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研究室


 さて、俺とリアは手分けしてマンドラゴラの栽培されている箇所を近場から一つずつ確認していくことにした。のだが、結果、最初にいた僕の部屋から一番遠い箇所で合流することになった。

 鉢合わせた研究室(ラボ)入り口で顔を見合わせる。

 研究室(ここ)に侵入者がいるのか、はたまたマンドラゴラの栽培箇所からはもう離れてしまっているのか。

「とりあえず……主任は侵入者と鉢合わせていない可能性が高い、と思っていいのかな」

「いえ」

 リアは緊張した面持ちで首を横にふる。二手に分かれた最初よりも、今の方が更に表情がこわばっているほどだ。

「……もし、この中に居るんだとしたら、侵入者は甘楽さんから生命反応になるものを奪い取っている可能性が高いです」

「生命反応。<鍵>ですね」

「はい。……例えば、指とか、目とか」

「……!」

 なるほど。

 指とか、目……で済んでいればいいが。

 大抵の場合、生きたまま奪い取るよりは 殺した方が手間がない。抵抗される心配も、助けを呼ばれる心配もない。殺したばかりなら生命反応もあるはずだ。

 相手の目的がもし組織の研究を阻止することなのだとしたら、研究室(ラボ)の謎にも踏み込めて、主任の始末もできたら、一石二鳥。

「確かめる必要がありますね」

「はい」

 ここに来るまでに戦闘の形跡や血痕は無かったが……

 リアはやけに不安そうに、祈るような様子で身構えている。

 なんというか、侵入者なんて日常茶飯事、ポンポンと軽く脳漿撒き散らして爆ぜさせているくせに、味方側が危ないとなればこんな空気にもなるのだな。それともこの組織においてリアは珍しいタイプなんだろうか。命の奪い合いに抵抗がある、とか。

「コウさん、俺が扉の開錠をしますから、こっそり中を伺っていただけますか」

「了解。すぐ傍にいたらどうします?」

「……その時は、撃って構いません」

 構いませんか。

 僕は懐の拳銃を取り出すと、すぐにでも撃てる状態でリアの開錠を待つ。そういえばリアは、被験体なのに人間と同じ権限を与えられているのか、と、ふと脳裏に過ったが深く考える時間はなく、リアが扉の突起を撫でふうっと息を吹き込むと扉が音もなく開いた。

 生命反応、呼気も含むのか?

『いや開錠動作卑猥すぎるだろ!?』

 という緊張感をぶち壊しにする僕のツッコミは幸い心の中だけに留まった。


 研究室(ラボ)の中は暗く、奥に円筒状の水槽のようなものが複数並び、そこだけは明るい光に満ちていた。

 左右に長い室内の中央からだけ細長い廊下が奥まで続き、ドアや間仕切りなどないその先に窓が設置されているのが見える。

 地下にあるこの組織において窓から陽の光など差し込むはずがない、のに、その窓はぼんやりと外から明かりを取り込んでいた。

 月明かりのような。

 白く穏やかな光。

「どうぞ」と、その廊下の奥の窓から声がする。

 コトリと固いものが置かれる音もした。目を凝らしてよく見ると、窓の周囲に落ちた影の中に青い人影があって、その前にはもう一人の人影。そして、その人影がテーブル席に着いているのもわかる。

 主任と……侵入者?

「無事のようですね」

 リアがひとまず少しだけほっとした表情を浮かべた。それでも視線は主任の方を見つめ続けて瞬きもしない。 それはそうだろう、どうやら今まさに何者かが、主任と一緒にいるらしいのだから。

「お客さんだったという可能性は?」

「ありません。どのような客であろうとも、この研究室に招き入れるとは思えません」

 客は客でも招かれざる客ってか。

 だとしたら、この状況は何なのだろう。侵入者の方が椅子に座っていて、主任は何かをそいつに差し出している。あたかも、もてなしてでもいるかのようだ。

「どう……する?リア」

「そう……ですね……」

 出方に困って二人してじっと伺うことしかできない。これは相手が何かを仕掛けてくるまで膠着状態か。

 ……ん?

「今……、」

「コウさん、あれ……見えますか」

「……僕も同じものを見たかも」

 逆光で影になっている侵入者の体の向こう、隠れている位置に置かれた「何か」。主任が差し出したであろう「何か」から、光が少し反射した、気がした。

 金品か……?もしくはレアメタルのような、研究に用いる素材?それを侵入者の前に置いている。

 何か駆け引きを持ちかけられてそれに応じたのか?

「あれって……渡していいものなんでしょうか。リアはどう思います?」

「……おそらくは良くない、でしょうね」

 もう一度こっそりリアを伺うと、再度顔色が悪くなっていた。僕はまだここの資源や研究成果について詳しくは知らないが、リアのこの表情を見るに、かなり重要な物なのだろう。

 阻止……すべき。

 ーーーー今なら背後から襲撃できる。

 主任を撃ってしまうわけにもいかないから、座った状態で動きの静止している今は絶好のチャンス。

 僕はリアに合図を送ると迷いなく銃を構えーーーー


「ーーーー誰だ!?」


 ぐるん、と

 椅子に座っていた侵入者が、振り向きざまこちらに腕を伸ばす。

 銃声が響いた。


「ぐ ぁ わあぁぁぁぁぁっ!!」


 絶叫

「ーーーーなっ、」!?

 僕は

 リアが僕を抱きしめて覆い被さるように床に伏せ、リアに守られる形で、その音を聞いた。

 ーーーー 何だ?

 何が起きた……?

「コウさん!大丈夫ですか?」

「えっ あ、あぁ……、」

 がばっと僕の上から身を起こしこちらを見下ろしてくるリアの顔を見つめ返す。しっかりと目があうことで僕の意識がはっきりしていることを確認できたのか、ふぅと安堵の息を一つついてリアは立ち上がった。

 僕も起き上がる。

 一瞬の出来事で、何があったかわからなかった……銃声と同時にリアが僕を押し倒して庇うように覆い被さって来て、その直後に絶叫を聞いた。

 僕は 発砲していない。

 しかし

「……甘楽さん」

 主任。

 窓辺に佇む彼の方を見る。

 逆光で影になりわかりづらいが、円形のテーブルの傍に立つ彼の足元

 そこで侵入者は床に倒れ痙攣し、動作不能になっていた。

「リア。コウくんも、危なかったね。大丈夫?」

 主任は片方の手を上に上げていて、その手には何か持っている。ぽたり、と液体がそこから垂れ落ちるのが見えた。

 主任が、侵入者に 何かしたのだ。

「甘楽さん、それは」

「んー?」

「……お茶、ですか?」

 え?

「うん。お茶を出してあげたんだけど、飲んでくれなくて。俺が外でタバコ休憩してたらこの人が煙を吸い込んじゃったから、解毒しないとヤバいよって言ったんだけど。まぁだから死んだのは自業自得かなぁ」

 え?は?

 解毒……?

 さっき反射して見えた光、あれは 液体の水面?

「主任、あなたは……特に攻撃したわけではない、んですか?」

「ん?うん。あ、さっきは二人を撃とうとするからつい焦ってお茶ぶっかけちゃったけど」

「……」

「だけどさ〜それもこの人が悪いよね?俺の大事な大事なクルーに、銃口向けてさあ。まぁ二人に玉が当たらなくてよかったけどそんなのは結果論だよ。あ〜あ死ぬ前に一言謝ってほしかった」

「……」

 主任の足元で痙攣していた人影は、今はもうピクリとも動かなくなっていた。

 毒。解毒。人を死に至らしめるような煙を休憩と称して吸える体

 相手の命を握った状態で、もてなすかのようにお茶を出す精神

 外でタバコ休憩をしていたということは、ここには主任自ら招き入れて、椅子に座らせたのだろう。

 ……お茶を出してあげたんだけど、飲んでくれなくて。

 いや。いやいやいや。

 ツッコミどころの多さに絶句している僕に、リアがそっと囁く。

「甘楽さんはすぐに侵入者を死なせてしまうんです……本人に悪気はありません。むしろ本当に戦闘力がない分、相手は油断する。しかし甘楽さんに接触した時点でーーーー近づいた時点で、地獄に踏み入ってるんです。当然、死なれては情報も取れません。侵入者について何もわからずに終わることがほとんどです。今回も、例えお茶を飲んでいたとしても……解毒はおろかそのお茶自体、相手を苦しめた可能性が高いです」

 思い出すのはケー木の実を食べた自分の体調不良。なんとこの身をもって実感できる、主任が口にできるものがその他の人間には毒である可能性。

「侵入者といえど、人の命を奪うのは気が進みませんからね……今回は間に合ったと思ったのに……残念です」

「んっでも、ニコは相手をすぐさま撃ち殺してましたけど」

「ニコは甘楽さんに育てられていますから……」

 なるほど、子は親の鏡、親は子の鑑。

「リアー、コウくんー、この人運び出すの手伝って〜」

 逆光を背にひらひらと主任が手を振ってくる。

 言われてすぐに、リアは綺麗に背筋の伸びた優雅な足運びで、すたすたと主任の方へ歩み寄っていく。思うところがあるとしても、それを主任に訴えたり、態度に出す素振りはない。

 僕はその背を少し眺めてから、思わず口から漏れたため息を床に吐き出し、仕方なしに立ち上がってリアに続いた。

 そういえば、と思う。

 リアがどんな風に戦うのか、密かに楽しみにしていたけれど。

 結局今回は見られず仕舞いだったな。


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