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夢見の魔導士  作者: べっちゃ
第五章 揺れ動く天地
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第九話 御使い様

 ニッチもとい、ダチョウもとい、五躙獣の一角――太天凰ヴィゾニッチ?を仲間に加え、ニッチが引く荷車に乗って旅を再開した。

 ……したんだが――


「ばっ、あばばっ! ちょっ、てい、一旦停止!」


「あ? なんだよ」


 停車を頼むと、ニッチは怪訝な顔をしながらも足を止めた。

 目の前に座るフィーネは荷車から降り、ニッチの足を止めた理由を口にする。


「ちょっとね、走ってる時の衝撃がさ……」


 その通り! 破損箇所が多いオンボロ荷車の走行中の衝撃が半端じゃない。砂漠を走っていた時も感じてはいたが、たぶん砂がその衝撃を吸収していたおかげで、少し乗り心地が悪い程度としか思わなかった。しかし砂漠から脱した今、地面が硬くなったせいで凄まじい衝撃を感じるようになった。大きく揺れるのは当たり前で、小石を踏んづけた程度で体が浮くほど跳ねてしまう。


 こういった事情で俺も荷車から降り、ニッチに提案する。


「この先に村があるんだっけ? そこで新しい荷車を買おうよ。(ほろ)がある車をさ」


 この提案に対し、ニッチは少し俯く。


「う~ん……そうだな。新しい方がいいか」


 ニッチは寂しげな声で荷車を眺めている。

 思い入れの品だったりするのか?


「ずっと気になってたけど、そもそもこれはニッチの物じゃないでしょ? あの砂漠だものね。どこの誰の物?」


 フィーネが根本的な疑問を口にすると、ニッチは経緯を語り出す。


「これは砂漠に入ってきた奴が置いてった物だ。感覚的には割と最近の話だった気がするけど。オレ様の威厳にビビった奴らが――」


「違うな? 喋るダチョウが不気味すぎて、な?」


 事実を歪めることを許さない俺の訂正に、ニッチは舌打ちする。


「チッ……とにかく逃げちまった奴の忘れモンだ。もし人間を運ぶってなったら便利だから、ずっと引いてたんだよ」


 ひとまず経緯は分かった。ニッチの感覚で『最近』というと、十年単位で昔の物品のような気がするが、破損していない箇所の木材が傷んでいるようには見えない。


「私たちは歩きましょうか。村って向こうに見える建物の場所でしょ? 時間的にも今日はあそこで泊まりましょ」


 そう言いながら、フィーネは鏡剣以外の荷物を荷車に置いて歩き始める。


 砂漠の気候が冗談に思えるほど穏やか気温になり、木々が並ぶ景色の向こうには建物が小さく見える。あそこに泊まるのはいいけど、ニッチがどう扱われるか……


「あ、そうだ。これから人の生活圏に入るんだし、魔力の補充は今しかないんじゃない?」


「うげっ……」


 フィーネが思い出したように鏡剣を抜き、俺に迫ってくる。


 まぁ、メンデールから補充はしてなかったし、砂漠でちょっと《界斬》使ってたし、仕方ないか……


 手を差し出すと、フィーネは支えるように俺の手を取り、鏡剣を躊躇なく手の平に突き刺す。


「っ……!」


 鈍く、鋭く、頭に響く痛みと共に手から血が溢れ出す。慣れたように思える痛みに歯を食い縛って堪えているうちに、鏡剣が手から引き抜かれる。すると、慣れてきたとは違った感覚で、痛みが和らいでいく。

 フィーネの治癒魔術《癒快》だ。最近になって余裕が出てきたためか、治癒に安心感を覚えるようになった。フィーネの顔を見てみると、微笑を浮かべながら傷口を見つめている。魔力を満たした満足感か、加虐的な嗜好によるものかは分からない。

 次第に出血は止まり、傷が塞がり、熱を持った血とその匂い以外は元通りになる。


「なんというか、これは官能的とでも言うのか?」


「「!?」」


 横から滑り込んだニッチの言葉に、反射的に互いに弾かれるように手を離す。


 思えば、魔力補充をまじまじと第三者に見られたのは初めてかもしれない。


「あっはは……それじゃ村に進みましょうか」


 フィーネはぎこちない笑顔で鏡剣の血を払い、気持ち早めに歩き出す。

 なんか、気まずくなっちゃった。


 背嚢(リュック)から適当な手拭いを取り出し、手の血を拭き取っていると、ニッチが抑えた声量で――


「普通に疑問なんだけどよ、お前ら、付き合ってんの?」


「あ? いや、全く」


「あぁ、一応主従なんだっけか。じゃあ、あれか? 夜の……アレってのは……」


「生々しいよ? それも違うし。何ともないよ」


「あっそ」


 大して面白くないのか、ニッチはガタガタと音を鳴らしながら荷車を引き始めた。


 コイツが下世話な話をするというのが意外だ。そもそも、五躙獣に生殖能力あんのか?


 フィーネを先頭に、少し遅れて俺とニッチが後ろを歩く。地に足着けて歩くのが久しぶりで、さっきまでの荷車の衝撃も相まって穏やかで快適な気分だ。

 俺は快適なんだが――


「ニッチさ、真っ直ぐ歩けない? ふざけてフラフラ歩いてんの?」


 歩いてる時のニッチはまさしく千鳥足と言えるほどフラついている。爆走してる時は真っ直ぐなのに。


「なんかオレ様の平衡感覚っておかしいんだよな。何かしら重りみたいなのがないと転ぶんだよ」


「はい? つまり俺らが乗らないとフラつくってか? 重心壊れてんの?」


「う~ん……そうなのかぁ?」


 ふざけているとしか思えないが、ニッチは至って真面目に首を傾げている。


 今は、荷車と俺らの荷物を載せた重量を引いてるってのに、重心がブレているらしい。これに俺とフィーネが乗らないと安定しないってか。


「ステアだけでも乗れよ」


「嫌だ。でも転ばれても困るし……捕まえとくか」


 肩を組むようにニッチの首に腕を回す。

 ニッチの顔が引きつるが、さっきよりはフラついていない。羽に入り込んだであろう砂埃が飛んできて咳き込むけど。


 思えば、荷車の破損とそうでない箇所の差が激しいのも、荷車を引きながら転んでるせいってのもあるのか。


 ニッチについて詳しくなったところで、ダチョウと肩を組むという異様な行動を取りながら村へと近付いていった。



 ~~~



 村に着いた。


 砂漠が近くにあるというのに、特段変わった様子はない。組合であろう大きな建物以外は全て平屋だ。閑散としていて寂しい雰囲気で、宿屋がある様子はないし、村長に取り次ぐのが無難か。

 村の中に入って人がいないか探していると、一人目の村人を見つけた。


「お、第一村人発見」


「お前、ちょっと黙っとけ……!」


「グェッ!」


 軽率に人語を喋るダチョウの首を絞めると、仕返しとばかりに足を強く踏まれる。


「このやろッ……!」


 小競り合いが勃発するが、その間にもフィーネが村人に声を掛ける。


「もし、旅の者なのだけど、今日はこの村に泊まりたいの。村長に会えないかしら?」


「旅の……東から……? え、えぇ。村長ですね。今なら――」


 村人――食材を陶器に乗せた女性は怪訝な顔をフィーネに向ける。


 それでも話が進みそうなところで女性の視線が俺らに向く。未だに組み合いながら足を踏みつけ合っているのだが、女性が俺らを見た途端、食材ごと陶器を地面に落とした。

 食材や陶器が落ちる音に俺らは小競り合いを止める。女性は唖然とした顔で俺らを見ている。正しくは、俺と目が合ったのは一瞬で、女性の意識は俺と組み合っている珍獣――ニッチに注がれる。

 対するニッチは不安げに呟く。


「お、おい……なんで第一村人がこっちガン見してんだ?」


 心当たりしかないが……これ、マズいか?


 不安は的中し、女性は絶叫しながら明後日の方へ走り出した。


「村長~~~!!!」


「ちょ、ちょっと!?」


 女性の豹変にフィーネは手を伸ばすが、虚しく空を掻き分けるだけに終わる。


 村の真ん中に、俺らは取り残された。


「お前、やったな」


「うぇぇ!? オレ様!? 何もやってねぇからな!」


 女性の突飛な行動の原因に違いないニッチは慌てて首を振る。

 少なくとも無関係ではないはずだが……


 この先の展開が読めたフィーネは肩を落とす。


「どうする? このまま面倒になるくらいなら出発する?」


「現実的かな」


 ニッチの過去の所業でこの村が目の敵にしているなら、討伐に乗り出すかもしれない。女性の大声に組合から人が出てきて騒がしくなってきたし、ここから離れるのが得策だ。

 身に覚えがないというニッチを引きずりながら村から出ようとすると、背後からさっきの女性の声が聞こえた。


「お待ちくださ~い!!」


 縋るような声に思わず足を止める。


 肩で息をしながら女性が俺らの元まで走り込み、片膝をつく。何かを背負っているようだ。


「ほら、村長! この御姿って……!」


 女性が背中越しに何かへ呼びかけると、それはゆっくりと動き出して俺らの前に姿を現す。


 俺の腰程度の身長のお婆さんだ。杖をつき、細い目で俺らを見渡す。すると、ニッチの姿を視界に収めたところでお婆さんは杖を落とし、わなわなと震え出して地面に座り込み、手を擦り合わせる。


「まさか……儂が生きている間に御使(みつか)い様にお会いできるとは……! ありがたや、ありがたや!」


 お婆さんは涙を流すし、女性も倣うように頭を低くして合掌する。


 なんだこれ……というか――


「「「御使い様?」」」



 ~~~



 その後は村の各所から出てきた人にも囲まれ、「御使い様! 御使い様!」と頭を下げては合掌された。

 その対象はニッチというが……


 村人たちの大仰な表現に辟易としたので端的にまとめると、ニッチはこの村でもセデューロと同じ“守り神”のように扱われていたようだ。大筋はセデューロと全く同じで、この村から砂漠に入って遭難しかけた人間の前にニッチは現れ、不本意にビビらせてはこの村に逃げ帰らせていた。

 この村のニッチ伝説がセデューロと異なる点は、ニッチを“大きい鳥”ではなく、“ダチョウ”とハッキリ認識していたこと。多くが”喋るデカい鳥類”に恐怖やら錯乱やらして、まともにニッチの姿を覚えていない中、一世紀ほど前にある若者が砂漠に入ったらしい。

 例の如くニッチに出くわして村に逃げ帰る途中、巨大なザリガニが出現して絶体絶命になったところ、ニッチが軽々と駆除。人智を越えた光景に若者は無我夢中で村に帰還し、事の顛末(てんまつ)を村に伝えた。そこに太天凰の口上も加わるものだから、太天凰への信仰がこの村で形成されたそうだ。

 恐らくザリガニというのは俺らが遭遇した魔獣で、推定災害級の魔獣が村に向かう前に殺したことも、信仰を根強くした要因だろう。


 そういった経緯によって、俺たちは村長の家に招かれ、ご馳走を振舞われていた。家には所狭しと村人が入り、ニッチを持て(はや)している。


「言い伝えに違わぬ御姿で!」

「クリっとした目が可愛らしいわ!」

「おっ父! ホントにダチョウだね!」


「そうだろう、そうだろう! オレ様は凄いだろう! クワッハッハッハ!」


 褒められているかは微妙だが、ニッチは(すこぶ)る上機嫌で食事を口に放り込んでいる。


 居づらくはあるが、俺とフィーネも料理は一週間ぶりなので、遠慮なくご相伴に預かっている。

 久しぶりに口に入れるみずみずしい野菜を噛み締めていると、村長であるお婆さんが俺らの隣にやってきた。


「よくぞ御使い様をこのような辺鄙(へんぴ)な村へお連れ頂き、何と感謝を申し上げれば……」


「いえ、そんなことは……」


「御使い様のお供をなさるとは……老骨には計りかねますが、さぞや名うての旅の方なのでしょうね」


「お供? まぁ、そうね……」


 この場の空気に訂正できずにいるが、お婆さんは深く踏み込んでこない。


「食事はまだまだございます。お楽しみください」


「「お構いなく……」」


 お婆さんは俺らへ挨拶すると、ニッチの側に座って(うやうや)しく頭を下げる。


「これまで御使い様がこの村にどれほどの安寧を(もたら)されていたか、儂めの余生を感謝に捧げても報いられないでしょう。しかし、どうかこの思いを太天凰様にお伝えして頂ければ……!」


「ん? おうとも! 婆さんの感謝、しかと受け取ったぜ! さぁ、お前ら! 飲め、食え! この出会いに乾杯だぁ! クワッハッハッハ!」


「「「乾杯~! 御使い様、万歳~! 太天凰様、万歳~!」」」


 有頂天のニッチが音頭を取ると、村人たちは諸手を挙げて万歳を始める。

 傍目から見るとイっちゃってるとしか思えない。


 どんちゃん騒ぎの中、フィーネが俺に耳打ちしてきた。


「ねぇ、『御使い様』ってさっきから言ってるけど、もしかして……」


「あぁ。認識が完全にズレてる」


 村長とニッチのやり取りで分かったが、村人たちの認識には完璧な食い違いがある。


『御使い様』という存在は確かにニッチを指しているが、太天凰とは別の存在だ。つまり、村人たちは目の前で騒ぐダチョウこそが太天凰自身であると思っていない。五躙書(ごりんのしょ)にある荘厳な太天凰像から考慮すると、その使いや(しもべ)としてダチョウがあの砂漠にいると考えたからこそ、御使い様という呼び方となったのだろう。見かけだけで、あんなダチョウを太天凰と思えるわけがないって話だ。


 あまりに滑稽な真実だが、ニッチは気付くこともなくバカ騒ぎを続けている。この事実に気付けた俺とフィーネは、宴にかこつけて爆笑しながら飲み食いを続ける。

 当人の本意はともかく、ニッチを連れ出して早速楽しみにありつけた。


 目の前の光景に満たされながら、宵の口を迎えていった。

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