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夢見の魔導士  作者: べっちゃ
第二章 燻る青春
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第十六話 紅白婆合戦

<フィーネ視点>


 ロゼは、魔人と手を組んでいた。『ハズレ』と言うあたり、魔人はフレアに受肉している。それに、こちらの意図が見透かされている。


 ステアが危険。


 ロゼが階段の踊り場から私を見下ろし、笑みを浮かべながら挑発してくる。


「なんだか険しい顔してるけど、大変そうねぇ。フィーネちゃんがようやく見つけた貴重な腰巾着が燃えそうなのかしら。今すぐ駆け付けたいだろうけど、アタシに構ってほしいな~。結界を解除して向かうっていうなら、年甲斐もなく癇癪(かんしゃく)を起こして街を焼いちゃうかもぉ~」


 口元を歪め、ロゼは右袖をまくる。

 右手首に、腕輪が嵌められているのが見える。


 魔導器『灰奈(かいな)』。


 銀色を基調とし、等間隔で朱色の宝石が埋められている。くすみや汚れはなく、月光に綺麗に照らされている。しかし、所々傷が付いている。


 半世紀前、私が初めて作った魔導器。


 今でも肌身離さず着けてくれているというのに、目の前にいる人がロゼとは到底思えない。

 賢くもその心根は炎のように苛烈で、街を人質にするような卑怯なことなど口にすらしない。


 こんなの――


『全部拾いに行くぞ』


 現実逃避しそうなところで、脳裏にステアの言葉が浮かぶ。

 自信ではない。

 アイツの目はただ、上手くいった時の未来を見据えていた。


 私が今やるべきは、この結界を展開したままロゼを倒すこと。斬ることを躊躇わない。即死さえさせなければ、治癒すればいいだけ。

 その後は、ステアが殺される前にフレアを斬る。そうすれば魔人の受肉は維持できない。フレアから霊体が離れた瞬間に、私が斬り殺せば済む。フレアも即座に治せばいい。

 全てが終わった後に、魔人と関わった理由を聞く。


 大丈夫。弱みを握られ、魔人の言いなりになってただけ。話せばきっと、分かり合える。ステアもいる。


 大丈夫。


 鏡剣(きょうけん)を引き抜く。

 初めてね。ロゼに刃を向ける日がくるなんて。


「ロゼ、いくよ」


 私の宣言に、ロゼは小さく声を漏らす。


「フフッ、わざわざ言わなくていいのに……《火球》」


 ロゼが手を前に出すと、周囲に火の球が十個現れ、九つは高速で私の方へ。

 同時に左側の階段を上がり、ロゼは隣の塔への連絡通路に入って大広間を抜けようとしている。

 残りの一つの火球はロゼに付いていっている。


 私ほどではないけれど、ロゼの身体強化は魔術士の中でも上澄み。

 自分を棚に上げるけれど、年齢に見合わない脚の動きをしている。


「っ!」


 私は地を蹴り、最短経路でロゼの方に飛び掛かる。

 しかし、彼女の背後に付いている火球が遮り、残りの九つの火球も速度を保ったまま私の方へ方向転換してきた。


 追跡対象を指定した《火球》。

 通常の身術《火球》の実行結果を灰奈に出力し、追跡対象の情報を付与して拡張した器術。


 私が設計した術式。


 まずは、目の前の火球に一振り。

 魔石を含む鏡剣は火の玉を容易く霧散させる。

 そして空を蹴って振り返り、私の背後に迫る火球を即座に四個斬った。


「多段跳びとか、マジで人外ね」


 私の人間離れした動きに、ロゼは走りながら吐き捨てる。


 ロゼの言葉に注意が向いてしまっていると、私に届かない残りの火球の内の一つが、着弾する前に爆発する。

 その他も誘爆するように破裂し、大きく黒煙を撒き散らす。


 威力がなく、火傷することもなかった。

 ただの囮ね。


 だとすれば――


 連絡通路に振り返ると、ロゼは走りながらも右手をこちらに指差し、そこから一直線に視界が歪む。

 導線を伴った魔術で、私の着地を狙っている。


「《火槍》」


 槍のような形状の炎が、弓矢の何倍もの速度で、私の胸に向かってくる。

 瞬間威力は《火球》の比にならない。

 しかし、安直な狙いは動体視力も含めた、身体干渉魔術によって向上した身体能力の前に斬り裂かれる。


 通路を渡り切るまで相当な距離ではあるけど、この攻防の間にロゼは向こう側の塔に辿り着き、上へと姿を消した。

 私も通路に入り、ロゼを追う。


 姿が見えないロゼは既に仕掛けを済ませていると考えるのが妥当。

 通路を出た瞬間、上層から《火球》・《火槍》を浴びせられる?


 ロゼが見えなくなって十数秒、上方に注意しながら通路を出る。


 確かにロゼは三階、崩れ落ちた床の上から私を見下ろしていた。

 周囲は炎に照らされたように明るい。


 問題は、光源の位置。

 私から見て右。

 通路の出入り口から少し離れた低い位置に、細長い炎。

 器術によって発動座標を指定した《火槍》。


 私が設計した術式。


 槍は高速で脚を落とそうと迫ってくるが、さっきよりも足に力を込めてロゼに向かって跳躍し、これを回避。

 勢いが止まらない槍はそのまま石壁に接触。

 壁は溶けるように穴を開け、槍を素通りさせた。


「《火似刃(かじば)》」


 呟きが聞こえると、ロゼの右手に剣の形を模した炎が伸びていった。


 結界を剣の形状に構築し、炎で満たして超高熱を得る。

 数か所に穴を開けて炎を噴出させることで、剣に触れただけで焼き切ることが出来る器術。

 この結界は、砦に展開しているものと同様に鏡剣でも容易く壊せない強度。


 私が設計した術式。


 ロゼは崩れた床の縁を蹴飛ばし、未だ上昇中の私に向かって《火似刃》を振り下ろしてくる。

 鏡剣で真っ向から受け止めるが、ロゼの突進の勢いを空中では支え切れず、一階まで落とされる。


 双方、着地による衝撃をものともせず、互いの剣を打ち合い、競り合っている。


 不可解……


 多少の差異はあれど、私とロゼの魔導路の総合力は同等。

 だからこそ、身術のほぼ全てを身体干渉魔術にした私と、一部しかしていないロゼとでは、近接戦の勝敗は明らか。


「私相手に近接戦闘?」


 明らかに分の悪い勝負に出たロゼに問う。


「こっちも冒険してみないとね! そっちのビックリ坊やみたい……に!」


 口角を上げるロゼは剣を払い、私と距離を取るように後退する。

 私が追撃するように迫るが、ロゼは《火似刃》を消失させた右手を前方に差し出し、格子状(3×3)に並べた《火球》を展開。


 九つ……?


 上三つは、上空高く飛んでいった。

 中三つは、導線を伴って私に向かう。

 下三つは、私を避ける軌道で後ろに飛んでいく。


 まずは中三つを横一線に払うことで消失させる。

 その間にロゼは再度《火似刃》を手に持ち、私に振り下ろしてくる。


「っ……!」


 当たれば必死の一撃を下から弾いてロゼの体勢を崩すと、彼女から苦鳴が漏れる。


 胴がガラ空きのロゼに拳を打ち込もうとすると、後ろから三つの火球が一つずつ私へ迫ってきた。

 いずれも私に向かっていながらも、決して一直線ではなく、意思を持っているかのように自在に動いている。

 軌道を指定した《火球》ね。

 無視は出来ない。


 私が後方の《火球》の対処に追われる間にロゼは立て直し、下段から振り上げてくる。

 最後の火球を斬ると同時に翻りながらロゼの一撃を回避し、その勢いで脇腹に蹴りを突き刺す。


「ぐっ……!」


 ステアに食らわせれば容易に吹き飛ぶであろう一撃だが、身体強化を発動しているロゼは口の端を汚しながらも軽く跳ぶ程度で済み、足裏を擦りながら着地するに留まる。


 私はその間にもロゼに追い付こうとするが、頭上が急速に明るくなっていった。


 さっき飛び上がった三つの火球が一階まで降り、私を三点で囲むように静止。

 直後、高速で私に向かってきた。


 ロゼとの間を遮る一つの火球を斬り、後ろの二つは気にせずに追撃を図る。

 単純な軌道指定で、私を囲んだ位置から直進すれば、すぐに互いがぶつかって爆発するという考えの下で。


 しかし、背後は明るいまま。

 爆発する気配はない。


 不審な状況に、ロゼとの最短距離から横に逸れて二つの火球を視認する。

 それらは、進行経路を変えても私を追いかけていた。


 軌道指定だけじゃない。


 上空に飛ばし、一階に下降させるまでが軌道指定。

 静止させてから私を追いかける追跡対象指定。

 二段構えの組み合わせで放っていたのね。


 小癪にも、二つの火球は互いの進行経路が重ならないように、上下に並走して私に向かっている。


 縦に並んだこれらは、鏡剣を振り下ろして処理。

 直後に、ロゼが《火似刃》で脇腹を狙い、突きを放つ。

 鏡剣でいなし、ロゼの体が私の前で横に広がる。


 あとは腕を引き、振り上げるだけでいい。

 胸から肩に掛けて斬れば、身術が損壊して多彩な術式の詳細設定は出来なくなる。


 ロゼも自らの窮地を理解したのか、こちらへ向けた顔は焦りでいっぱい。

 鼻血が垂れている……?


 構わない。

 鏡剣を振り上げれば――


 ロゼの体は決着から逃れるために離れるどころか、こちらへ寄ってきた。


 剣筋の軌道に、ロゼの首が――


「ッ!!?」


 思わず手を止めた。

 危うく首を刎ねるところで――


「本当に……優しい子ね」


 ロゼが、優しい顔で微笑んだ。


 戦闘を開始して、初めて私は動きを止めた。

 この致命的な隙を逃す相手ではなくて――


「《火槍》!!」


 ロゼの右手から、刃の代わりに槍が顕現。

 突き上げるように手をこちらに向け、射出。

 咄嗟に鏡剣を引き寄せて防御態勢に入り、《火槍》を剣の腹で受ける。


「ぐっ……!」


 しかし、勢いを殺せずに二階まで打ち上げられ、天井と床に交互に跳ね返りながら連絡通路の中ほどまで吹き飛ばされた。


 即座に体勢を立て直し、被害を確認する。


「ふぅ……」


 一本取られはしたけど、壁に激突したぐらいで身体強化を施した体に外傷はほぼ付かない。


 対するあちらは、ギリギリの戦闘だったはず。

 間髪入れずに魔術を発動し続け、処理の重い条件設定を繰り返した。

 負荷の重さ故に鼻血が出ていた。


 若い頃……三十年前は、このぐらいで疲弊することはなかったはずだけど……

 逆に言えば、衰えたとも言えるロゼの能力から、別の魔人に受肉されているわけでないとは分かった。


 一息つき、身体強化を発動し直す。

 抜けはない。

 次で刺す。


 鏡剣を構え直したところで、鏡のような剣身に赤が灯る。

 後方が、僅かに明るくなった。

 首だけを振り返ると、小さな火の球。


 けれど、次第に大きくなり、通路から溢れ出るほどに……!


「マズいッ!?」


 壁面を殴りつけて破壊し、砦内部の練兵場だったであろう広場へ飛び込む。


 後方では先程の《火球》が大爆発を起こし、砦の三角形を担う一辺であった城壁を完全に破壊した。


 対角の塔のあたりまで飛び込み、振り返りながら着地する。

 視界は瓦礫と砂埃で埋め尽くされ、急激に膨れ上がった熱量が引いていく。


 ロゼを捕捉できなくなった。

 追撃を警戒しながら剣を構え、先ほどの火球の出所を考える。


 ロゼが発動した素振りの無い、これまでの私たちの進行方向と真逆から現れた火の玉……

 《火球》といえば、三段攻撃を仕掛けた九個の火球……


 ロゼが昔からの術式を変えていないのであれば、火球を同時に操る最大数は十。

 術式設定とロゼの処理精度を考慮して、私がそうするように助言した。


 最初に仕掛けた時は、しっかり十の火球を放っていた。


 最初……?


 囮のように黒煙を撒き散らした火球か……!

 ロゼは、斬る前に爆発した火球の中に、一つだけ爆発させずに残していた。

 大げさに爆発させた理由は、黒煙によってあの火球を隠すため。


 ロゼは戦いながら、私たちと逆回りで砦を巡るように、火球を操作し続けていた。

 あれだけの爆発の威力を圧縮させた火球をここまで動かすなど、人並み外れた緻密な処理が必要になる。

 《火似刃》を発動しながら並行して操作していたのであれば、鼻血が出るほどの負荷が掛かっていたのも頷ける。


 紛れも無い、私への殺意が感じられる。


 考えをまとめた頃には砂煙が晴れ、崩壊した壁を背に目が覚めるほどの紅い長髪を靡かせて、ロゼが佇んでいた。


 顔には、鼻血を拭った跡が付いている。


 熱を一切帯びてないロゼの紅い瞳と、視線を交わす。


 後にしようと思っていたが、ここまでのことをされると、聞かずにはいられない。


「どうして……魔人と手を組んだの……?」


「ハァ……」


 私の言葉にロゼは目を細め、溜息をついて髪を掻き毟(むし)る。

 初めて見せるロゼの様子に、緊張している自分がいる。

 やがて、前髪を掻き揚げて口を開いた。


「アンタが大嫌いだから」


 え……?

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