幕間 夢の現実
<ステア視点>
現在、俺とフィーネは西に向かって進んでいる。目下の大きな中継地点は、ウィレイブ王国とルノワール帝国との国境――ミディウス地方だ。
基本は徒歩での移動だが、地方自治体が運営している相乗り馬車なんかも利用している。王都からの馬車では他の乗客がフィーネを避けて貸し切り状態となったが、フィーネを地味にしたおかげでそんなことは起きなかった。地味にしようが雰囲気のある奴だから視線は集めてるけど。
ヒカネから出発して二週間程。野宿を極力避けた旅程を心掛けている。立ち寄る町村ごとに周辺の地図を買い、フィーネと相談しながら次の宿泊地点を決めていた。
今日も夕方に差し掛かり、予定通りの村に到着した。宿があるほど大きい村ではなく、泊めてもらえる場所を探すことにする。
「あ、ミカン畑」
呟いたフィーネの視線の方向に目を向けると、ミカンの木が多く植えられた農園があった。
近くにはそれなりの大きさの平屋もあり、恐らくこの家主が経営している農園なのだろう。
ロゼっちからフィーネの果物好きを聞いていたので、一泊の打診ついでにミカンを譲ってもらえるか聞いてみよう。
フィーネは俺の意見を聞くまでもなく平屋に向かい、戸を叩いた。判断が早い。
「すみませ~ん。旅の者なのですが、一夜泊めて頂けないでしょうか?」
フィーネの問い掛けに対し、俺が追い付いてからも玄関が開かれることはなかった。
不在かと顔を見合わせ、諦めようとしたところで扉が開く。
「旅のお方……?」
白髪で眼鏡を掛けた壮年の男性が中から出てきた。腰が曲がっていたり、杖を突いているわけではないが、動きが機敏というわけではなさそうだ。
顔には年齢相応であろう皺が刻まれていて、気落ちしたような表情がさらに老いた様子を見せている。
「生憎ですが、お泊めできるような準備はございませんので……」
「そう、ですか。でしたら――ん?」
宿泊を断られ、代わりにミカンについて打診しようとしたが、玄関からでも分かるほど荒れている家の中が目に入った。
生活している中で自然と汚れたというのではなく、暴れた後のようにモノが壊れ、散乱している。家の大きさから見ても来客を泊める準備がないようには見えず、断られた理由はこの荒れようからだと思う。
フィーネもその様子に気付き、怪訝な表情の顔と見合わせる。見てしまったものは仕方ない。捨て置くのも不愉快だ。
「部屋の片付けの代わりに泊めてもらえないですかね?」
「あ……それでしたら……」
お爺さんは戸惑った様子だが、俺たちを家に上げてくれた。
早速ごみの分別を始める。
世間話ついでにお互いの自己紹介をした。フィーネのことは旅の道中、『フィー』と名乗らせている。
家主は、ラングという五十五歳のお爺さんだ。三十代までは冒険者だったが、年齢から引退した。妻の実家から受け継いだこのミカン農園を夫婦揃って切り盛りしていた。しかし、昨年に妻を病で亡くし、規模を縮小しながらも一人で続けている。
この家の荒れようは、今の経営状態から引き起こされたらしい。
元々は妻が栽培・収穫に注力し、ラングは周辺の害獣の処理の合間に妻を手伝っていた。今は彼一人で収穫作業をしているが、害獣駆除までは手が回らなくなったらしい。
そこで、この村に駐在している冒険者や魔術士に駆除の依頼を出すことになった。相場よりも僅かに高い報酬を用意して依頼の取引をしたのが一週間前で、今日になって駆除自体が完了したそうだ。しかし、報酬が足りないとケチをつけられ、拒否すると家にある金目の物を漁られ、結果的に今の惨状になったという。
一応の彼らの主張としては、今日一日で終えた討伐だけでなく、取引をしてからの害獣の捜索や罠の設置に費用も掛かり、その分を請求したという。けれど、冒険者らがそうした作業をせずに村に居続けていたのはラング自身が見ており、明らかに過剰な請求だったそうだ。
胸糞悪いな。しゃしゃったバカはどこにでもいるってか。
ゴミをまとめる手は止めずに聞いていると、フィーネが討伐の成果報酬について疑問を抱いたようだ。
「例えばさ、彼らの主張が本当だとしても、追加報酬の請求って出来るものなの?」
「う~ん……昔は知らないけど、ここ数年の規定では冒険者側からの請求はその場で出来るものじゃないよ。確かに想定以上の規模とか被害になったら補填費用は必要になるだろうけど、今回みたいなでっち上げを防ぐためにも組合職員が間に入って精査するよ。俺が経験したけど、職員に正確に報告すれば簡単に追加請求できるから、これは明らかに違法行為だな」
極端な例だけど、四年前のフレアとの遭難事件が一番分かりやすいな。これは個人依頼でも変わらない仕組みだ。
それよりも、今一番大事なのは――
「ところで、ラング爺さん。何を盗られた?」
俺らが手伝っても、一切晴れないラング爺さんの表情に違和感を抱いた。
嫌な想像で済ませたかったが、彼は悔恨に満ちた声を絞り出す。
「妻に送った、真珠の首飾りです……」
爺さんの顔に、より一層の影が落ちる。
よりにもよって、宝石なんかよりも貴重な真珠……
心底、不愉快だ。
~~~
ゴミ処理がある程度終わり、家の中もスッキリしたところで日が完全に落ちた。俺たちに振る舞えるほどの食料はないそうなので、村の飯屋で済ませることにする。
爺さんに場所を聞き、村に一つだけの大衆食堂に入った。
店内には多くの客がいる。酒も提供しているようだが、一方で活気があるわけではない。
いや……一ヶ所だけ、喧しい席があった。
キンキンうるさい女と、それぞれ大柄、中肉、チャラついた男たちが騒がしくしている。
コイツら……
入り口に立つ俺たちに店員が近付いてきて、空いている席に案内してくれた。店員の顔も浮かない。アイツらは腫れ物扱いされているようだな。
席に着き、注文を尋ねられたので、フィーネが選んだ定食を俺も頼んだ。
待っている間、否が応でもバカ共の声が聞こえてくる。
「アッハハ! あのジジイ、イイもん持ってるじゃない!」
「大人しく渡しておけば、家を荒らされることもなかったのになぁ!」
「高く売れる質屋を探して金にしようぜ!」
「いやぁ、フーリーがかけれもにあうとおもうれぇ~」
甲高く喚く女の手には、真珠の首飾り……
俺は、何か……そう、勘違いをしていた。
フィーネの魔衛士となり、旅の初めに会ったのはロゼっちやフレアたちだった。彼女たちは自分の理想、夢のために足掻き、それを成し遂げようとする意志があった。解釈は人それぞれだろうが、俺は行動も含めて、アイツらの意志は尊いと思う。
アズサにしてもそう。真偽は本人に聞かなければ分からないが、少なくとも破壊の化身と呼ばれるような魔人ではなかった。フレアやロゼっちを慈しみ、アイツなりに求める未来を辿り着くために努力していたはずだ。
魔衛士としての、まさに初戦。アイツらとの戦いは、たとえ死んだとしても、何にも代え難い輝かしいものだったと誇れる。もし、別の人生を歩んでいたら得られるものではなかったと、ハッキリ言える。
俺は、輝かしい魂のぶつけ合いを生き残った末に、この旅の、何よりも美しい『最高の景色』を望めるのだと確信した。
いや……そう思い込んでしまった。
知ってたはずなのに、忘れていた。
理想と現実には、明確な差があることに……
同じ空間にいる人間たちが、こんなに分かりやすい二通りの顔に分かれるなんて初めての経験だ。多くの者が俯きながら飯を頬張り、残りが下卑た笑い声を室内全体に響かせている。
チッ……
俺はもう、我慢ならない。あの『最高の景色』を望めた以上、この不愉快を抱えたままにするなんていう妥協は、もう出来ない。
フィーネを見る。苦々しい顔だ。きっとコイツと同じ顔を俺もしているんだろう。
「なぁ、フィーネ。越権行為ってやったことあるか?」
「……都市政治に介入したのは、越権行為かしら」
「確かに。でもよ、もっとしょうもない越権行為が出来るかどうか、試してみないか?」
魔衛士の徽章を机の上に置き、立ち上がる。
向かう場所は、不愉快の根源。
痴態を晒し続ける女の横に立つ。
「あ? 何? あんた――ぶッ!!?」
女の胸倉を掴んで持ち上げ、顔面を殴って大柄の男に投げて男ごと蹴り倒す。
「おまえ! なに――」
立ち上がった中肉の男に向かって卓を蹴り上げる。
怯んだ男の首に、鞘に納めたままの剣を振り下ろす。
この男も倒れる。
頭に三回振り下ろせば大人しくなった。
倒した大柄の男が立ち上がりそうだったので、足を力の限り何度も踏み付ける。
骨の鳴る鈍い音が小さくなったら、もう片方の足を踏み躙る。
この男の上に倒れていた女が、首飾りを持っていない手でこっちに指を向けてきた。
魔術を放ってくると予測し、女の腕を蹴り上げる。
明後日の方に向いた女の指先から、生まれた石がそれなりの速さで天井にぶつかった。
木屑が鬱陶しい。
「れめぇ! こ――」
女の方も踏み付けていると、酒臭いチャラついた男が椅子から立ちそうだったので、暗器を構えて振り返り――
「『こ……ろしてください』? なら、お望み通りやってあげてもいいわよ?」
フィーネが男の背後から、抜身の鏡剣を肩に乗せていた。
フィーネは剣を滑らせ、男の首に刃を当てる。男は酔いが抜けた青褪めた顔で椅子に腰を落とす。
フィーネは鏡剣を鞘に納めると、店内全体に響くように宣言する。
「私は特等魔術士フィーネ・セロマキア。お前たちの違法行為を確認した。よって、この場で拘束する」
あ~あ。言っちゃった。
店内の様子はさっきと見事にひっくり返る。
沈んでいた奴らが沸き上がり、図に乗っていたやつらが項垂れ、慄いていた。
一息ついていると、フィーネは俺の前に拳を差し出してきた。
意図が汲み取れず、とりあえず手を前に出すと、フィーネは俺の手を取って徽章を渡してきた。
「この程度のことでステアを見捨てるわけないじゃない。むしろ、こういうところで働いてもらわないとね」
フィーネは片目を閉じ、いたずらっぽく笑う。
万が一を考えて徽章を返したのだが、この主人に俺を手放すつもりはないらしい。
その後は真珠の首飾りを無事に回収。フィーネはバカ四人を外に連れ出し、腱を斬って中途半端に治療して、動けなくさせた。
定食を作り終えた店員に呼ばれ、村の住人たちに囲まれながら食べる。
話によると、奴らはこの村に派遣されて三年の魔術士と冒険者たちらしい。始めこそ殊勝な態度を取っていたらしいが、次第に増長。この村にも冒険者組合職員はいるが一人のみ。村で物理的に対抗できるのは老兵のラング爺さんだけで、四人相手じゃ成す術がなく、野放しにするしかなかったらしい。
【組長】、【才焔】、【戦姫】と老いを置き去りにしたバケモンたちを見てきて麻痺しそうだが、ラング爺さんぐらいに衰えるのが当たり前だもんな。
住人からの感謝を受け取り、飯を食い終えてから爺さんの家に戻った。
「おかえりなさ――それはっ!!」
「はい、ラング爺さん。傷が付いてたら、弁償かな?」
爺さんは俺の手に乗せた首飾りを、震えながら受け取る。
「いえッ……いいえ! 妻に贈った時と変わらない……彼女の瞳と変わらない輝きのままです……!!」
ラング爺さんの目尻に涙が浮かぶ。
金だけで思い出は買えないよな。
~~~
騒ぎを一通り説明すると、爺さんは深々と頭を下げてくれた。
ちなみに、フィーネの正体には勘づいていたらしい。随分前に王都で見かけたことがあるらしく、当時と変わらないフィーネの若々しい姿に驚いていたようだ。
そうした一夜が明け、俺たちはこの村に滞在することにした。理由は、バカ四人の穴埋めである。ひとまず、この村の状態と、ついでにヒカネの魔人騒動の、アズサの存在を伏せた報告を伝書鳩に託して王都に届けた。代わりの冒険者をこの村に派遣するように【組長】宛ての依頼も付け加えた。さらに、あわよくばフィーネの偽造身分証を用意してもらえるようにも頼んだ。
村に滞在している間は冒険者としての仕事を受けたり、ラング爺さんの収穫の手伝いをしていた。飯の際にはミカンをふんだんに使った焼き菓子を用意してくれたりと、よくしてもらった。喜んだフィーネが丸々一つ食べたりと、果物好きな面も見れた。
収穫作業の話になると、ラング爺さんは強めに俺たちを指示してくる。
「ほら、ステアくん。そのミカンは売り物にしちゃいかんよ。ここ、傷が付いているだろう」
「え? マジか……」
「収穫量が減って、なおさら品質に気を遣わなければならん。売り物にならないものは別の籠に入れて分けておくれ。これらはウチで食べよう」
俺への注意を横目に、フィーネが自分の籠を検め始めた。
卑怯な……というか、傷んだものを自分で食べる用に確保しているようにも見える。下手したら売り物すらくすねそうだ。
こんな風に過ごすこと一週間。三人の冒険者が馬車に乗ってやってきた。
近くの街から来た新人冒険者らしく、王都に送った文書から街に指令が行き、彼らが派遣されたという流れらしい。対応が早すぎる。
冒険者たちからは、【組長】の書簡をもらった。
内容としては、今回の始末への感謝、新人たちを派遣するなどの対応内容、ヒカネの一件への労いとしつこいほど大げさな感謝が綴られていた。魔人を相手にしたとしてもここまでか?って感じ。なんなら虚偽報告だしな。
バカたちはこのまま王都に移送されて相応に裁かれるらしい。
幸いにも、壊した魔装具の弁償は求められなかった。借金生活に陥らずにすんだ……
それと――
「フィーネ・セロマキア……贅沢な名だねぇ。今日からお前の名前は『フィニア・マキアート』だよ!」
「そんなに変わってなくない?」
「真面目に返すなよ」
フィーネの偽装身分証を作成してもらえた。等級も特等から一等に下がり、騎士団から脱退したという来歴になった。俺の身分も、『フィニア・マキアート』の魔衛士に変わり、徽章も新しいものを支給された。
というわけで、この村に滞在する理由はなくなった。
「二人とも、本当にお気を付けて。これ、餞別のミカン。道中でも食べておくれ」
笑みを浮かべながら見送ってくれるラング爺さんから、売り物になるミカンが入った袋を受け取った。
「せめて従業員は増やしてくれ、ラングじい」
「戻ってきたらまた食べたいから、それまで元気でいてね」
互いに笑い合い、村を後にする。
終わり良ければ総て良し。
何が何でも突き通そうと、そう思えた出会いだった。
第二章これにて完結です。
活動報告にて一,二章のまとめを掲載しましたので、よろしければご覧ください。
それでは、第三章『彷徨う夢現』を読んで頂ければ幸いです。




