クロ
「はあ、信じらんね」
耳の奥に響く不機嫌な声に脳が刺激されたのか、意識が浮上した。
どこかで聞いたことがある、懐かしい声。
「ったく逃げの一手かと思ったら急に攻戦してきてバカスカ打ちまくるし、武器なんて持ってなさそうだったのに食物に爆発仕込んでくるし、なんだよ金属探知機に反応しない銃って」
あー、それ多分生物兵器だからだな。甘楽の育てた武器使ってたんだろ。
「食べ物を武器に使うなんて、ああああ、許せない、あんなやり方、ああああ!!」
その声とセリフに確信を得て、そいつの名前を呼ぶ。
「……マナ」
呼ばれると思ってなかったみたいにビクッと肩を跳ねさせて、そいつは俺の顔を覗き込むように手をついてきた。横になってるベッドらしき布にマナの両手が沈んで、目を開けばすぐ前に……上に、マナの顔が見える。
緑の黒髪に赤い目をした、美人さん。
「……クロ。よかった、目が覚めて」
ポトリと水滴が降ってきた。涙ぐむほど安堵してんのか。わかんないやつ。
「お前、無茶したな。戦闘嫌いなくせに姿現すなよ」
「あの青髪の奴を殺したかったんだけど」
瞳孔の開いた目。ぐるぐると視点を揺らしながら、必死に俺を見つめようとしてくる。涙も相まって視界なんざボヤボヤだろうに。
寄せ集めた正気で紡がれる声は、震えていた。
「あいつ、薄情だね。クロを見捨てて逃げてっちゃった、オレ、ちょっと煽ったのに」
「そんなことしてたのかよ」
「あいつだけじゃない、クロが組織に帰れないようにしたかった」
「どうしてだ?俺のことを恨んでるからか?」
「まさか」
ふ、と微笑むと纏う雰囲気が和らぎ、リョウの面影を感じる。さすが血縁者、リョウの実の弟……弟だった個体、なだけある。
今はもう、マナの方が年上に見えるけど。
「クロには感謝してるよ、恨んでるのはあいつだけ、あいつが、あいつが……!!」
「俺もその一味だぜ?」
「あいつさえいなきゃ組織なんか崩壊しちゃうだろ。……ほんとは最初にコーシって人、見つけて。殺そうと思って 近づいたんだけど。……おかげで地下組織のこと知れた。あの人はもう足洗ってるみたいだし、許してあげようかなって」
「は、何様だよ」
「……神様 なんでしょ?」
「……」
「保食神 だろ」
「……よく覚えてんな」
そんな、気まぐれな一言。
「もう、そんな歴史とか文化なんて どこにもねえだろうに、お前の中にはあるんだな」
「あるよ。君がくれた魂だ、黒宮」
そんな名前だったな、とぼんやり思い出す。もう何十年か前に俺がガキだった頃はそんな名前だった。黒宮。
名前ってすげえ。その時の自分に引きずり戻される。
「君を探してた」
俺だってこいつを探してた。こいつに感謝を伝えるために今まで生きてきたって言ったら言い過ぎだけど。いつも、一度はこいつに会おうとして、探している。
文明が崩壊する以前の人類が、愚かにも諍いを続けた地獄の中で出会ったヒーロー。当時の俺たち餓鬼にとっては、こいつは 救世主だった。
戦地で空腹に飢えた迷子に食べ物を与えてくれる、神様。
「黒宮、レイ、オレを救おうとしてくれたのは 君だけだった、さあ、
今度こそ オレを殺してくれ」
あーあ、でもやっぱりこいつの中で
救いといえば、殺されることに変わりはないのか。
「嫌って言ったら どうすんの」
俺がそう言ってマナを押し退け起き上がると一瞬マナは愕然として
火のついたような悲鳴とともにその手を振り上げた。
血飛沫が上がる。




