第六話 魂
時刻は朝。
ダチョウに運んでもらいながら、フィーネに夜中の内に聞いた話を共有した。
ダチョウは太天凰ヴィゾニッチが封じられた姿で、命の危機に瀕すれば元の姿に戻れるかもしれない。
封じたのは、リオやスミンを含めた六人の天人。
“その時”とやらが来るまで、砂漠に閉じ込められ続けている。
天人らの詳細を聞こうにも、口外を禁じられている。
頭を抱える情報にフィーネは目を白黒とさせ、猛暑を齎す雲一つない大空を仰いでいる。
フィーネなりに情報を咀嚼したであろう、最初の一言は――
「あなた、ホントに太天凰だったの?」
「はぁ゛ぁ゛!?」
未だに疑っていたフィーネに対して、ダチョウは爆走しながらも抗議の声を上げる。
「夜中に語り合った時間は何だったんだよ! コイツですらオレ様を太天凰と認めたんだぞ!」
「そうだぞ、フィーネ。俺はこんなナリしてるヤツが太天凰を名乗ってるのが許せないだけで、事実はちゃんと直視してるんだからな?」
「オメェの許可制じゃねぇからな!?」
支持してやったというのに、ダチョウは俺にも抗議してくる。
俺らを横目に、フィーネは荷車の縁に寄り掛かって溜息をついた。
「スミン一人を相手にしても私とレニットじゃ決定打に欠けて、痛手を喰らわせたと思いたいリオですら、油断させた上でステアが死に掛けなきゃ退かせることが出来なかった……そんな奴らが六人ってどういうこと? それに、アイツらは世界中に情報網があることを仄めかしてた。アズサのような魔人も一人だけじゃないはずだし、人間も下に付いてるかもしれない。何コレ……終わってるでしょ」
「もう少し現実逃避させろよ……」
絶望的な筋書きを語ったフィーネに悪態をつくと、鋭い目付きで睨まれる。
「言っとくけど、あんたが逃げる余地とか一切ないからね? 奴らに対抗できたのは、ステアの魔力で発動する《界斬》と、レニットの伏魔殿で発動した魔術だけ。他にも手段はあるかもしれないけど、《画龍天晴》すら凌がれた以上、リオに風穴を空けた《界斬》が現状唯一の有効打なんだから」
俺の逃げ場を失くすようにフィーネに捲し立てられて辟易としていると、ダチョウから驚愕の声が聞こえてくる。
「おいおい……リオに穴空けたってマジか!? オレ様がモロに喰らわせたって貫通するような手傷にはならなかったぜ?」
どうやら五躙獣であっても天人に対抗するのは難しいらしい。というか、複数の天人に囲まれながら一発喰らわせたコイツも大概ヤバい。
厄災級魔獣の片鱗をちらつかせながらも、ダチョウは俺らの会話から些細な不審点に首を傾げた。
「んぁ? なんかおかしくね? 《界斬》ってのがアネゴの技として、それをコイツの魔力で発動するって……」
「「あっ……」」
完全に油断してた。絶望的な情報を前に、自分たちが秘匿すべき肝心な情報をあっさり口にしてた。言ったのはフィーネだけど、俺も違和感なく続けてしまった。
失言を自覚したフィーネとマヌケに口を開きながら顔を見合わせる。そもそも、フィーネが魔力補充のために人々に斬り掛かるような通り魔として認知されないように隠していただけだし、ダチョウに知られた所でという話ではある。
だったら――
「いっそ全部言わね?」
提案してみると、フィーネは腕組みして悩む素振りを見せ、最終的な決断を下した。
「そうね。長生きしてるんだったら、私たちの体質に何か心当たりがあるかもしれないし」
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俺らの体質や正確な関係性について余すことなく話した。
「片っぽは魔力なし、もう片っぽは使い道がないくせにアホみたいな魔力を持て余してるってか。凸凹にしたって噛み合いまくってやがるな」
「俺の言い方もうちょいマシにならない?」
ダチョウは爆走し続けながらも簡潔にまとめてくれた。
俺の扱いが悪い気がするが……
「アネゴに関しては全く心当たりがねぇな。言っちゃ悪ぃが、そんな奴がオレ様の眼中に入るわけねぇからな」
「朝食は鶏肉かしら」
「ホントごめん!!」
青筋を立てながら鏡剣に手を掛けたフィーネに、ダチョウは羽で頭を抱えて即座に謝罪する。
ダチョウは頭を抱えたまま振り返り、俺に目を向ける。
「ただなぁ……聞けば聞くほどお前、天人ぽいぞ?」
「「……はぁ?」」
意味不明なダチョウの考察に素っ頓狂な声を上げる。
俺らの困惑に構うことなくダチョウは続ける。
「だってよ? 《界斬》とかいうビカビカは消耗が激しいってのに、お前から魔力を奪えば気兼ねなくぶっ放せるんだろ? 向けられたから分かるけど、あの光はオレ様全盛期の最大出力超えの威力だ。自慢だが尋常じゃねぇぞ。それだけの魔力を奪われてもケロっとしてるのはイカれてやがる」
「それはまぁ……そうね」
魔力に関してフィーネも同意する。
「だからって……天人とどう関係するんだよ」
ダチョウは呆れたように溜息をついて語り始める。
「天人ってのは魂が異常に強い奴らだ。そんで、魂ってのは強ければ強いほど揺らぐことがねぇんだ。これは生物としての最大の揺らぎ――“死”から遠のくことと同義だ。老いによる死から隔絶するだけじゃねぇ。外的要因による死からも離れていく。刺されても傷にならなかったり、瓦礫が降って来ても潰されなかったりな。だから、魂が弱い奴は天人に傷を付けることが出来ねぇんだ。持て余してる魔力量だって魂が由来だからこそだ。魂という種火さえ燃え続ければ、尽きることなんて絶対に起こらねぇ」
粗末な荷台の上に、場違いな緊張が走る。
生唾を飲む。嫌な汗が流れる。砂漠で乾燥するからとか、暑いからとかじゃない。
コイツの言うことが、全て真実なら――
「ステア・ドーマ。お前は、天人の魂を揺るがす程の“魂の格”を備えてるってわけだ。分かるか? オメェは人間で済ましちゃならねぇバケモンなんだよ」
これまで深く考えずに放置してきた謎の、ある種の答えが示されてしまった。
本物の人外に、人外扱いされる日が来るなんて……
「もちろん、アネゴが放つ魔術が有効だったあたり、アネゴだって相当な魂だ。歳の割に――いや、これはマジで聞いてほしい……」
続け様にフィーネについて言及し、案の定禁句によって鏡剣に手を掛けたフィーネに羽を伸ばして制止を求める。
「さっきまでの話を聞く限り、アネゴはあらゆる生物から魔力と一緒に魂を取り込んできたんだろ。ただの人間じゃ出来ねぇ芸当で魂を外付けし続けたからこそ、強靭な肉体を維持できていると考えるのが妥当だ。コイツの魔力にアネゴの魂を掛け合わせた魔術だからこそ、リオに有効だったんだろ。それでも、他愛もない生き物の魂を取り込んだ所でアイツと張り合えるわけがねぇ。コイツの魔力を取り込んでから、常識じゃ測れねぇ変化が起こったはずだ」
ダチョウの考えに対し、フィーネは険しい表情の口元に手を当てて呟く。
「元を正せば、魔力効率の上昇に、術式構成の仕様以上に出力が上がったし……スミンと戦って思ったけど、《界斬》を発動した戦闘時間が長すぎる。私の最大魔力保有量も異様に増大してる……? それに、迷宮ではリオの催眠魔術にジョンたちが意識を失っても、私たちはそうならなかった」
「ほ~ん。ジョンってのがどの程度かは分からねぇけど、一般人が廃人にならない程度にリオが力を抑えていたなら、お前らに効かないこともあるか」
迷宮でリオが使用した魔術の効果の差異について、ダチョウの分析が付け加えられる。
これまでフィーネの魔術が強化されたのは、俺の魔力を使っているからと思っていた。しかし正確に言えば、俺の魂を取り込んだフィーネの魂が強くなったから、というわけか。不老の魔術《無柩》の効果をフィーネだけが十全に発揮しているのも、あらゆる種の因子を取り込んだというより、効果が現れるだけの魂の水準を満たしていたと考えるのが自然かもしれない。
何にせよ、魂という概念が重大な意味合いを持つようになった。天人に最低限抗えるのは、俺の魔力――魂を取り込めるフィーネと、結界を張ったスミンに傷を負わせたもう一人の特等魔術士レニット・サーマルの二人だ。
コイツらに、魂だけなら天人らと並び得るという俺が単体で割り込めるようになれば、天人への対抗も少しはマシになるはずなんだが……
「魂が重要なのは分かった。俺が異常なのも。けどよ、俺がこんなにも弱いのは何でだ? 無傷どころか、一人で狩れる魔獣なんて限られてるんだけど」
俺の素朴で深刻な悩みに対し、ダチョウは小首を傾げる。
「んなもん知らねぇよ。オレ様が何でも教えられると思うな」
「えぇ……」
さっきまでの丁寧な説明はどこへやら。
呆れ顔でダチョウは続ける。
「そもそも人間がヤツらに対抗できる時点で異常なんだ。魂が立派だろうと、人間の身の丈に合わない代物なら不具合が起こるのも道理だ。廃材になる前にアネゴが有効活用してるんだから十分だろ」
「人を機械みたいに……」
どうやら俺は、何かを間違えた生き物らしい。結局魂がどうのこうの言われても、フィーネの穴埋めの役割に変わりはない。
「ま、魂は試行錯誤でどうにかなる代物じゃねぇ。悩んでも仕方ねぇから諦めろ。アイツらと戦っておいて殺されなかっただけ超幸運なんだ。深く考えず研究目標とやらに打ち込めよ」
完全に気落ちした俺らを励ますようにダチョウが締めくくる。
いずれ滅亡すると言われて、悠長に構えられるわけがないというのに……
全く明るくならない空気にダチョウも気まずくなったのか、走る速度が気持ち上がった気がする。この速度を維持して数分走っていると、荷車の揺れとは異なる振動を感じた。
「何?」
フィーネが異変を口にすると、突然荷車が後方に傾いた。
反射的に後ろを振り向くと、砂が擂鉢状に、地中に向かって流れている。
「なんだこりゃ!?」
「流砂だ! 丁度いい、朝飯にしようじゃねぇか!」
ダチョウが声を上げるが、この現象が朝食と全く繋がらない。
そもそも砂の流れが強すぎるのかダチョウが足を回しても大して進まなくなった。もし流れが強くなれば、荷車ごと地中に埋まる可能性もあるのか?
フィーネもその発想に至ったのか、顔を強張らせながら俺の腰に手を掛けてきた。俺を持って跳躍する気だ。
ダチョウは俺らの行動が読めたのか、口角を大きく引き上げて威勢よく叫ぶ。
「おいおい、言ったよな? オレ様はお前らを送り届けるってよ。砂漠じゃ日常茶飯事の事態で、この太天凰が失態を晒すわけがねぇんだよなァ! クワァァァッ!!」
ダチョウが咆哮を上げると、流砂の中でも確実に前進を始めた。
やがて擂鉢の縁まで辿り着くと、僅かな浮遊感と共に流砂から逃れられ、異常が発生した地点から距離を取る。
フィーネとほっと一息つくと、ダチョウが流砂の発生地点を振り返る。
「さ~て。食い切れるデカさだと良いんだけどな」
「さっきから何の話をしてるの?」
意図が読めないダチョウの言葉にフィーネが台車の上から詰め寄る。
ダチョウは薄ら笑みを浮かべて顎で流砂の方向を指すと、大量の砂が流砂の中心から噴き出してきた。
一帯を覆う砂塵の中から、巨大な生物が姿を現す。
最初に目に付いたのは、赤茶色の頑強そうな二つの巨大ハサミ。次いで飛び出すのはピンと張った線。その根元を辿ると、泡を吐き出す捕食器官が現れる。少し目線を上げると、黒い真珠のような眼球が硬質な体表に張り付いている。
砂煙が晴れると、理解は出来ても納得できない生物が全貌を現す。
ザリガニだ。それも、飛竜よりも一回り大きい巨体で、節々から砂を吐き出しながら、金槌でも打っているようにハサミを鳴らしている。
「実際問題、ザリガニってのはどう食うのが一番美味いんだ?」
ダチョウは羽で目元を日除けしながら、吞気に超生物を眺めている。
何言ってんだ、このバカ鳥は?




