第2話 謎の女神は大学生
「何なん、ここ……」
先月、二十歳になったばかりの大学生――
佐藤奏は、ただ茫然としていた。
夏休みの間、大好きなゲーム
リング・オブ・ライフ(ROL)の裏ダンジョン、裏ボスまでクリアし、
それだけでは飽き足らず、強くてニューゲームを何度も繰り返した。
ステータスも装備も、メインジョブもサブジョブも、すべてカンスト。
なぜそこまで繰り返したのか。
発端は、とある攻略サイトの書き込みと画像だった。
オープニングの回想に出てくる少年・ノエルを
“生存ルート”に突入させて、パーティメンバーにできる――という噂。
今思えば、AIで作られた加工画像だったのだろう……
しかし、本編エピソードに出てくるノエルの
生存した場合として出てくる
成人した姿に、奏は一目惚れしてしまった。
だから、心血を注いで頑張った。
ROLの主人公はシュレンだが、
プレイヤー自身が作ったキャラクターを一体だけ
パーティに参加させることができる。
大抵のプレイヤーは自己投影をする。
奏もその一人だった。
本来、ノエルは魔活病という病気に侵されている。
生まれつき魔力が強い子が幼児期にかかることで、
魔力の制御ができず、成長不良や心臓の負担で亡くなる病気だ。
ストーリー後半で治療法が見つかり、
主人公シュレンが
「あぁ……この薬があればノエルを助けられたのに……」
と呟くシーンがある。
このイベントをクリアすると、医者から
「何かあった時のために持っていけ」
と治療薬を渡され、インベントリに魔活病回復薬が追加される。
でも結局、このアイテムを使うことはない。
だが攻略サイトには、
“クリアの度に1個もらえる魔活病回復薬を999個集めれば
ノエル生存ルートのイベントフラグが立つ”
と書かれていた。
奏は夏休みを費やし、ゲームをクリアし続けた。
そして――999個目になっても、何も起こらなかった。
やけになって、解禁されたばかりのお酒を飲み、
眠って、目を覚ましたら。
何故か大草原の中にいて。
そして、現在に至る。
見覚えのある景色は、サウスコリナの近くだとすぐにわかった。
「この姿に、この景色……ROLの世界やんなぁ。
うち、死んでもうたんやろか?」
アイテムバッグを開き、
アイテムや通貨を取り出せること。
職業もすべてレベルがカンストしていることを確認する。
「レベル1の初期開始やないのはありがたいんやけど……
この状態で、何したらええんやろ」
今の奏なら、裏ボスですら一瞬で倒せてしまう。
「というか、今はゲームの時系列的にどの辺りなんやろ。
とりあえず、サウスコリナに行ってみよかな?」
そう呟いて歩き始めると、
フィールドにいるモンスターが一斉に逃げ出していく。
ROLは、プレイヤーの強さに応じて
レベル差のあるモンスターとのエンカウント率が下がる仕様のためだ。
「猪とか狼が逃げていく……
何か自分が悪役みたいやね」
間もなく、村の入り口辺りまで到着した。
「ほな、この辺で隠れようかな」
村に近づく前に、忍者ジョブスキルの《隠形》を使う。
ちなみに暗殺者スキルの《潜伏》でも同様の効果がある。
(見た感じ、回想シーンで出てくるサウスコリナっぽいけど……)
歩いていると、玄関先で会話している少年と少女を見つけた。
(あれは……! 本編でシュレンの回想に出てくる“誓い”のシーン。
はっ……ノエル君 ノエル君がおるやん!
ということは、今夜にノエル君が発作で……!)
奏は隠れたまま腕を組み、考え込んでいた。
今、姿を表してノエル君に声をかけて、
薬を渡して信用してもらえるだろうか。
「私は旅の冒険者だ、君の病気について知っている。
さぁ、この薬を飲みなさい。」
(いや、怪しすぎるやろ。不審者すぎて無理筋やわ……)
結局、良い考えは浮かばなかった。
奏は《隠形》を使ったままノエルの庭先に忍び込み、
機を見計らうことにした。
(あぁ……実物のノエル君。
成人後の面影が見えるわぁ。
生まれつき身体が弱いのに、意志の強さを感じるんよね)
とは言え奏が惹かれたのは、ゲームの中で見た成人後のノエルだ。
今、目の前にいる七歳の少年に対しては、
恋愛感情ではなく、救わなければならないという使命感しかない。
そんなことを考えているうちに、いつしか眠ってしまっていた。
「いっけない……もう夜。
はっ……! ノエル君!」
耳を澄ますと、ノエルの部屋から
微かに呻き声が聞こえた気がした。
(どうしよう! もう悩んでる時間がない!)
奏は《隠形》を解除し、部屋の引き戸を二つとも勢いよく開けた。
アイテムバッグから魔活病回復薬を取り出し、
ノエルを優しく抱き起こす。
ノエルが朦朧とした意識のまま、何かを呟いた。
「……女神様……?」
その言葉に、奏は心の中で謝る。
(女神だなんてとんでもない!
ただの不審者で、覗き魔で、
危うく寝過ごしかけた大馬鹿者です)
そんな葛藤を出さないようにした結果、
無表情で、どこか威厳があるような振る舞いになった。
「命を繋ぎたければ飲みなさい。」
ノエルが静かに頷き、薬を飲み干すのを確認する。
「良かった……間に合った……」
あと少し寝過ごしていたら、
折角の機会を棒に振るところだった。
薬を飲ませることができたことに、
奏は胸を撫でおろしていた。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます。
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次の話を執筆する活力になります。
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