↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
D級解体士、魔獣の力を喰らう~素材を残すか、力に変えるか~  作者: ふゆ夜熊
選ぶ価値

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
8/48

硬い殻

北区の水門を出る頃には、日が傾き始めていた。

今回の依頼は、農業用水路に住みついた鎧甲蟲2体の駆除だった。人の胴ほどの大きさがある甲虫型魔獣で、灰黒色の外殻は鉄板より軽く、刃を弾くほど硬い。人を積極的に襲う魔獣ではないが、水門や木製の導水具を削るため、放置すれば農地へ被害が出る。

「ユアンさん、あれがそうですか?」

後ろを歩いていた青年が、水路脇の黒い岩を指した。

「違う。ただの石だ」

「あ、すみません」

トーレン・ミルズは20歳になったばかりのE級傭兵だった。明るい茶髪を短く切り、まだ傷の少ない革鎧を着ている。剣の鞘も新しく、歩きながら何度も周囲へ視線を走らせていた。

ノアが笑う。

「そんな緊張しなくていいぞ。鎧甲蟲は逃げ足も速くない」

「でもD級の方と組むの、初めてなので」

「俺もD級だぞ」

「ノアさんはC級ですよね?」

「そうだった」

「忘れるな」

ユアンが言うと、ノアは肩をすくめた。

今回、トーレンが加わったのは人数合わせだった。農業組合が夕方までの処理を望み、組合側が近くにいたE級を補助として入れた。依頼報酬は参加者ごとに定額で、素材は討伐した個体ごとに主討伐者へ帰属する。共同討伐分だけ事前に分配を決める。

ユアンにとっても都合がよかった。

自分より下の階級の傭兵と組む機会は、意外と多くない。

「灯り、少し落としてくれ」

水路沿いの林が深くなったところでユアンが言った。

トーレンが魔導灯を見た。

「暗くないですか?」

「俺は平気だ」

《暗視》を使う。

光が弱くなると、かえって周囲の輪郭が見やすくなった。

色は薄い。だが石積みの欠けも、水面の揺れも、草の先についた泥まで判別できる。

「前に2体」

ユアンが言った。

トーレンが目を細める。

「どこです?」

「左の水路際。低い石壁の下」

ノアが魔導灯を少し上げた。

灰黒色の甲殻が光を返す。

2体いた。

トーレンが息を呑んだ。

「全然見えなかった」

「右は俺がやる。左はノアと組め」

「はい」

ユアンは剣を抜いた。

鎧甲蟲が羽を開いた。

硬い翅が擦れ、低い音を立てる。

右の1体が地面すれすれを飛んできた。

正面の外殻を斬っても刃が欠けるだけだ。

ユアンは半歩だけ外へ出た。

魔獣が脇を通る。

その瞬間、脚の付け根へ剣を滑らせる。

柔らかい節へ刃が入った。

鎧甲蟲が石壁へぶつかり、身体をひねる。

すぐに向きを変えた。

速くはない。

だが甲殻で守られた頭部を前にすれば、正面から止めるのは面倒だった。

ユアンは追わない。

水路の幅を見る。

魔獣が再びこちらへ向く。

「トーレン、甲羅を叩くな!」

反対側で金属音がした。

トーレンの剣が鎧甲蟲の背へ弾かれている。

「脚の内側だ。ノアが止めた時だけ入れろ!」

「はい!」

目の前の個体が突進する。

ユアンは石壁を背にしたまま待つ。

ぶつかる寸前に横へ外れた。

鎧甲蟲の頭が壁へ当たる。

動きが止まる。

ユアンは腹側へ回り込み、節の間へ剣を突き入れた。

手応えが抜ける。

刃先を少し上へ向ける。

魔獣が激しく翅を震わせた後、地面へ落ちた。

反対側ではノアの障壁が斜めに出ていた。

鎧甲蟲が障壁へ沿って横を向く。

「今!」

トーレンが踏み込んだ。

今度は背を狙わない。

前脚の付け根へ剣を差し込む。

鎧甲蟲が体勢を崩した。

ノアが盾で押さえる。

トーレンが腹の節へ刃を入れた。

しばらく暴れた後、動かなくなった。

「終わった……」

トーレンが大きく息を吐いた。

「まだ確認」

ユアンは言った。

自分の個体の呼吸と反応を確かめる。

トーレンも慌てて真似をした。

討伐証票に2体分の記録が入る。

これで依頼は終わりだった。

ユアンは自分が倒した鎧甲蟲へしゃがんだ。

外殻の傷は少ない。

指で叩くと、乾いた高い音が返った。

「いい素材?」

ノアが聞く。

「ああ。胸当てに使えるかもしれない」

「核にはしない?」

トーレンには聞こえないよう、小さな声だった。

「こいつは残す」

ユアンは解体刀を抜いた。

腹側から刃を入れ、甲殻を傷つけないように外していく。

トーレンが自分たちの個体を前にして固まっていた。

「どうした」

「どこから開けばいいのか分からなくて」

「背中からやるな。値段が落ちる」

ユアンが隣へ行く。

「腹の節に指を入れろ。そこは柔らかい」

「ここですか?」

「もう少し下」

トーレンが刃を入れる。

途中で外殻へ当たりそうになったので、ユアンが手首を止めた。

「力で押すな。刃の角度を変えろ」

「はい」

何度かやるうちに、甲殻がきれいに外れた。

トーレンが目を丸くする。

「戦うより難しいですね」

「慣れれば逆だ」

「ユアンさんって、戦ってる時もずっとこういうところ見てるんですか?」

「こういうところ?」

「脚とか、地面とか、ノアさんの位置とか。俺、自分の相手だけで精一杯でした」

ユアンは少し考えた。

「見ないと死ぬからな」

「D級って、みんなこんなに周り見て戦うんですか?」

「人による」

隣でノアが吹き出した。

「何だ」

「別に」

素材を包み終えた頃には、林の中はかなり暗くなっていた。

ユアンは解体刀を水路で洗う。

刃についた体液を流した時、石壁の下に灰色の細かな粉があるのが見えた。

普通の砂とは違う。

光を落とした視界では、粉だけ輪郭がわずかに浮いている。

指で触る。

硬い。

鎧甲蟲の甲殻が擦れた時に出る粉だった。

ユアンは泥を見る。

小さな脚痕が支流の奥へ続いている。

今倒した2体は反対方向から来ていた。

「ノア」

呼ぶと、ノアが近づいた。

ユアンが壁際を指す。

ノアはしゃがんで見た。

「もう1体?」

「たぶん」

「依頼書は2体だったぞ」

「確認されたのが2体だっただけだ」

トーレンが振り向いた。

「何かありました?」

ユアンは立ち上がる。

「奥を確認してくる。素材を見ててくれ」

「俺も行きます」

「こっちを置いたままにできない。魔獣か獣に持っていかれたら分配が面倒だ」

トーレンは少し迷った後、頷いた。

「分かりました」

ユアンとノアだけで支流へ入る。

2つ角を曲がると、トーレンの灯りは見えなくなった。

「言わないんだな」

ノアが小声で言う。

「言う必要がない」

「核にするつもり?」

「見てから決める」

《暗視》の中で、水路の奥に傷が続いていた。

使われなくなった古い水門の陰で、灰黒色のものが動く。

鎧甲蟲だった。

先ほどの2体より少し小さい。

「いた」

ノアが盾を下ろす。

「俺がやる」

ユアンは前へ出た。

鎧甲蟲が羽を鳴らす。

鎧甲蟲が突進してきた。

狭い水路では横へ避ける余裕が少ない。

ユアンは壁際へ寄り、直前に身体を捻った。

甲殻が肩を掠める。

剣を後脚の節へ入れる。

浅い。

鎧甲蟲がそのまま壁へぶつかり、すぐに向きを変える。

「左へ寄せる」

ノアが障壁を出した。

魔獣の進路が半歩だけずれる。

それで十分だった。

ユアンは正面を外し、腹側へ回る。

剣を深く突き入れる。

鎧甲蟲の翅が激しく鳴った。

刃を抜かず、内部で角度を変える。

動きが止まった。

ユアンは周囲を確認する。

ここならトーレンからは見えない。

「どうする?」

ノアが聞いた。

ユアンは死体を見る。

甲殻は使える。

売ってもいい。

だが自分の荷物には、すでに1体分の甲殻がある。

「こっちは核にする」

「同じ魔獣を片方ずつか」

「ああ」

《スキル核作成》を使う。

死体が淡い光へ変わる。

灰黒色の甲殻も、翅も、魔核も消え、透明な核だけが残った。

ユアンはそれをすぐに指輪へ近づける。

核が吸収される。

新しい感覚が流れ込んだ。

得られたのは《硬皮》だった。

「何だった?」

「《硬皮》」

「そのまんまだな」

ユアンは前腕へ意識を集めた。

皮膚が張る。

色はほとんど変わらない。

ノアが指で押す。

「少し硬い」

「叩いてみろ」

「何で俺が」

「軽くでいい」

ノアが木片で前腕を叩いた。

鈍い痛みが走る。

「痛い」

「硬くなっただけだからな」

刃先を軽く当てると、普段より皮膚へ入りにくい。

だが少し力を込めれば切れそうだった。

「鎧の代わりにはならないな」

「背中にちょうど甲羅があるぞ」

ユアンは自分の荷物を見た。

同じ鎧甲蟲だった。

片方は胸当てになり得る甲殻として残り、片方は自分の皮膚を守る力に変わった。

どちらも役に立つ。

「これ、毎回悩むことになりそうだな」

ノアが言った。

「たぶん」

「面倒だな」

「俺もそう思う」

2人はトーレンのところへ戻った。

青年はきちんと素材をまとめたまま待っていた。

「何かありました?」

「奥まで確認した。依頼に関係する問題はない」

「じゃあ戻れますね」

「ああ」

追加個体のことは話さなかった。

組合へ戻ると、討伐証票の2体分だけで依頼は完了した。

ユアンは自分が倒した個体の甲殻を素材として受け取り、トーレンとノアは共同討伐した個体の売却分を契約どおり分けた。

素材の査定を見たトーレンが嬉しそうに笑う。

「甲羅割らなくてよかったです」

「次から自分でやれ」

「はい」

トーレンは認識票をしまいかけてから、少し迷ってユアンを見た。

「また同じ依頼になったら、組んでもらえますか?」

「組合が決めることだ」

「そうじゃなくて、嫌じゃないですかって意味です」

ユアンは少し考えた。

戦闘中に指示は聞いた。無理に前へ出ようともしていない。素材の分配でも揉めなかった。

「帰れる仕事ならな」

トーレンの顔が明るくなる。

「はい」

ノアが横から口を挟んだ。

「今の、支部長みたいだったぞ」

「やめろ」

トーレンが笑いながら帰っていった。

トーレンが帰った後、ノアがユアンの荷物を指した。

「同じ魔獣1体は残して、1体は消したわけだ」

「ああ」

「どっちが得だった?」

ユアンは背中の甲殻と、右手の指輪を順に見た。

「まだ分からない」

「またそれか」

「分からないものは分からない」

その答えに、ノアは笑った。

ユアンも以前ほど、その言葉を嫌だとは思わなかった。

分からないなら、使って確かめればいい。

ただし、確かめるたびに何かを失う。

それだけは、かなり分かってきていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。