第18話 奏、店長になる
「それで……お話とは何でしょうか?」
メイスンがカップのお茶を一口飲んだ後、
奏に向けて柔らかく微笑んだ。
ゆったりとした所作と笑顔で、相手の警戒心を解かせる――
彼の技術だった。
「そう、身構えないでください。難しい事ではありません。
そうですね……カナデさんに店舗を開いてほしいのです。
その上で、薬屋ギルドと専属契約を結んでいただきたい」
奏の頭に疑問符が浮かぶ。
メイスンの意図がいまいち理解できない。
「えっと、店舗はそのうち開く予定でした。
それと専属契約とは……何でしょう。
薬屋ギルドには上納する制度なのですよね?」
「そうですね。結論から申し上げますと――
薬屋ギルドは、カナデさんという類まれな技術を持った職人を
特別扱いしたいと思っています。
その上で囲い込み、お互いに利益のある関係を築きたいと考えています」
元いた世界の怪しい勧誘を思い出し、
奏の警戒心が数段階上がる。
上手い話には、大抵毒がある。
メイスンは、奏が眉をひそめたのを見て、
警戒されていることを察した。
「カナデさんは、うちのアグネアと同じで腹芸はできないタイプのようですね。
アグネアの場合は、もうちょっと学んでほしい所ですが」
メイスンの笑えない冗談に、場が沈黙する。
「おや……失敗したかな。
お酒が入った場だと受けたりするんですけどね。
大変、失礼致しました」
メイスンが咳ばらいをする。
「それでは、順を追って説明しましょう。
まず、カナデさんには店舗を開いていただきたい。
特別扱いとして、店舗にかかる費用は全て薬屋ギルドが負担します。
また、本来であれば毎月50,000リルを薬屋ギルドに上納していただきますが、
こちらも徴収いたしません」
奏が不審な目を向ける。
「それでは、薬屋ギルドに利益がないのではありませんか?」
「はい、これだけだと薬屋ギルドに利益がありません。
ここで専属契約の話に繋がります。
薬屋ギルドはこれから“月額制で会員を募る”予定です。
カナデさんの店舗でポーションを購入できるのは、
この会員だけとさせていただきます」
(なるほどなぁ……会員制にして特別感を出して、
その会員費用で固定の利益を得る仕組みを作ろうとしてるんや)
「更に、薬屋ギルドから店舗の販売員として
うちからアグネアを派遣いたします。
ですので、カナデさんは実質、ポーションを納品していただくだけでいいのです。
勿論、売り上げは全てカナデさんの取り分となります。
どうです? 悪い話ではないでしょう?」
「そうですね……正直、良い話すぎて不安になるくらいです……
そちらからは条件などはないのでしょうか?」
「はい。会員制でお金を取る以上、
会員による利益が常に存在する必要があります。
ですので、毎月一定数以上のポーションを収めていただく必要があります。
もし、しばらく留守にする事などがある場合は、
あらかじめ多く納品していただきます。
あぁ……言い忘れておりました。
会員となった利益も……こちらはまだはっきりとは申し上げられませんが、
カナデさんに割合でお支払いいたします」
奏は頭を悩ませていた。
今のところ、気にかかる点はない。
むしろ願ったり叶ったりの内容だ。
一番気になるのは――
奏にとってポーション作成の難易度が低すぎるため、
ほぼ“不労所得”になってしまうという点くらいだった。
「いくつか、条件というか……お願いがあるのですが、よろしいでしょうか?」
メイスンが膝の上で指を組む。
「はい、お聞かせください」
「えっと……一つめは、アグネアさんは納得しているのでしょうか?
初めて聞きました、という風に見えますが……」
メイスンがアグネアの顔を見て、呆れたように肩を落とした。
「……だから、腹芸を覚えろと……」
「だって……聞いてませんでしたし!
えぇっ……私は左遷でしょうか?」
「馬鹿者! 新しい経営で最重要人物との窓口を担うのだぞ。
どう考えても栄転だろう。
少しは俯瞰して考えなさい」
「あっ……なるほど!
そうですね、わかりました。問題ありません!」
メイスンが目尻を指で押さえながら、深い息を吐き出す。
「まったく……ということです。
それにしてもアグネアの身を案じていただけるとは。
カナデさんは技術だけでなく、お優しい御心の持ち主ですね。
ますます契約したくなりました」
「いえ……自分が原因で誰かに望まぬ事を押しつけるのが嫌なだけの
偽善者です……。
アグネアさんの件は問題ないとのことで理解しました」
「それで二つめの条件ですが……
私に“月会費無料の特別会員証”を発行する権利を頂きたいです」
奏の脳裏にはメアリの姿が浮かんでいた。
必要とあれば個人で融通すればいい。
それでも――喫茶店での“サービスする”という約束を律義に果たしたかった。
「ふむ……そうですね……
利益に直結する事なので、無制限には参りませんが……
ひとまず五枠程度ならよろしいですよ。
ちなみに現状でどれほどをお考えですか?」
「今のところは、一名です……」
「わかりました。であれば問題ありません。
そちらについては増やすことがあれば都度ご相談ください。
他に条件はありますか?」
メイスンはこの時点で、奏の条件がすべて“自分の利益”ではなく
“関わる誰かのため”であることを見抜いていた。
それは奏が相当のお人好しであることを証明しており――
年老いた老骨として「守ってやる必要がある」と感じていた。
「はい……えっとですね。
私は薬草やポーションの素材をサウスコリナの山奥で採取しているのですが、
できれば、そちらに拠点として小屋などを建てる権利が頂きたいのです」
「ふむ。確か居住区以外は国の管理でしたね。
良いでしょう。薬屋ギルドとして申請して許可を取り、
カナデさまに貸し出すという体裁に致しましょう。
貸し出しの料金については、会員権の利益から差し引く形に致します」
奏はメイスンのどこまでも甘い提案に、深く頭を下げた。
「ありがとうございます。助かります!」
「他にありますかな?
正直なところ、薬屋ギルドに所属する者が素材を採取するのは
当然の事で、条件と言い難い内容です」
奏が少し言いづらそうに、指をもじもじさせる。
「えっと、そうですね……
もしかしたら今後、錬金術の店舗も開くかもしれないのですが……
できれば、店舗を二つというのを避けたくて……」
メイスンの瞳の奥がわずかに光った。
「ほう……カナデさんは薬屋だけでなく、錬金術も可能ですか。
私の見立てでは、そちらも相当の腕前と見ました」
「いえ! 独学の手習いです!」
ジョブをカンストしている奏にとって“手習い”であれば、
この世界の職人の全てが手習い未満になるのだが、
奏としてはただ謙遜したい一心で、悪気はなかった。
「わかりました、良いでしょう。
もし錬金術の商品を店に並べる場合は、
アグネアにまとめて売り子をさせましょう。
良いね、アグネア」
「はい、かしこまりました。お任せください!」
「それでは課題だ。近日中に、
グレードSが鑑定できるように上げておきなさい」
「えぇ……っ」
「カナデさんの商品を取り扱うのだ。
AとSの区別がつかないようでは困る。
わかったね?」
「はい……わかりました」
(ジョブやスキルを上げるためには、
ひたすら戦闘したりスキルを使うしかないもんなぁ……
AからSを鑑定可能にするには、結構な回数が必要やったし。
しばらくアグネアさんは鑑定地獄やな……)
奏は心の中でアグネアを応援した。
「私からのお願いは以上になります。
全て受けていただけるとの事でしたので、
今回のお話、ぜひお願いしたいと思います」
奏のその言葉に、メイスンが右手を差し出した。
「引き受けていただけてよかったです。
それでは具体的な話はゆっくり詰めましょう。
これからもどうぞよろしくお願い致します」
奏は服の端で手汗を拭き、メイスンの右手を握った。
「はい、よろしくお願い致します」
こうして、奏のサウスコリナでの社会的地位が確立された。
滞在して二週間で“ほぼ不労所得の店長”という異例の早さであるのだが、
大学生の奏には凄い事とはわかっていても、
それがどれほどの事かの実感は薄かった。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます。
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次の話を執筆する活力になります。
【過去作・他連載のお知らせ】
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