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夢見の魔導士  作者: べっちゃ
第一章 夢の始まり
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第九話 組合窓口

 時刻は午前八時頃。俺とフィーネは王都に到着した。これから冒険者組合に行き、任務達成の報告をする。


 俺はその後の動きをフィーネに尋ねた。


「報告が済んだらすぐ移動するの?それだったら借家の解約とか荷物整理したいんだけど」


「そうね。ステア用の装備が仕上がっているとは限らないし、諸々の手続きが終わったらウチに泊まっていけば? 導線が視えるようになったってことは魔力を放出できるようになったかもしれないし、家でその実験をしたいのよね。今日はそれで終わるでしょうから、明日王都を発ちましょう」


「マジか。フィーネがいいなら世話になるわ」


 まさか家にお呼ばれするとは。王都の誰もが憧れる【戦姫】と一つ屋根の下で過ごせるなんて、熱狂的な信奉者に知られたら何をされるか。

 というか――


「持ち家あるの? 年中旅して住所不定なんでしょ?」


「無職みたいに……拠点として王都に家はあるわよ。とはいっても、あんたの言う通りほぼ使ってないから私も家の構造を把握しているわけじゃないんだけど」


 フィーネは自分の物ではないかのように自宅について話す。

 そんなやり取りの最中に冒険者組合本部に到着した。


 中に入ると、早朝でも俺らのように任務達成の報告に来た奴らや掲示板の任務を受注するような奴らが多くいた。彼らは突然現れたフィーネの姿を見るとどよめき、さらにその横にいる俺の姿を見ると何事かと顔を突き合わせていた。付き合いのある奴らにいたっては開いた口が塞がっていなかった。不釣り合いな俺たちを見れば当然の反応だろうな。

 だからといって俺もフィーネもわざわざ相手にしようとは思わない。報告のためにまっすぐ受付窓口へ向かった。


 窓口は四ヶ所並んで設置されており、それぞれに組合職員が配置され、冒険者の対応をしている。その中で、並んでいる冒険者が明らかに少ない窓口があった。窓口ごとに受付内容が異なるわけではなく、同じぐらいの列の他三か所と比べて不自然だ。けれど、その理由を見つけると納得はできる。

 列の少ない窓口職員を見ると、子供っぽさが抜けない顔つきの女性で明らかに慌てている。対応してもらっている冒険者が怒鳴っているわけではなく、ただ困っているような顔だ。恐らく、この職員は新卒の新人職員なのだろう。

 他三列に並ぶ冒険者たちはこの様子を察して普段の職員が対応する窓口へ並んだのだろう。結果的に新人の窓口よりも長い時間並ぶかもしれないが、あの様子を目の前でやられた方がイラつく奴は多いかもしれない。

 そんな様子を見ても、フィーネは新人職員の方へ足を向けた。俺もついていく。フィーネの立場を考えれば明らかにいじめに行くようなものだが、本人の性格を考えればひどいことにはならないだろう。かくいう俺も討伐数を間違えられた経験は一度や二度ではないし、新人の職員の間違いぐらいは今更気にすることはない。一応指摘ぐらいはするけど。


 俺たちが最後尾に並ぶと、前にいた冒険者がおずおずと列から離れていった。特等の名声スゲー。それが待機列の最前まで続いた。一部の人は去り際に俺のことを睨みつける。やはり今の俺は虎の威を借りているように見えているのだろうか。


 目の前の冒険者が受付を終えると、フィーネに気づき、そそくさと退散した。新人であろう職員は一息ついて深呼吸をしたが、フィーネを見ると過呼吸のように呼吸が浅くなる。他の窓口職員が今にもこちらに向かってきそうな姿勢でうかがっている。最初に口を開いたのは職員の方だ。


「お疲れ様デス!! どのようなご用件でひょうか!?」


 明らかに上ずっているし、呂律(ろれつ)も回っていなそうだ。

 それに対するフィーネの声音はとても穏やかだった。


「そちらこそ朝からお疲れ様。川辺に棲みついた魔狼の群れの討伐任務を達成したから、その確認をお願いするわ」


 そう言うと俺に目配せしてきた。俺は蒐集(しゅうしゅう)袋を取り出し、職員の前に置く。


「ゔっ……」


 職員は袋を開くと少しえづいた。異臭だけじゃなく、切断した魔狼の耳の絵面にもくるものがあったのだろう。彼女は自分の態度に申し訳ないとでも思ったのか、慌てて机に布を敷き、手袋をはめ、袋から耳を取り出し始めた。


「あ~、急がなくても大丈夫よ。早い作業よりも正確さを意識してほしいわ。()()()()()()は自分の成果を正しく認めてもらうことが何より喜ぶもの」


 フィーネの口調は職員を落ち着かせるものだったが、からかうような目線を俺に向けていた。成果度外視の俺はそれにしかめっ面で返す。

 このやり取りを見ていた周囲がザワついたが、構うものか。


「一、二、三四……五、六……」


 フィーネの言葉に冷静になった職員が声に出して耳の数を数え始めた。


「二十三、二十四、二十五! 魔狼二十五体の討伐でよろしかったでしょうか?」


「ええ。その通りよ」


「かしこまりました! えーっと……任務中に何か気になる点はあったでしょうか?」


「いえ。問題なく任務は進んだわ」


「分かりました! それでは報酬をお持ちするので少々お待ちください!」


 職員はそう言うと窓口の奥へ向かっていった。彼女は丁寧に対応してくれている。フィーネが放つ理知的な空気感がそうさせるのだろう。これなら世の皆様方を騙していたのもうなずける。


 一分も経たないうちに、職員は小盛の銀貨をお盆に乗せて戻ってきた。


「こちらが任務の報酬となります! ご確認ください!」


 そう言われるとフィーネは身を引き、俺に数えるよう促した。相場を把握していないのだろう。


「十……、二十……うん、大丈夫だよ」


 適正な報酬であることが確認できた。二人で山分けする分には結構多い額だ。一仕事終えられた職員は安心したように肩を下げる。

 すると、フィーネは思い出したかのように口を開いた。


「あっ、荷物整理するならゴミも出るわよね。業者に任せるのに多少かかるでしょうから、いまお金を引き落とせば?」


「フィーネの研究費使っていいの?」


「もちろん。研究費からすれば気にするような額じゃないでしょ」


 度量は広いんだよな。

 このやり取りを聞いた職員がおそるおそる俺に質問してきた。


「あのぉ、恐れながら、【戦姫】様とどのようなご関係でしょうか?」


「魔衛士。名前はステア・ドーマです」


 俺が答えた瞬間、組合内が過去イチどよめいた。ヤジも飛ばされた。


「はあぁ~!?あんなヒョロっちぃ奴が魔衛士!?」

「なぜですか、【戦姫】さまぁ!?」

「おい! ステア!! どんな手使いやがった!!!」


 手を出されたのは俺の方なんだけどな。

 職員は目を白黒させながらも対応してくれた。


「それでは、研究費の引き落としでよろしいでしょうか。えーっと、確認のために徽章(きしょう)のご提示をお願いします」


 職員はそう言いながら手元をガサゴソとし始めた。手に持っているのは数枚の紙。研究費引き落としの手順書のようだ。

 俺も徽章を取り出し、受付台に置く。


「徽章の扱いは……うんうん。よし! それでは確認を始めます!」


 手順の確認を終えた職員は徽章に手をかざした。

 すると、空中に水が発生し、浮いたまま水流を形成し始める。

 水流は「ス」の文字を型取り、次は「テ」に変化した。


「ス、テ、ア……ドー、マ。はい! 確認できました! 徽章をお返しします!」


 徽章を返されるときには水は蒸発した。フィーネに質問する。


「これって魔導器? 俺の名前が出たってことは、あの件からすぐに用意できたってこと?」


「そうよ。昨日の今日でよく分かったわね。それは指定した文字列を続けざまに水流で表示する魔導器よ。受付職員が基本的に女性なのは、この対応をするために魔力を流す必要があるから。

 製作に関しては、水流を流す機能をすでに準備してあって、それに任意の文字列を設定すればいいだけよ。まあ、私自身がこの分野の専門家だから数時間で作れたんだけどね」


 そう言うフィーネの顔は自慢げだ。蛇竜を倒した後、徹夜で作ったのだろう。俺の魔力で治癒魔術を発動してスッキリした頭で作ってくれてたんだろうな。


「それでは、用途についてご記入ください!」


 職員がこのやり取りを待って記入用紙を差し出してきた。随分慣れてきたようだな。

 個人情報を記入した上で用途を記入する必要があった。なんて書こう。


「あ~、『住居移転:身辺整理』とか?」


「いいんじゃない?」


「えーっと、はい。お預かり、します。引き落とす金額に関しては一般的な収集業者の金額でよろしいでしょうか?」


「はい、お願いします」


 職員は浮かない顔をしながらお金を取りに行った。この使い方で大丈夫なのだろうか。

 お金を使われる当の本人は気にしてなさそうだ。ただの報酬の延長としか思ってないのだろうか。

 職員はすぐに戻ってきて金銭の受け渡しは完了した。


「他にご用件はございますでしょうか?」


「あ~、彼の装備を組合長に用意してもらってんだけど、仕上がってるかしら?」


「確認してまいります!」


 そんなのあったな。職員は小走りで受付から消えていった。部門が違うのか、少し時間がかかりそうだ。それでも、三分程度で戻ってきた。


「ステア様の装備についてですが、一式揃うのは明日の朝方のようです。今からでも出来ている分をご用意しましょうか?」


「いえ、大丈夫です。明日取りに来ます」


「分かりました! 他のご用はありますでしょうか?」


 俺たちは顔を見合わせて、用はもうないことを確認した。


「もう大丈夫です。ありがとうございます」


「そうね。丁寧に対応してくれてありがとう。次に来たときは指名してもいいかしら?」


「っ! はい! またのお越しをお待ちしております!」


 新人職員は物凄い勢いで頭を下げて俺たちを見送ってくれた。フィーネの言葉が余程励みになったのだろう。受付の指名なんて聞いたことはないが。

 周囲の冒険者も見送ってきたが、俺への視線が殺気立っていた。


 組合を出ると、フィーネが住所を教えてきた。


「大切なものがあったらウチに持ってきて保管していいからね」


「ああ、ありがとう」


 普段の会話程度なら本当に度量の広いところを見せてくれる。

 そうして俺たちは別れた。家路の最中、やけに後ろの通行人が多い気がした。俺は振り返らず、走り出す。


 これから行く先々でこんな目に遭うのか?

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