第十二話 原創陣
「ただいま……っと」
宿舎の部屋に帰ると、フィーネが腰掛けに座って論文を読んでいた。返事が返ってこない。過集中だ。意味はないと思いつつも近づき、もう一度声をかけても反応はない。本を横から覗いてみると、文字に限らず丸の図形が多用されていた。自然干渉魔術を主とした内容っぽい。身体干渉の術式構想を終えたから、単純な趣味に手を出し始めたようだ。
「はぁ……やるしかないか。フィーネ! 最後通告だ!」
「……」
返答なし。であれば、立て掛けてある鏡剣を鞘に納めたまま手に持ち――
「フンッ!」
「いっっっっっっだ!!? ハァ!?」
後ろからフィーネの右肩目掛けて鏡剣を振り下ろすと、見事にフィーネは痛がり、俺へと振り返った。
「飯、食おうか」
「はぁ~~……おかえり。帰ってくんの早くない?」
コイツ、悪びれもせず……
拳を固く握りしめながらも、職員に頼んで夕食を用意してもらい、食卓に着いた。
「それで? レニットを直に見た感想は?」
「ありゃヤベぇな。瞬きする度に飛竜が墜落していく感じだったよ」
まさしく夢物語の英雄のような討伐劇だった。英雄ってのは等しく人間辞めた奴らを指すらしい。
「そうだ。魔術長が、明日は術式の更新と禁書の閲覧できるってさ」
「そう、明日でここに来た当初の目的は全て完了しそうね」
フィーネは俺が脱いだ革装備を見ながら米を口に運ぶ。
あとは――
「魔人たちがメンデールで何をしようとしているか、ね」
「そうだな」
フィーネは目を細め、何事か思案気になる。一応、情報の共有はしとくか。
~~~
庁舎で聞いた話を伝え、夕食を終えたフィーネが結論を出した。
「一番もっともらしい線は、北部の開拓かしらね」
“竜災”という単語を聞いた以上、俺も同意見だ。でもなぁ……
「アイツら、人と仲良くするくせに人類滅ぼそうとするしさ、妥当性とか合理性とか、常識は通用しないよな」
魔人たちの行動にフィーネが悩まし気に唸る。
「そうよね……そもそも奴らの“計画”に直結する“問題”なのかすら分からないし。う~ん……禁書の内容次第だけど、北の調査から始めるしかないんじゃないかしら」
画期的な案は浮かばず。虱潰しにだよな……
いつ、どこで、だれが、どうするのか……知らないということがこれほど煩わしく思えるなんて。
進展があるようでないまま就寝する。せめてあの魔人どもが都市から離れてくれたらなぁ……
~~~
翌日。
フィーネと庁舎に出向き、相変わらず受付業務をしている魔術長に挨拶する。
「お二人とも、おはようございます。すでに陣の準備は出来ております。地下へ向かいましょう」
「ええ、分かったわ」
魔術長の先導に続いて、階段を降りて庁舎の地下へと進む。
「原創陣ってヒカネの学校にもあったんだよな? あそこは一階に作ってたみたいだけど、なんでここは地下にあるんだ? 使わない屋上とかに作った方が楽じゃない?」
「素直な疑問ね。早い話、地表から離れるほど陣が機能しなくなるみたいなのよ。この理由としては、陣の起動に魔術士の魔力以外の、“地脈”という概念が関わる説が有力ね。大気中の魔力濃度の濃淡も地脈によるものだとされているわ。だから建物の中に原創陣を作るとしても、一階にしか用意できないわけ。あとは地中ね」
フィーネが答えてくれたが、それで地下を掘ってまで作ろうとはならないだろ。
首を傾げていると魔術長が付け加えてくれた。
「地下まで掘ったのは単純な知的好奇心かと思われます。原創陣の起動に必要な力の源泉――地脈に近づくほど身術の効果も変わるのでは、と当時の人々は考えたのでしょう。結果的には効果に違いはなかったのですが、このような理由で地下に用意された原創陣は世界各地にあります」
確かにここは魔術の聖地、引いては研究者たちの聖地。合理的な打算もなく求めるままに手を伸ばすに決まっているか。
魔術士たちの気質を再認識したところで、地下に到着。
講堂ぐらい広い空間に燭台が等間隔に置かれ、床には陣と見られる図形が描かれている。塗料で描かれているわけではなく、削って刻まれている感じだ。あと、魔術士であろう女性が多くて騒がしい。
「魔術長、人が多くないですか? 彼女たちも陣の起動を手伝ってくれるんですか?」
「いえ……普段から術式構成の議論で一定数の見物人がいるのですが、今日は普段の比じゃないですね。大金を支払ってまで順番を割り込んできたフィニア様を見に来たのでしょう」
常に身術を更新したい魔術士で順番待ちしてるんだっけか。
観衆に耳を傾けると、それぞれがフィーネを見た感想や疑問を口にしている。
「誰よ、あの白い女」
「魔術長と一緒よ? オストラの貴族とか?」
「帯剣してる。身体強化系?」
「横にいる男、魔衛士?」
「どっかで見たことあるんだよねぇ……」
これだけの魔術士に囲まれていながら、フィーネの変装がバレそうでバレてないのはすごいな。当の本人は周りを気にすることなく陣の中心に歩いていく。
「ステアさん、ここでお待ちください。最終確認をして参ります」
そう言うと、魔術長はフィーネの元に駆け寄り、何事か話している。入念だな。
確認を終えたのか、魔術長は俺の所まで戻り、フィーネは陣の中心に腰を下ろして瞑想するかのように胡坐で座った。
「それではこれより、原創陣を起動します! 何人も近付いてはなりません!」
魔術長の掛け声とともに陣が光り出す。フィーネが魔力を流し始めたんだろう。結構眩しい。地下が明るく照らされている。
「眩しっ!」
「嘘……!」
「何これ!?」
周囲の魔術士たちから驚きの声が聞こえる。なんかおかしいのか?
「これは……」
魔術長も似たような反応だ。フィーネの方を見てみると、アイツも目を見開いている。
「何となく……分かりました。ステアさん、貴方がフィニア様の魔衛士である理由が」
魔術長が鋭い視線で俺を見る。
するってぇと、俺の魔力かい? つか――
「魔術長、知ってるんですか?」
俺の言葉足らずな質問に魔術長はフィーネへ視線を戻す。
「ええ、身術の構成や身体強化主体で察していましたし、実際にフィニア様から明かされましたから」
なるほどな。魔術長はフィーネの体質を理解してたのか。その上で俺の特殊な魔力まで察した。仕事が出来過ぎる。
「聞くまでもない気がしますが、この光景はどれくらい異常なんです?」
「普段であれば、陣は淡く輝く程度です。ここまで……まさか天井まで照らす明るさになるとは」
魔術長と見上げると、確かに切り出しが荒い天井を目視できる。
「この光……魔力量に比例する感じですかね?」
問いを重ねると、魔術長が悩まし気な顔つきになる。
「影響がないとは言いませんが、ここまでには……フィニア様の最大魔力保有量は一等魔術士と変わらないでしょうし、グレネーさんと比較してもこうはならないはずです」
魔力量の問題じゃなさそうだな。俺の超効率・超出力な魔力に関わってんのか? ますます謎が増えた。
「何にせよ、お気を付け下さい。フィニア様以外にステアさんの真価を引き出すことは出来ないでしょうが、一線を越えようとする者は一定数います。より一層情報の扱いは厳重に」
「肝に銘じておきます……」
魔術長が射抜くように俺の目を見つめて注意してくる。
魔術長の懸念はごもっともだ。通常であれば、他者の魔力を受け入れると拒絶反応に苦しむらしい。魔力と魂の結び付きによるものと考えられ、魔力が元から無いフィーネだから俺の魔力を受け入れることが出来ている。これが誰でも出来るようになってたら……いよいよ俺は魔力を供給するだけの肉の塊になってただろう。
魔術長が言うところは、拒絶反応すら無視して俺の魔力を手に入れようとする奴もいるだろうという話だ。いい歳こいて拉致・誘拐の対象に挙がるなんてな……
もしかしたら《界斬》を食らわせた後の【堕天】の反応……アイツ、気付いてるか? 下手したらアイツも俺を拉致ろうとしてくるか? ヤッベ……
問題が増えた……というより気付いたことで頭を悩ませ、ボーっと輝いている原創陣を見ていると、気になった点を見つけた。
「図形が三種類?」
原創陣は大きな円に接するように正方形が描かれ、四点それぞれの頂点を囲むような三角形が描かれている。円の内側は丸、四角、三角の小さい図形が所狭しとある。三種類の図形はそれぞれの干渉魔術に通ずるものだろう。フィーネは中心の正方形の内側に座っている。下には風呂敷ぐらいの大きい紙を敷いてるっぽい。遠目からでも文字がびっしりと書かれていることが分かる。
「こんなの……何食ってたら思いつくんだよ」
原創陣を考えついた奴に称賛と呆れを口にすると、魔術長が解説を始めてくれた。
「確かにそうですね。発案は一万年も前、この都市が生まれるきっかけとなったメンデールという男によるものとされています。それまでは身術や器術で魔術を発動することはなく、単純な図形に魔力を流し込んだごくごく初歩的な陣術が魔術と呼ばれていたようです。そんな中、不思議な術を用いて飛竜を討伐するメンデールの元に人が集まり、次第に身術が世界に浸透していきました。ちなみに、フィニア様の足元に敷いている紙には身術の術式構成が記述されていまして、それ以外の図形は原創陣の基盤となっています」
要は内容の違う紙を置き換えれば別の術式を体得できるわけか。意外とお手軽だな。
ただ、この話を聞いてやっぱり気になるのが――
「メンデール……魔人によって今の魔術は成り立っているということですか?」
俺の疑問に魔術長は目を伏せる。
「さすがですね。おっしゃる通り、その危険性や懸念は払拭できません。しかしながら、身術の発案によって魔獣への有効な対抗手段を得てしまった以上、利用され続けるでしょう。メンデールがどういうつもりで原創陣を広めたのか分かりませんが、最低でも一万年は使われたものを捨てることは非常に困難です。魔人による何らかの仕掛けであることを考慮すれば、火薬技術の発展が急務となりますが……子供に負担を掛けてまでやることなのかは、私には測りかねます」
レニットのことか。魔術長としてか、一人の大人としてか、この人も現状に思うところはあるようだ。
魔術長の考えを聞けたところで、すっかり暗くなって燭台のか細い光だけが部屋を微かに照らしている。身術の体得が済んだようだ。手に身術の紙を持って立ち上がり、こちらへ向かってくるフィーネに魔術長が声を掛けた。
「お加減はいかがですか?」
「問題ないわ。ちょっとビックリしたけど」
フィーネは答えながら俺の方へ視線を向ける。
知ラナイヨ? オレ、ワルクナイモン……
「それでは移動しましょうか。申し訳ありませんが、ステアさんの閲覧はご遠慮ください」
「分かりました」
どうせ俺が禁書を読んでも仕方ない。そんなわけで地下を後にする。
地下から上がる前にフィーネは観衆から術式構成を聞かれていたが、紙を渡してそそくさと退散した。階段を上がり終えそうなところでトンデモない絶叫が聞こえ、彼女らの目を疑うような内容だったことが窺える。特等魔術士の異質さがよく分かる。
「それじゃ、俺はそこら辺ブラついて宿舎に帰るから」
「分かったわ。おかしな魔術士に引っかからないでね」
そんな詐欺師みたいな言い方……何よりおかしい魔術士はお前だろ。
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俺だけ庁舎から出て、都市の散策を始める。北西からグルっと回ろうとしているんだが……
西にて――
「おにいさ~ん、寒くないかしら? 私が暖めてあげよっか?」
「いえ……大丈夫です」
南東でも――
「おにいさ~ん、元気なさそうね。私の魔術でギンギンにならな~い?」
「いえ……元気です」
北東も変わらず――
「おにいさ~ん、現実に疲れてない? 一夜の夢を見てみな~い?」
「いえ……間に合ってます」
行くとこ行くとこで歓楽街みたいな呼び込みで魔術士が実験体を探していた。引っかかる人いるのかな? どいつもコイツも実験動物を見る目だった。正当な報酬をもらえるのなら飛びつく奴は多いんだろうか。これぞ魔術都市っていうのを見せつけられた気分で宿舎に戻る。
改めて凄まじい場所に来てしまったんだな。




