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RYO


 僕のいた国は武力を放棄していて、他国との交渉は情報戦だった。

 強大な武力を保有することの恐ろしさを、人類はもう知っていて、だからこそ一度壊れた後の世界には、争いの種を作り出すことを禁じられていた。

 世界の秩序のために働くのは僕の誇りだった、パートナーとの関係も信頼していた。

 その組織の存在を知るまでは。


 生体実験どころか人間兵器製造工場のようなその存在が、まさか自分の歩いている地面の下に、こんなにも巨大に、巣食っていようとは。

「上の空のところ申し訳ないけど」

 と、パートナーだったはずの「彼」が僕に銃口を突きつけて言う。

「私たちの仲間になりませんか」


「彼」は 被験体だった。いや、もっと言えば、人造人間だった。体のほとんどは植物の蔦が筋繊維や血管の代わりをしていて、不完全な個体だった。人間の食べ物は食べれなかったし、炎をひどく怖がった。

 人間の医療も当然適応できないため、ある時原因もわからないうちに手の打ちようもないまま、枯れるように死んでしまった。

「今回は一番、人類再興に近づいたと思ったんだけどな」

 そう呟く人物が、彼の墓に影を落とすのを背中に感じた。

「彼に生き返ってほしい?」

 悪魔のようなことを言う。僕は振り返らないまま、その声の主を見ないまま「生き返らせるっていうのか」と嘲笑った。

 僕の悲観と裏腹に声の主は「できるよ」と、答えた。

「全く同じとは言えないけれど、どうにかしてもう一度作ることはできるさ。どうする?」

 ああ、どんな形であれ、彼といられたら。

 なんてな。

「……バカ言うな。そんなふうに命を弄ぶことは 許さない」

 どうにかしてなんて、蘇らせたら。彼の命を、僕の悲しみを、冒涜される気がした。

 声の主は、少し驚いたように上擦った声で

「でも、命は続いていくよ?」と言った。

「個人の死なんて群にとっては大した問題じゃない。けど、君にとっては大問題なんだろう。取り返せばいいじゃないか」

「大した問題じゃない、か」

 はは。乾いた笑い声が出る。なるほど、そんな大局的に俯瞰して見てりゃ、それが誰なのかなんて、どうでもよくなるんだろうよ。

「僕は 彼がいいんです、……終わりまで全部含めて ひとつの命としての彼が」

「……ふうん。個が存在することって、そんなに重要?」

「この上なく」

「それじゃあきくけど、君はーーーー


 ーーーー自分(かれ)が誰なのか、知っているのか?」


 ふと、そこで目が醒める。

 ああ、今のこれはただの夢なのか、僕の過去なのか。どちらなのだろう。

 ベッドの上で伸びをする。起き上がるか少し迷って、もう一度目を閉じた。アラームはまだ鳴っていない。今日は寝坊してもいいと言われている。

 長い徒歩の道のりから帰り着いた組織の自室は、地下とは思えないほど空気が澄んで 快適な空間だった。





 室長の言っていた通り、組織への侵入者はなくなることはなかった。だが、頻度としては減り、以前より身体的に楽になった。体を動かさないと頭で色々考える。僕は少し余裕のできた時間の中で、自分自身のことを探るようになっていた。

「僕、まだリョウが死なないって証拠を見せてもらってないんですよね」

 その日は珍しく主任と室長が地上へ出掛けていて、僕とリョウ、リア、ニコだけでの留守番だった。他に組織の構成員がいるのかもしれないが、(ルーム)が同じメンバーはこの4人だけだ。

 休憩所でニコとリョウを前にして言うと、ニコがリョウを庇うように立って殺気立つ。リアは今この場にいない。だからこんな意地の悪いことを言えたというのはある。

「なんだよ急に。クロさんから説明受けたんじゃないのか」

「聞いたよ。けど室長がそう言っただけだ。証拠を目にしたわけじゃない。ニコの武器変形やリアの回復、()ー!ってやるやつとは違う」

()ー?」

 ハァ?とメンチ切るような表情でニコが首を傾げた。それをこちらも首を傾げてかわす。

 この組織の研究をもってすれば不老不死くらいあり得なくはない。だが、目の当たりにするまでは、事実として信用はできない。

「リョウは僕に()()()()()()()()()と言った。……やっぱりそれが気になるよ、少なくとも殺されたと感じるほどの何かがあったってことだろう?そんなことを覚えてないなんて尋常じゃない。僕の記憶の鍵って気がするんだ」

「気がするくらいのことで自分探しに巻き込むんじゃねえよ新人。実験で証明しろってでも言うのか?」

 ニコの言葉にその実験を想像したのか、リョウが震えて縮こまった。また目がうるうるしだす。怖いのだろう。……感情がある、ように見える。僕なんかよりよっぽど。

 ニコも珍しく額に青筋を浮かべて威嚇してきていた。

「抵抗の手段なく一方的に殺されることが どんなに恐ろしく どんなに、憎いことか。俺は許さねえぞ」

 はあ、かっこいい騎士(ナイト)様だ。

「まぁ……そこが問題なんですよねえ」

 室長はリアや主任もそんなことを僕に許しはしない、と言っていたけれど、僕だって実験で証明しようなんて気にはなれない。この通り今ではニコもそこに加わっている。

 僕自身の感情が、僕の探究心の妨げになっている。主任の元で他の実験生物をいじり回している時にはこんなことは考えないというのに。

 リョウと他の被験体の違いって何だろう?あのケー木(マグマ)や他の動植物と、リョウ。人形(ヒトガタ)をしているから?知性を感じるから?それとも ……個人的な感傷だろうか。

 失った記憶の中に、リョウを傷つけられない理由が隠されているんだろうか。

「……、にしても、随分と実感のこもった言い草じゃありませんか?ニコ」

「あん?」

「抵抗の手段なく、一方的に殺される……ことを、()()()()、と表したでしょう。君が共感するとは、予想外の情緒ですけどね。生まれてまもない人生に何か思い当たる経験でも?」

「……チッ、ねえよ。けーけんしたことねーと想像もできないって思われてんのかよ俺は。そーぞーりょくが大事なんだぜ、人間はよお」

「被験体に人間を語られるとは思いませんでした」

 言い返しつつ、ちらとリョウをうかがう。

 人間の姿だ。ニコも、リョウも、今はそうとしか見えない。

「……すみません」

 そっと手を伸ばしてリョウの頭を撫でる。ニコには警戒されたが、僕の手を振り払われはしなかった。

「怖がらせましたね。……最近になってどういうわけか自己や個人というものについて嫌な考えに取り憑かれまして。リョウは人間や一個人というものについて、どう思いますか?」

「……」

 急に、おかしなことを聞きすぎているだろうか。あまりに抽象的な問いがすぎる。リョウに訊くのなら、彼は以前の僕のことを覚えているはずなのだから、「殺さないでね」の裏にある経緯や、事実関係を聞いてみればそれだけでよかったのに。

 知りたいような知りたくないような、……もっと本質的なことが知りたいような、よくわからない。迷子のような気分だった。

 質問を取り下げようかとも思ったが、しかし少しの沈黙の後、リョウは僕を真っ直ぐに見て言った。

「ーーーーそれは 意思であると思う」

 と。

「……!」

「意思?」

 ニコが首を傾げて、リョウは頷いた。僕にだけじゃなく、ニコにも向かって、うたうように言葉を紡ぐ。

「自己を視点とした主観が存在することが個を保有させる ーーーーそのための運動を司る、脳が個を保有させる。命は干渉しあってその運動を、構造を全てで支え合う、個を保つために数多の命や感情が干渉しあう 自我のない者はまだ、数多の命の構造の一つ、一部でしかない けれどそれを享受し 意思のために動かそうとした時、それは個になる。意思が他者と自己を分ける」

「……」

 え……

 え?

「リョウ……、」

「んー、何言ってっかぜんぜんわっかんねーけど何となくわかるよーな気もする」

 ニコがそう言うとリョウは彼の首筋にすりついた。首を振ってニコがそれを嫌がるのを、ごめんねと謝ってしょんぼりしている。ニコはスキンシップが得意ではなくて、リョウは甘えん坊でスキンシップが好き。

 全くもって普段通りのじゃれ合い。口調も態度も被験体たちに異変はない。

 不明瞭なことは何もない。

 だけど僕は混乱していた。

 リョウがこんな風に縷々と答えると思っていなかったからだ。

「……リョウ……の、意見なんですか?今のは」

 今の一瞬。まるで彼は別人のようだった。

 声も顔立ちも変わらない。表情すらも普段のやわいリョウのままだった。イントネーションや滑舌も変わらない。だけど、なのに、違った。違って見えた。

「そうだよ」

 にっこり微笑んでそう返される。誰かに言われて覚えた言葉じゃないのか、誰かの意見をそのまま学習しておうむ返しにしたわけじゃないのか、そんな疑念がまだ胸中を渦巻いていたが……

 落ち着いた静かな眼差しが、どこか既視感をもたらして

 疑念は どこか予感めいた、胸騒ぎに変わっていく。

 僕は彼を知っている。間違いなく

 ……こんな人物ならば 殺そうと思ったかもしれない。

「リョウは……個の保有が、重要だと思いますか」

「それは、わかんない」

 眉がしょぼんと下がった。わかんない。

「個はまた群にもなりうる、命の大きなまとまりの一部に……そうしたら、どちらを優先するかで変わるんじゃないかな」

 重要だと受け合いそうな弁舌の後に、思想を回避した。

 ああ、これは、本当にそうなんだ。

 彼は今自分で考えて話している。

「……僕は リョウを殺したんですか?」

「うん」

「……それは……個としての死?」

「ぼくにとっては」

「……どうやって?」

「……覚えてないよ。精神が壊れるほど苦しいことは、甘楽が忘れさせてくれる」

 ビク、とニコの手が震えた。これは、僕の株が大幅に下がってしまったかな。

 あまりにも簡単な答えだった。リョウは僕に殺されて、蘇った。一度確かに、個としての意思を失った。

 勿論これだって証拠にはならない、「話を聞いただけ」であることに変わりはない。失った記憶を確かめる術なんてどこにもないのだ、だって 僕の記憶は僕の固有の意思が、自分を視点とした主観が編み出したものだったのだろう。今のリョウが不老不死だからって それは当時の証明にならないし、過去の事実がわかったところで僕の見たものが復元されるわけじゃない。証拠なんてない。

「……」

 それでも 今、一旦 リョウの主観を僕にとっての現実にしてしまおうと思えた。

 探しても見つからない答えを求めて立ち止まっているより 仮説をもとに進んでいこう。

「君にとって……、いや、僕にとって、リョウは何だったんでしょう」

 リョウが思う、僕が思うリョウを、僕に伝えるとしたら、なんと表するのか。

 複雑な問いだ、けど

 彼の視点を請うた僕に、リョウは少し考えて、言った。

Re()sur()rec()tio() yu()beo() ()……だと、思う」


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