第五話 鳥籠
太天凰を自称するダチョウの今の姿は本来のものではないらしく、封印されたことで今のみすぼらしい姿となっているようだ。
そして、肝心の太天凰を封印した者は、天人ということだが……
五躙獣と天人という組み合わせに天を仰ぐ。
いくら俺が義務教育を蔑ろにしていたとしても、さすがに五躙獣と天人の関わりが歴史に記されていたら習うし、忘れないはずだ。つまり、少なくともこの事実は世に出回っていない。ダチョウから真面目に聞く必要があるみたいだな。
「そもそもとして認識を擦り合わせたいんだけど、お前が言う天人ってのは、魔人の上位種って奴か?」
「お、知ってんのか。アイツら秘密主義かと思ったが、シャバで暴れてんのか?」
「暴れはしたけど、基本は潜伏してたみたいだけどな。俺らが会ったのはリオとスミンって奴らだった。あとはアズサか。アイツは魔人らしいけど」
ミディウスとメンデールで相対した天人の名前を出すと、ダチョウは苦い表情で唸る。
「『アズサ』?は知らねぇけど、アイツらか~……ふざけたガキんちょとお堅い感じの女二人だろ? 逆にアイツらの正体知っててよく生きてたな」
確定だ……あの天人とこのダチョウは面識がある。
ダチョウは眉をしかめたまま昔を振り返る。
「あれは最悪だったぜ。オレ様が元の姿で気分よく空を飛んでたのによ、急にリオが襲ってきたんだ。『黒月』なんつー訳分からん影で殺しに掛かってきてよ……しかも後からぞろぞろと増えてきて、最終的には6人だぜ? 一番暴れてたのはリオだったけど、他の奴らも――」
「ちょっと待って、六人!?」
「お、おう……男3女3でオレ様を潰しにきやがった」
いや……マジか……
特等魔術士二人を相手にしても勝つバケモンが、六人……?
しかもソイツらが人類を滅ぼすような計画のために暗躍してるだと? ほぼ負け確じゃねぇか……
大声を上げたが、隣で寝ているフィーネは寝返りを打つだけで静かに寝息を立てている。幸せなヤツだなぁ……
暢気な人類最強は置いておいて、まだまだ聞きたいことが盛り沢山だ。
「ボコボコにされたのは分かったけど、殺されなかったのは何でだ? 殺されないにしても、奴らの下に付くとかが普通だろ。いや、そもそもお前はアイツらの仲間なのか?」
「奴らの仲間だなんてゾッとすること言うんじゃねぇよ。ただ……襲ってきたくせに殺さなかった理由は分かんねぇな。オレ様をこんな姿にして、砂漠から出ないように封印しやがった」
「出れない?」
ダチョウは渋々と頷く。
思えば荷車を引いて爆走できるような奴が、五千年以上も一処に留まるのもおかしい話だ。それにしても、天人共の思惑が掴めないな。目の前のダチョウが太天凰ヴィゾニッチであることは……認めたくない事実としても、フィーネが驚くような能力を持つ魔獣の真の姿なんて相当なはずだ。それを野放しにする理由がなさすぎる。ダチョウを砂漠に閉じ込めた以上、コイツの力が天人達にとって不利益なんだろうが、そうすると今度は殺さない理由がない。
いや、人間目線だとコイツは守り神と思われている。意図は全く違ったようだが、砂漠越えという無茶をする旅人達はダチョウにビビって街へと逃げ帰り、結果的に遭難せずに助かっている。これまでの天人達の行動から、無差別に人間を殺す様子はない。奴らが意図的にダチョウを砂漠に配置して、遭難者を出さないように……
やめよ。考えがアイツらに肩入れしすぎてる。
惨たらしいという司祭術への嫌悪感に、メンデールでのレニットの安全を確保する動きとかでまともそうに見えるが、やろうとしていることは相当ヤバい。本来の目的すら分からないのに擁護する方向になるのは良くない。最善はさっさとシバいて奴らを無力化することだ。天人六人という時点で絶望的ではあるが……
「おい、どした? スゲェ顔してるぞ」
グルグルと考えていると、声を掛けられて顔を上げる。
首を傾げたダチョウが言うように、顔が強張っていたみたいだ。
そうだ、コイツなら俺らよりも天人と知っていそうだし、奴らの目的を理解しているかもしれない。
「なぁ、アイツらは人類を滅ぼすみたいなことを言ってたけど、主目的じゃないみたいなんだ。本当は何のために暗躍しているのか知ってるか?」
ダメ元だが、ダチョウには心当たりがあるように語り出す。
「『滅ぼす』、か。確かにそれが妥当かもな。説明が面倒くさいけど、簡単に言っちまうと……」
答えが出てきそうなところで、ダチョウが口を開いたまま声を発さなくなった。
「おい?」
聞き返してみるが、ダチョウに答える素振りはない。羽で喉を撫でる仕草をしていて、何かが喉につっかえてる感じだ。やがて溜息を吐き出し、諦めたように首を振る。
「こりゃダメだな。本当の姿と行動範囲だけだと思ってたが、話す内容も制限されてたのか……」
結局これか……思わぬ所で核心を突けるかと期待したが、そう都合よくはいかないな。多分スミンの《楔打》で口外禁止にされたんだろう。
ダチョウは言葉を選びながら奴らの目的について言及してきた。
「なんつーか、アイツらがやりたいことは仕方ないことだ。お前らを恨んでるわけじゃねぇだろうけど、やるときはやるって感じだ。多分だけど、お前やアネゴがアイツらの立場だったら同じように動くと思うぜ?」
奴らと同類に見られるのは不快な気がしないでもないが、ダチョウの言い方はひどく俯瞰的だ。これまでダチョウが高い知能を示している分、的を射た評価だということを思い知らされる。
「それにしたって自分をボコしてきた奴らを擁護するか?」
「それはそれ、これはこれだ。もし反撃できる機会が巡ってくるなら、オレ様は遠慮なく徹底的に個人的な仕返しを見舞ってやるぜ」
ダチョウは力こぶを作るように羽を上げ、戦意を示してくる。
やっぱコイツ頭良いな。
ただ、反撃するにしても――
「さっき言ってたよな。『ガチのマジになった時じゃないと元の姿に戻れない』って。何それ? どういう状況だよ」
素朴な疑問にダチョウは痛い所を突かれたように顔を引きつらせる。
「そりゃあオメェ……アレだよ。命の危機的なアレだろ……オレ様もそう言われただけで、今まで元の姿に戻れたことはねぇしな……」
自信なさげに答える姿は何とも情けない。
こんな奴でも死に掛けてたら伝説の魔獣になるってか? 事実だとしても、条件付きで元の姿に戻る余地を天人側が残したのも謎だな。
「そもそも砂漠から出られない上に、寝食もいらない奴がどう死に掛けるってんだ? 今はフィーネがいるけど、コイツぐらいの魔術士が討伐に来ない限りそんな事態にならないだろ。あとは……天人共の気が変わってお前を殺しに来るとかか? でもまた六人で出張ってきて、寄って集って殺されるのがオチだよな」
「お前、ヤなこと言うな……」
ダチョウは表情を歪ませるが、思い出したように俺の発言を訂正し始めた。
「そういやぁ、砂漠にいるのも条件付きとか言ってたな。“その時”になったら出ていいとか……」
「『その時』? 具体的には?」
ダチョウは首を傾げる。
「いや、“その時”とだけしか言われてねぇんだよな。意味わからなさすぎて意識したことないけどな。自由の身はいつになることやら」
いっそ真偽が分からなくなってくるな。本当にそんな条件で封印されてるのか?
“その時”という抽象的な条件に、合理的な理由付けをするなら……
現時点で太天凰を外の世界に解放するのは天人共にとって好ましくなく、時を見計らって封印を解除し、奴らの“計画”遂行に利用するとかか? だとしても、五千年以上も“その時”とやらにならないのは不思議だ。もしかしたら万年単位に一度の何かしらを狙っているのかもしれない。
天人共の情報は出てくるが、どれも断片的で全く繋がってこない。
ひとまずここまでで分かっているのは、目の前にいるのは五躙獣の一角――太天凰ヴィゾニッチの成れ果てた存在で、砂漠から出られない憐れなダチョウってことか。
「お前、自由になりたいか?」
自然と口からついて出た言葉だが、当然かのようにダチョウは即答してくる。
「あったりめぇだろ。鳥籠に甘んじるような生き物はただの畜生だ。オレ様には意志がある。こんな場所に縛られるのは不愉快だ。それにな、お前らの話を聞いて今の世界にもメチャクチャ興味が出てきちまった。聞くだけでも面白いが、自分の目で見に行きてぇ」
そう語るダチョウの目は遠くを見据え、輝かせている。
コイツなりの理想への強い想いが伝わってくる。だったら――
「フィーネ次第にはなるけど、お前の封印が解ける方法を探してみるか」
俺の新たな目標に、ダチョウは目を見開く。
「ほ、ホントか……? いや、願ってもねぇ話ではあるが……」
口籠るダチョウは手を擦り合わせるように翼を重ねている。
随分素直な奴だな。
「俺は『太天凰』が見たい。せっかく機会が巡ってきたんだ。伝説に立ち会えるなら黙って見過ごすなんて選択はねぇ」
「お、おう……」
俺の意気込みにダチョウが少し仰け反る。
そんな引くほどか?
ただ――
「元の姿に戻っても暴れねぇように契約はギチギチにするけどな。お前が太天凰に戻るためにも、俺らを安全に砂漠の向こうに送り届けろよ。お前にとっても五千年でようやく巡ってきた好機だ。妥協は許さねぇ」
立ち上がってダチョウに近付き、同じ目線の高さまでしゃがむ。
対するダチョウは頬を強張らせ、上体を仰け反らせて返答する。
「お、おぅ……元からそのつもりだしな。けど……なんつーか――」
ダチョウは、ハッキリと俺を捉えた。
「お前、怖いな」
思いもよらない一言に、目を丸くしてしまう。
それでも、すぐに笑いが込み上げてきた。
「アッハハ! 五躙獣にビビられるなんてな。まさか、一度の人生でこんな経験をするとは思わなかった」
涙が出るくらいには笑い続けてしまったが、その間ダチョウは怪訝な眼差しを俺に向けてきた。
これまでの旅の中で色々と麻痺してきてるんだろうな。何度も死に掛けても結果的に生き残ってるし、俺一人じゃ到底実現できない結末にも辿り着けた。ダチョウから聞いた話で問題の深刻さは理解したが、そもそも人類がこれまで知る由もなかった内容だ。楽観的だが、前には進めている。
「ま、そもそもお前のマヌケな姿のせいでナメてるんだろうな。大した力もない俺にビビるとか、本当に五躙獣か?」
「あんだと!?」
「ィデッ! イタイイタイ!? やりすぎだって!」
勢い余ってバカにすると、足払いを喰らって転ばされた挙句、何度も踏んづけられた。フリとかではなく、しっかり体重を掛けられたのでちゃんと痛い。
ダチョウの溜飲が下がると、吐き捨てるように最後の一蹴りを入れられる。
「最終的には目的地に無事に届ければいいだけで、道中はいくらでも危険な経路を選べるんだからな? あんまりデケェ口叩いてると容赦しねぇぞ!」
「うっす……さーせん……」
さすがに調子に乗り過ぎた。
しかし、ここまで騒いでいてもフィーネが起きる気配はない。
その後は蹴られた箇所を摩りながら、ダチョウとこの先の進路について話をした。気温が一定という地下を移動し続ければいいと思ったが、実際は小規模の迷宮が多く点在しているようだ。これらが繋がっているわけでもなく、結局は熱砂の地上を移動するしかないらしい。
話していると、ダチョウが立ち上がって荷車を引き始めた。
「気温が上がってきた。朝になったぞ。アネゴを起こしとけ」
「気温? 上がったようには感じないけど……野生の勘か?」
「いや、外の気圧が……言っても分かんねぇか」
説明を諦められた。
『きあつ』って何だ?
消化不良のままにフィーネを起こそうとしたが、目を覚まさない。
「おい、ババ――ぐおっ!」
最終手段を使うとフィーネは俺を蹴りながら起床。何事もなかったかのように動き出した。
ダチョウは俺を憐れに見てくる。
フィーネと共に荷車に乗り込むと、ダチョウの能力によるであろう風でゆっくりと上層に上がって迷宮から出た。既に日差しと熱波が強い。
「んじゃ、行くぜ」
「「お願いしまーす」」
掛け合いと同時にダチョウは走り出す。
走り出してすぐ、フィーネが俺を見て口を開いた。
「痣できてない? 治そっか?」
「あぁ……うん……」
フィーネに手を翳され、コイツらに蹴られた部位の痛みが薄らいでいく。
コイツらを同時に相手するのは、骨が折れそうだ……




