幕間 残された灰鷹
アルとジュドが二階へ上がっていく。
階段の軋む音が遠ざかると、宿屋ノックスの一階食堂には、灰鷹の五人だけが残された。
ラザはすでに帰っている。
依頼の返事は、後で構わない。
そう言い残して、町長のもとへ戻っていった。
「……アルさん、何か知ってたよね」
リッカが小さく言った。
誰も否定しなかった。
北西の旧街道。
人だけが襲われる異常。
戻ってこなかった者。
そして、アルの言った一言。
「心当たりはある。」
それだけで、依頼の危険さが一段重くなった気がした。
「食堂では話したくない、か」
ガルネが階段の方を見る。
「町長の使いに聞かせたくなかったのか。それとも、俺たちに聞かせるかどうかも迷ってるのか」
「どちらでも、不思議ではないわ」
ミリアは静かに答えた。
「アルさんは、まだ私たちに全部を話しているわけじゃないもの」
ダインが少しだけ顔を上げる。
「それでいいんですか?」
「私たちだって、全部話しているわけじゃないでしょう」
ミリアがそう言うと、食堂が少し静かになった。
ブロムスの灰鷹。
その名を背負っている理由。
金だけではない目的。
失くしたもの。
探しているもの。
新しく入ったばかりのアルに、それをまだ話してはいない。
なら、アルに隠し事があっても、責めることはできなかった。
「でも、金貨一枚かあ」
リッカがぽつりと漏らす。
ミリアが横目を向けると、リッカは慌てて手を振った。
「分かってる。危ないのは分かってるよ。でも、調査だけで金貨一枚。原因まで何とかできたら追加で四枚。灰鷹には大きい額でしょ」
「顔に出てたわよ」
「それは……兄さんにもよく言われた」
リッカは少しだけ口を尖らせた。
「金を見る時の顔が分かりやすすぎるって。でも、仕方ないじゃん。宿代も、食費も、薬も、馬車の修理代もいるんだから。お金がないと、次の依頼まで持たないんだよ」
その言葉に、誰も笑わなかった。
リッカが報酬に反応するのは、欲深いからではない。皆が生きていくためだった。
「でも……死んだ人がいるんですよね」
フィリアが胸元に手を当てる。
「戻ってこられない人がいて、その家族が待っているなら……放っておくのも、つらいです」
軽口は返らなかった。
報酬は大きい。
危険も大きい。
そして、助けを求めている者がいる。
だからこそ、厄介だった。
「受けると思います」
ダインが言った。
ミリアが彼を見る。
「まだ決まっていないわ」
「分かってます。でも、ジュドさんなら、断らない気がして」
「団長が受けるのと、何も考えずに突っ込むのは別よ」
ミリアの声が少しだけ厳しくなる。
ダインは口を閉じた。
リッカが肩をすくめる。
「それに、アルさんがいるから大丈夫、って考えるのも危ないよ」
「そんなつもりじゃ……」
「分かってる。でも、そう思いかけるくらい、あの人は強い」
リッカは階段を見上げた。
「だから怖いんだよ。強い人がいると、自分たちの危機感が鈍る」
ダインは何も言い返せなかった。
ガルネが軽く息を吐く。
「まあ、団長が戻るまで待つしかないな」
「落ち着かないんだけど」
「金貨五枚が逃げるかもしれないからか?」
「違うし。いや、ちょっとは違わないけど」
「そこは否定しろよ」
少しだけ、空気が緩んだ。
けれど、階段の上からはまだ声が聞こえない。
アルが何を話しているのか。
ジュドが何を聞いているのか。
この依頼を受けるのか。
何も分からないまま、五人は待っていた。
リッカは報酬と危険を天秤にかける。
フィリアは帰れない者たちを思う。
ガルネは軽口の裏で、戦い方を考える。
ダインは怖さと憧れの間で拳を握る。
ミリアはその全員を見ながら、団長の判断を待つ。
灰鷹は、まだこの依頼を受けると決めたわけではない。だが、誰一人として、もう他人事だとは思っていなかった。




