第二話 校長
魔人が息を潜める街『ヒカネ』。
街全体は十一間程度の高さの石壁に囲われ、四方の門から街に入る。
門には守衛がいて、街に入る人々を厳重に検問している。大門を開きっ放しにしている王都に対して神経質な印象を受けるが、魔人がいることを考慮すれば、反社会的な破壊活動を目論む奴らを警戒するのは当然だろう。
魔人がいると言われる砦は街の南西の端に位置している。王城ほどでなくとも、なかなかの大きさの城に見える。
さらに、街の外からはこの砦より一回りほど小さい建物が見える。【才焔】が校長をしている魔術学校は街の中心に見られた。
門に近づくと、守衛に声を掛けられ、漏れなく検問を受けることになった。けれど、フィーネの顔を見ると守衛は焦ったように腰を低くしてお伺いを立てた。
「本日はどのようなご用件でしょうか……?」
「ヒカネ魔術学校校長のロゼに面会するためよ」
「さようでしたか! おい! 今すぐ学校に連絡しろ!」
対応してくれた守衛は後ろにいた同僚であろう人物に指示を出した。受けた側はすぐさま馬に乗って学校へ向かっていく。
「ちなみにお連れ様は……?」
「魔衛士よ。徽章を提示した方がいい?」
「いえいえ! そういうことでしたらお通りください。学校の事務方に向かえば対応していただけると思います」
定番の質問をされたわけだが、フィーネが隣にいるなら徽章の提示をする必要はなさそうだ。
大した検査もされることなく街に入り、門からの一本道を通って学校に向かう。
王都ほどではないが、区画が整理された街並みになっており、北東が住宅街、南東が組合に関わる区画となっていた。
通りを進んでいると、魔術学校のものと思われる制服を着た少女たちが歩いており、フィーネの姿を見ると憧れの目を向けてきた。
「さすがに魔術士見習いとなるとフィーネに向ける視線もちょっと違うな」
「まあ、世に出ているだけの成果だけで私を評価するなら、憧れてしまうのも仕方ないでしょうね」
俺の発言に、フィーネは眉をわずかに歪ませながら答えた。 ちょっと棘のある言い方だな。
フィーネも人だし、理解なく称賛されることへの不快感は人並みに持ち合わせているようだ。
そうこうしている内にヒカネ魔術学校の校門に到着。職員室だか事務所だかを探そうと正面玄関に向かったが、そこから息を切らしながら女性が走りこんできて、俺たちの前に滑り込んだ。
「お待ちしておりました、フィーネ様! ご案内いたします!」
どうやら事務方のようだが、絶対待ってないだろうし、必死に対応しようという気概が伝わってくる。
「フィーネ、突然の訪問は控えよう。相手する人たちがかわいそうだ」
「ハイ、気を付けます……」
あまり期待はしないでおこう。こういう根回しも魔衛士に求められる役割なのか?
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いま俺たちは学校の最上階、三階の校長室の腰掛けに座っている。今は部屋の主であろう人物はおらず、所在は案内してくれた事務員さんが教えてくれた。
「現在、校長は砦の結界を確認している最中です。時間的にもそろそろ戻ってくると思われるので、今しばらくお待ちください」
事務員はそう言うと、会釈して部屋を後にした。
部屋を見渡すと、組合の組長室とあまり変わらない内装だ。違う部分を言えば、窓が全面ガラス張りというほどではないことと、そこから厳つい砦が見えるということか。
フィーネはというと、事務員が離れてから部屋の本棚に向かい、適当に本を見繕っては読み始めた。
こいつマジか……いくら馴染みの相手だからって仕事部屋を物色するか?
対する俺は事務員がご親切に置いて行ってくれたお茶とお菓子を大人しく味わっている。
あっ。この焼き菓子、香ばしく甘すぎない。
「おーい、お茶も冷めるし、このお菓子美味しいから食べてみなよ」
「んー」
フィーネは生返事で対面の席に着き、開いた本を机に置いた。皿に手を伸ばして焼き菓子を取り、口に運ぶと「あっ」と息をもらし、残り全部を平らげた。
初めてお菓子食べたみたいな反応だな。……初めてじゃないよな?
開いている本には所々図形が描かれており、魔術に関わるものだと思われる。そういう学校だし、当然か。
お茶が俺にとって適温だと感じたところで、本の近くに彼女の分の湯呑を置くと、フィーネは一息に飲み干した。
そうしてフィーネが本をめくる音のみが部屋に響いてしばらくすると、扉の外からドタドタと誰かが走っている音が聞こえてきた。一瞬音が止んだが、すぐに風が感じられるほどの勢いで扉が開かれた。
俺は呆気に取られたが、扉を開けた主はフィーネの姿を捉えると、
「ふぃ、い、ね、ちゃ~~~ん!!」と叫びながら彼女に飛び掛かった……!
「はぁ~ん! 久しぶりじゃない、フィーネちゃん! 連絡もなしに会いに来ちゃうなんてアタシのことを驚かそうと思っちゃったの、カナ!? も~、そんなことしなくてもアタシの心をいつだって痺れさせてくれるんだから! でも、今日みたいなお茶目をしてくれるフィーネちゃんも大好きよ! ん~まっ! ん~まっ! ちゅっちゅっ!」
赤毛の美形の女性がめちゃくちゃな勢いでフィーネにじゃれついている。頬ずりされまくっているフィーネは抵抗するわけでもなく、女性の全体重を受け入れている。その目線は本から俺に移っていた。悟りを開いているかのような目つきだ。
「なぁ、もしかしてこの人が――」
「そー……【才焔】ロゼ・クリスタ。私の半世紀来の親友よ」
なんか、思ってたんと違う。
件の女性、【才焔】はフィーネをあらかた堪能すると、俺の存在に初めて気づいたようだ。俺とフィーネを交互に見ると、発狂した。
「誰よ!! この男!!!?」
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【才焔】はしばらく狂乱していたが、見かねたフィーネが頭頂部に拳骨を落とすと、大人しくなった。
フィーネと同年代ということは、寿命に近いということだが、その外見は非常に若々しい。この人も不老の魔術が扱えるのか? 目尻や口元に若干の皺はあるが、肌には高齢を全く感じさせないハリがある。いっても三十代後半ぐらいの相貌だ。紅の髪と目は、見た目だけなら艶やかな美貌を見る者の頭に存分に焼き付ける。
フィーネ・セロマキアは清楚お姉さん系だが、ロゼ・クリスタは妖艶美熟女系だ。校長としての制服なのか、絵本に出てくる魔女のような恰好から、美魔女という表現が正しそうだ。たぶん刺さる奴にはクソ刺さる。フィーネにじゃれている姿を見ると、母親が娘にダル絡みしているようにも見える。
フィーネにどつかれ、悶絶していた【才焔】だが、落ち着くと頭を抑えながら口を開いた。
「イッデデ……手を出すときはホント容赦ないわね……ていうか! ホントにこのガキ誰!? もしかして年下趣味になっちゃったの? アタシというオンナがいながら!?」
【才焔】は俺を指さしてフィーネに問い詰めるが、彼女は呆れた顔で答える。
「何もかも違うわよ……彼の名前はステア・ドーマ。縁あって私の魔衛士になってもらったの」
【才焔】は口を開けて絶句すると、これまでの騒ぎようが嘘かのように冷静に話し始めた。
「魔衛士に? アンタ、本気? ちゃんと彼に話したんでしょうね?」
「大丈夫だって。彼の魔力が掘り出し物だったのよ。私のことも、彼が痛い目に遭うことも了承の上で魔衛士になってもらったわ」
「あー、そう。じゃあ、まあ、いっかぁ……ええ˝ええ˝ええ˝え~~……ほんとに年下趣味じゃなくて~?」
「しつこい」
これが普段のやり取りなのだろうか。フィーネが一気に幼くなったように見えた。【才焔】といるときが彼女の本当の素の姿のようだ。
【才焔】はうだうだとしながら事務机に着き、手を組んで俺に自己紹介をしてくれた。
「それじゃ、改めまして。アタシはヒカネ魔術学校校長、ロゼ・クリスタ。呼び方はロゼっちでいいわ。一等魔術士で、世界で指折りの炎系統魔術士よ。巷じゃ【才焔】なんて呼ばれてる。それで? 今日はどんな用でアタシのところに来たの? 蛇竜が討伐されたという話は聞いているから、ステアと無関係な話ではないんでしょう?」
『ロゼっち』が気になるが、こちらに尋ねる様子は強者としての風格が備わっており、威厳に満ちている。
俺はフィーネの補足も交えながら、ロゼっちにこれまでの経緯を話し始めた。




