隠滅。ウィレイブ王国の誕生……となるか。もしジョンがこれを聞いたら騒ぎ出しそうね」
同感だ。ジョンだけと言わず、ガディアもラビッサもはしゃぎそうだ。ただの少し過酷な自由研究の旅だと思っていたが、想像以上に歴史に踏み込んで来ている感じだ。
とは言え、結局のところ当人たちに確かめないとただの妄想話というだけだ。“問題”がハッキリせずに、煮え切らないまま考察を終えた。
いつも通りに飯を食って寝るわけだが、その間のフィーネはずっと落ち込んでいる様子だった。よっぽど司祭術の内容が衝撃だったらしい。あわよくばフィーネ自身の魔力を生み出せるかもという期待を抱いていた分、落差が大きかったのかもしれない。
俺もあんまり励ますのが得意なわけじゃないしな……モヤモヤしながら寝台に横になった。論文は俺の部屋に運ばずに。
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翌朝。フィーネは相変わらずだ。
「フィーネ、レニットの展示を見に行かないか?」
「え?」
朝食を取りながら提案してみた。
昨日、街を歩いている内にやけに人が多い建物を見つけた。あそこでレニットの絵を展示していたらしい。人によっては人生観が変わるようだし、気晴らしには丁度いいだろう。
「でも……北部の調査は?」
「怖いっちゃ怖いけど、今日明日でどうこうなるわけじゃないでしょ。焦るよりは、さっさと気分転換した方がいいと、俺は思う」
「そうね……新しい魔術も思い付くほどらしいし、いいのかも」
フィーネは小さく笑う。やっぱりそういう表情の方がいいな。
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朝食を終え、メンデール西側に位置するレニットの絵画展示会場にやってきた。宿舎ほどではないが、相当な大きさの二階建てだ。まあ、一日にあれだけ描いてたら展示する場所も広く取る必要があるわな。
会場内は多くの人でごった返している。話し声を聞いてみると、来場回数を競っているような人たちもいた。一回見れば十分じゃないの?
「ひとまず、端から回るか」
「そうね」
フィーネと一緒に一枚ずつ見て回る。
並ぶ絵の描かれ方は多種多様だ。水彩画に油絵、色鉛筆や堊筆など、レニットの気分次第で描かれているのであろうことが伺える。題材は基本的にレニットが実際に目にしたであろう風景になっている。
都市内の建物や庁舎で談笑している人々、飛竜以外の魔獣や牧草地の家畜などが写実的に描かれ、その場にいるような臨場感を味わう。
フィーネも感心した様子で絵に見入っている。表情もすっかり明るくなってきた。ありがとう、レニット。
二階も同じ感じだ。中には、夕暮れの公園で手を繋いだ親子の絵もあった。やけにしみじみとした印象を抱く。孤児というレニットにも思うところがあるんだろうか。
大体見終わったところで、やけに人集りが出来ている場所があった。この展示の目玉でもあるのだろうか。
遠目から壁に掛けられている絵を見てみると、描かれているのは月の下に光輝く色とりどりの、花……
「「やってんねぇ……」」
フィーネと同じ感想を口にする。
あれは、間違いなくヒカネの砦跡の地下で見た『光の花園』だ。
来場者は皆うっとりした顔つきでこの浮世離れした幻想的な絵画を見ている。されど、実態はアズサたち魔人が“計画”を遂げる手段として世界各地に用意した死の花々だ。
せっかく小難しいことを考えずに楽しむつもりだったのに、ここでも魔人を意識しないといけないのぉ?
「これは……レニットにどこで見たか聞くべきかしらね?」
「場所の位置関係から法則性が見つかるなら、それに越したことはないだろうけど……見た感じ満開だし、育成の妨害が出来るわけではないだろうな」
フィーネと共に顔をしかめる。
成長しきれば外的影響をまったく受けないらしいから、今から大したことが出来るわけじゃないだろう。
どれもこれも素晴らしい作品だったが、最後にトンデモない代物を見せられたな。気分転換には確かになったが、改めて魔人たちの脅威が楽観視できないことが分かった。
一方で、俯いていたフィーネは前を見据えている。狙いとは少し違ったが、結果的には上手くいったようだ。さっさとメンデールでの魔人たちの狙いを把握してこっちから仕掛けてやろう。
残った時間は食べ歩きしたり、北東の塔に入ってフィーネは論文を漁り、俺は最上階から都市を見渡したりした。
宿舎に帰ってきたところで、先にフィーネを部屋に戻らせた。用がある場所に出向くことにする。
目的の場所は、レニットの魔衛士の部屋だ。同じ部屋に三人でいるらしい。
扉を叩いて呼びつける。
「すみませ~ん、ステアです。頼みたいことがあるんですけど」
呼んでみるが、返答すらやってこない。留守か?
踵を返そうとすると扉が開かれ、グレネーが姿を現した。
「ステア君! どうしたの?」
慌てた様子で出てきたグレネーは薄着で、髪が乱れている。
「次の飛竜の討伐っていつですか?」
「討伐? 明日だけど」
「今日、フィーネが身術を更新して、その試運転?みたいなことのために同行って出来ますかね?」
「フィーネ様が? 全然……というか、むしろありがたい感じだけど」
「そうですか。それじゃ、よろしくお願いします」
「分かったわ。二人にも言っとくから」
その言葉を最後に、グレネーは急いで扉を閉めた。お楽しみというヤツだったのだろうか?
とにかく、明日はフィーネの身体強化魔術の慣らしに、北部の調査もついでに出来るだろうし、レニットとフィーネの交流も深められるかもしれない。モリモリ全部乗せだ。
同行の許可も取れたところで部屋に戻る。
「フィーネ、一狩り行こうぜ!」
「は?」
怪訝な顔を向けられたが、説明するとすぐに了承してもらえた。明日は魔衛士たちにも北部開拓について探りを入れてみよう。
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翌朝。
フィーネと一緒に宿舎の受付玄関でレニットの魔衛士らと集合した。フィーネを前にして、三人とも緊張しているようだ。グレネーが前に出てフィーネに挨拶する。
「フィー……いや、今はフィニア様とお呼びした方がいいですよね。一緒にお仕事できるなんて光栄です。今日はよろしくお願いします」
受け手のフィーネは手を差し出し、グレネーと握手をする。
「急に頼んでごめんなさいね。同行を認めてくれてありがとう。私も、ロゼに次ぐ炎系統魔術士である【燥蟒】と話をしてみたかったもの」
「……はい、こちらこそ」
頬を緩めるフィーネに対し、グレネーの顔が引きつったように見えた。
【才焔】であるロゼっちの次に強いなんて相当だと思うが、比べられるのは嫌だったのか? フィーネはグレネーの変化に気付かず、握手を続けている。コイツ……
「フンッ!」
「いっだぁ!? 何すんのよ!」
「お前が分かるまで! スネを蹴り続けるのをやめない!」
「いや、わけわかんないから!」
人の機微に疎すぎるフィーネのスネを執拗に蹴ってグレネーから離れさせた。まあ、しつこくしすぎて投げ飛ばされたんだが。
少しギクシャクしかけたが、空気を切り替えることができた。例の通りレニットを迎えに庁舎に向かう。道中、スレイとバンタがフィーネの武勇伝を前のめりに聞いていた。フィーネの戦い方は冒険者に近いからな。憧れだったり参考にしたいところがあるんだろう。
「ステア君……ありがとね」
「いえ、お気になさらず」
苦笑するグレネーに感謝された。やっぱり気にしていたらしい。俺もグレネーのことを知っていたら同じ失言をしていたかもしれない。あっぶねー。
そんなところで庁舎に到着。この前と同じように眠たそうなレニットがいて、その周りには馬や荷車、画材があった。
寝ぼけ眼でフィーネの姿を見たレニットは首を傾げる。
「あれ? おねーさんも?」
「そうなの。よろしくね」
またしても人が増えたわけだが、レニットが特に気にする様子はない。さっさと荷車に乗り込んで欠伸をしながらも画材を手に取った。
「ちゃんと寝てんの? 夜遅くまで絵を描いてるとか?」
「暗くなったら色がわかんなくなるから夜になったらすぐねてるの。でも最近いっぱいねてもねむいんだー」
筆を動かしながらレニットは答える。
成長期で眠いとか? 飛竜討伐に支障が出ないといいけど。
「それじゃ、フィニア様も乗ってください。バンタは徒歩よ」
「そんなぁ……」
グレネーの変わらない扱いにバンタが肩を落とす。俺も気にせず荷車に既に乗り込んでてビックリした。この雰囲気に慣れてしまったようだ。
フィーネも荷車に座り込んで、荷車が動き出す。特等魔術士二名を擁して飛竜の討伐に向かう。
さすがに飛竜たちには同情するわ。




