ロスト
研究室で植物を育て、被験体の世話をし、侵入者を生け捕りにして室長や主任に引き渡す。大雑把に言えば毎日はそれの繰り返しだ。改めて書き出せば結構な作業をこなしてるんだろうが、ほとんど全てが生き物を相手取ったことなので、その場の状況に応じられることが重要で事務的なことは全体の5パーセントもない。
書類仕事や進捗管理がほぼ無いと言っていい。組織として動いているとは思えないほど、内情はマンパワーというか、各々の頭脳頼りだ。メモすら取らずに記憶と大声で情報を共有している。
記録が……事実関係が、残っているとしたら組織メンバーの頭の中だ。他にはきっとどこにもない、何せ漁るほどの記録も、機材も、ここには無いのだから。
さて、というわけでResurrectio yubeo …とやらについて、聞き出そうとしたら誰がいいかというと。一番の古株で、組織のブレインであることが疑いようの無い甘楽主任、彼に聞くのがいいだろう。僕を最初に発見してくれたのも、彼だったようだし。
……「おかえり」、と言われた。
あの言葉も、考えてみれば意味深だ。僕が一度どこかへ出ていって、そして戻ってきた、そんな経緯が透けて見える。
どうにか主任と仕事以外で話す時間をもちたい……のだが。
「コウくん見て!虫がいる!この実は虫でも食えるやつができたかも!」
「やりましたね主任!あっ待ってください、その虫がその実に適応するために進化したやつじゃ無いかどうか調べます」
「確かにそうだね!よろしく!」
いや実際、主任と二人になれる時間なんていくらでもある。話そうと思えば話せるのだ。
今日も今日とて、研究室で実験生物をいじくり回しているのは僕と主任なのである。
つまりはなぜ話をできていないかというと、ひとえにこの時間を圧してまで自分の話をする気がない僕のせいなのである。被験体をいじり、観察し、分析し、活かす道を考え、実際に使ってみる。手元の対象物に集中していたら閑話なんて挟んでいられない。
……誘惑に負けているともいう。
「そういえばこないだの猫型生命体は毛で汚れを除去して微生物で分解してくれることがわかったからお掃除ロボとして導入するよ」
「えっいいですね、かわいいです」
「でしょー!」
主任が言ったそばから地面をわさわさとモップのような10本の足で滑るように這っていく猫が通り過ぎていった。これは無駄話ではない、進捗確認、現状把握。情報共有だから。
実験も観察も楽しすぎる。ついでに侵入者撃退も、作品を色々試せるし動き回れるので楽しい。
ぶっちゃけ自分の過去なんてどうでもよくなる。楽しく過ごしている間は意識もしていない。
リョウを殺しかけておいて過去がどうでもいいなんてのはあまりに無責任というかクズではあるが、ここにはなぜかそれを責める人もいないのだった。
必要に駆られていない……自分自身を何者か知らないことが、特に困らない。
はてこの世で一体どんな生物が、自分が何者かなんてことで悩むのか?なんて。
社会生活をしていたらきっと人間関係とか、困るものなのだろう。生きていく上でその問いが必要なのだ、人間には。だがその問いが不要なら、悩むこともない? どうだろうか、現に僕は困っていないし、ただ生きる上で自分のことを知らないなんて当然であるように思う。
人間なのに。
ここは地下に引き篭もった、社会と隔離された箱庭の「家」なのだ。
この組織にいると、悩まなくていいことが多すぎて、ーーーー何のために研究をしているのか、わからなくなってくる。
休憩の時間になって、甘楽主任が先に室へ移動していった。
僕は片付けと戸締りをしてから戻るため、一度花壇の周りを巡回することにした。すると珍しく、他メンバーが研究室内にいるところに鉢合わせた。
すらりと背の高い木々にまじって花壇の中で佇んでいるその人影は、紫の髪がひらひらと肩に落ちていて、一瞬そういう色の花が咲いているのかと見紛う。
リアだ。ただでさえ綺麗な見た目をしているリアが、太陽の光を再現した夕灯に照らされて、幻想的な花のように佇んでいた。ぼんやりと彼だけ発光しているかのように見える。
この前地上に出た時にも感じたが、陽光というのはモノを美しく見せるのかもしれない。
研究室内に出入りする時にしては珍しく、リアはスーツ姿だった。少し焦げたりケバだったりしてボロボロになったシャツを、ボタンをほとんど外して着用している。いや、ボタンが取れて無くなってるのか。ぼんやりとうつろな目で土の上に立って、何をするでもない。足元は裸足だった。靴と靴下を片手に、指で引っ掛けてぶら下げるように持っている。
「……外出していたんですか?リア」
声を掛けたら、視線が焦点を結んで僕の方を見た。
「コウさん……お疲れ様です」
「リアの方こそ。……随分疲れているようですけど」
手を差し出したら、「今はちょっと」と拒絶された。
「もう少し、こうしています」
「……ここで何をしてたんです?」
「土からエネルギーをもらっていました。……あなたの手を取ったら、そちらにエネルギーが流れてしまうので」
「っそんなに、……力が枯渇しかけるほど、譲渡のコントロールができないほど疲れているんですか?」
「……ええ、お恥ずかしいことに」
眉を下げて目を伏せて、微笑む。ようやく表情らしい表情が見られたが、それも普段とは違う、やつれてくたびれた、力無い微笑みだ。
疲れている、のも、あるのだろうが……これは
ーーーー傷ついている、と 直感的にそう思った。
体力の回復などでは癒えない何かがあったのだ、と。
「……リア。とりあえず、僕に何かできることは?」
「え?」
「今はとにかく、君の回復が優先でしょう。何かお手伝いできることや、代わりにやっておけることがあれば言ってください」
「……ぁ」
ありがとうございます、と震えた声が落ちる。
軽くお辞儀でもしようとしたのだろう、顔を伏せる仕草のまま、目線が上がってこなくなった。
これはだいぶ深刻なのか……侵入者の始末にも躊躇していたリアのことだから、大勢殺さなければならなくなって精神に負荷が掛かっているとか、そういう可能性も考えられる。外出していた先での出来事なら組織内に何かがあるわけではないだろう。リョウやニコは無事だとみていいし、主任も今日は僕と一日中一緒だった。
だとしたらーーーー
「コウさん」
「……はい」
「もう 主任には、報告、したんですが」
「はい」
「……室長が、」
室長。そうだ、今日はあの人を見かけていない。
リアと一緒に出掛けていたのか。……まさか、彼の身に何か?
リアは言いかけて少しだけ顔を上げ、視線を彷徨わせた。自分の意識の中の景色を見ているみたいに。
その表情に、さっき束の間浮かべて見せた微笑みはもう無い。
「室長が 拐われました、……回復したら、救助に、向かいます。一緒に来てくださいますか」




