第23話 ノエルの才能(前)
今日から一週間、お師匠様との鍛錬がない。
つまり、お師匠様と会えない。
それに、お師匠様が僕の知らない人たちと過ごしている。
そんなことを考えると、胸の奥が
よくわからないけれど、ぎゅっとしめつけられて、
少しイライラしていた。
(何をしようかな……そうだ!)
僕は炊事場に向かい、朝食の準備をしている
お母さんに挨拶した。
「お母さん、おはよう。
今日から、朝食の準備を手伝ってもいい?」
ノエルの母・セリーヌは、息子からの突然の申し出に
思わず手を止めた。
22歳で産んだノエルは身体が弱く、
外で遊ぶどころか、家の中で横になっていることも多かった。
それでも泣き言ひとつ言わず、友達を大切にする。
優しくて利発な、セリーヌの自慢の息子だった。
最近、奇跡のように健康を取り戻し、
食事量も増えていると思ってはいたのだが
そのノエルが今、朝食を手伝いたいと言っている。
(神様……ありがとうございます!)
セリーヌはそう祈らずにはいられなかった。
そんな息子からの突然の申し出に、
セリーヌは思わず目が潤み、鼻声になる。
「あなたはまだ小さいのだから、そんなことしなくていいのよ。
お父さんと一緒に待っていなさい」
「ううん。僕は今まで身体が弱くて
家のことを手伝えなかったから。
それに料理ができるようになりたいんだ。
だから、教えてよ、お母さん」
息子がまっすぐな瞳でこちらを見つめている。
今までろくにわがままを言わなかった子供のお願いを、
断る理由などセリーヌにはなかった。
「わかったわ。でも包丁はまだ危ないから、
今日はおにぎりと玉子焼きからね。
お母さんと一緒に作りましょう」
「うん、お母さん!」
セリーヌはそう言って、ノエルと炊事場で
いつもより時間をかけて朝食の準備をした。
……そんな様子を、少し離れた場所から覗いている影があった。
ノエルの父、ライネルだった。
彼は知らずうちに、瞳から涙が流れていた。
奏がノエルの“死の運命”を変えたことがもたらした、
幸せな家族のひとときだった。
「この玉子焼きはノエルが作ったのか?
初めてにしてはよく出来ているな」
「えぇ、私が作っているのを一度見ただけで
簡単に作ってしまったのよ。
ノエルは将来、料理人になれるかもしれないわね」
「お母さんもお父さんも、
玉子焼きを作ったくらいで大げさだよ……
でも、上手く出来て良かった」
どうやら初めてにしては上手くできたみたいだ。
僕は手ごたえを感じることができて嬉しかった。
◇
朝食を終えると、
お師匠様が見せてくれた二連斬と居合切りを
頭の中で何度も思い出しては、庭で素振りをしていた。
(技は同じ二連斬でも、お師匠様の二連斬は
僕より、とても綺麗だった……)
お師匠様は以前、同じ技でも何度も使えば使うほど、
身体が覚えていくのだと言っていた。
ROLでは同じスキルでも、使用回数とモンスターにヒットした回数で
威力や命中率などに補正が入る。
つまり習熟度で差が出るゲームシステムになっていた。
だから回数をカンストしている奏と、
つい最近覚えた僕では差が出るのは当然だった。
ちなみに二連斬の二撃目で“打ち上げる効果”も、
ある程度習熟度が上がらないと不可能だ。
それを奏はノエルにわかるように説明したのだ。
僕が素振りで汗を流していると、玄関に人の気配を感じた。
お師匠様と鍛錬をしてから、少しだけど
そういったものを感じ取れるようになった気がする。
気になって玄関に向かうと、
マリンが胸の前で手を組み、少しだけ視線を下に向けて立っていた。
「おはよう、マリン。
今日はどうしたの?
シュレンは一緒じゃないんだ」
「おはよう、ノエル君。
うん、シュレン君はクリスさんとお出かけだって」
「そっか。それでマリンは僕と遊びに来てくれたの?
糸遊びやお人形遊びでもする?」
僕が外で遊べないからと、
マリンは家の中で遊べるものに昔からよく誘ってくれた。
男の子がする遊びではないかもしれないけど、
それでも僕は楽しかった。
「あっ……それもいいね!」
「“それも”っていうことは、何かしたいことがあるんでしょ?
何でもいいから言ってよ」
「あはは、ノエル君にはバレちゃうかぁ。
シュレン君ならわからないのに」
「シュレンは正直だから。
でもそれがあいつの良いところだよ。
それで、何がしたいの?」
「あの、レリィさんの所に一緒に行って欲しいの」
「レリィさんって、昔王都に働きに出ていて
最近結婚して帰ってきたっていう……
あっ……そっか、わかった。
うん、いいよ」
僕は家の中に向かって叫んだ。
「お母さん! マリンと
レリィさんの所に遊びに行ってくる!」
多分、聞こえているはずだ。
僕はマリンの手を握ると、歩き出した。
「あっ……」
「どうしたの?」
「ううん、何でもない」
マリンが僕の手を握り返した。
もしかして、素振りしていたから汗で気持ち悪かったのかもしれない。
「ごめん、さっきまで素振りしてたから」
「そうなんだ? 凄いね。
それで、何で謝るの?」
「いや、それで汗をかいてて……
手を握ったから、気持ち悪かったのかなって」
「ちっ……! 違うよ!
ノエル君の馬鹿!」
「あれ、違うんだ?」
それなら、どうして馬鹿なんて言われたんだろう。
けれどマリンは、怒っているようには見えなかった。
僕はそのままレリィさんの家に向かった。
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