襲撃者
廃墟の暗がりから暗がりへ伝う、ダンスでもしているかのような軽い足取り。
甘楽主任の着ている長めのカーディガンの裾がひらひらと揺れる。敵地を散策している人間の所作とは思えない。年齢不詳な童顔にはうっすら笑みすら浮かんでいた。
危機感とか、ないんだろうか、この人には。
状況を整理しよう。
リアから聞いた話によると、室長はたった一人の刺客にまんまと連れ去られたらしい。コーシさんが根城にしている、秘密裏に組織の人間も出入りできる地上の施設があり、そこを出てすぐのことだったそうだ。
追いかけて追いついて戦闘にまでなったが、相手の動きが止まると同時にリアの体力も尽き、室長に指示される形で一時撤退を決めたらしい。その時居た場所が今僕と主任が潜入しているここ、大昔の鉄筋コンクリートで造られた廃墟だ。
リアはとりあえず一度組織に置いてきた。回復を待たず、僕と主任で先行した形になる。なにせ片道40分以上かかるのだ。室長が攫われ、戦闘になり、リアが引き上げてきてから、すでに数時間は経過しているはず。急ぐに越したことはない。
それでもまぁ、室長がまだ生きているかは微妙なところではないだろうか。
「……主任」
「んー?」
前を歩く小柄な背中が振り返った。珍しく白衣以外の格好をしている主任の、スーツの上着から長いカーディガンの裾がべろべろと出て見えている。
丈のチグハグさがあまりにもダサい。
ネクタイなしの白シャツの襟がよれているのも、靴が子供用の運動靴みたいなデザインなのも全てダサい。もしここで死んでこれが死装束なんてことになったら気の毒な有様だった。
「服がダサいです」
「そういうのは外出前に教えてよ」
「……すみません」
会話が途切れた。そのくせ主任の足取りは妙に楽しそうではある。
室長の安否が不明な状況でこの様子、どうしたことだろう。
「何をお考えですか?」
襲撃者が何者か、とか、ここはどこかとか、どうやって切り抜けるかとか、考えることは多いはずだけど……それだけとは思えないほど楽しげに見える。もし何か妙案でもあるなら、僕にも教えておいてほしい。
と、思っての質問だったのだが。
「んーそうだね、コウくんも一緒にやる?」
「はい?やるとは?」
「こんな組織は嫌だ!ランキング!妄想」
「……は?」
は?
……だめだ、一瞬何を言われたか理解できなかった。
「なんですって?」
「第一位はねー、どるるるるる、だん!全員魔法少女だ~」
「……なん、ですって?」
思わず手を握りしめてしまう。殴りやすいグーの形に。
「ほらこういう時ってずっと緊張してたら疲弊するじゃん?体力的にも精神的にも。結局普段通りが一番いい動きできるでしょ。だからいつも通り過ごしてんだけど、次のお題は「いやいやいやいや」
いやこいつ、お題とか言いやがったか?
やけに楽しそうに浮ついた足取りだった理由が脳内妄想してたせいってか?嘘だろ。
えっ?今って結構緊急事態ですよね?
どうして僕が自分の頭を疑わないといけなくなっているんだ?
「ちなみにねーさっき考えてたのはリアとニコに実演してほしいBLシチュエーション」
「くっっっっそいらねえ情報ですそれ」
現在進行形で敵地の真っ只中、この危機的状況下でBL?知り合いを使って?実際にはゴシップネタですらない捏造の妄想で
しかもいつも通りとか言ってたがこの人いつもそんなこと妄想して生きてんのか?
ふ、ふざけている……
「あんたマジでヤバ……、余裕……ですね……こんな時に」
「コウくんこそ俺の服装のことなんて気にして、余裕だったじゃん」
ポン、と肩を叩かれる。
「こんな時こそ平常心が大事さ。一番大事なものを見失わないようにしなきゃ、あの子たちのことを考えていれば生きて帰ろうって気にもなるでしょ?」
「……いい話風に言いますね」
「心がこもってるからね」
「……」
「一度は俺の妄想を現実にしてもらわないと死ねないな」
「変態ですね」
やっぱり一発殴らせてくれ。
思わず拳を硬く握りしめた、その瞬間
「ああ迷惑な話だな」
ふいに、背後から声がした。
「その変態な悪趣味に付き合わされる方の身にもなってみろ。死んだ方がマシだ」
声の方を振り返る。
だらんと脱力した手脚の、室長の体がぶら下がっていた。
慌てて飛び退いたその位置に、爆煙が上がる。覆い被さって主任を守り、急いで起き上がると姿勢を低くしたまま物陰まで走り込んだ。鈍い音がして背後でブロックの壊れる音が続く。
「コウくん?あれに見覚えはあるかい?」
主任が物陰から少しだけ顔を出して覗いた後、懐から出したボトルを反射させて襲撃者を映した。
緑の黒髪に、赤い目。……赤い目?
「……いいえ、わかりません」
見覚えはないが……既視感はあった。
リョウ。リョウの姿の……男性版、という感じだ。リョウも男性だが、あの子は中性的な見目をしている。その雰囲気を全部削いで、締まった体、凶暴な目つきにしたら 酷く似た姿になりそうな。
だけど主任も「そうだよねえ~俺もわかんない」と、肩をすくめて言った。
「とりあえず、クロの安否は否の方だったってことで、捨ててくか」
「えっ」
声を上げた僕に、主任は不思議そうな顔をした。
……不思議そうな顔をされるこっちの方が困惑だ。そもそもここには、室長を助けにきたんだぞ? リアに頼まれて、彼が回復して追いついてくるまでの間の先行を、僕らは担っているはずだ。
「見捨てる……なんて、選択肢が、あるんですか?」
「そりゃあるよ。自分の命を賭けてまで挑戦するようなことじゃない。ミイラ取りがミイラなんて、ただ死体を増やすだけだ。それともコウくんには目的を達成する有効な手段が思いつくの?」
「……いえ、戦闘で上回るしかないでしょうね」
「戦いたい?」
「……それが必要な手段だったはずです」
「どんな手段も目的が果たせなきゃ無意味だ」
「……しかし仮に室長奪還を諦めるとして、どうやってこの場を脱するんです?」
敵は狙い撃ちしながら距離を詰めてきている。うっかりこの場に迷い込んだ部外者として見逃してくれるなんて展開は万に一つも無さそうだ。
「どちらにせよ、戦うしか……」
「他に仲間が潜んでたりしたら、さすがにお手上げだけどねえ」
と、ごそごそ懐を漁る主任。選び抜いたらしい一つを取り出すと、気負わぬ動作でぽいと襲撃者の方へ投げた。なんだろうあれ。クッキーみたいに見える。
そしてクッキーは地面に落ちて弾けた。
どっかーん!!
と、擬音にすればファンシーだが規模感としては全然可愛げのない爆発が起き、柱の方に迸った爆炎と爆風が襲撃者を包み込む。今がチャンスとばかりに、僕らは瓦礫の隙間をこそこそと出口を求めて移動した。
爆煙が晴れる時、微かに風の起きている方向がわかる。
「主任、それ、僕にも……」
もう一度懐に入れた主任の手が、そこで止まった。
襲撃者の動向を注視していた僕も、おそらく同じ違和感に気付く。
「う……」
と、うめき声を上げながら起き上がるその人影に、守られるように室長が倒れている。
爆発の衝撃と瓦礫の散乱で、遠くまで吹き飛ばされたのに、室長の方はさっきまでとほぼ変わらず無傷だった。
ーーーー襲撃者が、室長を守った?
なぜ、と
疑問に思った次の瞬間、
「た……」
がばり、と 敵がその顔を上げ
「食べ物を、 粗末に するなあああああああああ!!!!」
ビリビリと周囲を震わせるほどの咆哮が迸った。
「え、ぇ」
表情が 般若のごとく豹変している。
ガチギレである。
「ちょ、ちょっと主任、絶対やばい地雷踏み抜きましたよ、さっきより殺気立ってます」
「さっきより殺気立つ敵」
「こんな時にダジャレ検知して遊ばないでください」
マジでこの人緊張感とかないんか。
「仕方ないね、食べ物を粗末にしない。ド正論だよ。屍の山の頂上でタップダンスを踊ってきた俺たちには合わせる顔がない」
言った側から瓦礫が撃ち抜かれ、破壊される。ここに隠れていることはいとも簡単に露呈した。
すぐに追い詰められ、再度、主任の懐から出した武器を頼ることになる。
今度はグミだった。
パンパンパンパン!!と、さっきと違った破裂の仕方をして煙を発している。
隙を見て瓦礫から瓦礫へ伝い、隠れ場所を変え、逃げ道ににじり寄っていく。
これって相手にとっては、おちょくられているようにしか感じないだろうな。のこのこ来たかと思ったら逃げ出そうとして、食べ物を投げて爆破して。
「は~楽しい」
「……」
実際、おちょくっていると取られても仕方ないほど、主任はニコニコの笑顔のままだ。
「こんな状況で、楽しいんですか?」
室長を見捨てながら、逃げるのにも一苦労で、今にもやられそうなのに?
目的を果たさずに敗走するだけの無駄足がーーーー楽しいのか?
……本当に
ほんとうに、室長を 連れて帰ろうともしないのか ?
「そりゃそうだよ。コウくんだって楽しいだろ?」
「はあ?そんなわけ」
「君は楽しいはずだよ」
次の食糧を懐から取り出して、主任は僕を見上げながら更に笑った。
断定。金の目が細められ、ギザギザの歯が剥き出しになる。
「なにをーーーー」
「戦闘好きでスリルが好きで、好奇心旺盛。君だって俺らと一緒、趣味を仕事にした悪人だろ?」
主任は僕の懐にも手を差し込むと、撫でるように銃の安全装置を外した。どくん、と銃のある位置で脈打ったような錯覚。いや、錯覚ではないのか?この武器たちは、生きているんだっけ。
食べ物を粗末に、命を無駄に。
まるで殺しを推奨する悪魔のように、武器を愛玩しながら囁く。
「室長を助けたいんじゃなくてあいつと戦いたいはずだ、俺が知る君はそういう奴だ。ああ、楽しく無いのは自分の手で爆弾を投げてないせいなのかな? わざわざ自分の手を染めたいなんて、本当に悪趣味だねえ、お互い」
にんまりと 目を細め 口の端を釣り上げてわらう
悪魔。
思いがけず僕のことを色々言及されたがーーーー今は残念ながらそれどころじゃない。
ケラケラ、喉が鳴るほど嗤われている錯覚が耳の奥に響く。
「僕は……、ーーーーああもう、何でもいいですから少し離れていてください」
「はーい」
室長を助けるんだ、今から戦うのはそのためだ。何が悪趣味だ、趣味でやってるわけじゃない、研究も戦闘も
……世界平和にだって貢献できる研究だ
その組織を守るために戦うことの どこに 疑問を挟む余地がある?
ーーーー銃を構え瓦礫から躍り出る。
自分がどんな表情をしてるかなんて、今は考える時じゃない。




