第二十八話 火の始末
意味不明な花畑が植えられた砦からロゼっちの家に帰り、順番に風呂に入って、深夜三時ぐらいに就寝した。まさか、殺し合いをした奴らと同じ屋根の下で寝る日が来るとは思わなかった。
学校は休みだったので、全員ぐっすりと眠り、起きたのは正午ぐらい。昼飯を食い、俺の提案で四人で外出した。
街を歩くと、住人たちに声を掛けられまくった。
「校長! 歴史的快挙だな!」
「フレアちゃん、無事でよかったわ~!」
「フィーネ様! この街に来てくださって、ありがとうございます!」
「おい坊主! オメェ肝据わってんなぁ!」
こんな感じで十歩進めば新たな集団に囲まれた。
フィーネは相変わらずの営業笑顔。ロゼっちとフィーネは主犯の後ろめたさから苦笑い。俺はイケイケの冒険者たちに囲まれ、フレアに斬り掛かった時以上の高さに胴上げされる。
個人的には利己的な動機でやり遂げたことなので、こうも持ち上げられるのは居心地が悪い。
だからこそ、この先の旅ではこんな風に囲まれたくないため、その対策で外に出たんだ。
「というわけで、フィーネには地味になって頂きます」
俺たちは服飾店にやってきていた。とりあえず、純白の騎士風の服を着た、特等丸出しのフィーネの恰好をどうにかしたかった。
フレアとロゼっちに服選びなどを依頼すると、二人は張り切って服選びを快諾してくれた。着せ替え人形に近い扱いを受けるフィーネ自身に、抵抗する様子はない。フィーネも俺と同じ考えを持っていたらしい。
服選びから試着まで一時間くらい待ち、試着室からフィーネが姿を現した。
騎士のような服から、黒い下履きと白い上着という軽装となっている。顔には度のない丸眼鏡を掛け、髪は一つ結びにしている。
「どうかな?」
「素敵です、フィーネ様!」
「さすがの着こなしよね。研究員時代に戻ったみたい」
「うん……素材の良さが隠せてないな」
これまでの高潔な印象よりは明らかに地味にはなったが、知的で大人しめな印象が強くなった。これはこれで周囲を魅了していきそうだ。
「度し難いナンパが増えるでしょうけど、連れ合いがいれば安心ね」
「そこまで面倒見なきゃならないの?」
余計な仕事を口にしたロゼっちに首を傾げるが、彼女は俺の真正面に立って圧を掛けてくる。
「安心、ね?」
「……善処します」
もう、怖い。フィーネのこと好きすぎだろ。
項垂れる俺をフレアに笑われながらも退店。フィーネが元々着ていた服はロゼっちが預かるらしい。
帰り道、生徒四人組に出くわした。休みまで一緒とか仲が良すぎるな。
しかし、事情が違うようで、彼女らの目がランランとしていた。
「寝れてない……」
「あんなことがあった後だと……」
「今寝ると明日に響いて~……」
「体を動かして寝ないようにしてるっス……」
四人は昨夜の衝撃的な出来事にキマってしまったようで、寝れないまま自分たちの勇気ある行動を称え合う内に夜が明け、今になって睡魔が襲ってきたようだ。今寝ると完全に昼夜逆転し、明日の授業に出れなくなるため、外でぶらぶらしていたらしい。
フレアが気遣い、明日の休みを提案したが生徒たちは拒否。フレアの《大壇焔》を見てから意欲が湧き出ているらしい。健気な奴らだ。
挨拶もそこそこに生徒たちと別れ、商店街で夕飯の食材を買った。買ったと言っても、魔人の討伐(虚偽)祝いに色んな種類の食材をタダでもらった。
食材の量が収拾つかなくなったので、夕食は学校の生徒全学年を家に招待して食事を振る舞うことになった。庭にも机や椅子を置き、どんちゃん騒ぎをしている。
ほとんどの生徒はフィーネに詰め寄って魔術全般の知識や自分の術式構成を質問。フィーネのヤバさを垣間見た四回生の四人は俺の方に来て、他の生徒たちを冷めた目で見ている。先達として尊敬するのと、人として尊敬するのは違うもんな。今のうちからそういうことを学べるのはいい経験になっただろう。
この間に四人は俺をどのように助けたのか熱弁してくれた。本当に頭が上がらない。生徒の勇気ある行動に、フレアは心底形容しがたい表情をしている。
「まぁ……広い意味では、私があんたを救ったと……」
「いやぁ~、ありがとう! フレアのおかげでイイもん見れたわ!」
「クソ野郎……!」
フレアの負け惜しみに感謝を告げると、顔を歪めて睨まれる。
生徒たちはイマイチこの空気感を把握できていないのか、お互いに顔を見合わせている。アズサの件が後腐れなく決着したら、ちゃんと全貌を説明してやるのも面白いだろうな。
けれど、苦い表情から一転して、フレアは口角を歪めながらも吊り上げる。
「確かにあんたの勝ちでいいよ。けど、そのために随分高い買い物をしたんじゃない? 魔装具、いくらするか分かってる?」
「あ……」
フレアから魔人を引き剥がすために使った魔装具二つは、乱雑な扱いからちゃんと壊れた。国からの貴重な貸与品というが、その額は……
「いや、いいや。フィーネにツケとけば良くね?」
「単純にクソ野郎じゃない?」
俺の情けない開き直りに、フレアが唖然とする。
今の俺に支払い能力なんて無いし、特等のフィーネなら相当な蓄えがあるだろ。もういっそ、俺はアイツのヒモとして旅するつもりでいよう。
大体、今回の一件は完全に社会貢献の一環なんだし、負債を押し付けられる謂れはない。
こうした言い合いも楽しみながら、宴もそこそこに生徒たちは寮へ帰った。残飯処理はもちろん俺。皿やゴミなんかを片付けるだけで一時間ぐらい掛かった。
酷い目に遭った気もしなくはないが、楽しい時間だった。
~~~
翌日、早朝。
俺とフィーネ、ロゼっちやフレア、生徒四人は街の西側の門にいる。
ヒカネから移動するわけだが、もう大した用もなく、後に回せば住人たちに騒々しくされそうだったので、早々に出ることにした。最低限の挨拶に済ませるため、戦いに関わった者たちだけに出発時間は伝えた。
昨日ぐったりしていた生徒たちはぐっすり寝たことで元気が有り余っていそうだ。
横を見ると、物々しかった雑木林や砦がなくなり、広々とした空間が広がっている。
「学校菜園でも作ってみたら?」
「確かに、面白そうかもね。今になってこんな広い土地が出来るなんて思わなかったわ」
俺の冗談にロゼっちが笑う。
二つ目の校庭にするのが合理的だろうが、畑に気が向いてしまったようだ。
未来への思案もそこそこに、ロゼっちは手に持った、所々が角張った袋を渡してきた。
「これ、ステア用の魔石。精錬は終わらせといたから、これから先の町々の鍛冶師にでも渡せば剣を作り直してもらえるわ。アタシが真心込めた炎で精錬したから、大事に使ってね。」
「あざっす!」
「何から何までありがとう、ロゼ」
俺が受け取り、二人で感謝を述べる。
対するロゼっちは首を振った。
「こっちだって世話になったもの。アタシのお礼だと思って受け取って。そうだ、フィーネちゃん。ちょっとこっち――」
そう言うと、焼け跡の空き地の方へフィーネを手招きする。
フィーネは眉を曲げながらも、ロゼっちの後ろを付いていく。内緒話か?
彼女たちを横目に、生徒たちが俺に話し掛けてきた。
「がんばって」
「旅の無事をお祈りしています」
「出来ればお土産持ってきてくださいね~」
「次に会う頃には自分たちも強くなってるっス!」
各々、眩しい笑顔を浮かべて、激励を送ってくれた。
「この歳になってお前たちみたいな同級生を持てて、楽しかったよ」
俺の言葉に生徒たちは笑ってくれた。
西極圏から帰ってくる頃には彼女らの望んだ姿を見られることだろう。
そして、彼女らを導く先生は――
「今度こそ、あんたに勝つよ」
髪飾りを着けていないフレアからは、俺への戦意がひしひしと感じられる。
しかし、これまでのような口を開けば文句が出る態度ではない。戦いを経て、フレアの心境に多少の変化はあったのだろうか。
けれど――
「フレアが勝つってことは、俺を殺すってことか?」
俺の命に関わりそうな宣言に対して疑問を呈したわけだが、フレアの返答は予想から少し違ってた。
「フフッ、そうだね。だから――」
フレアは微笑を浮かべながらも、俺の目を見据え、告げる。
「私があんたを殺すまで、敵が魔人だろうが伝説の魔獣だろうが、死なないでね?」
フレアは、物語の好敵手みたいなセリフで激励を贈ってくれた。
一等魔術士に並ぶ実力を得ただろうに、俺を対等な相手として認めてくれたみたいだ。俺も応えるしかないだろうな。
「俺はこれ以上強くなりようがないけど、フィーネの魔衛士だからな。経歴だけなら、お前に負けることがないように頑張るよ」
「あっそ……精々頑張って。先生が置き土産を用意してくれてたみたいだから、私もここで終わるつもりはないよ」
俺たちは互いに笑い合う。
というか、マジか。あの魔人、どれだけコイツらに尽くしてたんだ。
フレアとのひとまずの和解が済んだところで、ロゼっちとフィーネが戻ってきた。ロゼっちは笑顔で、フィーネは気まずそうな感じだ。何を話したんだろうな。
すると、ロゼっちが俺に声を掛けた。
「ステア。フィーネちゃんのこと、お願いね」
「そりゃあ、もちろん。アズサも、途中で見つけたら縛り上げてくるよ」
「っ!!」
生徒たちは聞いたことのない名前に首を傾げたが、フレアは瞳が揺れ、ロゼっちは目を丸くしながらもすぐに微笑を浮かべる。
「そう……無理しなくていいから、もし会ったら早く帰ってきてって伝えといて」
「あぁ……分かったよ」
そうそう会えるとは思えないが、もし会えたら腹に穴を開けてくれた文句ついでに伝言を教えてやろう。
「それじゃ、行くわね。ロゼ……それに、皆も元気でね」
フィーネの挨拶に、ロゼっちは晴れやかな笑顔で手を振る。
「そっちもね。行ってらっしゃい」
フレアと生徒たちも同じように俺たちに手を振る。
フィーネと顔を見合わせる。
今、言うことなんて、一つだけだよな。
「「行ってきます!」」
俺たちはヒカネの門をくぐり、目的地に向けて歩を進める。
振り返ると、見送りはずっと手を振ってくれている。俺も振り返す。
「じゃあな~~!!」
生徒たちから何か声が返ってくるが、もう遠くまで離れているし、口々に声を上げているせいで聞き取れない。締まらないけど、こんなもんか。
そういえば、フレアに助言してやりたいことがあった。
「フレア~! 俺なんかを目の敵にしてると~! 婚期逃すぞ~~!!」
俺が声を張り上げると、フレアが振る左手が止まり、手の平をこちらに向けてきた。
フレアの手から炎が現れ、朝の澄んだ空気に似つかわしくない熱が伝わってくると――
「《火槍》!!!」
フレアのよく通る声と共に、俺たちを追い立てるように炎の槍が空を駆けた。
~~~
<フレア視点>
ホントに、アイツ……余計なお世話を。
二人の姿がすっかり見えなくなり、私たちは学校に向かっていた。
隣を歩く師匠が、名残惜しむように口を開く。
「嵐みたいな二人だったわね。おかげで、沈殿してたものが見事に巻き上げられちゃったけど」
確かに、二人のせいでアズサ先生とは離れ離れになってしまった。それでも、二人がいなければ進むことが出来なかったのも事実。私の《大壇焔》は完成しなかっただろうし、生徒たちにあそこまでのことが出来るなんて知ることすらなかった。
失くしたものがあるのと同時に、見つめ直せたものもあった。失くしものだって、一生ものじゃない。生きていれば、きっと先生ともまた会える。死に際に会ってくれることは確約したから、あとはそれまでに何回会えるかどうか。楽しみな未来が増えたと思ってもいい。
新たな夢に思いを馳せていると、師匠が私の進路について尋ねてきた。
「よかったの? 二人の旅に同行してもよかったのよ? そっちの方がアズサと再会できるに決まってるんだから」
「灼杖を持ってないのに、フィーネ様に同行できませんよ。ステア程度がもう一人増えても困るでしょうし。それに、生徒たちを卒業するまで担任してこそ、試験的な試みの成果が出るってものでしょう? それに――」
一番大事なことは、言葉にしないと。
「私は、嫌いでいさせてくれるアイツが好きですから」
ハッキリと、言い切れる。
「そう……最近の若者は複雑な恋愛観を持ってるのね」
そういうんじゃない!
「違いますって! 主語も大きいです!」
師匠の感慨深い頷きを咄嗟に否定する。
けれど、前を歩く生徒たちは聞き耳を立てていたみたいで――
「やっぱり」
「先生は」
「ステアさんのこと」
「好きなんスね!」
誤解が根強いものになりそう!
茶化してくる生徒たちには制裁を加えないと!
「あんたたち~~! 成績落とすからね~~!」
「「「「イヤ~~~!!」」」」
私が生徒たちを追い掛けると、彼女たちは笑いながら校舎へ走り出した。
晴れ晴れとした心持ちの中、私たちは日向へと駆けていく。
さて、今日も一日、頑張りますか!




