第十九話 『フレア・アクセサリ』上
ある日の少女の記憶――
フレア・アクセサリはありきたりで、平凡な魔術士である。
フレアの実家は、両親が揃って営んでいる王都の服飾店である。
売れ行きが最もいい商品は衣服ではなく、両親のハンドメイドアクセサリーだった。石を磨いて玉にし、髪留めやピン、ネックレスなどにしたり、刺繍のワッペンなども販売していた。貴族の徽章を製作するだけでなく、紋章の新デザインの考案も請け負うなど、王都でも一目置かれる店である。
そんな家の一人娘として生まれたフレアは、幼心に両親を誇りに思い、いずれはこの服飾店を継ぐことが夢になっていた。
そんな中、初等学校でフレアの魔術適性が発覚した。
フレアとしては進路に迷ったが、両親の強い後押しで魔術学校に進学した。両親からすれば、フレアは簡単に店を継ぐことが出来るだろうとは思うが、魔術士になるためには魔術学校への進学が必須だと考えていたからである。両親はフレアの将来の選択肢が増えることを望み、彼女の後押しをした。
そうとも知らないフレアは、自分が魔術士として有名になれば、自ずと店の評判も上がり、両親に貢献できると考えていた。
しかし、現実はそう上手くはいかない。
せっかく見つかった魔術適性も、周囲の学生達と比べれば、それが突出したものではないということは入学して程なく気付いた。
あえて自分の自慢できる点を挙げるとすれば、精々発動すれば速度と威力に優れた《火槍》程度。その《火槍》も、使い勝手の悪さから実戦向きとは言えなかった。
成績としては平凡なまま五回生、つまり最終学年を迎えてしまった。
時は四年前に遡る。
魔術学校の五回生では、年度の初頭に討伐任務に同伴する実習訓練が行われる。
フレアが進む道は、そこで出会った一人の男に大きく狂わされてしまった。
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「君たち、どんなことが出来るの?」
討伐隊の集まりの端で、黒髪黒目の三等冒険者ステア・ドーマが、フレアを含めた学生たちに向けて放った第一声だ。
その日は雨脚が強く、討伐任務が初めての学生たちには苦しい環境だった。当然、学生たちは戦力として数えられておらず、後方に控えた魔術士の近くに付いて、物資補給や拠点の設営などの雑務が主である。
そういう認識だった学生たちにとって、ステアの一言は実戦経験の少ない彼女らを怯えさせるには十分だった。
フレアは同級生たちと顔を突き合わせて何事かと相談しているうちに、他の冒険者がステアに笑いながら話しかける。
「おい、ステア~。かわいこちゃんたちをビビらせて楽しいか~? 今回は例年通り、大量発生しちまった角兎の駆除だけなんだぜ? この討伐隊なら何の問題なくやれるだろ。この子たちには、俺たち冒険者がいかに頼りになるかってカッコよく見せる最大の見せ場だ! それなのに、この子たちに頼るみてぇに聞くなんて恥ずかしいだろ! いや、待てよ……オメェ! 新手のナンパ法を試してやがるな! いやぁ~、悪かったな! ここでバラしちまって!」
ステアに肩を組みながら話していた冒険者の言葉で、学生たちは平静を取り戻していった。
しかし、次のステアの淡々とした言葉で、また緊張状態に戻された。
「これで女が釣れるならそれに越したことはないだろうけど、それ以前に生きて帰らなきゃ意味ないだろ。今回の討伐隊が任務自体を失敗するなんて思っちゃいないが、相手は角兎だ。個体数が多い分、討ち漏らしが後衛の魔術士側に向かっていかないとも限らない。俺たちが追い付くまで相手にしなきゃならないのは、この子たちだ。だったら、この子たちの能力を考慮して、非常時に参戦可能な布陣を作るのが最善だと思うけど」
その布陣が非常時に適切に機能するかどうかは別として、合理的なステアの提案に学生たちもステアに絡んだ冒険者も反論は出来なかった。
最終的にはこのやり取りを聞いた部隊長が、作戦通達の際に自分の能力を開示するように学生らに指示。一人ずつ自己紹介と共に自身の魔術について説明した。
布陣を組み直すという案は、突貫工事では危険だと判断されて却下された。ステアとしては、能力を把握できただけマシと開き直り、それ以上を求めることはなかった。
一方のフレアは、大した自慢にもならない自分の能力を暴露されたように感じ、ステアのことが嫌いになった。
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討伐隊は後にステアとフィーネが邂逅する山中を進行している。
訓練の場として利用される程度には険しい山道、雨とぬかるんだ地面により、学生たちの疲労は目に見えて蓄積していった。角兎の大量発生が確認された区域はまだ先になっている。
ステアは学生たちの近くに位置取り、周囲を警戒しながら進んでいた。フレアはそんなステアを目障りに思い、“年下趣味”とあらぬ疑いを掛ける程度には嫌悪感が募っていた。
進行を続けること一時間ほど、山道脇の斜面から木々が薙ぎ倒される音が響く。
当然、部隊全体が警戒態勢に入り、斜面に意識を向ける。
雨によって普段より見づらい視野の中、ある冒険者が声を上げる。
「猪……? なっ!? ま、魔突猪だ!!? 全員、回避行動!!」
魔突猪は小屋程度の大きさの体躯でありながら、尋常でないほどの速度で獲物に突進する魔獣である。
任務の警戒対象に含まれていない魔獣の出現。
緊急時の心構えが出来ている冒険者や魔術士は、魔突猪の進行方向を見定めて回避。学生たちは恐慌状態になりながらも、その場から走り出すことでこの危機から逃れた。
そう、魔突猪は学生の集団に向けて疾走していたのである。
ところが、恐怖に支配されて、一歩たりとも動くことが出来ていなかった学生が一人。
魔突猪は、フレア・アクセサリ目掛けて爆走していた。
誰一人として、この少女を救うことが出来る状態の者はいない。
たった一人を除いて――
「クソったれ!!」
この緊急事態の原因すら把握し、尚且つフレアに手を差し伸べられる位置にいる青年ステア・ドーマが動いた。
ステアはフレアに飛び付き、回転回避することで魔突猪の突進を回避。
しかし、雨で滑りやすい地面によって回避の勢いを殺すことが出来ずに、魔突猪の進行方向と同じ斜面に転がり落ちていった。
ステアとフレアは遭難した。
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「あ"あ"あ"~~、絶対、偵察部隊の手抜きじゃん。雨が降ったから早めに切り上げたんだろ……もう完全に信頼すんのやめよー」
非常事態から落ち着いたステアによる愚痴である。
遭難した二人は偶然見つけた洞窟の中にいる。さほど深くない、横穴程度の洞窟である。
二人ともびしょ濡れ、泥だらけになりながら逃げこみ、現在はフレアが身術で生み出した炎で暖を取っている。
フレアは複雑な心境だった。
自分を辱めた(事実はない)相手の言った通りの事態に陥った挙句、命すら助けられたのである。
仮にも命の恩人相手に恥知らずではありたくないため、謝罪と感謝を伝える。
「あの……ごめんなさい……私のせいで、あなたまでこんなことに……でも、助けてくれて、ありがとうございます」
気持ち小さい声量だが、ステアは興味なさそうに口を開く。
「ん? あー、君だっていま火を出してくれているわけだし、お互い様……って、そもそも君が突っ立ってなきゃこうはならなかったか。そんな心持ちで来年から同僚になるわけ? ちょーっとキビいかなぁ」
擁護しそうな出だしだったが、フレアの非を明らかにするだけでなく、将来の話も持ち出された。
ステアは年上で、男性で、冒険者で、どこかで自分を支えてくれるだろうと思っていたが、土台からひっくり返され、フレアは落胆した。
フレアは後に、暖を取るための炎をステアにぶつけなかった理性を、人生で最も誇らしいことの一つとして語る。
ステアは少女から反感を買い続けているなど露知らずに、外の様子を確認している。
魔突猪が、滑落した斜面の周囲をうろついている。
あれは後の狂魔熊と同様、縄張りから外れたであろう猪が角兎の死骸を取り込み、魔獣へと変異した個体。辛うじてある帰巣本能が、あのような行動をさせていると推測する。
この時点での問題はただ一つ、魔突猪の討伐以外にこの苦境から抜け出すことは出来ないという点。
ステアの脳内地図では、魔突猪を回避した経路を取った場合、通常の角兎の生息域にぶつかる。大量発生しておらずとも、三等冒険者であるステアにとって角兎の群れという脅威は絶大。
最悪一人だけなら何とか隠密できる可能性はあるが、今はフレアもいる。この状況の原因を作った少女を連れて、穏便に切り抜ける手段は持ち合わせていない。
しかし、彼女の魔術であれば、あるいは魔突猪を――
ステアは決心し、フレアの目の前に座り込み、彼女の目を見据える。
「フレア・アクセサリ。お前には、魔突猪の討伐を手伝ってもらう」
「えっ……とう……ばつ? そ、そんなのできっこないです! だいたい、あなただって三等の下っ端じゃないですか! 一人前として認められてもいないのに、二人だけであのバケモノに何が出来るっていうんですか!?」
ステアの出鱈目な提案にフレアは声を荒げて訴える。
命の恩人であるステアの等級をバカにする発言だが、それを気にする精神状態ではない。
しかし、ステアは彼女の逃げ場を失くすように言葉を続ける。
「そうか……そうだな。まずは、敬語からやめてもらおうか。呼び捨てにしてほしい」
「ハッ……?」
「ああ……もちろん、これは仲良くここから脱出しようって意味じゃない。命が懸かっているこの状況じゃあ、俺とフレアは対等な存在だ。互いに妥協する余裕なんてありゃしない。雨が止めば魔突猪の鼻も利くようになって、俺たちの方に向かってくるだろう。それまでにこっちから仕掛けて奴を仕留めなきゃならない。当然俺だけじゃなく、フレアにも動いてもらう。その中で、俺はフレアに出来ること全てをやってもらいたい。逆に、フレアが実行に移すために必要なことを全て俺に伝えろ。俺が可能な限りその要望全てに応えてやる。遠慮するな。全て吐き出せ。俺を生きるための手駒として利用しろ。自分が思い描く『最高の景色』のために、妥協をするな」
後半になるほど矢継ぎ早に捲し立ててくるステアに、フレアは魔突猪以上の恐怖を感じた。
自分の目を見据えているステアの目に、自分が映っていなかった。
物理的に、その瞳はフレアを反射していたが、そうではない。
助力を請うフレアでも、倒すべき魔突猪でもない、『何か』を見据えている。
それは――
「ス、ステア……あんたは何で、諦めてないの……?」
「うん? んー、そうだな……単純に不愉快だからじゃないか? この状況はわざわざ必死にならなくても回避できたはずなんだ。偵察隊の怠慢に始まり、警戒態勢が甘く、非常時に足が竦み、雨を考慮した回避行動を取れなかった。今考えついたどれか一つでもどうにかなれば、こうはならなかった。こんな後悔マシマシの気分で死ぬとか、最高に最悪だろ。だったら、へっぽこ二人欠けることなく下剋上カマした方がよっぽど気持ちいい。俺は、この非常事態を乗り越えた未来に生きていたい。諦めない理由なんて、そんな『最高の景色』を実現させたいっつぅ、意志を持つだけで充分だ」
フレアが感じた恐怖の正体を、ステアは淡々と述べていった。
ステアの言葉からは、合理的思考や同情するような事情を一切感じられず、ただ自分の快不快のみで決死の行動に出ようとしている。恐怖を行動の根拠に一切含めていないというステアの精神に、恐怖を感じていたのだ。思えば、学生に過ぎない自分を躊躇うことなく助けた理由も、この理解できない精神であれば納得できてしまう。
最初は、八つ当たりのように嫌いになった。認めるとも。
しかし、今なら断言できる。
魔獣を討伐する能力なら、魔術を扱える自分とこの男の差はほぼない。むしろ、自分の方が優秀なはずだ。
けれど、自分にはない、この男の精神――魂はひどく眩しいもので、強烈に憧れ、手に届かないものだと知ってしまった。
だから、嫌い。
『フレア・アクセサリ』は、ステア・ドーマをこの世で最も嫌う者の名である。




