第八話 ビーマイベイベー
「ビーマイベイベー♪ ビーマイベイベー♪」
ダチョウに引かれる荷車に揺られながら、俺らはヴェーラ大砂漠を突き進んでいる。
「ビーマイベイベー♪ ビーマイベイベー♪」
巨大ザリガニこそ特殊だったが、ラクダやトカゲなどの一般動物も生息してたから食には事欠かず、火を通す度にダチョウは美味そうに食っていた。
「ビーマイベイベー♪ ビーマイベイベー♪」
魔獣化した怪鳥に襲われたが、ダチョウが袖を払うように風の刃で両断した。太天凰の手下としては相応しい見た目の鳥だったが、ダチョウのお気に召さなかったらしい。
「ビーマイベイベー♪ ビーマイベイベー♪」
一日に一ヶ所見つけるかどうかだが、意外にも水場は砂漠内に点在していたため水分にも大して困らなかった。
「ビーマイベイベー♪ ビーマイベイベー♪」
日中は砂漠を爆走、夜間は点在する迷宮で休息を取るという生活を繰り返している。毎晩違う迷宮に必ず入れたのだから、大昔はお隣さん感覚で様々な勢力が戦争していたのだと思われる。
「ビーマイベイベー♪ ビーマイベイベー♪」
思えば炎天下だというのに、セデューロに来た時よりも暑さを感じない。強い日差しで体表が焦げそうにはなるが、空気自体に不快な熱は籠っていない。
「ビーマイベイベー♪ ビーマイベイベー♪」
これはダチョウによるものらしく、大気を操る力で荷台周りの空気を調整して俺らが過ごしやすい環境を作っているようだ。随分と親切な運び屋だよ。
「ビーマイベイベー♪ ビーマイベイベー♪」
運ばれている最中は暇なため、当初の契約通りダチョウにこれまでの旅の話をしていた。
「ビーマイベイベー♪ ビーマイベイベー♪」
王都でフィーネと出会ったところから、ヒカネにミディウス、メンデールなど、自分で話していても濃すぎる内容だった。
「ビーマイベイベー♪ ビーマイベイベー♪」
ダチョウは魔人や天人と出くわす俺らに同情しながらも、外の世界の話を楽しんで聞いていた。
「ビーマイベイベー♪ ビーマイベイベー♪」
当然、俺の信条である『最高の景色』も話した。普通なら笑われるだろうが、ダチョウは笑わなかった。
「ビーマイベイベー♪ ビーマイベイベー♪」
いや、正確には笑っていたが、バカにするようにではない。俺らの旅から『最高の景色』を想像し、満足そうに頷いていた。
「ビーマイベイベー♪ ビーマイベイベー♪」
特にメンデールで会った、特等魔術士レニットの父であるデウスの話にひどく感心していた。ダチョウ曰く、デウスは父という概念そのものべー。
「ビーマイベイベー♪ ビーマイベイベー♪」
分からなくはないけど、魔獣のくせに人間の機微を理解しすぎだと思う。下手しなくともフィーネ以上べいべー。
「ビーマイベイベー♪ ビーマイベイ――」
「あのさ、それやめてくんない!?」
「クワ?」
しつこく歌い続けるバカ鳥に声を上げると、ダチョウは走り続けながら振り向いて首を傾げる。
会話が途切れるとダチョウはずっと同じ拍子を口遊むわけだが、詞の意味が分からないのに旋律が印象的なせいで頭に残る! フィーネも耳を押さえて荷車に横になるくらいにはこの拍子が頭の中を巡っているようだ。五躙書にあった『混沌を口遊み――』ってのはコレか?
「しかも何が腹立つって、その続きがありそうだってのに無限に同じ旋律を繰り返すじゃん! 変調ないの!?」
堂々巡りの地獄を抜け出そうと試みるが、ダチョウの返答は絶望に叩き返すものだった。
「アニキが言ってたぜ。世代を、時代を越える名曲ってのは頭に残る旋律が必ずあるってな。逆に言えば、その旋律以外は知らないなんてザラだってな」
「要は無限に繰り返されるってことね……」
フィーネが荷台に突っ伏しながら諦念を口にする。
孤児院で歌ってた童謡を思い出してみれば、ダチョウの言い分も分からないでもないが、時代を切り開きそうな旋律な分、非常に勿体ない。
「とにかく、静かに走れない? 繋ぎとか盛り上げようと気遣ってくれてるのかもしれないけどさ、俺らにそんな親切にしてくれなくても大丈夫だよ」
切実に頼んでみるが、ダチョウは嘴をさらに尖らせて一言――
「気遣いっつーか、癖なんだよなぁ……」
「『癖』?」
思わぬ言葉に聞き返すと、ダチョウは減速して歩きながら周囲の景色に羽を広げる。
「普通に考えてみ? 見渡す限り砂しかない殺風景な場所でよ、オレ様は五千年は過ごしてたんだぜ? 下手したその倍もいるかもしれねぇ。こんな楽しみ一つもない場所で正気でいられるか?」
「それは……自信ないな」
反論できない。五千年という、人間の尺度じゃ途方もない時間を何もない場所で……心が擦り切れる。
「こういう場所だとな、自分でどうにか楽しむ方法を探すしかねぇんだ。適当に砂嵐を起こしたり、ただ砂漠の外周を走ったり……究極的には、羽に掬った砂粒を一つずつ数えたりもした」
「かわいそう……」
「その言葉は一番言っちゃならねぇ!!」
あまりの惨状に憐れまれると、ダチョウは目を怒らせてフィーネを睨みつける。
その剣幕にフィーネは首を縮め、ダチョウは吐き捨てるように続ける。
「とうとうやることがなくなった時、あとは狂うしかねぇ。だがオレ様は五躙獣最強! そんなことで自棄になるなんてダサすぎる! だからこそ、オレ様はアニキの言葉を実践した。狂う前に、狂ったフリをして自分を俯瞰すれば、精神の平衡を保てるってな」
「それはつまり……」
結論に辿り着くところで、ダチョウは目が遠くを見据える。
「頭に残る旋律を延々と歌い続けて自分を顧みる。こうでもしねぇとまともにやってられねぇんだよ」
哀愁を漂わせるダチョウに思わず憐憫を垂れそうになったところで、頑張って飲み込む。
コイツ、メチャクチャ不憫だ。見た目と正体の格が乖離しすぎてふざけているようにしか見えないが、こんな環境で一人?ぼっちの時点で相当寂しい思いをしてたんだな。
下手に人間じみた心を持ってるせいで辛さも一塩だろう。そりゃ遭難しかけた奴に余さず声を掛けてビビらせるわ。尚のことダチョウがかわいそうに見えてくる。
俺とフィーネに向けられる視線が露骨だったためか、ダチョウは項垂れながらも前を向く。
「つーか頭に残るのが嫌だったら声に出せばいいんだ。喋ることもねぇなら歌おうぜ」
「「えぇ……」」
「『えぇ……』じゃねぇ! 引っ張ってやってるオレ様に付いてこい! 初めての合唱だ! カモン、エビバディ!」
ダチョウは声を上げるとさっきと同じ歌を繰り返し始めた。
フィーネと怪訝な顔を突き合わせる。そもそも、何て言ってるのかすら分からないんだよな。
まぁ、ここまで良くしてくれてるし、慰めてやるぐらいには……
ダチョウの歌に俺が勢いでノると、後にフィーネも呟くように歌い始めた。
「ビーマイベイベー♪ ビーマイベイベー♪
ビーマイベイベー♪ ビーマイベイベー♪
「びーまいべいべー♪ びーまいべいべー♪
びーまいべいべー♪ びーまいべいべー♪
「びーまいべいべー♪ びーまいべいべー♪
びーまいべいべー♪ びーまいべいべー♪――」」」
次第に俺たちも気分が上がり、陽気に歌い続けた。
客観的に見たら、俺たち全員、狂ってるようにしか見えないな……
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ヴェーラ大砂漠に入り、ダチョウと会って一週間が経った。
「ここが砂漠の端だ。無事に送り届けてやったぜ」
ダチョウが言うように、砂漠だけの景色から次第に枯草が増え、視界の奥には木々も見える。
「本来は二ヶ月無駄にするところを、さらに一週間以上短縮するとはね」
荷車から降りながら、フィーネが嘆息する。
砂漠を迂回する経路もあった中、比較的快適に直進できた上に、ダチョウのおかげで楽しく過ごせた。
俺も荷車から降り、背嚢を手に持つ。
「ありがとな。お前のおかげで西極圏に早く着けそうだ」
「おうとも。もっと感謝してくれてもいいぜ。じゃ、オレ様はここまでだ。これ以上は封印で弾かれちまう」
感謝を伝えると、ダチョウは口角を上げてドヤ顔をする。
俺らが少し歩いている中、ダチョウは荷車を引きながらも直立で立ち尽くしている。振り返ると、俺らの間には確かな距離が……
「あんまり期待はしねぇが、オレ様の封印解除は頼んだぜ。ま、この一週間だけでもオレ様としては十分楽しめたけどな」
ダチョウは屈託のない笑顔で俺らに翼を振る。
ここでお別れ、か……
「なぁ、一緒に来れないか?」
「……は?」
俺の問い掛けに、ダチョウの笑顔は目を見開かれた真顔に変わる。
「『一緒に』って……いや、そもそもオレ様には封印が――」
「本当に弾かれんの? 自分の目で見ないと信じられないんだけど」
『弾かれる』という表現から、物理的に作用するのか? 何にせよ、フィーネに確認してもらった方が封印の解除に近付くはずだ。
だというのに、ダチョウの目は泳いでいる。明らかに戸惑った様子だ。まるで助けを求めるようにダチョウはフィーネの方に視線を向ける。
そういえば、フィーネの了承を得てなかったな。
「フィーネ、コイツ連れてっていい? 何にしても役に立つと思うんだけど」
無理な相談とも思ったが、フィーネからは特に悩む素振りもなく――
「いいんじゃない? これだけ知性がある上に、天人たちの情報を持ってる。封印とやらが解ければ、奴らの全貌も少しは分かるようになるでしょ」
合理的なフィーネの返事に、ダチョウはさらに狼狽える。
「い、いや、それにしたって、オレ様は厄災級とか言われてるんだろ? 人間がいる世界に入ったって……」
は? コイツ、そんなこと気にしてたのか?
「それなら何の問題もないだろ。今のお前は完全にダチョウにしか見えない。喋るのを控えて力も抑えとけば、珍獣としか見られないだろ。絶対に太天凰ヴィゾニッチとは思われない」
「……」
これまで太天凰扱いされないと必ず声を荒げて訂正を求めてきたが、ダチョウは一言も発することなく唖然としている。
明らかに様子がおかしい。何事かとフィーネと顔を合わせてしまう。砂漠の外が怖いとか思ってんのか? 柄じゃないだろ。
「何を悩んでんだか知らないけど、こっちにも打算はあるよ。今のお前でも俺なんかより何十倍も強いし、馬車を使うよりも金は要らないし速いし」
「テメェ……オレ様を足にしようってか……!」
俺の打算に、ダチョウは調子を戻したように顔をしかめる。
けど、コイツを連れていきたい一番の理由は――
「お前と一緒なら、この先の旅はどこに行ったって楽しくなるだろ」
ただの願望を口にすると、ダチョウのしかめた顔から力が抜け、目も口も大きく開かれる。
時が止まったように、ダチョウの体が硬直する。
渇いた風が、頬を撫ぜた。
続く沈黙に首を傾げていると、ダチョウの頬が緩む。
「お前……アニキみたいなこと言うな……」
「あ?」
ダチョウの斜め上の返しに顔をしかめると、ダチョウの足が動き出す。
フラフラと、されど前へ。
荷車を引き、やがて――
「いや……封印は? 全然進んでね?」
ダチョウは俺の横まで進み出た。
弾かれることを警戒していたであろう境界は明らかに越えているはずだ。枯れ草の芝生を両足で踏み締めている。
ダチョウは枯れ草を足踏みし、その感触を確かめたかと思うと、小刻みに震え出す。
「ククッ……クハハッ……! クワッハッハッハッハッ!!」
ダチョウは突如として天を仰ぎながら高らかに笑い出す。
おかしくなった……? これは――
ダチョウの豹変ぶりに俺と同じ考えになったか、フィーネが鏡剣に手を掛ける。
「よく分からないけど……晴れて自由の身になったから、暴れようってわけじゃないわよね?」
俺らの警戒に対し、ダチョウは笑い過ぎて出てきた涙を羽で拭う。
「いやいや、違くてよ。そりゃ自由になったってのは最高なんだけどよ。そうか……そうだったか。“その時”、か。あの野郎共……」
勝手に納得している様子だ。『あの野郎共』というのは天人だと思うんだが、ダチョウはしてやられたように低く笑う。
こっちとしては理解が追い付かない。ひとまず敵意が微塵もないようだから、フィーネは警戒態勢を解いて肩をすくめる。ダチョウは変わらずニヤけ面だ。
「どういうこと? “その時”はとっくに過ぎてたとか?」
「あぁ、そうだな。いつでもよかったんだ。それでも……“今”だったんだろうな」
「説明する気ある?」
おかしな返答をするダチョウは上機嫌で俺らの前に進み出る。
「さぁ、乗りやがれ! オレ様がこれ以上ない『最高の景色』に連れて行ってやるよ! その代わりつまらねぇようなら、ただじゃおかねぇからな!」
ダチョウが翼を広げ、らしい言葉を吐き出す。
何が何やらだが、愉快な仲間が増えたらしい。
フィーネと共に苦笑し、ダチョウが引く荷車へと寄る。
『ダチョウ』、か……
「呼び方どうする? 『ダチョウ』はないよな」
素朴な事案に対し、ダチョウは大きく首を傾げる。
「そんなの『太天凰様』か『ヴィゾニッチ様』だろ」
「絶対ダメ。その姿じゃ名前負けが過ぎる。いくら本人だからって周りはそう思わないからな? 初見で絶対バカにされるぞ」
「うぇぇ……」
容易に予想できる未来にダチョウは苦い顔をする。
いい加減認知の擦り合わせが出来てそうだな。
俺らの言い合いの最中にもフィーネが口元に手を当て、提案を口にする。
「こういうのは端的に、”元”から文字ればいいんじゃない? ヴィゾニッチだから、短くして……ヴィッt――」
フィーネが言い切る前に、ダチョウが凄まじい勢いでフィーネに迫る。
「良くない。ほんとに良くない。アネゴの口から出てきちゃ一番ダメな単語だ。不適切にも程がある」
「そう、なの? 良くない? ダメ?」
「絶対ダメ!」
ダチョウのあまりの剣幕にフィーネがたじろぐ。
よく分からないが、コイツのお気に召さない案だったようだ。
だったら――
「『ニッチ』で良いんじゃね?」
「え"ぇ"ぇ"~……『ニッチ』ぃ……? 何か丸くね? 威厳がよぉ……」
その姿で威厳もクソもあるか。
「いいじゃない、ニッチ。雰囲気に合ってるわよ。決まりね」
「マジかよ、アネゴぉ……」
フィーネは頷きながら荷車へと乗り込み、ダチョウ――ニッチは肩を落とすように羽を垂らす。
「じゃ、よろしくな、ニッチ。俺たちを『最高の景色』まで運んでいってくれ」
俺も荷車に乗り込んでニッチに頼むと、大きく溜息をつきながらトボトボと荷車を引き始める。
「なんか、付いてく奴ら間違えちまったかなぁ……」
どっちかというと、俺らを乗せた荷車を引っ張っていってるけどな。
ボヤいてはいるが、ニッチの横顔には上がった口の端が見える。
半壊したガタつく荷車に揺られながら、あまりに濃い時間を過ごしたヴェーラ大砂漠から離れていく。
珍妙な仲間を加え、西極圏へと進み始めた。
「それにしても、封印というのは具体的にどういう術式だったのかしら。以前は砂漠から出られなかったんでしょ? なのにさっきは越えられた。そもそも《楔打》だったら、禁止事項に対する条件は魔術士が直接干渉しない限り緩むことはない。一方通行なのに――」
俺の対面に座るフィーネがいつもの調子で封印に関する考察を始めてしまい、ニッチから苦笑が漏れるのが聞こえてくる。
この瞬間、これから先の旅が楽しく充実したモノになると確信できた。




