第十話 新車
ニッチが祭り上げられるどんちゃん騒ぎを終え、村人たちは各々の家に帰って行った。すっかり日も暮れ、俺らは村長の家に泊めてもらえた。寝台でぐっすり眠れるのも久しぶりということで――
「体を洗いたい」
「ホントそれ」
切実な願望にフィーネも強く同意する。
砂漠の暑さで噴き出た汗と、一面に広がる砂が体に纏わり付いて心底気持ち悪い。俺らから零れ出た細かい砂が家に散らばっていて、申し訳なくもあった。
「でしたら、この家に浴槽がありますので、どうぞお使いください」
村長であるお婆さんの厚意に頭を下げるが、まだ風呂に入れない。
なぜなら――
「おい、鳥野郎。洗浄の時間だ」
「クワァ?」
チヤホヤされた余韻に呆けているニッチを風呂場へと連行した。
「おい、何だよ二人して。この崇め奉られるべきオレ様に汚物でも見るような目を向けやがって」
「ちゃんと汚いわよ?」
「クワッ!?」
フィーネの容赦ない一言にニッチは目を剥く。
当然ながら俺らの中で一番汚いのは、永い時間を砂漠で過ごしたニッチだ。さっきの宴会でコイツがはしゃいだせいで、家の中には羽に入り込んでいたであろう砂が飛び散っていた。飯にも掛かってたから、熱狂していた村人たちも食事を口に運ぶ時は微妙な顔をしていた。
砂塗れになるのは仕方ないが、放置する理由はない。どうせニッチを洗えばこっちも汚くなるんだろうから、先に片付けよう。
これらを説明すると、ニッチは恨めし気に俺らを睨みながら渋々了承した。
動物を飼うってこんな感じなのかな。相手は喋るダチョウだし、自称伝説の魔獣なんだけど……
フィーネの陣術でお湯を作り、とりあえずニッチの頭から被せるんだが――
「うぇ! きったね!」
「おい! オレ様だけじゃなくて、お前らも絶対こうなるからな!?」
口からついた感想にニッチが羽を払って俺に泥水で反撃してきた。
ニッチから滴る液体全てが泥水だ。早速汚れたわけだが、こっちもやり返しとして再度お湯をぶっ掛ける。フィーネと一緒にお湯を掛け続けるが、いつまで経っても泥水が途切れない。
「いじめだぁ、動物虐待だぁ……!」
水攻めを受け続けるニッチが嘆くが、それでも泥水は止まらない。
羽にどんだけ入り込んでるんだ……
「ねぇ、ニッチの風で羽の中の砂を取り出せないの?」
「そうだ……そうすりゃよかった」
フィーネの案にニッチは頷くと、羽を揺らし始める。
すると、羽を俺の方に振るって大量の砂埃を飛ばしてきた。
「ゲホッ! このバカ鳥! やりやがったなテメェ!」
「ギャッハハ! ザマぁねぇなカスが!」
ニッチに飛び掛かって風呂場で喧嘩が始まる。
生意気な畜生と殴る蹴るを繰り返していると――
「「いっで!?」」
固形物が俺らの頭に投げ込まれ、犯人のフィーネに見下ろされる。
「じゃれてないで、さっさと洗うわよ」
「「う、うっす……」」
フィーネに投げられた石鹸を使い、ニッチを洗い始める。始めは全く泡立たないし、まだ砂が残っているのか羽に指が通らない。最終的に石鹸一つを使い切ってようやく泡立ち、ニッチの洗浄を終えることが出来た。
仕上げに、お湯を掛けて泡を落とした姿を見てみると――
「アッハハ! 何だお前! 随分縮んだじゃねぇの!」
ニッチの羽が潮垂れ、長い足と首が強調された情けない姿に吹き出す。
フィーネも笑いを堪えるほどだ。
「ケッ、この程度で笑えるなんて、めでてぇ頭だな!」
「ブッ……!」
ニッチは吐き捨てると、羽を大きく払って水を大量に掛けてきた。
しかも、俺だけに。
「テメェ! 何で俺だけなんだよ!」
「うっせぇ、バーカ! ずぶ濡れで家の中うろつくなよ! 洗ってくれたのはありがとな!」
羽が元通りに膨らんだニッチは、捨て台詞を吐いて風呂場から抜け出す。
さっきの砂埃と同じ要領で体中の水を飛ばしてきたんだろう。
「手っ取り早いし、ステアから入る?」
「そうするわ」
フィーネも手や足を中心に結構濡れているが、俺はニッチのせいで全身濡れたため、先に風呂に入らせてもらった。俺も例に漏れず、お湯を浴びれば泥水に変え、体を洗うために石鹸を使っても泡立てるのに時間を掛けた。その分、洗い終えた爽快感は尋常でなく、浴槽に浸かると心地良い熱が体の芯まで染み渡った。
風呂から出ると、脱衣所には乾いた俺の服が置かれていた。フィーネが陣術で乾燥してくれたんだろう。居間でニッチや村長と話してるフィーネに礼を言うと、交代で風呂に入っていった。
風呂を貸してくれた村長にも礼を言って椅子に座ると、床に腰を下ろしているニッチが鼻高々に喋り出した。
「湯加減は良かったか、お供よ。お前が風呂に入って身綺麗に出来たのも、オレ様のおかげなんだから感謝しろよ」
「『お供』?」
何の話か分からずにいると、向かいに座る村長が茶を啜ってから口を開いた。
「ステアさんとフィニアさんは、お勤めを果たされた御使い様の旅をお供しているのですよね。本来であれば守護して頂いていた我々のお役目なのでしょうが、先程の御使い様のお世話を見れば、お二人以上の適任はいないでしょう。我々も安心でございます」
「あぁ……はい、うん……まぁ……そう、なのでしょうね?」
穏やかに笑みを浮かべる村長が何を言っているか全く分からない。微かに分かるのは、ニッチがでっち上げて話を膨らませたということか。フィーネも適当に流して放置したんだろう。俺が魔衛士ではあるからフィーネのお供というなら理解できるが、ニッチのお供になった覚えはない。俺らの旅を助けてくれる認識ではあるが、実情はニッチが付いてきてる側だ。
やりたい放題を続けているニッチはしたり顔で茶を飲んでいる。引いて考えれば、ここまでダチョウの表情から感情が読み取れるのも不思議な体験だ。どうせこの村から出れば奇妙なダチョウとしか扱われないのだろうから、好きにさせておこう。
その後は村長が語る太天凰への賛辞と、それでつけあがるニッチに適当に合わせ、フィーネが風呂から出てきたところでお開きとなった。
寝る場所は、村長と今は亡き夫が共に寝ていたという大きめの寝台になった。遠慮してみるが、今の村長は落下防止のために柵付きの一人用の寝台で寝ているらしく、結局フィーネと一緒に寝ることになった。たまにこういう事態になるが、最早お互いに気にするような神経は持ち合わせていない。
「え、普通に寝るのか? これで付き合っても結婚もしてないとかマジ?」
大したやり取りもなく寝台に乗った俺らに、ニッチは大きく首を傾げる。
今更気にするのも馬鹿馬鹿しい疑問に、フィーネと揃って鼻で笑い、肩をすくめる。どうにかなるわけもねぇだろ。
とは言え、寝る時はフィーネと背中合わせで極力離れる。朝になると寝返りで向かい合ったり近付いたりするが、俺が早く起きる時はさっさと体を起こして寝台からすぐ出るようにしてる。多分、フィーネも同じようにしてる。さすがに寝起きでお見合いは気まずい。
寝台に横になると、俺の体の向きからはニッチが寝る態勢になる様子が見える。足を畳んで床に腰を下ろし、首を曲げて膨らみのある翼に頭を乗せている。ニッチが目を閉じる間際、一瞬だけ目が合う。俺らの空気感に納得いかないのか、小首を傾げられながらもニッチは瞼を下ろす。睡眠は必要ないとか言ってたが、それでも寝るってのはどういう感覚なんだろうか。
質問しようか迷っているうちにニッチの寝息が聞こえ、次いでフィーネからも聞こえてきた。俺にも睡魔が押し寄せ、自然に意識が薄れていった。
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夜明け直後。
日の光が部屋に差し込む前、周囲が明るくなる変化で目を覚ました。視界いっぱいに広がる、流れる白金の髪が鼻先をくすぐってくる。
今朝は俺がフィーネの背中に寄り掛かるように寝返りを打っていた。頭でフィーネの長髪を踏んでいたので、慎重に起き上がって寝台から抜け出す。
寝室から居間へ移動すると、村長が既に起きていたので挨拶する。朝食を準備していたため、俺も切ったり炒めたりと手伝い、出来上がる頃にはフィーネとニッチが起きてきた。
村長は俺と同様にフィーネへ挨拶し、ニッチには大仰に挨拶した。頭が冴えてないのかニッチは偉ぶることなく普通に挨拶を交わし、そのまま朝食を囲んだ。朝には丁度いい薄さの味付けに年の功を感じる。
冷静に考えると、村長はフィーネ(六十四歳)と同年代か、それより年下の可能性があるのだから、朝から世の無情を思わずにはいられない気分になった。
朝食を終え、村から発つ準備を始めた。ニッチのオンボロ荷車を取り替えるために組合へと足を運んだ訳だが――
「おはようございます! 御使い様と従者のお二方! こちら、昨日お求めになられていた品となっております! どうぞお納めください!」
昨日の宴会で交流した商人組合の男性が、組合の入り口で立派な荷車を置いて溌剌と出迎えてくれた。
『品』というのは、この荷車か? 雨風を凌ぐ幌がぴっしりと張っていて、車輪を繋ぐ軸は金属製で耐久性は十分にありそうだ。傷は見られないし、新品に近い状態にも見える。大きな商隊で見る理想的な荷車だ。
「昨日の今日で助かるわ。お代は――」
「いえ、滅相もない! 御使い様の行脚に金銭を求めることなど出来ましょうか!」
フィーネが渡そうとした金貨を男性は受け取ろうとしない。
言ってはなんだが、こんなショボい村でこの荷車は重宝するはずだ。外との物資のやり取りだけでなく、移動手段としても使われているように思える。これをタダでというのは――
「おい、スゲェよこの車! 車輪の回りが半端なくてスイスイと――グヘェ!!」
「御使い様!?」
「このバカ鳥! 勝手に走らせて転んでんじゃねぇぞ!」
男性と金を押し付け合っている間にニッチは勝手に荷車を引いて走り、大きな音を立てて横転した。
平衡感覚がおかしいとか言ってるヤツが何してくれてんだ。今みたいな転び方で前の荷車を破損させてたというのは分かったけど。
フィーネを中心に他の村人らと慌てて荷車を立て直し、念のために荷車の点検をしてもらう。その間、ニッチが俺らに小さく囁いてきた。
「もう金は渡さなくていいんじゃねぇの? アニキも言ってたぜ。礼の仕方は金だけじゃねぇし、直接的である必要もねぇってな」
「お前……それを言うためにわざと転んだのか?」
「いや、単純に新車でアガっただけだぜ」
この野郎……満足げな顔を殴ってやりたくなるが、拳を強く握るだけに留める。
それでも、“アニキ”の言葉はもっともだ。
「この先の街で馬と荷車をこの村に手配するとかかしらね。あとは……人手、とか?」
フィーネの言う通り、この村には冒険者や魔術士などの人手が必要かもしれない。最たる理由は、砂漠で出現した巨大ザリガニだ。これまでニッチのおかげで、少なくともセデューロとこの村は被害に遭わなかった。
ただ、俺らがニッチを連れ出したことでザリガニが砂漠から出る可能性がある。当然、推定災害級のアレをこの村が対処できるわけもなく、他所から村人たちを守る人員を寄越す必要がありそうだ。新発見の魔獣の報告と一緒に村の警護をこの先の街に依頼すれば、荷車の返礼になるだろう。
というわけで、荷車の点検が無事に終わったところで、荷車を無償で受け取ることにした。乗り込んでみると、安定感が前の比じゃない。公営馬車のように他の乗客がいるわけもなく、自由に足を伸ばせるほど広い空間を座って移動できる。
準備も整ったので、当然のように村人総出の見送りで村を後にする。
「どうかお元気で。御使い様とお二方の旅が、健やかに充実したものになることを祈っております」
「お達者で!」
「この出会い、末代まで忘れません!」
「太天凰様万歳! 御使い様万歳!」
「おうよ! お前らも元気でな!」
村長の挨拶を始め、口々に見送る村人らに対し、ニッチは羽を大きく振って別れを告げる。
俺とフィーネも熱狂に引き気味ながら、手を振っておいた。
歓声から遠ざかる車輪の動きは滑らかに、真っ直ぐ村から離れていく。
村の気配が微塵も感じられなくなったところで、一言伝えておく。
「いくら良くしてくれたからって、あの村は異常だったからな? この先は見世物として見られる方が多くなるぞ」
「はぁ……わざわざ言うんじゃねぇよ。けどな、オレ様を奇妙に思う奴らでも、真の姿を見ればすぐさま手の平返してオレ様を称えるようになるぜ。そのためにも、封印を解いてもらわねぇとな」
足取り軽く荷車を引くニッチの前向き過ぎる自信に、フィーネと共に肩をすくめる。
こんなお調子鳥野郎を連れてくことに不安を覚えつつも、この旅に吹き込んだ新たな風に期待せざるを得ない。
体質の解明、真の姿、『最高の景色』……各々の目標を抱きながら、それらを果たす道を進んでいく。




