第29話 サウスコリナ会議
クリスが剣術道場から出てくると、
人だかりを手際よく散らしていった。
「みんな、そのように集まっては馬車の中から出てこれんだろう。
さぁ、散った散った!
子供たちは家の中に入りなさい!」
コリナ大陸屈指のクリスにそう言われては仕方ない。
珍しい馬車を見に集まった村人たちは家々へ戻っていき、
場が落ち着いた頃にデリクが幌馬車から姿を見せた。
「助かったぜ、クリスの旦那」
「何だ、デリクか。
腕は上がっ……ていないな。鍛錬をサボっているようだな?」
「へっ、旦那にはお見通しか。
まぁ、これくらいが俺の才能の限界ってところだろうよ」
「そうぼやくな。
とはいえ、私も久しく自分の壁を超えられていない。
人のことを言う資格もないのだがな」
「……旦那より強い奴なんて、この大陸にいないだろう……多分な」
デリクの脳裏に、一瞬だけ奏の姿がよぎった。
「この世界には私より強い者などいくらでもいるであろうよ。
して、今日はどうしたのだ。雑談をしに来たわけではあるまい?」
そう言って、クリスは箱馬車へ視線を向けた。
「あぁ、今日はちょっと変わった依頼の護衛でな。
村長は今いるかい?」
「この時間なら畑から帰ってきて家で一服しているであろう。
何か用事なら私も同席させてもらおう。
お前を疑うわけではないが、念のためな」
「あいよ。それじゃあ、どうするかな……」
デリクはゴンズとメンダに馬車の見張りを命じ、
ドノヴァンを連れて箱馬車へ向かった。
「お嬢様がた、村に着きましたぜ。
どうされますかね?」
デリクの無理に丁寧な口調に、コリーは口元を押さえて馬車から降りた。
「カナデ様、着いたようです。
これから村長の家に向かいますので、御足労お願いいたします」
クリスがゆっくりと二人へ歩み寄る。
「若いご婦人が二人とは……であれば、馬車の旅は疲れたであろう」
コリーは優雅にカーテシーをして挨拶した。
「ありがとうございます、クリス様。
お初にお目にかかります。そのご武勇は王都でも聞き及んでおります。
わたくしは薬屋ギルドの職員、コリーと申します。
以後、お見知りおきを」
「これはご丁寧な挨拶、痛み入ります。
して、そちらの方は……」
クリスはローブを深く被り、表情の見えない奏へ視線を向けた。
その瞬間――全身に鳥肌が立った。
(逃げなくては……!
いや、私は何を考えているのだ!)
ROLでは、LV差が大きいとモンスターは敵意の有無に関係なく逃げ出す。
“捕食される”と本能が判断するためだ。
クリスは奏を見た瞬間、まさにその感覚を味わった。
圧倒的なLV差を感じ取り、逃げ出したくなったのだ。
(馬鹿な……震えが止まらぬ)
「こちらは薬屋ギルドで最近、職人としてご登録いただいた
カナデ様です。本日はカナデ様のお願いで、この村に参った所存です」
「……カナデです。よろしくお願いします」
「ほう……薬屋ギルドがそこまで目をかけるとは、
相当な才を持った職人とお見受けしましたが……」
コリーがクリスとの距離を詰め、小声で囁いた。
「はい……王都でも数少ない、グレードAを調合可能です」
「それは……それは……」
本当はグレードSを調合できる。
だが、会ったばかりのクリスに告げる必要はない――
コリーはそう判断した。
しかし、クリスはその言葉に微かな違和感を覚えていた。
(グレードAなら確かに少ないが、それほど珍しいわけでもない。
それでこの待遇は……。
だが、まぁ良い。私が詮索することではないな)
「それでは、村長の元に参りましょう。案内いたします」
そう言って先導するクリスに、デリク、ドノヴァン、コリー、奏の順で続いていった。
◇
「ムコン村長、いるかね?
私だ、クリスだ。客人を連れて参った」
「クリスか。空いているから入っていいぞ」
お茶をすすっていた村長へ、コリーが近づく。
「初めまして、ムコン村長。
わたくしは薬屋ギルドの職員、コリーと申します。
本日は、このサウスコリナの南方にある山へ
小屋を建てる件についてご報告に参りました。
王都からの許可はすでに取得しておりますが、
管理者であるムコン村長へ正式にご報告する為、
この度ご挨拶に伺った次第です」
「それは、わざわざご丁寧にどうもですじゃ。
建てる場所の視察や建築は任せてよいのかの?」
「はい、そちらはお任せください。
ただ、建築の間は建築ギルドの職人が
この村に滞在することになりますので、
食事や寝泊まりの場所をご提供いただけますと幸いです。
もちろん、対価は薬屋ギルドからお支払いいたします。」
「宿泊場所なら、うちの道場に来なさい。
数人寝るくらいの広さなら余裕であるからな。
何なら、一緒に剣を振ってもいいぞ」
ドノヴァンがクリスの肩を軽く叩く。
「俺が振るのは斧と鋸だ。剣じゃねぇよ」
「はははっ、それはそうだな。
しかし……山小屋か」
村長が首を傾げる。
「なんじゃ、何か気になる事でもあるかの?」
クリスが答える。
「えぇ。最近、森や山の大人しい草食動物の気が立っているようでして。
時折、人を襲うこともあるようで……。
まぁ大工職人達なら問題ないでしょうが……」
クリスはコリーと奏の方へ視線を向けた。
「薬屋のご婦人だと少々危険ではと思いましてな。
外に山小屋を建てて良いものかと」
奏がローブを深く被ったまま、静かに口を開く。
「……ご心配ありがとうございます。
山小屋が建った後、利用するのは彼女ではなく私です。
私は薬屋以外に錬金術も使えますので、身の安全については大丈夫です」
クリスは顎に手を当て、考えるように目を細めた。
内心では、奏の圧に身体が硬直しているのだが――
(彼女の才能に気圧されているのだろうか……
私も歳をとったということか)
そう思うことで、なんとか平静を保っている。
「しかし……」
奏が淡々と続ける。
「不安でしたら、実演してお見せいたします」
クリスは腕を組み、天井を少し見上げた。
「ふむ……なら見せて頂こう」
こうして、デリク、ドノヴァン、コリー、奏、そしてクリスが
視察を兼ねて村の南にある山小屋建設予定地へ向かうことになった。
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