第四話 分かり手
『分かり手選手権』などと言われ、無理難題でも吹っ掛けられるかと思ったが、結局はロゼっちのフィーネに対する理解度自慢のようなものだった。
フィーネの好物から始まり、これまで発表した論文の数や内容、武勇伝の数々などを事細かに説明された。『フィーネ概論』として講義できるんじゃないか?
ロゼっちは俺にちゃんと聞いてほしかったようで、事あるごとに反応を求めてきた。あまりにしつこかったので、「さすが!」「知らなかった!」「すごーい!」「世界一!」「そうなんだ!」を使い回して乗り切った。
対応こそおざなりにしたが、興味深い話はいくつも聞けた。中でも、好物の話はこれからの旅に非常に役立つ情報だった。
フィーネは、食事をするなら果物を好むらしく、果汁系の飲み物には目がないようだ。果物には米や小麦、肉類にない栄養が含まれているようだから、食事をするときは気にしておこう。
それにしてもロゼっちの勝ち誇ったような自慢顔がキツイ。
「いや~、フィーネちゃんの好物知らないようじゃ無理か。好物はね、入れとかないと」
なんだコイツ、クソうぜぇぞ。
「いやいや。たかだか一週間にも満たない間柄だよ? そもそもお互いが生きている内に関わるとすら思わなかったし。一緒に寝たことが奇跡みたいなものだったんだよ」
「なんだテメェウチのフィーネちゃんに何しやがったぶち殺すぞ……!」
口が滑った。静かに、とんでもない剣幕でロゼっちが睨みつけてきた。
これが殺気ってやつか……!
俺は経緯を話し、「フィーネちゃんは優しい! 最高!」の方向に誘導して何とか事なきを得た。
ロゼっちはフィーネ自慢をある程度ひけらかして落ち着いたようなので、こちらからフィーネに関わる質問をする。
「ロゼっちもフィーネも、ちゃんと寿命間際の年齢なんだよね?」
「急に聞くじゃん。女性に年齢の話をするとか結構失礼じゃない?」
「いや、二人とも年齢ごときで左右されるような外見も内面もしてないでしょ」
「急にカッコイイこと言うじゃん。もしかして口説きに来てる?」
「あの……そうじゃなくてさ、俺が聞きたいのは不老の術式と魔力の奪取についてなんだよ」
ロゼっちは察しがよく、俺の疑問を言語化してくれた。
「はいはい。アタシが割と?若干?まあまあ?フィーネちゃんよりも老けてる理由と、普通の魔術士による通り魔事件がない理由ね」
その通りだ。
フィーネが冒険者組合で話した『寿命の度外視』。目の前のロゼっちを見ると、決して楽観視できるような魔術ではないはず。外見に関わらず、何かしらが少しずつ老化していると考えてもおかしくはない。
加えて、魔力の吸収。討伐任務の中では、魔力を切らしてただのお荷物になる魔術士がいないわけではない。彼女たちにとって魔力の補充は一にも二にも必要なはずだ。高位であれば、魔力補充要員として俺みたいな多くの魔衛士を囲うこともあり得るだろう。
この問いに対して、ロゼっちは順序立てて答えてくれた。
「まずは魔力の方から話しましょうか。魔術士にとって、魔力はあらゆる魔術を発動するための力の源。戦闘に限らず、研究のためにも魔術士が際限なく欲するものではあるんだけど、自分の体内から湧き出た分の魔力しか扱えないのよ。正確に言うと、他の生物から魔力を取り込んだ時、拒絶反応で気がおかしくなる」
「フィーネは――」
「ここでフィーネちゃんの話。アタシたちが学生だった当時、魔力を吸収する術式《魔取》は考案されてなかったの。考案したのはもちろんフィーネちゃん。執念による大革命が起こったのよ。誰しもがこの術式を求め、体得し、自身が扱える魔力を増やそうとした。ちなみに《魔取》はステアが体感した通り、肉体の内部を露出させ、漏れ出た魔力を血を介して吸収するわ。要するに傷を負わせて吸い付くってこと。今でも、魔力を使わずに発動する魔術はこれ一つだけ。天才過ぎよ……まったく」
フィーネは最強だけでなく、魔術分野における最高峰の学者でもあったようだ。ロゼっちは呆れたような顔だが、晴れやかに話している。
しかし、即座にその表情は一転した。
「ただね、問題はここから。ばっちいけども角兎なんかを大量に捕獲して、短剣で切って傷口を吸い取ったわけだけど、実験した魔術士が軒並み苦しみだしたのよ。アタシも含めてね。最初はフィーネちゃんの術式構成を疑い、皆が責めたわけだけど、本人はなんともなかったの。むしろ、初めて体感する魔力の流れに大喜びしてたわ。ここで、魔力の出所という、根幹ながらもあまり進んでいなかった分野についてある仮説が立てられたの。
魔力の最大保有量は年齢と共に割と勝手に増加して、その分湧き出る魔力も多くなる傾向なのよ。そうなると、”魂の成熟”や”記憶の蓄積”によって増加するんじゃないかって仮説が生まれた。平たく言うと、魂や人格という、目に見えないながらも誰もが持つ概念が魔力を生み出している。そう考えると、他所から魔力を取り込むということは、他の魂を自分の内側に入れるということ。彼我との境界が曖昧になることを自身の魂が拒絶しているから、その反応が肉体に現れる。仮にもアタシたちは学者だから、目に見えないものを根拠に議論したくなかったんだけどね。実際、周囲の制止を無視して、拒絶反応に耐えながら《魔取》を使い続けた魔術士は最終的に廃人になったわ。あれを見せられると、魂説が有力なものになっちゃったわけよ」
「要は、フィーネは生まれつき魔力がないから、他の魂と反発するだけの魂がなかったってこと?」
「大体そうね。あれだけの執念を見せておきながら”魂がない”は考えられないけど。確かに当時のフィーネちゃんは最低限の喜怒哀楽しか見せてなかったし、さっきみたいな発狂も二十代頃からだった気がするわ」
『魂』と『魔力』の関係はある程度理解した。
これからさらに繋げて言えることは――
「俺ってめっちゃヤバい?」
「ヤバいん……じゃない? 昔のフィーネちゃんは冒険者に介助されながら魔獣に嚙みつくっていう目も当てられないことをやってたの。それでも十匹以上に《魔取》を発動させても、並の魔術士の十分の一程度しか吸収できてなかったのよ。鏡剣に術式を刻んでもそれは同じなのに、特等魔術士にふさわしい魔力許容量を一瞬で満たすとか……最低でも人外よ、アンタ。まあ、行動力とその動機がおかしい根拠にはなったんじゃない? 良かったわね。元気出しなって」
俺が落ち込んだことにされた。確かに衝撃的ではあったが。
「じゃあ、不老の術式も『魂』関連?」
「大方ね。アンタが不老の術式と呼ぶのは《無柩》。発動することで、術者の肉体の全盛期を算出・適用するものね。これも当然セロマキア工房お手製よ。全身に一定密度以上の魔導路が張り巡らされていないと術式を刻めないから、アタシら二人と他何人かぐらいしか体得してないと思う。で!実際に期待通りの効果が現れているのはフィーネちゃんだけ。これに関しては、アタシらとフィーネちゃんが明らかに異なる点、取り込んできた魔力の影響だと考えられるわ。因子と呼び変えてもいいかもね。これまで斬ってきた魔獣、人間、魔人の魔力を取り込むことで、通常の効力以上の効果を発揮している。もちろん長命種も含まれているわけだから、若々しく、寿命すらなくなっているかもしれないわね」
「その言い方……ロゼっちは――」
「そうね。正直外見以上にガタは来てるわね。お迎えもすぐそこな気がするわ」
フィーネの体を気にする必要はなさそうだが、かえってロゼっちの寿命の話でやるせない気分になってきた。見た目からは死に際であることを全く感じさせないが、現実の無情を突き付けられた。
ロゼっちは目ざとく俺の様子を察し、元気いっぱいに声を上げてくれた。
「つってもね! 体はそこらの若者よりも動くし、後悔しない生き方もしてきた! 最期までこの調子で生きて、『朝起きたら死んでました』って心の準備もさせずにドッキリしてやるわよ!」
ロゼっちはそう言いながら立ち上がり、腕を振っては空をきれいに蹴り上げている。
本来は俺が声をかける側のはずだったろうに、逆に元気づけられた。この調子には応えてやらなければならないか。
「美魔女にギリギリで会えた幸運を俺は嚙み締めないとな」
「ギリギリって何よ! これでもあと十年は生きるつもりだから、西極圏から帰ってきたらすぐに顔出しなさいよ! あと美魔女って言ってくれてありがとう! チュッ!」
投げチューされた。ちゃっかりしてるな。
ロゼっちを見てると勝手に気分が明るくなる。
しばらく雑談を続けていると、扉が叩かれた。外から「師匠」と女性の声が聞こえる。聞き覚えがあるような、ないような……
ロゼっちが応答すると、扉が開かれた。
橙色の明るい髪を肩口で揃え、髪飾りをいくつも髪に差し込んでいる女性が入室する。
「師匠。各学年の試験けっ――あっ……ステア?」
恐らく、ロゼっちを師匠と呼び、この学校の教員と思われる女性は、ロゼっちに話しかけようとしたところで俺と目を合わせた。女性は目を丸くしている。
俺の名前を呼ぶ当たり、初対面ではなさそうで――
「あっ……」
思い出した。珍しく俺が『どうでもいい』認定していない奴だ。
ちょっと……めんどくさくなりそう……




