第十一話 問題と準備
レニットは凍り付いた馬に手をかざすと、僅かに水蒸気を上げながら馬が動き始めた。
マジで生き返ったよ。人でも同じことができるのか?
行きと同様にグレネーとスレイが御者となり、レニットは荷車に載せた飛竜の死骸に座ってまた絵を描き始めた。俺とバンタは徒歩だ。帰り途中は、魔衛士三人の武勇伝が話題になった。どいつも俺の工作なんか必要としない自力を持った奴らだった。
三人ともネタを出し尽くしたところでメンデールに到着。任務完了の報告や飛竜の処理は庁舎で行われるようで、向かうことにする。
庁舎に近づく程、人通りが多くなってる気がする。運ばれる飛竜や上に乗っているレニットに周囲は騒がしくなっている。バンタなんかは口元をだらしなくして手を振るが、他三人の様子に変化はない。
通行人たちは決まって俺たちと逆方向に進んでいる。庁舎から出てきた奴らか? 何かしらの集会でもあったのだろうか。
その予想はアタリで、庁舎に着くと建物から多くの女性が外に出てきていて、その中にはベクター冒険長もいた。恐らく都市の代表者を集めた会議でもあったんだろうが……不思議なことに、この前串焼きを売っていた、目以外の顔を手ぬぐいで隠した覆面の男が冒険長の隣にいた。
冒険長が俺らに気付くと、相変わらずの緩慢な口調で近付いてきた。
「おぉ~、みんなぁ、おつかれぇ」
「「「「お疲れ様です」」」」
レニット以外で挨拶を返す。冒険長は各人を労い、俺に話を向けた。
「ステア君、弓ぃ、上手く使えたかなぁ?」
やっぱ冒険長が用意した弓だったのか。
「みんな強くて出番なかったですね」
「そっかぁ、残念」
冒険長は肩を落とすと、隣にいる覆面男に声をかける。
「デールさん、今回の飛竜は大きいですねぇ」
デールという名前の覆面男は声を籠らせながら、飛竜の死骸を眺める。
「ああ、俺がこの街に来てから一、二を争う大きさだ。革も肉も大量に採れるな」
飛竜の死骸をじっくり観察していると思えば、覆面男は突然俺に話を振ってきた。
「ところで、にーちゃん。この前、キレイなねーちゃん二人を隣に侍らせて串を買ってたよな? 連れ合いじゃなかったのか? なんでにーちゃんだけでこの討伐隊に加わってるんだ?」
「っ……首長に伝手があって……後学のために飛竜討伐の様子を見学させてもらってたんです。俺が仕えてる主人の助けとか参考にならないかなって……」
迫られながら曖昧に返答する。
唯一覆面男の感情を察せそうな赤色の瞳が見開かれて怖い……
覆面男から見ると、アズサも俺の連れ合いに見えてたのかよ。大勢客がいただろうに、俺らまで覚えてるとか記憶力良すぎだろ。
にしても、ここまで聞くか? 実は余所者に厳しかったりするのだろうか。
俺の答えに覆面男は何か言いたげだったが、冒険長が彼の肩を掴んで首を振った。
「まぁまぁ、会議の後で苛立ってるのは分かるけどぉ、彼に当たることはないんじゃないぃ? こんな場所で立ち話も仕方ないしぃ、言いたいことがあるなら後日ってことでぇ」
「……そう、だな。悪かったよ、にーちゃん。ちょっと気になっただけだ」
「いえ……お気になさらず」
このやり取りを最後に、二人はそれぞれ帰路を辿った。
まさか絡まれるとは。いや、そもそもあの見てくれで都市の会議に参加する立場があったのか?
「商人長、相変わらず何考えてるか分からないわね。仕事は出来るんだけど、急に機嫌が悪くなるのよ。災難だったわね」
「へー、商人長……」
ん……?
「商人長!!?」
衝撃の事実に目ん玉かっぴらいて声を荒げてしまう。
「ハハッ、確かにその反応が正しいな。あの格好で要職というのだから」
俺の反応に、スレイを始めグレネーとバンタにも笑われる。
マジか……あれだけ素性が透けない姿で商人組合長になれるのかよ。それだけ優秀ではあるんだろうけど。時系列的に首長の後任ってわけか。
動揺が収まらないでいると、魔術長が庁舎から出て俺たちの元に来た。
「皆さん、お疲れ様です。今日は随分大きな飛竜ですね。いつものように保管庫に運んでください。報酬は査定の後、各々の口座にお振り込みします。それと……ステアさん、ご要望の飛竜の革装備が完成しました。お渡しするので、庁舎でお待ち頂けますか?」
「あ、はい。ありがとうございます」
仕事が早い。一日程度で用意してもらえるとは。
「だったら、俺たち三人は保管庫に寄ってから帰る。ステアはついでにレニットの荷物を運んでやってくれ」
そう言いながら、スレイから荷車に立てかけられた支持体や諸々の荷物を渡される。
「レニットちゃん、着いたよ。降りてー」
「んー」
バンタに言われてようやくレニットが地に足を着けた。
「じゃあ、おにーさん。レニィの画室まで運んで」
「……分かった」
挨拶を最後に魔衛士たちや魔術長と別れ、レニットと一緒に庁舎に入る。
面倒を押し付けられた気がしないでもないが……
レニットの後ろに付いて四階まで上がり、南側にある突き当たりの部屋まで進んだ。
「ここが画室だよ」
夕日に照らされている部屋には、いくつもの支持体の上に絵が置かれ、壁には巨大な画版が立て掛けられている。ついでに寝台もある。ここに住んでるのか。
支持体を置いて部屋を見渡すと、違和感に気付いた。
「これが空白か」
「うん……」
どの絵も作品として未完成であろう大きな空白があり、レニットは部屋の中で一際大きい画版に視線を落としている。
画版には、今にも動き出しそうな迫力の飛竜が描かれている。飛竜は絵の左側で口を開き、右側の空白に吠えているように見える。戦ってるっぽい? 剣を振りかぶったフィーネでも描けば映えそうだが……
画版を見つめるレニットの表情は険しい。安易に特等魔術士を描き込んでも納得する出来にはならないらしい。
「……それじゃ、俺は降りるから。見学させてくれてありがとう」
「ん。レニィも楽しかったよ」
レニットに別れを告げると、絵を見つめながら返事をされた。『最高の一枚』を描き上げるのはまだまだ先のようだ。
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一階の受付玄関まで降りると、あたりは閑散としていた。適当な卓に着いて魔術長を待つことにする。
座って間もなく、受付から職員たちの話し声が聞こえてきた。
「今日の会議も中々荒れましたね」
「そうだな~。大体レニットちゃんの話題になると、商人長が荒れるからな」
「まぁでも、分かんなくはないですよ。まだ成人してもない女の子に飛竜の討伐を任せっきりにしてるんですもん」
「だよな。商人長、見た目はアレだけど言ってることは至極真っ当だしな」
「そうよね。『大砲の訓練指導してくれる人材を帝都から招く』……上手くいけばあの子に頼り切らないで飛竜を倒せるようになるかもしれないものね」
「でもでも! 首長が硝石の産出量を増やすからって山脈の活動領域を広げようとするじゃないですか!」
「指導員を招く前に飛竜を滅ぼすつもりかしら?」
「首長もやることが極端なんだよ。硝石のおかげで都市には魔術以外にも金が出来る手段は生まれたけどよ、金を作る準備をするのは俺たち下っ端だぞ」
「山脈の交通を整備する工事の計画に始まり、工事や採掘を依頼する業者の選定から手配、流通自体にも人手は必要だし、維持や管理のためにも人員は必要ね」
「それを今日決めた納期通りに進めろなんてムリですよ!」
「仕事がキツいのもそうだけど……これはウチの婆さんから聞いた話なんだけどよ、半世紀前に暴れた飛竜の中にヌシみたいな奴がいたんだとよ。結局、討伐されないまま北の方に引っ込んでいったらしいぞ」
「え、飛竜の寿命って……」
「軽く百は超えるわね」
「じゃあ、このまま北に進出しようものなら、そのヌシの逆鱗に触れるかもってことですか!?」
「ああ、かもな。半世紀前の“竜災”は今よりも魔術士の水準が高いと言われている中、結構な被害を出したらしい。その上でヌシっつーのが生き残ったんだ。これから竜災が起きようものなら、レニットちゃんがヌシを倒しても甚大な被害になるかもな」
「最悪……なんでこんなところに異動しちゃったのかしら」
聞いていいのか分からない愚痴?の応酬だったな。現場の皆さんは大変ということか。しかしながら、初耳な情報がたくさん出てきたんじゃないか?
この中に魔人――アズサが言っていた”問題”があるかもしれない。
まず、現状のレニットが抱える負担……が問題なわけないか。アイツらにとってはレニットが弱ってる方が動きやすくなるはず。
他には、北部の開拓が望ましくなかったりするか? 何か暴かれたくないモノがあったら問題かもな。実はヌシという飛竜がアイツらが飼ってる奴で、討伐されたくないとか……だったら即座に連れ帰ってくれ。
あとは……竜災でメンデールが滅びると良くなかったりするか? フィーネから聞いた【堕天】の発言だと、魔術の発展とか新発見を求めてる感じだ。だとすれば、世界最大の魔術都市が壊滅するのは面白くないだろう。
うぁぁ……考えれば考えるほど訳分からん。そもそも“問題”ってのはどの程度の認識なんだ? 時と場合によって問題の規模感はそれぞれだよな。命に関わることは当然大問題だし、飯を作るときに調味料が足りないのもアホらしいけど問題だ。
魔人たちにとって問題は必ず解決しなきゃならないのか? それとも、起こったら起こったで放置してもいいのか? 最悪奴らが“問題”を解決するとして、メンデールを揺るがすほど暴れるのか?
ああぁぁぁ……頭おかしなりゅぅぅぅ!!
そもそもアズサと潜んでる他の魔人って――
「ステアさん、大丈夫ですか? 頭を抱えて……具合が悪いようなら、今すぐフィニア様を呼んで――」
「あっ、い、いえ! 大丈夫です!」
気付けば魔術長が卓の傍まで来ていて、メガネ越しに俺の顔を覗き込んでいた。俺は頭を抱えて卓に突っ伏していたようで、心配させてしまった。
彼女は俺の顔色を窺いながら対面に座り、手に持った袋を卓の上に置く。
「こちら、依頼された飛竜の革装備になります。念のため、この場で装着して頂けますか?」
「はい」
袋から出された装備を装着する。これまで通り体格に合い、軽く跳ねても違和感はない。
「大丈夫です。ありがとうございます」
「よかったです。請求はフィニア様の口座でよろしいでしょうか?」
「はい。俺、アイツのヒモ生活してるんで、どの道持ち合わせがありません」
俺の情けない現状に魔術長が小さく笑う。
「本当に仲がよろしいようで何よりです。こちら、資料として頂いた仕様書です。お返ししますね。他にご要望はありますでしょうか?」
装備の仕様書を手渡されながら聞かれる。他というと――
「あっ、魔装具ってもらえますか? 些細な効果でも構わないんですけど……」
魔石を用いることで男でも簡単な魔術を発動できる道具――魔装具が欲しい。ヒカネでは土壁と水球を生成する魔装具で魔人を追い詰めることが出来た。あの時ほど噛み合う状況はないだろうが、持っておくのに越したことはない。
ただ、魔装具は魔導器の製造と同程度の高度な技術や高価な魔石を必要とする貴重な代物らしい。ただの冒険者には渡せないだろうが、特等の魔衛士という立場に期待して頼んでみた。
「魔装具ですか……少々お待ち下さい」
魔術長は席から立ち上がり、受付に向かっていく。
その背を目で追っていると――
「ちょっと貴方たち、終業前で気が緩むのは分かるけど、私語が大きすぎるよ」
「「「す、すみません、部長!」」」
魔術長は今でも愚痴っていた職員たちに注意しながら受付の奥に姿を消した。
にしても部長って……魔術長とは別の役職なのか? 過労死しないだろうか。
魔術長の言う通りに待っていると、五分もしない内に彼女は戻ってきた。再度席に着くと、紋様が刻まれた手の平大の白い円柱を机に置いて説明を始める。
「こちら、治癒効果を有する魔装具になります。上部の窪みから取っ手を押し上げて捻り、引き上げ、元に捻ることで一度だけ使用でき、効果は発動時点で負った傷を塞ぐものに留まります。欠損を完治することは出来ませんし、損傷箇所が多いと効果も薄くなるため、応急処置と捉えて下さい」
魔術長がフリで使用を実演してくれた。
魔装具を手渡されたので一通り眺めていると――
「本来であれば自然干渉魔術の魔装具をお渡し出来ればよかったのですが、メンデールはそれほど魔装具の研究が進められていません。自身が扱う魔術のみを研究される方ばかりですので……魔装具を研究される方もいるにはいるのですが、実用には程遠い、狂気じみた物を開発されるので、こちらでお渡し出来る物はそれだけとなってしまいました」
彼女は苦い表情で、メンデールにおける魔装具の認識を述べる。
「そうなるとコレは貴重なんじゃないですか? 応急的でも治癒効果があるというのは……」
「確かに都市が管理している唯一有効な機能の魔装具ではありますが、やはりステアさんに持って頂けた方が良いかと。元々治癒魔術士は多いですし、聞けばお二人は危険な状況に遭遇しやすいようですね。その中でもフィニア様の助けになるというのは、誰でも成し得ることではありません。だからこそ、魔術士組合長という立場を利用してでも、ステアさんには末永くあの方の魔衛士であり続けて欲しいのです」
魔術長は優しく微笑む。
どうやら職権濫用のような独断で魔装具をくれたようだ。フィーネと別行動も結構してるから、負傷時に自力で治せる手段というのはありがたい。
「じゃ、頂きます。何かあったらアイツにツケてください」
魔装具を衣嚢にしまい、彼女と笑い合う。
魔術長に礼を言って立ち上がると、彼女に呼び止められる。
「フィニア様に伝えて頂きたいのですが、明日、時間が空きましたので、身術の更新と禁書の閲覧が出来ますと」
「閲覧はともかく、身術の更新もですか? アイツ、論文を読み始めてから一日ちょっとぐらいじゃ……」
「それが、昼頃会議の前にいらっしゃってですね、術式の再構想は完了したようなのです」
ハ!? 昨日今日で終わらせたのか?
「それ、本当ですか? 何か調べ足りずに取りこぼしがあったりとか――」
「念のために私も術式構成は確認させて頂きましたが、不備は見当たりませんでした。今日の会議では都市内の主要な立場にある方々が集まったわけですが、その中には南東の塔の管理者もいまして、彼女曰く、フィニア様は塔内の身体干渉魔術の文献を読み荒らしていた、と」
『読み荒らす』とか初めて聞いた言葉なんだが? まあ、想像はできる。その様子で取りこぼしはないだろう。
「分かりました。伝えときます」
「よろしくお願いします。それでは、また明日」
魔術長の見送りを背に、庁舎を後にする。
俺らの準備は、着々と整っている。




