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夢見の魔導士  作者: べっちゃ
第二章 燻る青春
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第十七話 吐露火

「だい……きらい……?」


 ロゼの言葉に、鏡剣を持つ手が震える……


 彼女は呆れた目を私に向けながら続けた。


「そんなに意外? 読書のしなさすぎでしょ。魔術論文しか読まないからマジで浅い行間しか読めないの? 今のアタシとアンタの立場、分かってる? アタシは一等魔術士。アンタは特等魔術士。子供の頃は、アタシが魔術の才気あふれる子爵家の令嬢。アンタは初級の身術どころか陣術すら発動できない無能な平民の小娘。一体、どこで変わっちゃったのかしらね……」


 苦しい。


「アンタがここまでのし上がるのに、アタシがどれだけ手を貸してやったのか覚えてないの?」


 苦しい。


 忘れるわけがない……


 ロゼは私が発案した魔術を、発動できない私に代わり、すぐに実験してくれた。

 最終的には炎系統への適性が最も優れていたから、【才焔(さいえん)】と呼ばれるほどの炎系統魔術士になったけど、本来は満遍なく適性を有している。学生時代は私が考案したあらゆる系統の魔術を試してくれた。

 無能な平民だった私が魔術学校に進学できたのも、私が考案した魔術をロゼが実演してくれたから。そのおかげで私の学術的知見が評価されて、特別推薦枠として魔術学校生になり、結果的に私が特等魔術士になる下地が出来上がった。


 それに、ロゼは魔力を……


 ロゼは私の様子を見て、鼻を鳴らす。


「ハッ! さすがにそこまでの恩知らずじゃなかったわね」


 苦しい。


 ロゼの顔が険しくなる。


「で? アタシとアンタ、随分釣り合ってないんじゃない!? アタシがいなきゃ何もできなかったアンタが、なんでアタシを見下ろしてんのよ!! 魔力のない無能なアンタが、今じゃ”英雄”として歩いているだけで称賛されるなんておかしいでしょ! アタシは無知で能のないガキどもに愛想を振りまいてようやく”いい先生”扱いされるのに、いいご身分ね!!」


 苦しい。


 ロゼがはち切れんばかりの声量で怒鳴る。

 見たことのない怒気のこもった顔で。

 聞いたことのない強い言葉で。


 そんなロゼの顔なんて、見たくない……


 目線が鏡剣の(つば)に落ちていく。


 何とか喉を震わせ、ロゼに問う。


「ずっ……と、そんなこと……おもってたの?」


 ロゼの語気がさらに強くなる。


「ハァ? 当たり前でしょ!! 昔から魔術以外に何考えてるか分からない気色の悪いアンタとつるんでた理由なんて、アンタが魔術に関してだけは都合が良い道具だと思ってたからよ! それが何? 道具の分際で……地位も! 金も! 権力も! 名声も! あと……ついでに美貌も! アタシが受け取るはずだった何もかもをアンタが奪い取ってった!! 時間は進んでいって、アタシはどんどん衰えて、できないことも増えているのに、アンタはのうのうと馬鹿の一つ覚えで昔と変わらない夢を追いかけ続けることができてる! これでイラつかないと思ってんの? 本当にキモいわね!!」


 苦しい。


 もう……嫌だ――


「なにより、アンタはアタシの旦那を見殺しにした」


「ァ……」



 ~~~



 二十四年前、ウィレイブ王国を疫病が襲った。

 大量の病死者の中にはロゼの夫も含まれていた。

 当時の私は遥か北方、ルノワール大陸で研究を行っていた。

 ロゼから夫の急病を知らせる便りを受け取り、治療のために私はすぐにウィレイブ王国へと向かった。


 到着したときには彼の葬儀が終わっていた。


 あのときのロゼの顔が忘れられない。


『ありがとね、フィーネちゃん。わざわざ駆けつけてくれて。悲しいけど、最期は、本当に穏やかな時間を過ごせたわ。逆によかったのかもね……このままズルズルと結婚生活を続けていって、仲が悪くなって、口も利かなくなるより……』


 いいわけがない。


 当時のロゼは未だ年齢を感じさせない肉体を保っていたが、泣き腫らした顔で笑った姿は歳相応の憂いが感じられて――



 ~~~



 あの時はただの、いつものような優しい気遣いだと思っていたけど、内心では私が憎くて仕方なかったのね。


 ロゼは嘲るように責め続けた。


「未だにバカな民衆がアンタを崇め奉ってるのが不思議よねぇ! どんな疫病でも、欠損でも魔術で治せるのに、自分は誰の得にもならない研究のために時間を費やすなんて! 二十年前といい、今といい、一体どれだけの人を見殺しにし続けてるの!? まともな神経だったら日の光の下なんて歩けないわよ! どんだけ面の皮が厚いわけ!?」


 本当に……その通り……


 自分の生まれついた不幸の意味を、理不尽の理由が知りたくて、本来幸せを享受できるはずだった誰かの未来を、今、閉ざし続けている。


 そんな私にロゼは――


「魔人を使って……わたしをころそうと……」


 自分でも聞き取れているか分からない声で呟くけど、ロゼは聞き逃さなかった。


「分かりきったこと聞いてんじゃねぇよ!! アタシは今日、フレアに受肉させた魔人を使ってアンタを殺すつもりだった! 受肉して、いるわけがない魔人をマヌケに探すアンタを不意打ちでぶっ殺すはずだった! でも! アンタが連れてきたステア・ドーマって男が邪魔だった! あのクソ男は目ざとくアタシらのことを観察してた! 力なんて何一つ持ってないのに! アンタに余計な入れ知恵をしてこの戦いを仕掛けてきた! 今頃あのガキは魔人にぶっ殺されてるんでしょうね! アンタの魔衛士になった程度で強くなったと勘違いした報いよ!」


 たしかに、ステアがいなければ、ロゼとの戦いに踏み切ろうとは……しなかった……かも……


 彼らとわかれて、三十分は経っている気がする。

 わたしはロゼをたおすこともせず、うごけないまま。

 ステアは……もう……


 ロゼはまだ叫ぶ。


「本当に、使えるモノばっかりアンタのところに集まる! フレアなんて魔人に受肉させてやらなきゃ使い物にならない雑魚よ! 神様って奴がいるならなんでアタシにばっかりこんな目に遭わせんのかしらね! 生まれさえ良くすれば、後は何もかも奪っていいのかしら!? アタシから地位を、名誉を、ようやく手に入れた幸せも旦那が死んで奪われた! 釣り合いを取るみたいにアンタに全部集まる! ふざけんじゃないわよ!」


 ロゼは全部吐き出したのか、肩で息をしている音が聞こえる。

 顔は……みれない……


 何もかも、私の浅はかさがロゼを苦しめた。

 明るく振舞うロゼに長年甘え続け、それが当然だと思っていた。

 思えば、お返しというものをした覚えがない。


 これまでいくらでも機会があったのに、何一つロゼに報いようとしなかった。

 そのツケが今になって、最悪の形で現れた。


 魔人を解放させ、フレアの人生を奪い、ステアさえ巻き込んだ。

 このまま……ウィレイブ王国すら滅びるかもしれない。


 力がぬけたように鏡剣をもつ腕が下りる。


 一体どうすればロゼに報いることができるのだろうか。いや、それも含めて私はロゼに否定されているんだ。


 せめて……せめて、ロゼに伝えたい……

 これまでの想いを……もう取り返しがつかなくても……


「ロゼ……子供のとき、私に話しかけてくれて、ありがとう。 貴方のおかげで私の世界は信じられないほど広がったよ。あの日々は、今でも私の中で一番の思い出のまま……輝き続けて……色褪せない。卒業しても、絶えず会い続けてくれて、ありがとう。貴方が結婚した後も、変わらず私に会ってくれたことがたまらなく嬉しかったよ。本当に……旦那さんは私が殺したようなもの……よっぽど憎かっただろうに、まだ灰奈かいなを使ってくれて、ありがとう。貴方はただの道具だと思っているだろうけど、私はそれだけで、胸が温かくなるの。呪いたい相手からこんなことを言われるのは気持ち悪いだろうけど……ロゼがいなきゃ、今の私はいなかった。たとえ、貴方にとって仮初めの、はらわたが煮えくり返るような思い出でも、貴方と共にした時間は私にとって、かけがえのないもの。だから――」


 顔を上げる。

 ロゼの顔を見る。

 強張っている。

 何かを堪えるように。

 怒っているのかな。


 ただ、貴方に少しでも伝わってほしい。


「ありがとう……私は、そんなロゼが、ずっと大好き。苦しんでたのに、何も気づいてあげられなかった……ごめんね……」


 なんとか笑って、声に出してみたけど、伝わったかな。


 ロゼの顔にさらに力が入り、しわくちゃになった。

 見られたくないのか、右手で顔を押さえ、下を向く。


 私は、見ているだけ。

 けれど、頭を横に振るロゼからつぶやきが聞こえ、みるみるうちに大きくなった。


「ぉ……そ……ぅ……うそ……! ウソ噓ウソ噓ウソ噓ウソ噓ウソ噓ウソ噓ウソ噓ウソ噓ウソ噓!! 全部嘘!!!!」


 ウソって……やっぱり、怒るよね。

 でも――


「本心だよ」


「ちがう!!!」


 ロゼが顔を上げてこれまでと比にならない声で叫ぶ。

 泣いている。


「アタシが……噓つきなの……!」


 魂の叫びと呼べるほどに揺さぶられる。


 けど、よくわからない。

 何が――


「アタシはただ……友達を選べなかっただけ……()()()()()()のどちらかなんて……アタシには選べない!! そんな器用な友達作りなんて、アタシにはできない!! もうどうしたらいいかなんてアタシにはわからない! ただ皆と幸せでいたいのに! ずっと一緒にいたいだけなのに! この世界がそうさせてくれない!! 何もできないのに、時間と想いだけが募っていく! だから……!!」


 ロゼが右手をこっちに向けた。


「お願い……フィーネちゃん。アタシのありったけを……」


 ロゼの頭上にとてつもない大きさの炎が現れる。

 太陽のように世界を……私を照らす。


 私の腕は、鏡剣を持ち上げていた。

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