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夢見の魔導士  作者: べっちゃ
第四章 思い描く世界
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第十話 空白

 一帯の飛竜の討伐を終え、野営の準備を始めている。昼食は狩ったばかりの飛竜の肉。一体捌くだけでも五人分の腹が膨れる量だ。細かく刻んで串に刺して焼いている。


 肉を焼きながら、魔衛士三人が慌てふためいていた俺を話題に出している。


「魔人を倒したってのに、飛竜にはビビる感じなのね」


「そういう性格が勝因だったのかもしれないな」


「僕でも魔人に勝てそうな気がしてきた!」


「「絶対無理」」


 言い合いながら、三人は笑っている。


「俺は全体的に魔術対策に特化してるんで、飛竜みたいに単純な質量で来られるとほぼ何も出来ませんね」


「出来ない割には飛び出た飛竜の目をちゃんと狙ってた感じよね。思い切りはいい感じよ」


「どうも」


 グレネーはあの一瞬の俺の攻撃をしっかり捉えていたようだ。さすが一等といった洞察力だ。


 話している内に肉がいくらか焼き上がる。


「ステア、お前の分と、レニットに持って行ってくれ」


 スレイが肉を乗せた二枚の皿を差し出してくる。


 野営地から離れたところで絵を描いているレニットにか。一応受け取るが――


「今のレニットに持って行って大丈夫ですか?」


「さすがにそこまで分別ないわけじゃないわよ。どの道、午後はレニットが一枚描き上げるまで動けないし、魔大陸に連れて行くんだったら話しとけば?」


 グレネーは肩をすくめながら、焚き火に手をかざす。


 討伐時間自体は三十分もないのに、後はレニットが満足するまで待つの? この寒空の下で? この人たち、大変なんだな。フィーネがやろうものなら無理にでも引きずって帰るけど、レニットに無理強いすればガッツリ抵抗されそうだな。


 とはいえ、レニットを知る良い機会だ。お言葉に甘えて野営地から離れる。

 レニットは野営地から少し登った、メンデールが見渡せる小さな崖の先で絵を描いている。崖下まで近付いて声を掛けようと――


「来ないで」


 レニットは筆を動かしながら俺を拒絶してくる。


 機嫌損ねた? 分別ないじゃん。


 登るも下るも出来ないまま止まっていると、レニットが崖から俺の所まで飛び降りてきた。今はカギ型の首飾りを着けていない。


「絵、まだ見ちゃダメ」


「あぁ……そういう?」


 どうやら描き途中の絵を見せたくなかっただけらしい。俺の手元から皿を取り、岩場に座って肉を食べ始めた。俺も隣に座って食べる。


 子供と何を話せばいいか分からずにいると、意外にもレニットから話しかけてきた。


「レニィ、強かった?」


「あ、あぁ。想像以上だったよ」


 今さら俺に聞くことでもないだろうに。自慢気な表情というわけでもない。


「悪い人、見つかった?」


「いや、まだ調べてる最中」


「レニィ、おじさんにも三人にも言ってないけど、レニィだけでいいの?」


「必要になったら俺が言うから、レニットはまだ秘密にしてて」


「ん。わかった」


 まだ口外しない約束をしっかり守ってくれていたみたいだ。これ以上都市に潜む脅威を知る人数を増やしても、藪蛇(やぶへび)を突く危険が高くなるだけだろう。


 けど、なんか……全体的に違和感。絵を最優先してる割には、強さとか街の危険に敏感すぎる気がする。


「レニットは……なんで飛竜の討伐してるんだ?」


「え? レニィが一番強いから」


「絵を描く時間を減らしてまでか? 他の魔術士がいるわけでもないし、レニットだけが討伐してるのはおかしいんじゃね?」


「……」


 黙っちゃった。マズいかな。子供なのに子供らしからぬ意識というか、責任感というか……あれだけいる都市の魔術士が討伐に参加していないことも疑問で詰めちゃってるけど、踏み込みすぎたか?


 レニットが串を皿に置く。


 スゥー……


「レニィね、四才で捨てられたんだ」


 あれ? 普通に話し始めた。


「レニィが強すぎて、お世話できなくなったんだって」


 あ~……四才で。


 ん? 四年? 飛竜を殺しまくる力を持った子供を……?


「それからお世話してくれたのは、おねーちゃんとおばーちゃん。魔術を使えるようにしてくれたし、絵も描かせてくれたの」


 何も刺さっていない串を弄ぶ。


「レニィはね、描いた絵を見てほしいの。でもね、みんなレニィのこと怖がって見てくれないの」


 空をなぞるように串を振る。


「そしたらね、おねーちゃんがさ、力は困ってる人のために使わないといけないって言ったの」


 串の先を虚空の一点に止める。


「だからね、レニィはお仕事するの。困ってる人を助けて、怖がられないために。レニィの絵を見てもらうために。見てくれる人がいなくなってほしくないから、あぶないお仕事はレニィだけがやるし、悪い人もやっつけるの」


「……そっか」


 レニットがまた肉をつまみだす。


 責任感とは違うけど……絵を見て欲しいがために戦い続けるのか。結果として承認欲求が良い方に向かっているんだが……意外と自由らしさはなかったな。


 多くの人が魅入る絵を描けても、“怪物”が描いたモノだと見られない。逆に、“特等魔術士”が描いた絵であれば、多くの人に見てもらえる……って感じか?


 健全じゃないというか……楽しいのかな?


 いつの間にかレニットは食べ終え、崖の上に戻っていた。


「そうだ、あげる」


「ん? おわっと!」


 上から一枚の紙が降ってくる。地面に落ちないギリギリで掴むと、そこには片膝を立てて座る人間が描かれている。少し美形になった気がするが、この人間は……たぶん俺だ。レニットは行きで、荷車に座っている俺を描いてたのか。


「ありがと――ブフッ!」


 礼を言おうと上を向いたら硬いモノが顔面に直撃した。ついでにヒラヒラと紙が舞い落ちる。レニットが落としてきたんだ。


「何すんだよ!」


「おにーさん、なんか描いてみてよ。えんぴつと紙あげるからさ」


「え~……」


 直撃した硬いモノは、色鉛筆が入った小箱だった。


 無茶振りだ。

 王都にいた頃は盗賊なんかの犯罪者集団の掃討任務に参加したことがあり、追跡のために逃亡者の人相を描いたことがあった。けど、俺の絵は特徴を捉える程度なだけで、絵心が死んでると周囲から笑われた。要は、俺は絵描きが苦手だ。


「俺、苦手で――」


「ダーメ。とくとーのめーれー」


 クソッ!


「せめて題材とか……」


「描くもの? う~ん……白いおねーさんでいいんじゃない?」


 オワタ。よりによって超美形を描くとか……つか、未だにフィーネの名前が覚えられてないし。


 まあ、レニットが描き終える時間潰しにはちょうどいいか。


 ひとまず、フィーネの特徴といえば……白金の長髪に瑠璃色の目。

 白と……瑠璃ってどうすればいいんだ? ただの青であんなにキレイにならないよな。あれれぇ――



 ~~~



「できた! おにーさんは――」


 しばらくして、描き終えたレニットが降りて来て、上から俺の絵を覗き込んでくる。


「これが……おねーさん……?」


「はい……そうです……」


 レニットが俺に憐れみの目を向けてくる。分かる。分かるよ。


 俺が描いた『フィーネ』は、単純に顔の左右が非対称で歪んでいる。目は異様に細いし、ただの青色でのっぺりしてる。髪はズラ被ってるのかってぐらい置いている感じだし、首から下は……俺、等身測るの下手過ぎないか?


「……レニットは何描いたんだよ」


「あ、ああ……それね」


 いたたまれなくなって天才の作品を見るしかなくなった。レニットに続いて崖上に上がると、大きな一枚絵が支持体(キャンバス)の上に乗っていた。


 絵には、(満月)の下に建物、人型の悪魔のような生き物が火を手に持ち、ソイツに剣を持って跳び掛かっている黒髪黒目の男が描かれている。さっきの絵から、戦っている男は……俺だ。


 レニットは行きの話から、ヒカネの校庭での俺の戦いを想像(イメージ)で描いたんだ。悪魔に見えるのは、アズサが受肉したフレアだろう。


「どう? こんな感じだった?」


 レニットが笑顔で聞いてくる。


 自信がある出来なんだろう。確かに、俺だろうと英雄っぽい迫力がある。()()()は素晴らしいと思う。けど――


「なあ。この絵、展示するのか?」


「え? うん、そうだよ」


「やめてくんない?」


「え……なんで……」


 レニットの顔が驚愕と困惑に染まる。そりゃそうだわな。


「まず……レニットは悪くない。比べるまでもないけど、レニットの絵は凄い。俺をこんな風にカッコよくしてくれたのは……嬉しい。たぶんレニットにしか出来ないんだと思う。ただ――」


 とても……とても、大事なんだ。


「俺が命を懸けて勝ったのは、こんな奴じゃないんだ」


 レニットの視線が悪魔に注がれる。


「レニットが思う、魔人の怖いとか恐ろしい印象を表現したんだろうけど、違うんだよ。姿は人間と変わらないし、何ならソイツは俺の友達……じゃないかもしれないけど、俺に憧れてくれたんだ。倒した魔人だってそうだ。見た目も俺らと変わんないし、強かったし、何がしたかったのか今でも分かんないけど……怖い奴じゃなかった」


 腹に穴を開けられたけど、今となっては何とも思わない。帰ってきてほしいっていう伝言だけで泣きそうになる、ただの『先生』だった。こんな得体の知れない怪物なんかじゃない。

 それに、こんなのが展示されたらフレアがブチ切れる。そんで、矛先が確実に俺に向いてくる。絶対。


 とにかく――


「俺はこんな奴を倒しても、あの……『最高の景色』を見ることは出来なかった」


 アイツらだったから、見ることが出来たんだ。


 見開かれたレニットの目が、俺の目を見つめてくる。


 機嫌を損ねたかもしれないが、関係ないな。ここで曲げるようなら、俺が俺じゃなくなる。


 でも、今度は俺の目が見開かれた。


 レニットが絵を宙に投げ、燃やしたから。


「最高の、景色……よく分かんないけど……レニィも見てみたい。おにーさんぐらい大事そうに話してる人、はじめて見た」


 レニットは微笑んでいる。


 ハハッ……これも気まぐれか?


「俺たちと魔大陸に行けば、きっと見れるさ」


「そっか……楽しみだね」


 満面の笑みだ。レニットにとって、魔大陸に行く理由を増やせただろうか。


「なあ、レニット」


「なに?」


 道具を片付けているレニットに問う。


「お前の夢はなんだ?」


 レニットの手が止まる。俺に一瞥(いちべつ)すると、筆に視線を注いだ。


「レニィね、絵を描いてると、たまに完成できない絵があるの。描きたいのに、描けない。描かなきゃいけないモノがあるはずなのに、それがうかんでこないの。ぽっかりと穴が空いたみたいな、“空白”になるの」


 ”空白”……首長が言ってたやつか。


「だからね、レニィはその“空白”を描いて、完成させたいの。今まで何枚も作った未完成の絵を。きっと描けたら、それは『最高の一枚』になるはずなの。だから、それがレニィの夢」


「そっか」


『最高の一枚』……ね。俺に近しい夢な気がするな。違う点といえば、自分から求めに行くレニットと、その場の成り行きで実現させようとする俺って感じか。


 やっぱ、憧れちまうな。ただ、力があるだけじゃない。自分で成し遂げたい夢がある。レニットもフィーネと同じ、スゴい奴なんだ。覆面の商人串屋が言ってたみたいに、俺は運がいい。こんなにも夢を見せてくれる奴と会えるなんてな。


 少女に感謝しながら片付けを手伝い、デカい支持体は俺が持って野営地まで戻ろうとした。すると、筆やらの道具箱の上に置かれていたカギ型の首飾りが落ちているのに気付いた。レニットは気付かないまま降りようとしていた。


「おい、首飾り落ちてんぞ」


「あれ? いけない。危なかった~。ありがと、おにーさん」


 レニットは大事そうに首に掛け直して野営地に走っていく。


 うっかりか? 大事なモノなら慎重に扱えって。


 野営地に戻ると、討伐した中でも大きい飛竜の死骸が荷車に乗っていた。上物は都市に運び込むらしい。


 帰ろうとしたところで、スレイが眉をひそめた。


「レニット、今日の絵はどうした?」


「燃やした」


「は!? 待ち時間は何だったのよ!」


 グレネーが抗議の声を上げる。

 半分俺のせいではあるんだが……


「でもね、おにーさんも描いたんだよ」


 うわっ……レニットの言葉で俺に視線が集まる。当然、俺が描いた『フィーネ』を見せるハメになり――


「「「あっはははは!!」」」


 見事に魔衛士三人に笑われる、と……


 このガキャぁ……いつか反撃も許さずにやり返してやらぁ……

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