第14話 奏、孤独に沈む
奏はノエルを送った後、
セントラルコリナの街に戻り、行く当てもなく、街をさまよっていた。
自分は何なのだろう。
何故いま、この世界に居るのだろう。
「ROLのゲームの中、または似た世界に転移したとかなら……
元の私は生きているのか。
それとも、もう死んでいるのか。
もしかすると、ここにいる私は元の私のコピーなのかもしれない。
ただ明晰夢を見てるだけ……
とかやったらええんやけどなぁ……」
いくら考えても答えは出ない。
路地の片隅で座り込み、腕を組む。
知らず、二の腕に爪を立てていた。
渇いた笑いと共に、目から大粒の雫が溢れてくる。
「あはは……」
この世界に“奏”という個人の生い立ちを認識している人はいない。
その事実が、胸を孤独でいっぱいにする。
いくらROLが好きだと言っても、
その世界で生きたいと思ったことは一度もなかった。
「お父さん……お母さん……」
受験勉強を頑張って志望の大学に入った。
気になる異性だっていたし、推しのアイドルだって居た。
最終回が気になるドラマやアニメだってあった。
「ううっ……」
セントラルコリナの服飾屋や宝石店で
一番の高級品を買い漁り、毎日のように美食と美酒に酔いしれることもできる。
その気になれば、この世界を武力で支配することだって可能だろう。
しかし――
「そんな事して、何の意味があるんやって」
路地でうずくまる奏の姿を見て、
二つの影が近寄ってきた。
若手の冒険者らしき男性だった。
「ねぇ、君?
そんな所でうずくまってどうしたの?」
「俺達で良かったら話を聞いてあげるよ」
性質の悪いナンパ、あるいは何かの勧誘。
奏はそう感じて立ち去ろうとする。
「いえ……大丈夫です。
ちょっと気分が悪くなっただけですので。
ご心配ありがとうございます」
立ち上がって去ろうとした奏の腕を、
男性の一人が強引に掴んだ。
「気分が悪くなったなら、無理しない方がいいよ。
ほら、ちょっと一緒に休憩しようよ」
男たちの視線に鳥肌が立った。
“休憩”が何を指しているのか――
まともな意味がないことくらいわかるのに、
それでも振りほどく気力すら湧いてこない。
「……離してください」
周りを見渡すと、人々は避けるように歩いていた。
痴情のもつれと思われているのか、
面倒ごとに関わりたくないと思われているのか。
どちらにしても薄情だな……と奏は思った。
「ほら、ここじゃ周りの迷惑になるから。
着いて来てよ? 悪いようにはしないからさ」
いっそのこと塵にしてやろうか――
奏の心の中に昏い感情が芽生えかけた、その瞬間。
「あなたたち、妹から離れなさい!」
聞き覚えのある声が、その場に響いた。
奏が振り向くと――労働者ギルドのメアリさんだった。
「あなたたち、冒険者ギルドに登録しに行った二人よね?
見覚えがあるわよ。私の妹に何か用かしら?
あまり乱暴なことをしているようなら、
労働者ギルドから冒険者ギルドに苦情を入れましょうか。
いえ、労働者としての資格を取り上げてもいいのだけど?」
冒険者の二人は顔を見合わせ、後ろに下がった。
「いやいや、俺達はそこでしゃがんでいる妹さんが
心配になって……なぁ?」
「そうそう、ただの親切心です。
それじゃあ、俺達はこの辺で失礼します!」
そう言って男たちは去っていった。
メアリが奏の手をそっと握る。
「貴方は……昨日登録したカナデさんよね?
薬屋ギルドからは『素晴らしい腕前で順調に取引しました』って聞いてるんだけど……
何か、問題でもあったの……?」
奏は言葉に詰まった。
何を話せばいいのか、自分でもわからない。
「いえ……大丈夫です。助かりました。
ありがとうございました」
そう言って立ち去ろうとした奏の手を、
メアリが優しく掴んだ。
「ごめんなさい。でも、全然大丈夫そうに見えないわ。
ちょっとそこで、お茶でもしましょう」
そう言ってメアリは奏を喫茶店へ連れて行く。
本当なら、登録者一人ひとりに深入りしてはいけない。
そうしなければ、自分の感情がもたない。
それでも――
目の前の少女が粗野な冒険者の毒牙にかかるのを、
メアリは放っておくことができなかった。
「この店で良いかしら?」
奏が力なく頷く。
喫茶店に入り、メアリが注文すると
しばらくして温かいお茶が二人の前に運ばれた。
奏はゆっくりとお茶を口に含む。
途端――瞳から涙が零れ始めた。
「……美味しいです……」
メアリは奏の涙が落ち着くのを待ち、
ゆっくり語りかけるように優しく問いかけた。
「答えたくなかったらいいのだけど……
カナデさんは、どこから来たの……?」
「……この大陸よりずっと遠い場所から……
はい……きっと遠い場所なんだと思います」
「そう……そんなに遠い所から一人で来たのね……
それは心細かったでしょうね……」
「はい……心細かったです……今も……」
「それで、お父さんとお母さんは……?」
奏は肩と太ももに置いた手を、小刻みに震わせた。
「今は……会えません……会いたいです……
声だけでも聞きたいです……」
そう言うと、奏の頬を、涙が静かに伝った。
メアリは立ち上がり、下を向いて泣き続ける奏の肩を
そっと抱きしめた。
「寂しいわよね……
でも、お父さんもお母さんも……
会えなくても、貴方が幸せに生きることを
きっと願ってるはずよ」
「はい……」
全てを告げることは出来ない。
きっと、理解してもらえないから。
それでも――心の内の本音を吐露できたことで、
奏の心は確かに救われていた。
◇数刻後
「メアリさん、ありがとうございました。
ごめんなさい、恥ずかしい姿を見せてしまいました」
「いいえ。それで……大丈夫?」
その“大丈夫”という問いかけには、
今夜の宿のこと、心情のこと――
色々な意味が込められているのだろう。
「正直、わかりません。
でも今は考えても仕方ないので……
前を見たいと思います」
「そう……頑張ってね」
「はい!
あっ、そうだ。もしかしたら……
この王都で店を開きたいと思っているんです。
その時はぜひ寄ってくださいね。
メアリさんなら一杯サービスするので!」
「わかったわ。楽しみにしてるわね」
そう言って奏はメアリと別れ、ホテルへ戻った。
現状は何も変わっていない。
それでも――心の膿を吐き出せたことが、
奏の心を少しだけ軽くしていた。
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