兵糧戦
偶然研究施設にいたか、外にいたか。
それだけの違いに境界線を引いて、俺たちは殺し合うしかなくなった。
顔見知りじゃなきゃ殺される、そんなのどうかしてる。
どうかしてる世界だ。
周囲が攻め入ってくる時はどうにも物資が足りなくなって略奪しにくる時だった。俺たちは誰も虐殺を目的にしていない。
争いは生活に組み込まれていった。
それで運悪く死んでも、生きてる人間にとっては口減しになった。
バリケード周りを見張っていた時に侵入者を見つけて捕まえた。
まだ子供だった、マナくらいの。
そいつは研究室に連れられて行って、多分、モルモットの代わりに使われた。
外部の全てを敵に回しての兵糧戦、終わりの見えない戦いに、俺たち研究員のほとんどはやる気を失っていたけれど、コハクとマナは別だった。
「研究の完成で、争いも終わるはずだって。コハクはそう言ってた、俺も、そう思ってる」
この研究を始めた時俺たちは、世界中から食糧をめぐる争いを無くしたいって、思っていたはずだから。
マナは変わらずそう言って希望を捨てなかったし、コハクは一番奥の厳重な研究棟で昼となく夜となく試行錯誤を続けていた。屋内でも育つような植物を中心に食物化を進めているようだった。
俺はこの頃、もう一人の天才研究員の相棒が死んで そっちの手伝いに駆り出されるようになっていた。だけどそうじゃなくても、もしかしたら班を追い出されていたのかもしれない。コハクとマナは他の研究員を追い出して、二人で研究室に閉じこもることが増えていたから。
「外に出てはだめ。ボクの傍を離れないで」
と、コハクはマナに向かって、強迫性かってくらい何度も何度もそう口にしていた。マナの目を見ているようで見ていない、視線の合わない眼差しで譫言のように繰り返し。
様子が変だとは思っていた。
マナ曰く、研究の手伝いをしていると言うけれど
鍵のかかった研究室に、二人きり。
何度も何度も繰り返される同じ言葉。
はたから見て異様なはずなのに、誰も、彼らの中に踏み込んでいかなかった。
俺も。
「あ、コハク」
研究棟の中庭で二人、木の実を収穫している人影があった。
俺と、もう一人の「天才」が管理している庭だ。そこに珍しくコハクとマナがいた。
外からやってくる襲撃者が外の物を落として行ってくれることがある。この木はその細胞から作られた。
こうして二人が収穫している風景は、しばしば見かけた。
一口、コハクが齧ってみて
すぐに吐き戻す。
「……ダメだったか」
育てても、毒性がないか、食に耐えるかを確かめる段階で失敗とされることが多い。
一度に食べられる量があまりに少なかったり、一度はいいものの食べ続けると死に至ったり。
どこから何を取ってきてもそうだ、と 最近になって発覚してきた。汚染された食物しかない土地で、死人が異様に増えたからだ。
ゲホゲホと咳き込み、体を折り曲げて座り込むコハクを窓越しに見る。
コハクも、だいぶ痩せた。あの様子じゃあ、あいつの研究もうまくいってないだろう。
土の浄化が進まない。生き物自体にも毒が溜まっていく。もうこの場所じゃ生き続けられない。
俺たち研究所の共同体は、この場所に閉じ込もったまま ゆるやかに全滅していくしかない。
それを見ていた同胞の一人が、中庭に駆け込んでいった。
コハクの手から木の実を奪い取り、貪るように食べる
「……」
そいつがビクリと全身を硬直させたところで、俺は踵を返した。
どんな風に死ぬかなんて、見たくない。
もう俺たちは諦めてたつもりだった、とりあえず可能な限り加熱したり中和したりして何かを口に含んではいたけど
ここから明るい未来は思い描けなかった。一度施設を独占した俺たちが、外に出ていって受け入れられるとも思えない。
失敗した植物でも残しているのは、循環を願った一縷の望みでもあったが
死にたいやつが勝手に食えるように、便利な毒として置いてある意味が強かった。
その場を離れた俺は、見逃した。
マナがその実を食べていたところを。




