第七話 砂漠の食
突然流砂に飲み込まれそうになったところを脱出したと思ったら、地中から飛竜よりもデカい巨大ザリガニが現れた。
「ちょっとこれ……災害級なんじゃないの?」
フィーネは見たままにその脅威度について述べる。
ハサミを振るうだけで家屋が簡単に全壊する規模感だ。少なくとも、俺の脳内魔獣図鑑には存在しない。本当に未確認の可能性すらある。
ひとまずザリガニについての所見をまとめたところで、ヤツは槍のような足を砂に突き刺しながら、俺らに向けて走り出す。
砂以外何もない更地。特殊な装備も設備もない。無力な俺は荷台に乗ったまま訓練座りをする。任せるまでもなく、フィーネは今度こそ鏡剣を抜いて戦闘態勢を取る。
そんな俺らの間に、ダチョウがフラフラと歩み出る。
「まぁまぁ、アネゴ。ここはオレ様に任せてくれ。アネゴならあの甲殻類程度は簡単に捌けるだろうが、斬った時に飛び出る体液がスゲェのよ。服に跳ねたら落とすのに苦労するぜ。それにな、さっきまでオレ様が太天凰かどうか疑ってたなら、今ここでちゃんと見せつけてやらねぇとな」
説得するためかダチョウが緩慢に話し続ける間にも、ザリガニは馬ぐらいの速度で砂煙を大きく立たせながら迫ってくる。
フィーネは未知の脅威に対して語気を強める。
「そんなこと言ってる場合!? さっさと《界斬》で――」
「もう終わってる」
ダチョウの呟きと同時に、ザリガニからハサミがひとりでに離脱し、次第に節々を境目に巨体が分解していく。断面から深緑色の体液が止めどなく吹き出すが、ここまで届きそうな勢いの割にダチョウの手前で飛び散るに留まる。
異常な光景に唖然としていると、フィーネも呆気に取られたままに口をつく。
「今のは、一体……」
俺らの反応が小気味いいのか、ダチョウはしたり顔で語り始める。
「バラしたのはオレ様が放った風の刃だ。オレ様は大気を操れるからな。風の強弱に範囲も自由自在。ついでにここまで飛んできた汚ぇ体液も風で除けたんだ。どうだ? ただ力があるだけじゃねぇ。細やかな気遣いも出来るんだぜ?」
ダチョウは羽を大きく広げ見栄を張る。
「オレ様こそ、五躙獣最強! 太天凰ヴィゾニッチ!! 生きてるうちに巡り会えた幸運に咽び泣きやがれ!!」
「「お、おお~~……」」
俺とフィーネのまばらな拍手が砂漠に虚しく響く。
そんなのでも承認欲求が満たされるのか、ダチョウは誇らしげに胸を張る。
推定災害級を容易く蹂躙するあたり、厄災級の面目躍如といったところだろう。コイツが敵対的だったら俺なんて一瞬で砂漠のシミになってたかもしれない。
拍手を続けているとダチョウは満足したのか、軽い千鳥足で荷車から離れてザリガニの死骸に近付いていく。
「焼けば大体食えるだろ」
極論を言うダチョウに続き、俺らも荷車から降りる。
死骸に近付くほど鼻を摘まみたくなる刺激臭がする。根本的に食い切れる量じゃない。分断された死骸の中の一番小さい部位でさえ俺の体より大きい。
とりあえず白色の身を切り取る。意外と柔らかくて剣が簡単に入り、肉を引き抜くと臭いが強くなった。生だと確実に食中毒になる。
フィーネも身を鏡剣に串刺しにし、死骸から離れる。陣術で火を起こして焼いていると、割とすぐに焼き色がついて肉が硬くなった。
フィーネと互いに窺いつつ、同時に一口目を齧る。
程よい弾力に溢れ出る肉汁。後味に不快感は一切なく、脂っぽさもない。
「これは……調味料次第で化けるわね」
新たな食材の可能性にフィーネの顔が綻ぶ。
生臭い魔狼の肉でも美味そうに食ってたフィーネからまともな感想が出てくるなんて、俺は別の意味でも感動してしまった。
「お~い、これも焼いてくれ!」
切り取った分を全て食べ終えると、ダチョウが一口大の身をいくつも宙に浮かせて持って来た。
「生はダメだな。異様に柔らかいくせに繊維を感じるし、水気が多くてひたすら気持ち悪ぃ」
「食ったのかよ」
やけに想像しやすい感想を言いながら、ダチョウは風で浮かせているのであろう身を火に近付けて焼く。
風で煽っているのか、火の勢いが強くなってすぐに焼けた。ダチョウは口に放り込むと、悶えるように羽で自分の体を抱きしめる。
「これはアリだ……! アリだからこそ醤油がいるッ! アニキも言ってた。醤油は全ての食材を美食に導くってな!」
「言い過ぎだろ」
主張はともかく、ダチョウにとっても満足できるものだったらしい。
こうしてダチョウの異常な食生活を見てみると――
「やっぱ世の中理不尽だ。魂が特別とかいう俺が膝を抱えることしか出来なくて、こんな澄み渡った純度のダチョウが空気を操るとか……意味分かんね」
「なんだその表現」
人どころか畜生に用意された飯を口にしているという事実に悲しくなり、自然とボヤいてしまった。
それでも焼き身は食い続ける。
「確かに不条理は感じるわね。私だって《界斬》の発動を躊躇うのに、同じ規模の魔術を片手間で放つなんて。五躙獣はどいつもあなたみたいな力を持ってるの?」
身を焼きながらフィーネもダチョウに不満を漏らす。
対するダチョウは思案気にフィーネの問いに答える。
「オレ様が最強ってのはあるけど、他の奴らもそこそこまぁまぁだな。それこそ、お前らが戦おうとしてる銀煌龍はオレ様の次に強いんじゃねぇかな」
「え、今のお前に?」
「……回答を控えさせて頂きます。しばらくした後に再度お試し下さい」
業務対応のような口調でダチョウは明後日の方を向いて口を噤む。
今の姿で言い切るだけの自信はないようだ。
俺らのやり取りにフィーネが前のめりに割って入る。
「というか、銀煌龍と戦いたい訳じゃないからね? あくまで【仙斧】に魔大陸遠征を同行してもらいたいから西極圏に行くのよ。万全でもない太天凰でこれなのに、私たちで銀煌龍を討伐するなんて無謀よ」
それもそうだ。俺らの目標はあくまで研究であって、戦いの先に偉業を成し遂げるわけじゃない。
目標を再確認したところで、ダチョウが思い出したように首を傾げる。
「そういや、何で銀煌龍と【仙斧】ってのは戦ってんだ? オレ様が知ってる銀煌龍は自分から戦うような奴じゃねぇんだけどな」
「「は?」」
ダチョウから根底が覆る発言が飛び出すが、フィーネは腑に落ちたように口元に手を当てる。
「そういえば……銀煌龍の討伐で大勢死んだとは聞いたことがないわね。少なくとも魔大陸遠征よりは圧倒的に犠牲者が少なかったはず」
「やっぱか。アイツ、話した感じは荒事が苦手そうだったからな」
フィーネの裏付けに対してダチョウが付け加える。
てか――
「薄々思ってたけど、五躙獣ってお前みたいに喋れるのか?」
目の前のダチョウのように高い知性で流暢に喋る魔獣がいるなら、同格の他の五躙獣にも言語能力が備わっている可能性は十分にある。
そう思って聞いてみたのだが、ダチョウは険しい顔で首を傾げる。
「喋れは……話せて……う~ん……いや、まぁ全員言語能力はある。あるが……話が通じるかは別の問題で……」
あぁ……そういう?
「冗談抜きでオレ様が一番会話になる。銀煌龍もしっかり成立するけど……ノリがちょっと怖ぇんだよな。一歩間違えると爆発しそうな感じ。這界底はボケちまってるし、伏頭麟はほぼ寝てるしよ。禍廻游は……」
禍廻游ゲルボクスだと思うんだが、ダチョウは眉間に皺を作りながら拳を握るように羽を畳んで声を荒げる。
「アイツはマジで無理! ベラベラ喋るくせに話が全く通じねぇんだ! ヤローの嫌がらせにどんだけ迷惑したか!」
今まで失礼してきた自覚はあるが、ダチョウからここまでの憤怒を感じるのは初めてだ。禍廻游には相当恨みが溜まってるらしい。
ダチョウは怒りが収まらないのか唸っているが、それを横目に五躙獣の性質を聞いたフィーネが素直な感想を口にする。
「五躙獣って、大分人間臭いのね。もう少し威厳めいた存在かと思ったけど……」
激しく同意だ。会話内容に気を付けたり、ボケたり、寝てたり、会話が成立しなかったり……人間が持つ欠点とそう変わらない。思えば“アニキ”が出てくる以外ダチョウは至ってまともだし、一番喋れるというのも間違いじゃないかもしれない。
「ただ……厄災級魔獣全ての知能が高いってのはおっかねぇな。天人だけじゃなくて、五躙獣だけでも人類滅ぼせるだろ」
俺の悲観にフィーネは嘆息する。
「そうね……銀煌龍に関しては帝国から西極圏に攻め込んでるからね。人間と同じ知性があるなら、怒りのままに人類の生存圏に報復しようとしてもおかしくないわ。【仙斧】は二十五年間、それを一人で食い止めてるのかも」
フィーネの言う通りで、そうでもなければ銀煌龍が西極圏に留まり続けてる理由がない。逆に考えると怒り狂った銀煌龍と戦い続けてる【仙斧】が色んな意味でヤバい。
禍廻游への怒りを鎮めたのか、ダチョウは深呼吸の後に会話に加わる。
「人間に攻撃されたぐらいで銀煌龍がキレる姿が想像できねぇけどな。どっちかっつーと、オレ様みたいに封印されてる説あるだろ」
『封印』……その線があったか。太天凰がそうなら、銀煌龍も天人に封じられても不自然ではない。実際、メンデールで見たリオの置手紙には、レニットが銀煌龍と相性が悪いと書かれていた。事実であれば天人らは銀煌龍の特性を熟知し、ダチョウのように囲んでは封じたかもしれない。同じように、他三体の五躙獣も天人に封印されているから、人類史に姿を現していないと考えるのが妥当か。意図は全く分からないけど。
ただ銀煌龍も封印されたとすると、次の疑問が浮かぶのだが、それはフィーネが口にする。
「何であなたはそこまで弱体化されてるの? 今の銀煌龍は伝説に違わない姿らしいわよ」
素朴な問いに対し、ダチョウは苦い顔をする。
「そりゃあれだろ……オレ様が最強だからだろ」
「よし、朝食終了。後片付けしよう」
「おい、嘘じゃねぇからな!!」
ダチョウが戯言を終えると同時に最後の一口を飲み込み、フィーネも食べ終えたようなので立ち上がる。
ダチョウは声を荒げながらも焼いている身を急いで口に放り込んで俺らに続く。親ガモの後ろに続く子ガモを連想してしまった。本当に五躙獣なのか?
切り替えて巨大ザリガニの後処理をするわけだが――
「この大きさは陣術の炎じゃ燃やせないわ。《界斬》で消すしか……」
生物が全くいない砂漠であっても、例えば地下に生息する一般動物が偶然この死骸を取り込んで魔獣化することを防ぐために必要な作業ではある。それでも、ザリガニの大きさ的に何回か《界斬》を放つ必要がありそうで、その分魔力補充のために俺が斬られることになるのが嫌だ。
フィーネが伺いを立てるように向けてくる視線に渋っていると、ダチョウが解決策を提示してきた。
「ザリガニの近くで火を起こしてくれれば、オレ様が風で煽るぜ?」
ダチョウの提案にフィーネの顔が強張る。
「『風で』って……限度があるんじゃない? そんなこと出来るの?」
「やったことねぇけど、試して悪いことはねぇだろ。コイツが斬られて痛がるのを見たい訳じゃねぇしな」
「ありがとう、太天凰さん!」
「都合いいな……」
素直に感謝を言うとダチョウは溜息をつきながらザリガニの死骸に近づいていく。
さっきから気になってるけど、ダチョウの歩き方がおかしい。やけにフラついてる。荷車を引いて爆走してる時は真っ直ぐだったけど。
フィーネもダチョウの足元を気にしながらも、炎系統の陣術を持って死骸に近寄り、炎を灯す。
「じゃ、始めるぜ」
ダチョウが羽を振るうと炎はみるみるうちに大きくなる。
フィーネとダチョウが死骸から離れる内に炎は渦状になり、最終的には炎の竜巻となった。死骸は竜巻の中に消え、直後には粉々になったであろうハサミの先端が渦の外側を駆け上がっていく。
砂漠の猛暑を優に超える熱波に、ザリガニの体液の刺激臭に焦げ臭さを加えた異臭が周囲にバラ撒かれる。
「これは太天凰だわ……」
「ヘッ、だろ?」
災害としか思えない光景を作り上げた本人は得意気に胸を張る。
やがて炎の竜巻は消え失せ、巨大なザリガニがいたという痕跡は砂漠から跡形も無くなった。
「これまで火なんて起こせなかったからな。これから出てくる魔獣も焼けば美味く食えそうだぜ」
ダチョウは舌なめずりしながら、荷車を引き始める。
ダチョウなりに俺らを運ぶ理由を見つけたみたいだ。
様々な表情を見せるダチョウにフィーネは苦笑しながら肩をすくめ、荷車に乗る。俺も荷物をまとめて荷車に乗ったところで、ダチョウは声を上げる。
「それじゃ、運転再開だ! クワッ!」
鳴き声と共に荷車が動き出す。
ダチョウの足取りは軽く、真っ直ぐ、砂漠に一直線の車輪の跡を引いていく。




