コーシ
地上へ抜けた洞窟の先でその人は待っていた。
「やあ、今日もよろしくね」
青い短髪に金色の目。俳優の如く陰影のくっきりしたハンサムな顔立ちで、目や鼻、口のパーツがでかい。目元の垂れた大きな目を優しげに細め微笑んでいた。今まで出会った誰よりも背が高い。190㎝近いだろうか。スーツの上着を羽織らずグレーのベスト姿、白い手袋を嵌めている。
高身長だが細長い印象はなく、引きこもりがちな研究員には珍しいほど筋肉質な体つきをしているのがわかる。
先代室長、と聞いてイメージしていた姿とは大分違った。快活そうで、登山でもしてそうな、明るい印象の男。まだ若々しい。40代……30代くらいにも見える。
勝手にもっと病んだ雰囲気のダウナーなオジサンをイメージしていた。今の室長を年取らせたみたいな。
「迎えには車で来ているよ。どうぞ」
「……地上の文明はもうそこまでいったのか」
「そりゃあ。スーツが作れる繊維工場があるんだもの」
彼の言葉に内心で驚く。
僕の知っている知識じゃ、車なんて……旧文明の遺産だ。交通網が整備され、地上が巨大な一つの人類国家だった時代に使われていた移動装置。
「地上にはすでにそんなにも人類が?」
「いいやあ、まだ5つしかない都市に人口は集中しているよ。おっと、君が噂の新人くんだね?よろしく」
「どうも」
コーシさんに導かれ、雑木林のような整備されていない土の上をしばらく歩くと、舗装された道路に出た。舗装といっても砂を固めた道路だが、車輪で走れる道であることには違いない。そしてそこには本当に、四輪駆動の車が停まっていた。
「すごい……」
「はは、そんなに驚いてくれると嬉しいな」
「エンジンで動くんですか?」
「そうだよ。……まだ数台しかないけどね。君たちに見せたかったんだ」
室長、リア、僕の順に後部座席へ乗り込み、コーシさんの運転で車は発進した。助手席には誰もいない。
「それで?このまま直接敵さんのアジトにでも行くのか」
「そうだね。休憩がほしいかい?」
「けっ」
愚問、とでも言うように笑い飛ばしているが、室長はこの長時間の徒歩で疲れてないんだろうか。僕はとても疲れている。車で休めるのは正直ありがたかった。そうでなければアジト直行など遠慮願いたい。
「反政府団体、とお伺いしましたが、どのような集団なんです?」
「簡単に言えば別都市からの企業スパイみたいな感じだな。地上でそれぞれの都市に政府があるんだけど、僕らの都市は君たち組織のおかげで鉄壁の防衛と食糧生産が強い企業を抱えてる。だからその情報を盗んで別の都市に持ち帰ろうとするスパイがいるんだよ、地下にも何人か侵入したんだろう?」
「……ええ」
「耳が早いな。甘楽にでも聞いたのか?」
「組織のことはいつだって情報共有してもらっているのさ、これでも気にかけてるからね」
そう言ってコーシさんはバックミラーごしに、リアに笑いかけた。他でもなく、リアに。
「……?」
リアの方を見ると明らかに目を逸らして知らないふりをしている。そういえばまだ、コーシさんとリアは一言も会話をしていない。なぜだろう、ここまで来る道すがら、リアはコーシさんのことを好意的に見ていそうな感じだったのだが。
「リアとコーシさんて、親しいんですか?」
こそっと室長に訊ねると
「隠し子」
と返された。
「は?」
また適当なことを言われたのだろうと疑いつつも、思わず二人を見比べる。
確かに二人とも、彫りの深い顔立ちの美形ではあるが、全く異なった造形だ。血のつながりは感じられない。年齢差だけなら、隠し子と言われて納得できるほどには離れているのかもしれないが……
ーーーーいや
今更何を。常識に囚われた尺度で物を考えようとして。
ニコと主任がそうであるように、親子は 家族は、血のつながりなんて必要ない。
元室長と、被験体。
……コーシさんが組織にいた時代に、リアを生み出したのか。
「……そういえば リアはどんな風に戦うんです?」
「え?」
唐突といえば唐突な僕の発言に、リアが目を丸くして振り向く。
「僕、楽しみにしてたんですよね。リアの戦闘を見るの」
リアはぽかん、と口を開けた後で、ふっと綻ぶように笑み崩れた。
「……貴方は……変わらないんですね」
「え?」
目と目が合って、
リアの視線は僕を通り過ぎた。
近づく何かの影に車がすっぽりと入りこみ、視界が暗くなる。瞬間、リアの体は目の前から消えた。
「どうぞ、ご覧になって」
柔らかい、笑いを含んだ声が耳元に残る。
慌てて目で追うと、車が走り続けている内から嵌戸のない車体の枠を蹴り、勢いを利用して付近の屋根に飛び移る彼の姿を捉えた。その手が大きくパーの形に開かれる。右手で空を掴むように、左手はその手首を掴むように。そして
「波ーーーーーー!!」
強い光に思わず、両腕で顔を覆った。
凄まじい爆発音と風が追い風になって襲い掛かってくるのと同時に、リアが車体に舞い戻ってくる。乗っていた僕らが飛び出しそうな反動のまま、跳ねるように車はその場から走り続けた。
一瞬の出来事。
落下してきたリアは室長がしっかり受け止めていた。
「よく気付いたね、リア」
コーシさんが感心したように呟く。
「あそこに集まってたの、標的の団体の一部だ」
「……逃げ道が反対側にあるはずです。爆波で半分以上減らしましたが、一人でも生きていられると……アジトに知らされる前に手を打たなくては」
「同意。俺は正面、リアは外、コウくんは中でお掃除ね。コーシさんは待ち伏せでもしてくれ」
「えー僕待ってるだけ?」
「一匹でも逃げたらあんたのせいってこった」
「は、了解。追い込み漁ね」
僕も辛うじて頷く。足手纏いになるわけにはいかない。
車が停車してすぐ、僕らは散り散りになって持ち場へと駆け出した。
ーーーーしかし驚いた、リアは手のひらから「覇」を出せるのか。少年漫画もかくやといった勇姿じゃないか。
これから危険な殺し合いだというのに、僕の腹の中からは不謹慎な笑いが込み上げてきていた。
さて戦闘中の僕らの華々しい活躍については割愛するとして、結論から言うと、反政府団体はきっちり壊滅させた。
特筆すべきことは何もないが、あえて気付いたことを言うのなら、室長が主任に持たされていた携帯食、あれはおそらく僕を苦しめた「ケー木の実」だった。バカスカと拳銃を撃ちまくる以外に、手榴弾のようにあの実を投げつける戦闘スタイルが室長の持ちネタに加わっていた。やっぱあれは食いもんじゃない。
帰りもコーシさんの車で地下道付近まで送り届けてもらい、僕らはその場で一晩野宿してから帰ることにした。流石に疲れていて、すぐに45分間徒歩で地下迷宮を行く気力が湧かなかったためである。こういう時にエネルギーチャージしてもらえるであろうリアの能力も、彼自身が戦闘に駆り出されて疲れただろうタイミングで頼るには気が引けた。
地下道の入り口で三人並んで坂に寝転び、明日にはまたしばらく見られなくなるであろう星空を見上げる。
地面に寝転ぶのが気にならないくらいにはスーツは埃まみれの返り血まみれだった。一刻も早く清潔になりたい、と誰か一人でも言い出せば、疲労に鞭打ってでもすぐさま組織に帰ることを選んだかもしれない。
「これでしばらくは侵入者もなくなりますかね」
「いやー、んな上手いこといかねえと思うぜ」
室長は既に目を閉じて、口だけで返事をしている。
「なぜそう思うんです?」
「今回はあの人の依頼だったからあの人の敵を潰した。けど、あの人を怪しんでるのは敵だけじゃねえよ、味方だってそうだ」
「味方」
「都市を支えているあの人の力がどっから来てるのか?この都市の実権を握る奴らにしてみりゃ、気になるとこだろうさ。……あの人も成長しねえなあ」
「となると僕ら組織の人間は結局、政府に認可されることを目指した方がいいんでしょうかね」
「……」
室長はまた黙ってしまった。でもいつもはこんな時に助け舟を出してくれるリアは、室長の反対隣で既にすやすやと眠っている。一応交代で睡眠を取ることにしてあるのだ。僕らが起こすまで、しっかりと眠ることだろう。
はあ、と沈黙を破って、室長が話し出した。
「お前もどうせまた忘れるんだろうけど」
「……また?」
また、って 僕が記憶喪失で何かを忘れたことを指してるんだろうか。僕が知っているはずのことをいちいち言いたくないがために、今まで黙りこくっていたのか?子供かよ。
僕の方を見ないまま、僕の質問には答えないまま、彼は続ける。
「俺らは何か高尚な目的を共有して集まったワケじゃない」
「……じゃあ、なんで組織ができたんです?貴方たちはなんの繋がりがあって集まったんですか」
「地上が崩壊して 人類が絶滅しかけた時、俺らは家族を作った」
「……」
家族。
「アダムとイブ、ノアの一族のように、自分たちから全ての生命を繋ぐ必要があった。生命倫理なんざ言ってる場合じゃなかった、生きるためになんだってやった。危険な研究、危険な組織、その結果俺らはあまりに命を弄び過ぎたわな。報いを受けることになったって仕方ねえってもんだ、いつ撃ち殺されたって文句はねえよ、はっ……生きるためになんでもやり過ぎて、生き続ける資格もねえ」
「……貴方がそんなこと言うの、意外ですね」
「ああ、言わない」
「はあ?」
腹の底からの「はあ?」が出た。舌の根も乾かぬうちにとはこのことか。
「生きる資格もないとか言ったどの口が、今すぐ舌噛み切って死んだらどうです?」
「辛辣〜〜」
ケラケラと室長が笑う。せっかく破られたかと思った沈黙を、冗談で済まされるとでも?人を期待させておいてバカにするにも程がある。
「貴方のそういうところが……」
ムカつくんですよ、と言い切る前に、
「どんなに命を弄ぶことになったとしても、俺は甘楽を優先する」と、室長が言った。
目は閉じたまま 僕がもしこの場で苛立ち紛れに攻撃したって、気づくこともできないだろう、無防備に横になったまま
言った。
「甘楽を一人にしない。家族でいる 味方でいる……だから 生き続ける資格がないとか、殺されても文句ねえなんてのは 絶対に、言わないさ 事実だとしてもな」
「……」
「俺らの組織は認可はされない。許される度合いを超えている。もし認可された時にゃ過去の記録は、記憶は、全て黒塗りに潰されて抹消されて 汚れ仕事はお掃除されて、生まれ変わらされちまうだろうよ」
「……、」
「その時に 俺ら個人は残らない。知性、再現性、成果のみが受け継がれて……ああ、それを死じゃなく永遠と思う奴らだっているんだろうけどな。元は人類復興のためにあった知力が、地球大家族とはいかねえ現実に形を変えて、他人を殺して身内を守ってる。最初から最後まで無法地帯さ、地下に引きこもってるくらいが平和だろ」
俺は、科学者にはなれねーわ。
そう言って室長はまたケラケラと笑った。
僕は室長の言葉の中に、自分自身を見た気がして しばらく思考が止められなかった。記録、記憶。知性。再現性。まったくクリーンな同一人物として、生まれ変われたとしたら。
ああ、なんだかそんな存在は、まるで今の自分のようだ、なんて思ってしまったのだった。




