第九話 【煉凛】
今は山脈の中腹にあるメンデールから北へ進み、標高も高くなった七合目を移動している。
厚手の上着を着ているが、普通に寒い。他の魔衛士三人も厚手の上着を着ているが、対するレニットは薄手の半袖のままだ。熱を操る魔術によるものだろう。馬車に揺られながらも色鉛筆を手に持って絵を描いている。
飛竜の生息地に向かっているというのに、道中はとても平和だ。
「魔人ってそんなに強いんだ。スレイさんでも倒せる?」
ヒカネでの戦いを聞かれたので、搔い摘んで話しているとバンタが一等冒険者であるスレイを試すように尋ねた。
「ふむ。《火球》は容易に対処できるだろうが、《火槍》を無傷でいなせるかは分からんな。グレネーが放つところを見ても、よほど距離を取らなければ安定して回避できないだろう。ステアの装備や導線が視えるという能力があってこその勝利に違いない」
馬上から答えるスレイの見た目は怖いが、一等だからといって高慢になることもなく事実を客観的に分析している。
この話から、隣でもう一頭に乗っているグレネーが俺の体質に興味を持ったようだ。
「男で導線が視えるなんて不思議ね。レニットみたいに先天魔性に分類されるのかしら。フィーネ様はなんて?」
「特に結論は出てないです。視えるようになったのも最近ですし、“先天”とは言わないんじゃないですかね」
「確かに……」
思えば俺の特別な魔力というのは生まれつきなのだろうか。先天魔性は魔力ではなく特別な魔導路を指す言葉らしいし、学術的にも俺の特性は未知なんだろう。
「僕も導線が視えるようになったら一等になれるのかな?」
「お前はノロいのだから、視えたところで対処のしようがないだろう」
「そんなぁ……」
夢を見るバンタにスレイが現実を突きつける。
「とは言え、レニットの魔衛士になるくらいなら、バンタさんはとてつもない怪力なんですよね?」
「そう! 僕の棍棒は飛竜の頭も砕けるからね」
ヤバ……巨漢の見た目通りの破壊力を持っているらしい。俺なんかに振られたら速攻で挽肉にされるな。
「というか、僕にかしこまらなくても大丈夫だよ。たぶん僕、年下だからさ」
「え? 俺、二十一で――」
「僕、十九」
マジ? 見た目と雰囲気で年上だと思ってた。なんか、フィーネと会ってから年齢詐欺されまくってる気がする。
「ちなみにグレネーさんとスレイさんは、さん――」
「クソガキ、他人の個人情報は軽々と喋るものじゃないわよ……?」
「う、ウッス!」
バンタの軽率な発言に、グレネーが指先に灯した火を馬上から振り返って向けてくる。顰蹙を買ったバンタは背筋を伸ばしながら敬礼。力関係がよくわかる。
二人は三十代か。スレイは妥当で、グレネーは年齢より若そうに見えるが……やっぱり女性相手に年齢の話題を振るのは危険だな。
この後も喋りながら進んでいたが、レニットは黙々と絵を描いていた。
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目的地であろう場所に到着し、荷車は停止した。
「この白いの、雪?」
「見るの初めて?」
鉛筆を置いたレニットに笑われる。田舎者だとからかわれている感じだ。
場所は寒さのせいであろう草木がほとんどない岩山で、寒冷地域に降るという雪が所々薄っすらと積もっている。一層寒い空気が肌を凍えさせてくるが、初めて見る白い風景に気分が上がる。
開けた景色を見上げると、雪で白く色付いたプサール山脈の最高峰が目に入る。峰の周りに何かが、何匹も飛び回っている。あれが飛竜か。
赤く、デカい図体に四本脚と長い尻尾が生えている。前足からは薄い膜のような皮が伸びていて、翼の役割を果たしているようだ。
「飛竜討伐の目的は都市に対する脅威の排除だけじゃないの。最近になって硝石の価値が跳ね上がったから、ここらでも採掘できるように飛竜を駆除するのも目的って感じ」
荷車から降りながらグレネーの説明を聞く。
飛竜にとっては傍迷惑な話だろうな。しかし、レニットの実力を見るために殺されてもらうけど。
俺は矢筒を背負い、弓を手に持つ。スレイは鎖鎌、バンタは棍棒を構え、魔術士二人は無手だ。
荷車から降りたレニットは馬に向けて手をかざしている。
「何してんの?」
「凍らせてるの。飛竜が来たら暴れちゃうから」
「……帰りは?」
「レニィがあっためて、とかせば生きかえるの」
マジ? 便利すぎる能力だな。
「帰りは荷車に飛竜を載せるから、ステアも歩きだぞ」
スレイに帰りの話をされる。デカい荷車と馬二頭はそのためか。
体温をレニットに奪われた馬が完全に凍り付くと、レニットが俺たちの前に進み出る。
気付けば、最高峰にいた飛竜が咆哮を上げながらこっちに向かってきていた。
「あそこから見たら俺たちは豆粒じゃねぇの? 目が良すぎだろ」
「いや、レニットちゃんがあそこまで熱を操作してここまで誘き寄せてるんだって。あと周りの洞窟とかにも飛竜はいるから、四方八方から飛竜が来るよ」
バンタが朗らかに恐ろしいことを言う。飛ぶくせに穴倉に巣でも作ってんのか。それに、レニットの熱操作の範囲もイカレてる。ここから山頂まで相当離れてるぞ。
そんな芸当をすまし顔でやってみせた特等魔術士は、翼を羽ばたかせながら最も近づいて来た飛竜に向けて走り出す。
いや、ソイツに向けてじゃない。
俺なんかより遥かに速い足で飛竜とすれ違う。
飛竜も同様で、レニットを無視してこっちに向かってくる。
「素通りとか……!」
「大丈夫よ」
慌てて弓を構えた俺にグレネーが声をかけてくる。三人共、特に何をするわけでもない。
一応、飛竜に向けて弓を構えたままでいると、飛竜は俺たちも素通りして地面に激突する。
「何なの? コイツ……」
墜落しておきながら、飛竜が動き出す様子はない。
「ほら、ステアさん。触ってみなよ」
バンタに促され、ビクビクしながらも飛竜に触る。
「冷たっ!」
飛竜の表皮がカッチカチだった。鱗が硬いのだろうけど、それだけじゃない。
「もうとっくに魔術を発動してたのか?」
「そういう……こと!」
答え合わせをしながら、バンタが飛竜の首に棍棒を振り下ろす。肉がヘコんで血が噴き出すわけじゃない。砕かれた岩のように飛竜の首が飛ぶ。
これがレニットの、熱を過吸収して凍り付かせる魔術――《凍律》。
思えば、レニットとすれ違う頃から飛竜の姿勢がまったく変わってなかった。あの時点で体が凍り付いて動けなくなったのか。
レニットが走って行った方を見ると、今度は何体もの飛竜が炎に包まれながらのたうち回り、甲高い悲鳴を上げて頭から落ちていく。
あれが、熱を過放出して発火させる魔術――《戒灼》。
うん、やっぱり俺が評価するまでもないわな。
あの子、バケモンです。
この数ヶ月、それなりに俺を守ってきてくれた革装備の元素材をいとも容易く殺すとか……機嫌を損ねたらあっという間に俺は死ねる。
目視してた全ての飛竜を討伐したのを皮切りに、ワラワラと他の飛竜が姿を現し、レニットの方に集まっていく。創作物だと竜ってのは火を吹いたりするが、実物にそんな能力はなさそうだ。いや、それすらも吸熱して無効化してるのか?
走っては跳ねて、凍らせて燃やして。
レニットは群がってくる何匹もの飛竜の背中を蹴り渡って宙を駆けているし、たまに頭部へ踵蹴りを食らわせては飛竜を墜落させている。
身体強化……魔導路が術式の役割を既に果たしているからこそ、普通の魔術士が自然干渉魔術に身術を割くところを、レニットの場合は身体強化魔術に回されるのか。素人目からすると、身体強化に特化した魔術士であるフィーネと動き方が変わらないように見える。
レニットのバケモン度合いに感心していると――
「あぁあぁあぁ!! こっち来た!!」
横から飛竜が一体、俺らに向かって飛んで来ている!
だが、惨めったらしく俺が喚いても、残りの三人は冷静だ。
「んじゃ、いつも通りって感じで。《火槍》」
グレネーが空飛ぶ飛竜に手を向けて《火槍》を放ち、翼に見事命中させた。
翼に穴が開いたことで飛竜は地面に墜落するが、構わず俺らに向けて大口を開けながら地を駆けて来る。
続いて対峙するのはスレイとバンタ。
「バンタ、さっさと仕留めるぞ」
「ウッス!」
最初に動いたのはスレイだ。
鎖鎌の分銅を飛竜の首に投げつけ、引き絞ってから飛竜の上空を飛び越える。
飛竜の背後に着地すると、鎖を引いて飛竜の前進を止めた。
鎖の金属音が鈍く鳴る中、綱引きの形で膠着する。
飛竜は尻尾でスレイを払おうとするが、鎌でスッパリと断ち切られる。
俺と大差ないくらいの体格のくせに飛竜と力で競ってる? そりゃ一等だわ。現場指揮の【組長】しか一等冒険者は見たことないが、あの人もここまでやれるのか? 五十路超えてやるようなら……マジで人間辞めてるよ。
スレイが飛竜を止めてる間にバンタがドタドタと向かっている。足は俺より遅い。
「お前は相変わらずノロいな! キビキビ動けんのか!?」
「今さらそんなこと言われてもどうにもできないよ! 代わりに一撃で仕留める……から!」
近付くバンタを噛み千切ろうとする飛竜をスレイが引き留め、バンタの一振りで飛竜の頭が潰される。
周囲には目やら歯やらが飛び散り、軌跡を描くように血が噴き出る。
コイツらもヤバい。この三人だけでも街の一つくらい簡単に落とせるだろ。
こっちの討伐が終わる頃にはレニットが俺の真横に戻って来てた。レニットからは特段の達成感を感じられない。流れ作業を終わらせた感じだ。
「おにーさん、なんでまだ弓引いてんの?」
「え……? あ、いや、万が一のためにね? アハ……アハハ!」
災害級の魔獣がこの少人数でアッサリ討伐されたという信じられない光景に呆気に取られ、弓を無意識に引き絞ったままだった。
力を抜こうとしたところで地面が小刻みに揺れ、地響きが重く鳴り始める。
「ッ、なんだ!?」
「う~ん……のぼってくるね」
「は!?」
登るとは!?
レニットが面倒くさそうに頭をかく。
次第に揺れは大きくなり、巨大な生き物が近づいているのが分かる。
揺れが一瞬止まったと思えば、レニットの背後から土砂が噴き上がった!
飛竜だ! 飛竜が地中を這い上がってきた! レニット目掛けて大口を開けている!
「レニット!!」
引き絞った弓の照準を飛竜の目に合わせ、解き放つ!
始末できるわけないが、これで怯んでくれれば――
「ハ……?」
瞬間、レニットの後ろで飛竜の体がバラバラに弾け飛ぶ。矢も粉々になったように見えた。
大量の血が飛び散るが、俺たちにかかることなく赤い霧になった。
飛び散って地面に落ちた飛竜の肉片からは大量の血が流れ出て、小さな血の池が作られようとしている。
死にかけたはずのレニットだが、靴が血に濡れるのを嫌がり、小走りでここから離れる。
俺も自然と後に続いた。
「相変わらず派手だな」
三人が悠々と戻ってきて、スレイが面白がるように声を掛ける。
「レニット……お前がやったのか?」
「ん。キュッとして、ドカンってやったの」
俺の分かり切った質問に、レニットが擬音を使って答える。
「要はね、氷漬けのモノを急激に熱すると、ガラスみたいに砕けるって感じ」
グレネーが代わりに解説してくれた。
つまり、這い出た飛竜の熱を一瞬で過吸収し、即座にそっくりそのまま返したってことか……?
やっぱ、実物を見ると違うわ。想像以上ではあるんだが、予想と現実の開き具合がトンデモなかった。
単純な規模だったらフィーネ以上の能力だと思う。間違いなく、現代最強に肉薄する実力。
これが、特等魔術士【煉凛】レニット・サーマル。
間違いなく魔人相手に必要な戦力だ。
十三才の女の子に恐怖と畏敬の念を抱く。
絶大な力を持った子供は自身の功績を気にもせず、荷車に戻って画材を手に持つ。災害級を何体も殺そうと、あくまで自分の好きなことにしか興味がないようだ。
他の三人は異常な子供に何の感慨もなく、昼食のために野営の準備をする。もちろん、俺も手伝う。しかし、様々な恐怖の事柄が一遍に起きたためか、手先がそこそこ震えていた。
こんな俺に対してレニットと他の三人は平然としているあたり、やっぱり特等魔術士とその魔衛士は頭がおかしいんだな。
うん、俺は今のまま、まともな感性でいよう……




