第十八話 月を背負って
<ステア視点>
切り替えろ!!
目の前の魔人相手に、対する俺は一人。フィーネはここにいない。時間稼ぎが必要。市街地を狙わせず、俺に集中してもらうためには近付く必要がある。
目の前には、フレアに受肉した魔人――
が放つ二十の火球――
の半分からは、俺に向かって線を引くように空間が歪む――導線が伸びている。
うん、ヤヴァい!
魔狼なんか目じゃない速度で導線の火球が迫ってくる!
導線に乗って速度やら威力やらが上がった火球に当たろうものなら、木端微塵になっちまう!
まずは視界が歪んでいないところへ真横に移動して体を滑り込ませ、第一波を回避。
残り半分の、導線に乗っていない遅い火球を第二波にしてるんだろ?
そんぐらいは読め――
「う"っ!?」
滑り込んだ先に残り全ての火球が向かってきた!
あえて導線を引いて、回避先を誘導していたのか!
右に回避しつつ、当たりそうな火球を剣で斬り裂くと、ライザの時と同様に霧散していった。
魔人を見る。
第三波の《火球》はない。
ライザほどの連射力ではない。
数と速度……あと威力?と、連射力を引き換えにしたのか?
とにかく、魔人に迫る。
まずは今より距離を詰めて圧を掛ける。
向かってくる俺に対し、魔人は冷静に灼杖を持たない左手をこちらに向ける。
導線が一本、腹を通る。
俺は反射的に左へ体を傾け、回避行動を取る。
「《火槍》」
ッ……!!?
魔人の呟きとともに、炎の矢が俺の脇腹を通過し、小さい抜け穴を作った。
血液が沸騰するかのように熱が全身を駆け巡る。
「っ~~~~~!!」
飛竜の革装備がない部分を的確に狙ってきやがった!
「う"あ"ぁぁ……!!」
のたうち回る……!
追撃は、ない……
「あら? 復習なんだから、及第点は引き上がってるに決まってるじゃない。しっかり避けなきゃ点数あげられないわ~」
手の掛かる子供を躾けるように魔人が嘯く。
どう考えても予習範囲だろ!!
いや……四年前を思い出せば、フレア自体は《火槍》を得意としていたか。
正直、あの時とは比較にならなそうな威力だ。
これが、受肉した魔人が放つ魔術……
地面の上でもんどり打っていると、後方がちらっと視界に入った。
火球が着弾したであろう地点は、爆発によって大きい穴がいくつも出来ている。その被害は校庭の端までだ。
夜の暗さや初手であることから断言は出来ないが、俺がわざわざ火球を斬って後方の被害を抑える必要はなさそうだ。
なんとか立ち上がる。
傷口から血が垂れている感じがしない。
高熱過ぎて肉が焼けてるのか。
失血死を考慮しないでいいというのはありがたいが、痛い目に遭わされている以上、何一つありがたくはない。
「が~んばれ! が~んばれ! まだまだ成長できるわよ、若人!」
魔人がふざけた掛け声と共に灼杖を掲げ、さっきと同じように火球を放つ。
第一波、避ける。
第二波、当たりそうな火球を斬りながら回避。
次いで、導線が現れる。
「ぐぅっ!!」
導線が俺に届いた瞬間に剣を振ると、吸い込まれるように《火槍》が剣とぶつかる。
反射で振っているためか、剣の腹に当たり、弾かれた剣と同じ方向に体が持ってかれる。
魔石を含んだ剣は魔術を受けても壊れない強度はあるが、無効化するためには斬らなきゃならないのか。
「ハイ、追い《火球》一丁!」
「っざけんなぁ!」
飯屋みたいな掛け声に悪態もついてしまう。
またもや同じ攻撃だ。
導線が引かれた第一波の火球を、真横に飛び前転して回避。
回避先を狙った第二波の火球を、方向転換して躱しながら、当たりそうな二つの火球を斬って回避。
そんで、ここ!
地に足を着け、剣を構えた俺に向かって導線が走る。
導線に向かってブレずに剣を振れば……
「よし!」
《火槍》を正面から打ち消せた!
「まだまだぁ! あ、そ~れ!」
「クソがぁ!!」
~~~
魔人は性懲りもなく、同じ攻撃を繰り返し続ける。
同じ動作の繰り返しは時間稼ぎにピッタリだが、その動作の維持がキツい。脇腹に空いた空洞が最大の原因としても、命中しているわけではない《火球》や《火槍》の熱がジリジリと体力を奪ってくる。低温火傷でもしていそうなくらい肌がヒリつくし、呼吸をするたびに喉が焼けるようで、汗は垂れるわ痒いわで、集中力が少しずつ削がれる。
このままいけば、フィーネが来る前に死んじまう。
というか、『保険その一』が全く――
「キョッ!?」
考える余裕が出来たと思ったら、《火槍》を剣の腹で受け逸らすように弾いたせいで右肩を掠めた。
掠っただけなのに抉られたように肉がなくなり、クソ痛い。断面が非常に焦げ臭い。
「そろそろかしら!」
魔人は俺の疲労がマズいところにまで達したことに喜んでいるようだ。
しかし、攻撃の手順は変わらない。
第一波の火球、第二波の火球を潜り抜け、次は導線が――
「……?」
来なかった。
けれど、魔人は左手を俺に向けている。
導線無し、軌道が事前に目視できない《火槍》で俺を仕留めるつもりか!
だが、導線に乗った速度に慣れた今なら、目視してからでも――
「《火槍》」
俺に向けられた左手からではなく、灼杖の先から《火槍》が放たれた。
「そっちかよ!?」
右からの軌道の対処に慣れたせいで、左からの軌道に上手く合わせられない!
下手に受け流せば頭をブチ抜かれる!
ここは剣の腹を《火槍》に向け、真正面から受け止める!
「ぐっ!!?」
《火槍》自体の勢いと、剣に阻まれて行き場を失った炎の爆発により、アクアに流されたように校庭の端まで吹っ飛ばされる。
何回転も転がりながらも、受け身は取った。
すぐに立ち上がる。
あちらは飽きもせず《火球》を再度発動し、火の玉が宙に浮く。
吹き飛ばされたおかげで、さっきよりも距離が空いている。
《火球》が放たれても余裕を持って避けられると思う。
……
校舎に逃げ込むことは出来るか?
初めて《火球》を発動した時から、魔人は一歩も動いていない。
動けない理由がある?
どうあろうと、俺の体力がヤバい……
幸いにも、校舎の外殻は石膏。
外から火を放っても、燃え広がるまでは猶予があるはず。
あとは爆発による瓦礫に注意して、やり過ごす。
あっちから俺を始末しに来るというなら、屋内での不意打ちの択が増え、他所へ向かうなら暗器を使った崩しが狙えるかもしれない。
どの道、このままじゃジリ貧で、あと数分もしないうちに焼け死ぬのは確定。
よし……
魔人が灼杖を振り下ろし、《火球》が放たれる。
瞬間、俺は校舎に向かって走り出す!
「っ!? 《焚揚》!!」
俺の行動に魔人が叫ぶと、校庭と校舎を隔てるように炎の壁が現れ、進路を塞いだ。
第一波の火球を導いていた導線は失われ、一波と二波の区別なく飛んできたが、これまで走った分で軌道からは抜けていた。
数多の火球が地面に着弾し、大きく爆発する。
熱と煙が俺に迫るが、魔人からの更なる炎が迫ることはなかった。
煙が晴れ、今までと違う行動に出た魔人を見る。
フレアの、整った顔の眉を歪ませて、俺を睨みつけている。
正体を看破してから、ふざけたように攻撃を仕掛けてきながらも、魔人から敵意は感じられなかった。敵とすら思っていないのか、俺の生死はどうでもよかったのか……
しかし、今、明確に、魔人から俺へ、敵意が向けられている。
魔人が口を開いた。
「ハァ……そういうことね。フレアが言ってたことがやっと分かったわ。あんた、ウザいわね」
溜息をつきながら俺を敵視してきた。
訳分からん。
校舎へは行かせないように燃え盛る炎の壁が聳え立っている。
校舎に行かせたくない理由でもあるのか?
「おい――」
「《火球》」
疑問を口にしようとするが、魔人は有無を言わさず、火球を生み出す。
左手の前に。
しかし、その数は五に減っていた。
『自然干渉魔術を扱う時なんかは、状況に合わせた術式効果を設定しなければならないから、負荷が高くなる並列発動の処理は普通の魔術士には出来ない』
授業でのフレアの言葉が思い出される。
これまで、魔人は《火球》と《火槍》を同時に発動してはいなかった。
そして、今。
《焚揚》と呼んだ炎の壁を生み出す魔術を発動した上で、《火球》を発動した。
少なからず、魔人は二重発動が可能。
しかし、効果の弱体化を受ける。
で、あるならば――
生み出された《火球》全てが導線に乗り、俺に向かってくる。
しかし、今更その数を、変わらぬ速度で飛ばしてきたところで、火球を一つ選んで斬るだけで回避できる。
「っ! 《火槍》!」
魔人の顔が引きつり、左手を俺に向けて声を上げる。
これまでと比べ、明らかに遅い発動間隔で、導線の無い《火槍》を発動。
あの速度に慣れた後だと、早く振り抜いてしまいそうになる。
しかし、そんなヘマをすることなく、火矢を斬り裂く。
確定だ。
理由は分からないが、俺が校舎に入ることを魔人は嫌っている。ここまで露骨に進路を妨害したとなれば、俺が狙わないわけがない。炎の壁を今さら消すようなことはしないだろう。
そして、この時点で手を抜く理由は特にないはず。明らかに規模、出力の落ちた《火球》、《火槍》があっちにできる最大限。
で、あれば――
俺の手持ち、体力、相手の手札を再確認。
はしゃぐなら、ここしかない。
やるか……?
やれるか?
やるしかねぇよなぁ!
腰に着けている物入れから、『保険その二』手の平大の球と立方体を落とさないように左手で、魔人から隠すように持つ。
魔人に向けて、走る。
「コイツ!?」
時間稼ぎとは真逆の行動に魔人は驚きを隠さず、再度左手から《火球》を発動して俺に放つ。
「しつけぇ! もう見飽きたんだよ!」
この程度なら、もう片手だけで対処できる!
火球を斬り抜け、魔人に迫る。
《火槍》が発動する前に校庭の真ん中まで辿り着いた。
立方体にあるつまみを小指で持ち上げ、前に放り投げる!
着地点から土が盛り上がり、魔人との間を遮るように壁がせり上がる。
「っ、魔装具!? 手癖の悪い……!」
「そりゃ誉め言葉だ!」
願わくば、これを盗んで俺に渡してくれたチビを褒めてくれ!
魔人の驚愕の声が響くが、《火槍》を防ぐために土壁を作ったんじゃない!
俺はせり上がり途中の土壁の上に跳び乗り、上昇する勢いを利用してさらに高く跳び上がる!
魔人の姿が、月光を背にした俺の影に暗くなる。
俺が上空から斬り掛かろうとしてるなんて、バカでも分かるだろう。
今から魔人が最善の行動を取るなら、俺の落下地点から離れ、着地を狙って《火槍》を放つだけで十分だ。
最初の超人的な跳躍を見れば、魔人には容易だろう。
だがな、そんなことをする必要がない理由を作ってやる!
俺は上空で体を反り返らせ、脚と頭を魔人の視界に映らないようにする。
滑稽な姿勢だが、魔人からは胸と腹しか見えてねぇ。
どっちも、急所だ。
だったら狙うしかねぇよなぁ!
視界の端で炎の壁が消えていくのが見える。
並列発動を止めて、《火槍》の最大火力を俺にブチ当てるつもりだろ!
何かが鳩尾を通り抜ける感覚。
導線だ。
俺は授業で使った魔装具の出力を『大』に調節し、つまみを押し込んで、体の前に落とす。
俺の細工に構わず、魔人が叫ぶ。
「《火槍》!!」
魔人の手から火矢が放たれる。
同時に、前に落とした球の下部に大量の水が現れる。
《火槍》は水の塊にぶつかり、水蒸気を上げながら霧散――
かに思えたが、僅かな残り火が俺の胸に激突する。
とんでもない衝撃が走る……!
が、飛竜の革装備が貫通まではさせなかった。
まともに喰らってたら装備ごと貫かれてたかもな。
だが、もういい!
あとは空中姿勢をブラさずに、両手で剣を持つ!
この距離なら、《火球》の再発動より先にこっちが届く!
一世一代!
魔人相手にここまでやれたんだ!
やり切る!
しゃしゃれ!
はしゃげ!!
『最高の景色』を!!!
月を背負い、魔人に振り下ろす!
「ル"ア"ア"ア"ア"ア"ア"!!!」
「っ"……!!!」
『フレア』の右肩から腹に掛けて、斬った。
血が、噴き出る。
灼杖が、右手から落ちる。
『フレア』から、何かが左へ飛び出した。
フレアと、目が合う。
その顔は、さっきまでの大人な顔付きから、歳相応の幼さが―――
「うあ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!」
血を吹き出しながら、フレアが、叫ぶ。
右手には火の球。
それを俺の脇腹に突き出す。
「《火球》ぅ!!!」
超至近距離の火球を、なんとか剣で受けようとするが――
「っ!?」
剣に当たった直後に爆発して、俺の体が吹っ飛んで――




