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RYO


 侵入者の死体を窓から運び出し外に埋葬するため、僕とリアが死体を持ち、主任が開錠して窓を開けた。

 窓は近くまで登ると大きく掃き出し窓のように出入りすることができ、この組織から地上に続く正面の出入り口とは真反対の庭に面している。そしてなんとそこから外に出た先で僕は夕暮れの空を見た。

 空だ。

 本物の。

「え……」


 ここは……この組織は、地下にあるはず。だが、切り立った崖の底の底、この庭は広く平らな空間が広がり、岩肌を突き抜けるようにして空が開けていたのだ。


「まさかこんな場所があるなんて……」

「何驚いてるの〜コウくん。君が最初に記憶している場所はここじゃないのかい」

 主任が笑い混じりにそう言う。振り返るとスコップを差し出された。

 最初に記憶している場所?

 僕が以前ここに来たことがあるということか?


 死体をその辺に一度置き、リアと一緒に穴を掘りながら考える。

「あ」

 そうだ。半年前……僕は雨の降りしきる中で、主任に発見されたのだった。

 そして今し方出てきたあの研究室(ラボ)、あそこの窓から、中に入れてもらい体を拭いたのである。


「コウさんはここの外で発見されたんでしたっけ」

 リアがどこか遠慮がちに訊ねてきた。僕は頷く。

 けれど正直その時のことは、自分自身が動揺していたせいか、ほとんど覚えていない。

「雨の日でした。泥まみれで……土砂崩れでも起きてあの崖から落ちたんでしょうか」

「もしそうだとしたら、命があったのは奇跡ですね」

「いや、まあ本当にそうなら記憶喪失だけで済むとは思えないですけどね」

「コウさん自身に自覚がないだけで、体が潰れても再生する人外的な能力をお持ちだったりするんでしょうか」

「さすがにそんなことはないと思いますが……」


 僕にとっての最初の記憶は 灰色にモザイクがかった雨の世界に、ぼんやりと浮かび上がる青色。

 そして意識がハッキリしたのは、この室内に入った後から。思い出すのは、ちょうど今し方侵入者が座らされていたあの椅子に自身が座らされ、雨の中で見た青色の持ち主がその髪を揺らしながらしゃがみ込み、目線を合わせて微笑んできたこと。

「おかえり」と、彼は言った。

 あれは甘楽主任だった。


「あ、リア、終わったよ〜」

 先に研究室(ラボ)中央にまで戻っていた主任が、室内の方から声を掛けてくる。

 僕とリアは一度だけ顔を見合わせると、リアが先に歩みを進め室内に戻った。廊下を主任のいる方へ進んでいく。


 円筒状の水槽らしきものが並んでいる、左右に開けた空間にまで戻ってくる。水槽からの光で眩しい。


 この研究室(ラボ)内で、主な光源がその水槽だった。中には一つの水槽に一種ずつ、植物が培養されている。暗い室内の足元まで暗い色の絨毯が敷いていあるせいで、水槽以外ほぼ何も見えないと言っていい。

 その中の一つ、主任が前に立っている水槽には

 ヒトガタの何かが入っていた。


「……よかった、無事で」

 リアがほっと息をついて呟く。


 水槽に入っているのはリアと並んでも遜色ないような、美しい青年だった。黒い髪に白い肌。昔話であった、白雪姫とかいう童話の姫君はこんなだったのかもしれない。あれはまだ「女性」がいる時代の世界の話だったけど。


「出すよ」

「え」

 言うや否や、主任は水槽の横にあるレバーのようなものをぐいと押し下げた。

 ボゴンとそこが抜けたような音が響き、水槽の中に満タンまで入っていた液体の水位がみるみる下がっていく。


「リョウ……!」

 リアが声を上げ、水槽の下部にあった装置を取り払い、ガラス柱を開いた。そこからリョウ、と、リアはそう呼んだ被験体を抱き上げて連れ出すと、そっと床に下ろす。

「もう名前があるんですね」

「うん。その子は古株だからね」

「え、今ここで生み出されたんじゃないんですか」

「違うよ〜コウくんより前からここに所属してる子だよ」

 主任は普段通りのへらりとした笑顔で言う。

「ちょっと、大怪我しちゃったから回復するまで休養してただけさ」

 大怪我。

 ということは……戦闘要員なんだろうか。


 リアはまだリョウを抱きしめたままだ。床に自分も跪いて、リョウの体を抱き起こすようにしている。

 そしておもむろに相手の顔を片手で包み、唇に唇を押し当てた。


 つまり、キスをした。


 !?

「どっ、」えっ

 キス?

 なん そう、いう 関係なのか?


 主任の方を思わず伺うが、表情も何も変わってない。いつもの二人を眺めているといった風情だ。

「人工呼吸……ではないですよね……寝姿勢にもしていないし」

「ああ。そっかコウくんは覚えてないんだっけ」

「覚えてない?」

「コウくんもされてるはずだよ」

「えっ」

 それはリアにキスをということか?まさか記憶を失う前に……?

「どういうわけで……」

「リアは相手に自分のエネルギーを分け与えることができるの。マウスツーマウスが一番効果的だけど、そばにいるだけでも回復が早まる。だからコウくん、君が体調不良の時や怪我をした時は、リアが付き添ってたでしょ?」

「あ……」

 そうか。なるほど。リアが戦闘要員なのに救護担当のようにもなっているのは、この理由があったのか。


「……ぅ」

「あ、起きそう」

「!」

 んん、と

 喉を鳴らすような声を上げ、数度咳き込んで、リアに体を支えられながら「リョウ」はゆっくりと顔を上げた。


 白い肌、濡れたようなまつ毛、黒目がちの目。例によって整った顔立ちの被験体。リアやニコと違って、中性的な、男女どちらともつかない容貌をしている。


「……リア」

 と。声を発した。目の前のリアを見つめながら微笑み呟く声は、外見よりも幼い。


 リアに微笑み返され、ようやく周囲を見回して現状を認識し始めたらしいリョウは、きょろきょろ視線を彷徨わせたあとで僕の方を見た。

「……初めまして」

 微笑みながら、少し高めの穏やかな声がそう言う。

「は、……っ!!」


 身構えもせず受け答えようとした僕は絶句した。

 見目麗しいヒトガタの被験体。そんな先入観。いや事実、リョウも美人ではあるのだが。


 僕の方を向いた正面の顔は、さっきリアの方を見ていて隠れていた左半分が ーーーー虫(・)の(・)よ(・)う(・)な(・)複(・)眼(・)だった。


 整った顔立ちの、半分。ぎっしり眼窩におさまった複数の目はそれぞれの中心が点々と赤く発光している。


『っっっ!!! ぎゃーーーーーー!!!』

 と、内心僕は叫びたかったが、声が出ないまま固まっている間にその衝撃をどうにかやり過ごし、

 引き攣った笑みで「こちらこそ、初めまして」と返したのだった。



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