閑話 マンション内のトラブル
非常に気分が重い。
最近、よく会話をしていた6階の美佐さん絡みだ。
実は渡部家は引っ越しをした。
理由は父親が転勤という事で聞いているが、後で美佐さんと会ったときに違う事が分かった。
その時の美佐さんは泣きそうな顔で僕に告げた。
「お父さんとお母さんが離婚する事になったの」
「……そうか」
「前に管理人さん、声が響いているって注意に来たでしょ」
「うん、あったね」
「その時ね、お父さんとお母さんが喧嘩してたんだよ。……仕事で帰ってきて家事がきちんと出来てない、あなたもでしょ!って。2人とも仕事しているのに、お互い忙しすぎて家事が出来ていないってお互い怒鳴り合っているの。もう三年前から……ずっと私の前では仲が良い振りはしていたみたいだけど、それも出来なくなってきたみたい。私の頑張りが足りないから?」
「それは……」
「なるべく私がするようにしていたんだよっ。でも、試験が近くて勉強していたから。それでも夕飯作ったり洗濯したりしてたんだよ。最近お父さんもお母さんも夜遅いから、絶対できないだろうって。でも、でも。お父さんが、最近シャツに皺が多いとか。お母さんは部屋が汚いとか。全部お互いが悪いって言うの」
「………………」
「どっちも私、頑張ったのにね。それでも働いてきて大変だから、ごめんなさいって謝ったんだけど、大人の話に口を出すなっ、って怒られるの。管理人さん来たとき、私も居間にいたんだよ?」
「たぶんだけどね、ご両親は疲れ過ぎていたんだよ。本当に忙しいとね、周りが見えなくなるんだよ。僕もそうだったから分かるよ。どこかで落ち着けると、後で落ち込むんだよ。何故あの時あんな事言ってしまったのだろう、ってね。僕は聞くだけしか出来ないけど、それで良ければ……部屋に遊びにおいで。僕は暇だから、いつでもいるから」
「うん……うん……」
彼女は泣きながら頷いていた。
本当はもっと話したい事があるのだろうと思う。彼女の両手は硬く握りしめられて震えていた。
だけど、言っても仕方ない事だからとか、色々考えて我慢しているんだろう。
そして落ち着くまで、僕達はその場に黙って立っていた。
そして今日、母方に引き取られた美佐さん、坂本家は引っ越しをしていく。父親は既に出て行ったそうだ。
エレベーターに傷を付けないように、引越屋がエレベーターに保護材を張っていき、廊下に養生シートを引いていく。大手の引越屋はそういった気遣いが出来るところが多い。小さい所だとエレベーターに何も張らずに、たまに金具をぶつけて傷を付けていく所とかあるし。
そんな作業を見ながら、僕は一階フロアで掃き掃除をしている。
いつもより少し遅い掃除の時間。これは偶然だ、少し寝坊してしまったせいだ。
僕は黙って掃除を続ける。
次々に運び出される家具。父親がある程度持って行ったのか、あっという間に荷物の積み込みが終わったようだ。
最後に、坂本さんと美佐さんが僕の前に来て頭を下げる。
それを僕は社会人として、管理人として受ける。僕の横には不動産屋が来ていた。
いつもの小此木八槻さんだ。
僕と八槻さんで確認作業を行っている所だ。
「部屋の立会は完了しました。綺麗に使っていてくれたようで、ほとんど修繕する部分はないと思いますよ」
「そうですか、それは良かった。確認ですが、精算書などは坂本さん宅でよろしいのですか?本来は契約者の渡部さんの所になるのですが」
「はい、渡部さんのほうからも、それで問題ないと聞いていますので」
「では、精算書などは小此木さんのほうで宜しくお願いしますね。それでOKが出たら返金処理を行いますので」
「いつもの通りですね、了解ですっ」
そして僕は坂本さん達に向き直って、挨拶をする。
「今までありがとうございます。今後もまたご縁がありましたら、その時はよろしくお願いします」
「そうですね、世の中何があるかわかりませんからね……今までお世話になりました」
「管理人さん、色々ありがとうねっ!」
「美佐、最後位ちゃんと挨拶しなさい」
「いえいえ、お気になさらず。お元気で」
坂本さん達は引越屋のトラックに乗って実家へと向かい、小此木さんは仕事に戻っていった。
そしてこれからが僕の仕事だ。
まず工務店に連絡し、部屋の修繕箇所を決める。
壁紙が汚れていないか、フローリングは痛んでいないか。お風呂の水道などは問題ないか。ベランダに忘れ物はないかなど。
タバコは吸っていなかったらしく壁紙に汚れはほとんど無い。
ただ一部冷蔵庫焼けなどがある。が、これは大家持ちで直す箇所だ。大家持ちだろうが修繕箇所リストに加える。
クリーニングでは水汚れ、壁紙の汚れなどはほとんど落ちるが、日焼けだけはどうにもならない。経年劣化というやつだ。今回は経年劣化もあるので、壁紙全体が交換だなぁ。
まぁそれも大家持ちだ。
その他、給湯器やエアコンが古くなっている。
渡部一家は大体8年くらい住んでいたので、設備もそれ相応に古くなっているし。
エアコン交換、給湯器点検、ウォシュレットも交換かな。
以上、後で見積もりを貰うが金額としては20万~30万かかるだろう。
しかし請求に乗せるべき金額はクリーニング代の3万位かな。
そうして一室が修繕され、綺麗になっていく。
生活していた痕跡を跡形も無く消していく。
そうして一部屋開いた、僕のマンション管理が始まった。
■ ■
日常の生活が始まりながらも、どこか空虚な感じが続いている。
そして一月が過ぎ、今までの日常と変わらない感じが戻ってきた。
朝ゴミ出しをして、掃除をする。
午前中は趣味に走り、午後はマンションの見回りなどして過ごす。
そうして桜の咲き乱れる季節が過ぎ、5月を迎えた。
少し日が高くなってきて、夕方の5時を過ぎても暗くなくなってきた。
僕が表通りの掃除をしていると、後ろから呼ばれた。
「管理人さん、お久しぶりっ!」
「ん?おー、久しぶりだね。美佐さん、元気にしてた?」
「うん元気だよー、管理人さんは変わらないね」
「年寄りだからねぇ、そんなに変わらないよ。それにしても、この辺りに何か用事でもあった?」
「あったよー、管理人さんに会いに来たの。話を聞くって言ってくれたでしょ?」
「……そうか、そういえば言ったなぁ。まぁいいよ、じゃお茶でも入れようか。それと管理人さんは止めてね。もう住人じゃないんだし」
「管理人さんの名前ってなんだっけ?」
「前橋。前橋芳樹だよ」
そうして、僕の引きこもりが少し変わっていく。
ごくまれに茶飲み友達が来て、少し勉強を教えたりしている日常が始まった。




