第26話 奏、猫を被る(後)
馬車内で奏とコリーが向かい合って座ると、
箱馬車が動き出し、旅の始まりを告げた。
ちなみにこの馬車は、メイスンが奏のために用意した
貴族やギルドの重要人物、大商人など“身分の高い者が使う”
移動する書斎と呼ばれる特別なものだったが、
奏はファンタジーでよく見る馬車程度にしか思っていなかった。
なお、デリクたちは幌馬車に詰め込まれた荷物と一緒に座っていた。
(えっ……馬車ってこんなに遅いん?)
現代人の奏にとって、速くても時速10km程度――
つまり、人がランニングする程度の移動速度は、
“乗り物としては遅すぎる”と感じて当然だった。
目の前に座るコリーは微笑みを絶やさず、
奏の顔をじっと見つめている。
奏は思わず聞いてみた。
「あの……コリーさん、この馬車の移動速度って……」
奏の問いかけに、コリーは一切の間もなく答えた。
奏の一言一句、一挙手一投足を見ているような反応だった。
(ひぇっ……)
「カナデ様、わたくしのことはコリーとお呼びください。
そうですね、流石メイスン様です。
王都でも指折りの馬車をご用意してくださったようですね。
この乗り心地と移動速度は、滅多にお目にかかれません」
「そうですよね……驚きました。
メイスンさんに感謝ですね」
“この馬車、遅くないですか?”
そう聞こうと思った奏は、二の句が継げなかった。
そんな奏の表情を伺っていたコリーが、
アイテムバッグからティーセットを取り出し、
良い香りのする発酵茶を注いだ。
「とはいえ、馬車の旅はこれからです。
そのように緊張なさらず、わたくしのことは
路傍の石だと思い、おくつろぎください。
このお茶は出立前に淹れてきたものです。
どうぞ、お召し上がりください」
そう言うと、コリーが先に口にした。
恐らく毒味なのだろう。
「ありがとうございます。いただきます」
(薬屋ギルドとしての使命感なんか、
うちに対する個人的な忠誠心なんか判断つかへんけど……
コリーさんの熱意が凄いんよね。
多分、悪い人ではなさそうやけど)
奏はふと、ゲームプレイ時には存在しなかった
“ギルドという仕組み”について尋ねてみた。
もしかしたら公式設定資料や裏設定には載っていたのかもしれないが、
奏の記憶にはなかった。
「あの、コリーさ……コリー。
ギルドってどんな組織なのでしょう?」
「承知しました。どこまでご存知かわかりませんが、
わたくしの知っている範囲でお話いたします」
「はい、お願いします」
「まず、各ギルドで働くためには必ず
“労働者ギルド”に登録して、王都での身元保証を作成する必要があります。
ですので、各ギルドは労働者ギルドに登録されていない人物を
自ギルドの所属や傘下として雇うことは禁止されています。
これは、何か問題が起きた時に
全てのギルドで情報を共有するためです」
「一元管理するためということですね」
「はい、その通りです!
流石です、カナデ様」
「そして、ギルドには冒険者ギルド、建築・不動産ギルド、
商人ギルド、薬屋ギルド、錬金術師ギルド、鍛冶ギルドなど……
目的や役割に応じたギルドが存在します」
「すみません、それだけ細かくあるなら……
商人ギルドって何をするのでしょうか?
商人ギルドではポーションを取り扱っていないのでしょうか?」
コリーの口元が綻ぶ。
「カナデ様、そこにお気づきとは流石です。
実は商人ギルドでもポーションなどは販売できます。
ただし、薬屋ギルドなど“専門ギルド”との大きな違いは――
どのように商品に対しての責任を誰が担保するのか、です!」
(コリーさんがいちいち褒めてくれるから、
お世辞やってわかってても、むずがゆくなる……
ノエル君と話してるときみたいやわ)
「責任……ですか?」
「はい、そうです。
うーん、例えばですね……
カナデ様が“グレードS”だと言って納品したポーションが
実は“グレードA”だったとします。
そして薬屋ギルドがそれを買い取り、販売してしまったとしましょう。
この責任は誰が取ると思いますか?」
「それは勿論、私じゃないんですか?」
コリーが首を振る。
「いえ、この場合、全責任を薬屋ギルドが負います。
販売経路に乗せる商品の品質を確認しなかったという瑕疵です。
販売した顧客には弁償を行い、
カナデ様に一切の責任は追及しません。
何故なら、カナデ様が“勘違いしていた”と言えば、
その真偽が判定できないからです」
「それだと、嘘をついて売る薬屋が得をしませんか?」
「はい。ですのでその件については“お咎めしません”。
ですが、もしそのようなことが続けば――
信頼できない薬屋として判断され、
薬屋ギルドは契約を打ち切ります。
その薬屋は働くことができなくなります」
「なるほど……目先の利益で得しても、
長期的に考えた場合、生計が立てられなくなりますね」
「はい、その通りです。
つまり薬屋ギルドは“薬を取り扱う専門”として、
信頼と品質の保証に全力で取り組んでいるのです」
コリーさんが、少しだけ眉をひそめ、言いづらそうな表情をした。
「ですので、カナデ様のグレードSポーションを
グレードAだと鑑定して取引したことは……
薬屋ギルドとしては、かなりの問題でした」
「なるほど……そういった責任の保証を目指しているのなら、
確かにそうなりそうですね……
理解できました。ありがとうございます」
「いえいえ。それで……次に商人ギルドですが、
こちらの場合、品質などの保証をするかしないかは
商人たちの一存で決められています。
また原則、品質保証をしていない物を買った場合、
それが偽物でも、購入者は異議を申し立てることができません」
(現代とは倫理が違うんやろうけど、凄い理屈やな)
「極端な例で言うと、商人ギルドの商人が
入手経路不明で一本あたり1リルでポーションを手に入れて、
それを一本50リルで店頭に並べたとします。
その際に、商品や品質の保証をしていない場合、
それはあくまでも“ポーションかもしれない”商品です。
購入した客がそれを使用して目的と同じ結果を得られなくても、
自己責任となります。
仮に“ポーションだ”と説明していても、
グレードを保証していなければ、
薬草程度にしか回復しなくても、それもまた購入者の自己責任です」
「つまり、購入した時点で、
この説明と値段で納得したんだから、
お互いに了承済みという契約になるのですね」
「その通りです。問題になるのは、
“グレードB”と品質保証した上で販売して、
実際の効果が違った時くらいですが……
ただ武器や防具と違って消耗品の場合、
大抵が使ってしまった後なので証明は難しく、
購入者の泣き寝入りですね」
「それはちょっと……罰則はないのでしょうか?」
「商人ギルドに問い合わせれば、
その商人の取引で発生した購入者との問題などは確認できます。
その上で、その商人の店を利用するかどうか判断できますので、
あまり悪質な商売を続けているようであれば――」
「噂が広まって、商売ができなくなるのが
事実上の罰則ということですね」
「はい、その通りです」
この後も奏は、この世界について気になったことを
次々とコリーに尋ねた。
コリーは一切、嫌そうな顔を見せず、
むしろ嬉しそうに微笑みながら奏の問いに答えてくれた。
いつしか奏の緊張はほぐれ、
馬車内の会話を心から楽しんでいた。
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次の話を執筆する活力になります。
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